第17話 長い道の先で交わる
――重い物なんて、持ったことはないだろう?
――魔術師って奴らは、危険な事は全部騎士団に任せて、美味しいところだけ取る。仕事をしているふりが本当に上手いな。
天才、という触れ込みで魔術師団に入ったアーロンに対し、物理で殴りかかってくるような恐れ知らずはいなかった。
だが、騎士団と共同戦線で野戦に出た際に取り囲まれて
実にくだらない。
くだらないその言葉に、心の深い部分がごっそりと抉られた。
(得意分野に合わせて、適所適材で、必要な分業をしていると、なぜ理解しないのか。他人の仕事を軽視し、自分が一番大変だと思いこんでいるのは、なぜだ)
思うだけならまだしも、遠慮なくぶつけてくる、とは。
言い返さずに黙っているなど、若き日のアーロンには耐え難いことだった。
とはいえ、「魔術師団が楽な仕事だと言うなら、お前たちもこちらに入団しろ」と挑発することはできない。魔術師になれるかどうかは、魔力があるかどうか、生まれた時点で明確に決まっている。魔力の無い者は、努力しても魔術師には絶対になれない。それがわかっていて「やってみろ」と言うのはフェアではない。
アーロンは、理性で堪える。
しかし、堪えない相手はここぞとばかりに好きなだけ言ってくる。「お前たちの分まで、俺たちが汗水流して働いているんだぜ」と。
――騎士団に行きます。俺は剣の訓練もしています。体力的に劣ることもありません。
思い余って、アーロンは配置換えを願い出た。
騎士団の中で実力を発揮し、わからせてやろうという気持ちがかすめたのだ。これは、ときの魔術師団長であった叔父に、「だめだ」と諭された。
――お前は「天才」だ。魔術の現場から離れてしまえば、魔術の発展はその分何年も遅れるだろう。さらに言えば、お前がどれだけフェアであろうとしても、魔力で肉体増強できるのは誰でも知っている。魔力を理解しない者ほど、その力を過信し、万能だと思いこんでいる。お前が一切それを使わず実力で勝ち上がろうとしても、「魔法を使っているから、強いんだ」と後ろ指をさされることになる。
――たしかに、魔力を持たない者、魔力を感じられない者に「使っていないことの証明」はできません。それでは、俺はどうすれば彼らとわかりあえるのですか。
――お前がどれだけ寄り添おうとしても、わかりあうことなど不可能。持つ者としてのお前に対し、相手が抱いてしまった感情は、お前にはどうすることもできないからだ。であれば、お前にできることは、自分を貫くことだけだ。
決して折れるな。
不平不満を口にすることに、なんの疑問を抱かぬ者に歩み寄ろうとも、問題は解決しない。
相手は全体など見ていない、ただ目の前の気に入らない相手を引きずり下ろすことしか考えていない。
お前が自分たちの側に落ちてくれば喜びこそすれ、そのことによって魔術師団・騎士団にどれほどの損害を生むかなんて、気にもしない。
大局を見ない者を相手にするな。
お前は「天才」だ。
ひとと違う才能があるということは、それを最大限生かすことに正義があり、寄り道をして時間を浪費するなどあってはならない。
叔父を始め、年配の魔術師たちは口を揃えて言う。
その教えに逆らうことなく、アーロンは自分の持つ魔術の力を、有効利用することだけを考えて生きてきた。
騎士団相手には、魔術師ながら騎士よりも前に出て戦うことで「お前らが何人いても、俺ひとりにかなわないんだな」とわからせることにした。
(才に恵まれた自分は、他人より努力し、何倍も働き、弱音は吐かず、孤独で居続けることだけが正しいと自分自身に言い聞かせてきた)
アーロンが「天才だから、天才として生きている」と口にしたとすれば、それを「止むに止まれぬ」などとは誰も思わないに違いない。
傲慢な印象を与え、大なり小なり反感を買う。
そして、助けて欲しいときに助けてくれるひとはいない。
損な役回りだなと思う。
九割自分が引き受けるのは納得しているので、残りのほんの少しだけ、ときどき寄りかからせて欲しい。
そんな相手には、一生巡り合わないと、漠然と諦めていたのに。
かつて一度話したことがあり、入団当初から気にかけていた女性、シェーラ。
彼女もまた、女性の中では少しばかり異色の能力が在り、それを生かすために騎士団に入団したことによって、周囲に少なからぬ動揺を与えている存在だった。
自分と似ている、とまでは思わなかったが。
潰れないでくれればいい、と遠くから願っていた。
何も、いつまでも遠くにいる必要はなく。
直接会話をしてみても良いんじゃないかと気づいたのは、間抜けなことに本当に最近なのだった。
そうして、実際に会って話した彼女は――
* * *
次の予定はいつにします? と食堂で話してから、互いに連絡を取り合い、二人で話す機会を作るようになった。
「子どもの頃、誰かに言われたんですよね。『奥様になるつもりで、鍛錬をしないでいると騎士にはなれないけど、両方捨てないつもりでひとまず鍛錬続ければどっちにもなれる、潰しがきく』みたいなこと。結局、適性はあったので、騎士にはなれたんですけど……」
夜も更けた頃、騎士団の宿舎の三階。
窓の外からこっそりシェーラの部屋を訪れたアーロンに対して、シェーラは実にのどかな口調でそう言った。
数日前に婚約は公表したものの、まだ世間体もあり、気を許した付き合いのできない二人は、夜の密会をしても行儀良い距離を保っている。
寄り添うこともなく、備え付けの質素な応接セットで向かい合っての会話である。見た目は、会議であった。
どちらかが均衡を崩せば少しくらい、危うい展開もありえるのかもしれないが、飲酒どころか水も茶も用意せず、短い時間を想定した逢瀬では「何か」など起こり得る空気にはならない。
アーロンは、(このひと、なんだかどこかで聞いた話を始めたぞ)とすぐに気づいていたが、シェーラはそれが
どこかの誰かに言われて感心した話としてアーロンに話し始め、落ち着かない様子で付け足した。
「奥様の方の修行は、いつやめてしまったかも思い出せないんです」
「なるほど。それは奥様になってから考えれば良いのでは? 騎士になる前より、なってからの方が伸び幅は大きかったはず。奥様だって、同じですよ。なる前にあれこれ心配するより、なってから不足部分を伸ばせば良いんです」
結婚は覚悟がついても、その後はうまくできるかわからないという悩みらしい。アーロンが簡単に返すと、申し訳無さそうな顔をしたままのシェーラは、小声で言った。
「どこから手を付けて良いかもわからないのです」
「俺からすると、結婚相手がシェーラさんであるだけで、必要十分の条件を満たしているわけで……なにが不足なんですか? 俺が困ることがあるとすれば、相手がシェーラさんじゃなくなったときだけですよ」
「それはないです、いまさらそれは無いです! もう準備も進めていますから!」
焦って言い募るシェーラを見て、アーロンはふっと、笑みを漏らした。
そのまま立ち上がり、シェーラの腰掛けている二人がけのソファの隣に移動する。
アーロンが座り、座面が沈んだことでシェーラがぎょっとしたように身を引いた。
(ん~……何もしないつもりだったんだけど、その反応可愛いな、どうしよう)
明らかにドキドキしている。それを、アーロンは微笑ましい気持ちで眺めた。手は出しちゃだめだよな、いやグレーなくらいなら良いかなの間で悩む。楽しい。
一方のシェーラは顔を赤くして、何やらいろいろ考えている様子。
見ているだけで楽しいアーロンは、あえて手を出さないことに決めた。
アーロンがそれ以上動かないことに気づいたらしいシェーラは、顔を真赤にしたまま、アーロンの方へと手を伸ばしてきた。せっかくなので、アーロンはその手を掴む。シェーラが、顔から火を吹いて止まった。自分から動いた割に、それ以上は無理らしい。
にこにこ笑ったまま、アーロンはシェーラの顔をのぞきこんだ。
「可愛いので、抱きしめて良いですか?」
「だ……めです。まだだめです」
「いつなら良いんですか?」
「結婚したら、ですかね?」
「ああ、じゃあ、そういうのも込みで結婚ということで良いんですね。安心しました」
「!?」
確認しただけなのに、追い詰められたような表情になったシェーラが面白くて、可愛すぎて、アーロンは笑いながら手を持ち上げて、唇を寄せる。
思い出の中の、シェーラに騎士になることをすすめた
さてその打ち明け話を、自分はするのか。それとも、一生言わないのかな、と考えながら。
言わないかもしれないけど、ある日ふと思い出してくれたら。
いまはまだ自分だけが感じている彼女との運命を、彼女が気づいてくれたら。
それはそれで、嬉しいかもしれない。
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