第21話 侮りの気配には毅然と

 政略結婚というのが、当初からの名目として厳然とあるのだ。


(騎士団と魔術師団の架け橋になるのが、私の役目ですからね……!)


 会議室新婚さん盗み聞き騒動の後、居合わせた全員揃って食堂に向かい、大所帯での食事を済ませた。

 午後からは、調査任務での遠征に先立ち、騎士団と魔術師団で顔合わせと打ち合わせ。

 アーロンとは別行動になったが、シェーラとしては「ぜひともこれまでの合同任務とは違う空気にしなければ」との意気込みで臨んだ。


「シェーラ副団長、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします!!」


 参加する魔術師団の女性団員に挨拶をされて、シェーラは天真爛漫そのものの笑みで返す。

 リルというその女性は、肩までの青い髪に金色の瞳で、年齢はシェーラより五歳ほど若く、二十歳前後。


(この方、アーロン様に心酔している方だったはず。結婚のことはよく思ってないかも……、結婚というか、私のことを)


 鋭い視線を向けられて、顔に出さない程度に警戒しているシェーラに対し、リルは不機嫌を隠しもしない態度で「あの」と口火を切った。


「結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます!」


 シェーラは、一切の影も裏も無い態度で礼を述べたが、リルは眉間にぐっと皺を寄せてさらに強くシェーラを睨みつけてきた。


「私あんまりしゃべりが上手くなくて、失礼があったら申し訳ないんですけど。おめでたいのはわかるんですけど、今回のことは結構残念だなって思ってるんですよね」

「どういう意味ですか?」

「だから」


 はぁ、とそこでリルは特大の溜息。

 横を向いて「どう言えば伝わるのかなァ」と独り言を漏らしてから、ちらっとシェーラに視線を向けてきた。


「私はいままで、シェーラ副団長は結構気骨があるんだなって思っていたんですよ。男のひとの間にいても、女を使ってないっていうか。実力で役職について、誰にでも公平に接して、性格良いんだろうなって」


 相槌を打つことなく、シェーラは黙ってその言い分に耳を傾けていた。


(……しゃべりが上手くないと最初に断りを入れているとしても、これは無礼だな)


 上下関係の厳然とある場で、目上のシェーラに対して「結構気骨がある」という自分なりの評価をぶちあげる。

 本人にそれを直接言う、つまり「自分が認めてあげているあなた」という評価に、シェーラが「褒めてくれてありがとう」と喜ぶと、本当に考えているのだろうか。

 思っているのなら人の気持ちをわからなすぎるし、嫌味のつもりでも時と場を考えれば行き過ぎである。


 シェーラは顔色を変えないまま、特に遮ったりはせずリルの言い分に耳を傾ける。リルはシェーラの態度を気にかけた様子もなく、話を続けた。


「親近感みたいなの、あったんです。私もそういう、ひとに媚び売ったりするの苦手なんで。将来的に、シェーラ副団長みたいに仕事できたらなって。それがなんか、急にここに来てぱたぱた結婚したりして、あれっ? 仕事はどうするんだろうって」


「仕事は続けていますよ、ご覧の通り」


「なんのためにですか。お金に困ったりとか無いじゃないですか。それなのに、危ない上に女性には体力的にもきつい仕事、なんで続けるんですか。べつに、家に入ることを馬鹿にしているんじゃなくて、奥様としてやることもたくさんありますよね。わざわざ外で働き続ける理由ってなんですか」


 難しい顔をしながら、まっすぐにシェーラを見つめてくる金色の瞳。

 逸らすことなく見返し、なるほど、とシェーラは得心した。


(いるなぁ、こういう子。子って年齢でもないはずだけど。「不器用」を言い訳にすれば「ただ無骨で正直なだけ」で無礼な発言も許されると信じているような……。それで注意すると「私馬鹿なんでよくわかんないですけど」って、責める相手が意地悪に見えるように揺さぶりをかけてきたりするんだよね)


 戦闘部隊は命令系統の混乱を避けるため、上下関係は絶対である。

 加えて「能力の無い者が要職につくことにより、組織が弱体化することを防ぐため」身分にとらわれない人事をすると、表向きはうたっている。

 だが、日常の何気ない場面での身分差は、貴族社会の複雑さそのものとして存在している。

 こういった緊急性のない会話において、身分も立場も上の者に失礼な発言をすることは、許されることではない。

 わかっていないのか、わかっていない「ふり」なのか。

  

 シェーラは日頃、人より前に出ることもなく、誰とでも笑顔で接することが多い。

 場合によっては、天真爛漫で裏のない性格にも見えることだろう。

 つまり、よく知らない相手からすると、いかにも馬鹿にしやすく、反撃もしてこないように思い違いをされることがある。

 これまでこういう手合に狙われたことも多く、その手の内は比較的容易に読める。

 対処は慣れている、と笑みを向けつつも、きっぱりとした口ぶりで告げた。


「『不器用』は言い訳にはなりません。リルさんが、真面目で朴訥で思ったことを素直に口にしてしまうがためにひととぶつかることがあるとすれば、それはその都度反省してください。不器用なら器用になる努力をすべきであって、それをたてに放言を許してもらおうとするのはずるくて性格が悪いだけです」


 あきらかに予想外だったのだろう、リルが目を剥いて、口から泡を飛ばしながら反論してくる。


「なっ……、私はべつに、性格が良いと思ってもらおうなんて、考えていません! だけど、シェーラ副団長はどうなんですか!? 他人に対して、頭ごなしに『性格が悪い』と言えるほど、自分の性格は良いと信じているってことですか!?」


(さて。馬脚をあらわしましたか。さきほどは私に対して「性格良いんだろうな」って言ってましたが、あそこからすでに私と話すための方便でした?)


 シェーラは笑顔を崩さぬまま、答えた。


「どちらの性格がより良いかなんて、あなたと同レベルで争うつもりはありません。あなたに私の性格を認めてもらおうとも、考えていません。あなたに認めてもらわなくても、私は私。なんでしたっけ、あなた、私に対して『結構気骨がある』と言いましたか。そうですよ。私は気骨のある人間だけに、あなたが考えつく程度の嫌味で顔色を変えたり泣いたりはしないんです」


 くっ、とリルが歯を食いしばったような顔になる。

 シェーラとて、伊達に、戦闘職気質ではないのである。

 何か言われたときには、言われっ放しでは終わらない。

 たたみかけるように、上官として告げた。


「実力で仕事をしようというときに、性格の粗を粗のまま認めてもらおうなんて、そんな甘いことを一瞬でも考えたら足元をすくわれます。同程度の技量で並ぶ者がいたら、折り目正しく性格が良い方が選ばれます。少なくとも、生活態度や性格が悪いのを問題とも思わない人間は、組織には警戒されますし、重用されません」


「でも、アーロン様は実力だけで周りを黙らせています!」


 その名が出た瞬間、シェーラは目つきを恐ろしく鋭いものにした。


「あなたは、自分がアーロン様と同じことをして許される才能だとでも、思っているんですか?」


 ひんやりとした空気が漂い、辺りでひゅっと息を呑む音がする。

 萎縮した団員たちの間から、果敢に飛び出したのはエリクで「副団長、時間押していますよ?」とシェーラに声をかけたが、すでにシェーラの空気は戦闘時のそれに近い。

 気迫に押されて、さすがに口をつぐんだリルに対して、ダメ押しのように言い放った。


「だいたい、アーロン様は性格がものすごく良い! どうして、そばにいるあなたがそれを見過ごすんですか? あんなに素敵な方そうそういないじゃないですか……! あの方の良いところであれば、私はいくらだって語れますからね。いいですか」


 深く息を吸い込み、語ろうとしたところで、エリクがタイミングを見計らって「副団長、お時間が」といま一度口を挟んだ。

 

「アーロン様が素敵な旦那様であるのは、もちろん皆存じ上げておりますし、めちゃくちゃ興味津々で聞きたいんですけど、いまは打ち合わせの場なので! ぜひ時間外に! きっとアーロン様もノリノリで語ってくれると思いますので、作戦が終わったらぜひとも希望者を募り、合同で親善飲み会を開催いたしましょう……!」


 絶妙な呼吸で、誰もが言おうとして言えなかったことをここぞとばかりに提案したエリクに、称賛の視線が集まる。


(仕事中!)


 熱くなりかけていたシェーラは、そこでハッと我に返った。

 ごほ、とわざとらしく咳払いをして「その通りですね」と早口で答えてから、笑顔で仕切り直す。


「それでは、作戦会議をはじめましょうか」


 頭ごなしに、まるで横っ面を張るような厳しく叱られたリルは、不満げに押し黙ったまま、金色の目でシェーラを睨み続けていた。

 

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