第28話 寝坊した朝の後悔
「調査隊ならもうとっくに出発してるわよ。ユリウスの代わりに、バリーを行かせてる」
床に描かれた魔法陣の上に昏倒して倒れ込んでいたアーロンは、ヴェロニカに声をかけられて、なんとか目を開けて体を起こす。
そして、報告内容にショックを受けたように「うぅ」と喉の奥で呻いた。
ユリウスは、まだ意識を失ったまま。アーロンの体の上に、折り重なるようにして横たわっている。
それを強く押し退けることはせずに、アーロンは片手で額をおさえた。
「ということは、シェーラさんも行ってしまった後か。一度家に帰るつもりだったのに、結局朝帰りもしないで、見送りもしなかった……」
その声には、ほとんど絶望じみた後悔が滲んでいる。
ヴェロニカはこめかみに落ちた後れ毛を手で払い、いかにも億劫な様子で言った。
「止めなかった私も、反省してるわ。さすがにあなたが、そこまで羽目を外すとは思わなかったの。シェーラ副隊長、顔色良くなかったと思う。心労かも」
「心労……」
「新婚早々、夫は昏倒するまで魔力を酷使して、外泊。私はバカ二人が研究に没頭していたのはわかるけど、客観的に見てこの状況、ユリウスが浮気相手と考えたら目もあてられないわ」
「わぁ。俺はシェーラさん一筋だよ……、ユリウス起きろ」
空恐ろしい誤解の可能性を口にされて、アーロンは自分の上からユリウスの体を押しのけてから立ち上がる。
乱れた髪、疲れの滲んだ目元。
白皙の美貌のアーロンだけに、見ようによっては退廃的な色気とも言えたが、徹頭徹尾彼の美貌に興味のないヴェロニカは、眉をひそめて冷たく言い放った。
「そのよれよれの状態でシェーラ副隊長に会わなくて良かったかもね。いまだにアーロンのこと、カッコいい王子様だと信じているんでしょう? 見栄っ張りのあなたのことだもの、私生活こそ絶対弱みを見せないように、取り繕っていそう」
アーロンは目を瞑り、両手で顔を覆ってくぐもった声で答えた。
「見栄っ張りっていうのは、合ってる。カッコいいと思われたいんだ。王子様というのが、王族ではなく『理想の相手』という意味なら、否定しないよ。取り繕うって言葉はあまり好きじゃないけど、彼女には完璧な王子様と結婚したって思ってほしくて。嫌われたくないし、好きになって欲しい。俺と同じくらいの重さでっていうのは望みすぎかもしれないけど」
疲労から頭が素直になっているのか、普段のアーロンからはかけ離れた心情を吐露している。
ヴェロニカは小さく悲鳴を上げた。
身の毛がよだつと言わんばかりに自分の肩を抱き、早口に叫ぶ。
「やめて。本人に言って。あなたのそういうの、私は聞きたくない。そんなに弱った顔で『好きになってほしい』だなんて。私の知ってるアーロンじゃない……!!」
ふっ、とアーロンはそこで息を吐きだして、遠くを見るまなざしになった。
「ヴェロニカにウケないということはこれ、シェーラさんにはウケるかもしれないな。新境地?」
「なにが?」
「貫徹で疲労の限界を超えた俺。たしかにいままで、こういうの見せたことはない。よし、シェーラさんに会いに行こう。今こそ会わないと。ただいまもおはようもいってらっしゃいも言ってないなんて無理。会いたい」
明らかに、正常ではない。
本音がすべて口から出ている。
ヴェロニカは本気で心配している顔になり、ためらいながらもアーロンの行動に口出しをした。
「大丈夫? なんていうか、大丈夫? いま頭が最高に疲れきってるみたいよ。あなたたち夫婦がそれで良いなら良いけど。そうね、会ったらまず謝った方がいいと思う。なんで謝った方が良いかわかる? 心労かけたからよ? まさか、彼女が勝手に気を揉んだだけだなんて思ってないわよね? あの顔色の悪さは確実に、あなたのせいだからね?」
的確に畳み掛けるヴェロニカ。
アーロンの紫水晶の瞳に、強い光が灯った。ヴェロニカの立つ戸口へと足を向けて歩き出しながら、早口に言う。
「時間を戻せるなら戻してやり直すよ。だけどさすがに俺でもそれは無理だから。心労でシェーラさんが作戦中に怪我をしたら大変だから行ってきます」
「急いだ方がいいわよ」
すれ違いざまに、アーロンはヴェロニカに視線を流して言った。
「ありがとう」
「べつに」
手間がかかる、と言わんばかりに苛立ちを顔に浮かべつつ、ヴェロニカは的確な忠告をする。
「なんでもないようだったら、現場にまかせて、余計な口出しはしないで見つからないうちに帰って来なさいよ。シェーラ副隊長のメンツを潰すのはあなたの本意ではないでしょう」
廊下に出てから、肩越しに振り返り、ひらっと手を振ってアーロンは笑った。
「いつも本当にありがとう。助かる。気をつけて行ってきます」
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