第11話 任務完了につき、結果報告

 騎士団と魔術師団の長年に渡る不和の解消のため、双方から選ばれた代表同士による結婚を前提としたお見合い、終了。


 その翌日、勤務は昼からで良いと言われていたシェーラは、騎士団の寮で鍛錬をつつがなく終えてから昼過ぎに出勤した。

 向かった先は、上司であるバートラムの執務室。

 普段なら騎士団長が部屋でおとなしくしていることは稀であったが、その日は「前日の報告をするように」と厳命を受けていたのだ。

 当然部屋で待ち構えているはず。

 シェーラとて、仕事の範囲である出来事を上司に洗いざらい話すことに、異存はない。


「団長、シェーラです。報告に上がりました」

「おう。入れ」


 ドアの外から声をかけると、鷹揚な返事がある。

 シェーラはきびきびとした動作で部屋に足を踏み入れて、室内を見渡した。

 視線がぶつかり、目が合ったところで、にこっと微笑みかけてきたのは白髪の少年騎士エリク。「文武に優れる」の見本のような逸材で、剣の腕もさることながら書類仕事にも強く、入団して一年足らずであるがすでに団長付きという扱いである。

 今日も、事務作業の補佐をしていたらしい。

 シェーラは目で挨拶を返して、机の前まで進む。


「昨日は、仕事とも思えないくらいゆっくりさせて頂きました。ありがとうございます。アーロン様にもきちんとお会いしてきましたよ」

「うん、そうだな。どうだった、首尾は」

「いまの段階であまり軽率な見通しを口にすべきではないかと思いますが、上々ではないかと。さすがにかっこよかったですね、アーロン様」


 束になった書類を手にしていたエリクが、目を丸くしてシェーラを見てきた。

 忙しいのか、顔を上げずに書類に目を落としたままだったバートラムも、そのまま動きを止めた。


「そ、そうか。アーロンとはうまくいきそうか。そうかそうか」


 それまで見ていた書類を突然両手でぐしゃっと握りしめつつ、とんとん、と机の上で揃えながら頷いている。動揺が見てとれる仕草である。

 もの言いたげに張り詰めた空気を感じつつ、シェーラは詳細情報を付け足した。


「あくまで王命による政略結婚を前提としたデートだとわかっていても、ドキドキしました。自分が恋愛でもしているかと錯覚するところでした。一緒に過ごしてみて、アーロン様がおモテになるのはよくわかりましたよ。私みたいに情緒に欠けた女にまで、全然手を抜かないんです。仕事熱心で、真面目な方ですね。気づいたら、ずーっと前からアーロン様のことが好きだったような気になっていました。あの手際はすごいです。魔法みたいでした。あ、魔術師ですから魔法は当然使えますね。あの真面目な仕事ぶりにはほれぼれしました」 











「えっ」











 押し黙ったバートラムの横で、エリクが声を上げた。


(「えっ」?)


 きょとんとして、シェーラはエリクを見る。

 目をぱしぱしぱし、と瞬いて見つめ返されて、ん? と首を傾げながら、シェーラは念のため尋ねた。


「何か?」

「ああ、いえ。ええと……、それはもう、恋愛で良いんじゃないですか? あ、団長すみません、発言許可も取らず出過ぎた真似を」

「いやいい、いい。話していいぞ、エリク。もっと言ってやれ」


 手の中でさらに書類をぐしゃりと握りしめたバートラム。あんなに握り潰して大丈夫かな? と心配になるシェーラをよそに、エリクがいつもながらに理路整然とした話しぶりで確認をしてきた。


「昨日お二人は、街で過ごした後、どこまで」

「アンデイヴ山の山頂まで。夕日が綺麗でした!」

「ああ~、はい、なるほどなるほど。山登り。登頂。ん~~、さすが良いデートコースですね!」

「そう思います。私には全然考えもつかないルートで。魔法使いってすごいんだ! って思いました」

「了解です、魔法使いはすごい。ところでキスくらいしました?」

「キス?」











「あっ、すみませんすみません、これは僕が聞いてもセクハラですねいまのは忘れてください無し無し。はい。二人の仲はアンデイヴ山まで進行したと。素晴らしい」


 書類を小脇に挟んで、ぱちぱちぱち、と拍手を始めるエリク。

 一方のバートラムはやや不服そうな顔で椅子の背もたれに背を預け、シェーラを軽く睨みつけてきた。


「お前は、ボケるにしてももう少しやりようがあるだろう。つっこみづれえんだよ」

「べつにボケてませんし、つっこみ待ちもしておりません。昨日の状況と所感を正確に伝えようとしただけであって」


 コンコン、とノックの音が割って入った。


(来客が重なるなんて、団長忙しそう。早々にお暇しよう)


 話を切り上げることに決めたシェーラであったが、退室を願い出るより先にバートラムが「入れ」とドアの向こうへと声を上げる。

 カチャ、と控えめな音を立ててドアを開けて姿を見せたのは、魔術師のローブ姿であるアーロン。フードは被っていなかった為、玲瓏たる美貌があらわになっていた。

 視線を執務机に向けると、その前に立つシェーラに目だけで甘く微笑みかけてくる。


「呼び立てて悪かったな、アーロン。お前のことだから、ぐずぐずしないで結論を出したいだろ。どうなんだ」


 アーロンは、肩で風を切るように進んできて、シェーラの横に立つ。

 並んで歩いた前日と、同じ距離感。


「俺としては今回の件、最初からすべて同意の上、歓迎しかないと再三お伝えしている通りです。あとはシェーラさんが、この結婚に同意なさるかどうかであって。シェーラさん?」


 名前を呼びながら、シェーラへと顔を向けてきた。

 紫水晶のような瞳が、煌めきを零してシェーラを見つめる。


「……………………ッ」


 声にならない悲鳴を上げて、シェーラは一歩後ずさった。

 それまでの平然とした態度が虚勢として崩れ、見る影もなくなっている。

 そのことに、シェーラ自身は気づく余裕すらない。アーロンを前にしただけで、瞳孔が開くほどに体に変調をきたしている、その理由。


(「昨日はお疲れ様でした、ありがとうございました」って、言う場面ですよね……!)


 アーロンとは前夜、初デートとして行儀正しい時間に別れを告げて、まだ丸一日もたっていない。

 だがこうして顔を合わせた以上、シェーラは速やかに適切な挨拶を言うべきだった。

 たった一言くらい、言うのは簡単なはず。普段なら。


「シェーラさん?」


 目を瞠り、首を傾げたアーロン。

 どことなく困惑の滲んだ声で名を呼ばれ、シェーラはその場に崩れ落ちかけた。

 気づいたアーロンが、とっさに腕を伸ばしてその細い体を抱きとめる。

 手足に力の入っていないシェーラを心配したように見下ろし、腕に力を込めた。


「大丈夫ですか?」

「…………ッ、……ッッ!!」


 声にならず、シェーラはただぶんぶんと頷く。

 それから、勢い余ってアーロンを突き飛ばすように腕をつっぱって距離を開け、少し離れた位置から「あのっ!」と叫んだ。その声は、裏返っていた。


「はい。どうしました?」

「わ、わからないんですけど! アーロン様を見たら動悸が……っ。すみません、昨日も思ったんですけど、今日もやっぱり素敵だなって。なんかすごい軽薄なこと言って、ごめんなさい。政略結婚なのに、私だけひとりで盛り上がってるみたいで……。恥ずかしいぃ。こんなはずじゃなかったんですけど、ちょっといま私、アーロン様を直視するのが無理みたいでっ」

「無理……」

「気づいてしまったんですけど、すごくかっこいいので! 緊張するんです! 失礼します!」


 脇目も振らずに執務室を飛び出し、シェーラは闇雲に廊下を走る。


(あああああ、平気なつもりだったのに! いきなり本人を前にしたら全然無理だった!)


 少なくとも前夜別れてから、いまこの場に来るまで、シェーラはうまくやれるつもりだったのだ。

 バートラムや部下であるエリクの前で醜態を晒すことなく「お見合い任務くらい訳ないです」とさらっと余裕で報告するつもりだったのだ。

 本人同席だなんて、想定外。

 無理だった。無理なものは、仕方ない。


 廊下は走らないで! とすれ違いざまの文官に叱責を受けたが「ごめんなさい!!」と叫ぶだけでシェーラは止まらずに走り抜けた。



 * * *



 嵐のような勢いでシェーラが立ち去った後。

 その場に残された三人は、しばし無言となった。

 口火を切ったのは、エリク。


「アーロン様、顔赤いですよ。大変赤くなっています。シェーラ様に負けていないです。はい、真っ赤」


 すかさず、バートラムも尻馬に乗ってはやしたてる。


「大丈夫か? 医務室連れていこうか? それとも自分で回復魔法使うか? いや全部無理かな。原因と症状が『恋』ときた日には」

「僕、アーロン様って女泣かせの悪評の割に純朴なひとじゃないかと思っていたんですけど、まさかこれほどとは。好きな女性から『かっこいい』って言われただけで、耳まで真っ赤とか」


 好き放題に言い合うバートラムとエリクの前で、アーロンはまさしく夕日のように染まった顔を手でおさえて呻いた。


「赤くもなるだろって。なんだよあれ、可愛いな。死ぬかと思った。というかもう死んでるよ俺やばい。き、気持ちとか全然通じてなくて、長期戦になるって覚悟していたのに……」


 バートラムは腹を抱えて笑い出した。




 この後、双方合意のもと、結婚の準備が急ぎ進められることとなる。


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