第18話 結婚式当日

 アーロンとの、見合いという名目のデートから、約二ヶ月。

 新居の選定、衣装合わせ、来賓手配などすべての面で王宮官吏が主導し、さながら国家事業のような手厚さで準備は滞りなく進み。

 騎士団と魔術師団の歴史的和解を目的としたシェーラとアーロンの結婚式は、無事開催される運びとなった。

 迎えた当日。



「準備出来てるって聞いたから、顔を見に来たよ」


 夫となる男性は、大聖堂での儀式の際に初めてドレス姿の花嫁と対面する、という演出など気にしないらしい。

 真っ白の燕尾服を身に着けたアーロンは、世話係を帯同してシェーラの控室を訪れた。

 シェーラの周りで最終準備をしていた女性たちが、「わっ」と色めき立つ。


 普段あまり体の線の出る服装をしない彼だけに、いざというときの服装は、その顔の小ささ手足の長さ、黄金の等身バランスが際立って見えた。何より、眼鏡をしていてさえ顔が、凄まじく整っている。そろそろ見慣れてきたシェーラでさえ、呆気にとられるほどの見栄えだった。


 シェーラはオフショルダーで上半身こそ控えめだが、ウエストから下は砂糖菓子のようにふんわりとしたドレスを身に着けていた。ひとりで歩き回るに適した装いではないものの、アーロンを迎えるためにすぐに腰を上げた。


「アーロン様はさすがにお似合いですね。王族の結婚式でもないのにパレードをと言われたときは演出過剰ですとお断りしましたが、あれはアーロン様を見たい方のためのご提案だったのでしょう。ここにいないで、意味もなく聖堂内や周辺をぐるぐる歩いてきてみてはどうです?」


 夫となるアーロンの姿があまりに麗々しく、動揺したシェーラは目の前から消えてもらおうと誘導してみたが、もちろんアーロンにはあっさりいなされてしまう。


「君は本当に不思議な提案をするね。そんなに暇そうな新郎はいまだかつて見たことがない。ただ、君がこの服装を気に入ってくれたのがわかって嬉しいよ」


 アーロンは、自分の世話係は廊下に残し、介添えなしには歩くことのできないシェーラの前まで、ゆっくりと近づいて来た。


(イレギュラーな、事前の対面……。これは、儀式に対しても私に対しても敬意がないわけではなく。昨日私が「儀式までお会いしないということは、私以外の方がアーロン様を先に見て、私も夫以外のひとにさんざん花嫁姿を見られた後というわけですね」と余計なことを言ってしまったから……っ)


 考えなしの一言に対して、アーロンが「それはそれで面白くない」と珍しく機嫌を傾けてしまったのだ。

 まさかそこまで彼が「他の人より先に」を気にするとは思わなかったシェーラだが、アーロンの姿を見て考えを改める。

 先に見せてもらって良かった。

 やり直しのきかない儀式本番で出会っていたら、言葉も出なくなってしまったに違いない。


「本当にお美しい。今でも何かの間違いかと思います。こんな素敵な方が私の夫だなんて」


 目の前に立つアーロンに対し、シェーラはしみじみと賛辞を送る。何か言いたそうにしていたアーロンは、そこで軽く眉をひそめた。


「先に言われてしまった。いま、盛大に君を褒めるところだったのに、いざとなると歯の浮くような言葉が出てこなくて。愛の詩でも諳んじようと選んでいたら、完全に出遅れた」


「お気持ちだけで。私はだいたいアーロン様を前にすると、語彙が死ぬので、ひねったことを言うのは諦めました。思っているのに言わないよりは、単純でも言ってしまった方が良いかと、口にするようにしているだけです。とても素敵ですよ、目が潰れそうで直視できません」


「褒めてくれてありがとう。潰れたら回復魔法しっかりかけてあげるから、目を逸らさないで俺だけを見ていて欲しい。この先もずっと」


 紫水晶の瞳にまっすぐに見つめられて、シェーラはほんのり頬を赤らめ、視線を下げた。


「言われなくても……、アーロン様しか見ていません」


 正直に言ってしまってからふと、周囲の空気に気づく。

 忙しく立ち働いていたはずの女性たちが全員、窒息寸前のように息を止めていた。

 わーっ、とシェーラは慌てて声を上げた。


「あの、ただ会話しているだけなので! お仕事続けて頂いて大丈夫です、すみません!」


 すると一様に「いえいえ、どうぞそのまま」「聞き漏らさないようにしているだけです」「呼吸音も邪魔かと控えていまして」「推しと同じ空気は尊すぎて吸えない」と言い返される。「あのお二人は、ただの会話であれですよ」と小突き合ってさえいた。


「結婚するわけですから、他の男性を見ていたらおかしくないですか!? 私、そんなに変なことは言ってないと思うんです……けど!!」

「わかりますわかります、シェーラ様、その通りです」「今日の主役のお二人ですから、何をなさっても許されますよ」「むしろもっと供給を」


 焦って弁解らしきものをしても、どうも相手にされている手応えがない。それでも何やら大変恥ずかしいことを言ってしまったらしい、と火を噴くほどに顔を赤らめつつ、シェーラはアーロンに向き直った。


「眼鏡は、どうなさるんですか?」

「外しますよ。キスするときに邪魔でしょう?」

「あああ……」


 明らかに話の選択を間違えた上に、辺りでは声なき悲鳴が上がっている。

 シェーラはくっ、と奥歯を噛み締めた。

 今のは若干、アーロンが悪い気はするが、発端になったのは自分なので軽率さは認めざるを得ない。


(皆さんに、楽しみを提供したと思えば……! 体を張って、楽しみを……!)


 そもそもシェーラは、人生設計においてもし結婚することがあっても、大掛かりな結婚式など必要ないと考えていたのだ。

 だが今回は、「あの」魔術師団と「あの」騎士団のトップの結婚、という要素が大きいために、問答無用で盛大な式が企画された。

 王宮不仲二大派閥がここで和解を果たすと……。


 その件について二人は何度も話し合っている。


 悪いのはアーロンが入団当時に揉めた自分を含む当事者だけであり、集団同志の諍いにまで発展させない方法はあったのではないか、というのがアーロンの後悔だ。

 しかし、シェーラとしてはそれこそ理想論で、実際には難しかったのではないかと感じた。

 戦時下で共通の強大な敵がいるとか、未知の魔物が跋扈する中で協力が必須という状況ならともかく、現在はある程度計画を立てて行える魔獣討伐任務が主要な業務となっているのだ。

 戦略が大きく変わることがない以上、「露払いの騎士団、後方待機の魔術師団」の構図にも変化はない。

 特にヘイトの集中したアーロンがどれだけ譲歩しても、何を言っても、揚げ足取りからの叩きはあったはず。むしろその状況にあっても飄々と団長を務めている彼があっての、現在の絶妙な均衡なのではないかとも思わずにはいられない。彼以外では、もっと前に大きな問題になっていたかもしれないと。


「これからは合同会議でも積極的に歩み寄りの姿勢を見せましょう、まずは私たちから!」


 シェーラが勢いよく言うと、アーロンは曖昧な笑みを浮かべて答えた。


「騎士団が守り続けてきた騎士姫様を横からかっさらうわけで、新たな火種が。むしろ以前より俺へのヘイト値は上がります」

「それを言うなら私だって! アーロン様を夫にした件で魔術師団だけではなく王宮中のファンの方を敵に回すのでは!!」


 シェーラとアーロンが「いやいや俺が」「私が」会話を交わす横で、もう堪えきれないといった様子でいた年配の侍女が、お祝いを口にしつつ言った。


「政略結婚では? なんて当初は言われていましたけど、これだけお二人の仲が良いなら、心配も何もないですね。すぐにでもご懐妊の声も聞こえるでしょう」


 あけすけとした物言いに、アーロンが何かを言おうとした気配があった。

 しかしここは、シェーラが率先して答える。


「子どもができるかどうかは、体質の問題もあるそうですから、なんとも言えません。私の体が妊娠できるかは、そういった行為を試したことがないのでわからないです。ですから、その話に明確な返答はできかねます」


 結婚してから長く子どものできない女性、子どものいない夫婦も世の中にはいるのだ。はいはいすぐですね、と言われても「どうでしょう」としかシェーラとしては言えない。

 横で聞いていたアーロンが、真面目な表情になって「シェーラさん」と呼びかけてきた。


「なんですか?」

「試したことがないから、わからないというのは。……ええと、この先子どもができない場合でも、それはシェーラさん側の問題とも限らないと言いますか」

「そうですね。それも含めて、こういうことは、二人の間に子どもができて初めて、できるかできないかわかることでですよね? もちろん、妊娠したとあらば祝い事として皆さんにご報告したいと考えておりますが」

「つまり、前向きに考えていると捉えて良いんですよね。俺としてはそう受け止めますが」











「……あ~……」

「結婚式をするからには、ここにいる全員が『この二人、今晩初夜だな』とわかっているわけなので、そんなにいたたまれない顔をしなくても……、あの、シェーラさん?」


 手袋をした手で、シェーラが顔を覆うようにすると、慌てて周囲の女性たちが「お化粧落ちますよ!」と声を上げる。

 そのため、真っ赤な顔を隠すこともできず、シェーラはうつむいて呟いた。


「あの……魔獣討伐任務に……行ってきます、今晩」

「さすがに結婚式当日にその仕事は無いと思いますが、シェーラさんが行くなら俺も行きますよ、そうすると初夜は野営先でとなりますが」

「バ……」


 馬鹿なことを言わないでください、とよほど言いかけたが、おそらく客観的に見て馬鹿なことを言っているのは自分だ、という自覚がシェーラにはある。往生際の悪さ待ったなし。

 ろくに言い返せず、ただ己の愚かさを噛み締めているシェーラへと、アーロンはそっと手を伸ばして軽く抱き寄せる。額に触れるだけのキスをして、すぐに身を離した。


「これ以上追い詰めるわけにはいないので、俺はここで。また後で会いましょう、愛しの花嫁」


 そして、女性たちに労いの言葉をかけて出ていく。完全に気配が去ったところでシェーラは崩れ落ちかけたが「椅子はこちらに」と丁寧に介助されて、床に倒れ込むことはなかった。



 * * *


 

 その後、二人は結婚式に臨み、つつがなく誓いの儀式を終えた。

 緊急魔獣討伐任務で召集を受けることもなく、二人で暮らすための新居に予定通り帰宅した。

 そこから二人の、長い結婚生活が始まる。


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