第三章

第19話 新婚生活は仕事とともに

「二人とも、本当なら一ヶ月は休みが欲しいですよね」


 アーロンは結婚式前、シェーラにそう言った。

 それはそれは甘い笑顔で。熱っぽい視線で。


「一ヶ月も何をするんですか?」

「それはもう、全部です、全部」

「……全部……?」


 新婚スターターキットでもあるのだろうか? とシェーラは首を傾げたものの、どうせ本気ではないだろうと流していた。何しろ、二人は揃いも揃って、現在は国の要職にある。

 案の定、シェーラは騎士団で確認はしてみたが「せめて半年前から調整してくれていないと」と言われた。なお、アーロンも同様の回答を得たとのこと。交際から結婚まで時間をかけなかった二人が、半年前から新婚生活の予定を組めるはずがない。

 結婚式翌日は休みだったが、翌々日は二人揃って出勤。

 早速、騎士団・魔術師団合同の円卓会議。

 騎士団長バートラムが、司会進行を兼ねて流れるように今回の概要説明。


怪魚オロボンの大量発生と魔海狸アーヴァンクの異常行動が見られたアンデイヴ山への調査任務、場合によっては討伐ということで、早急に隊を編成する。周辺には脅威となる高レベルの魔物の出現情報はないから、今回は新兵を中心に組む形になる。隊長クラスは魔術師団でそれなりの人間を出してくれ。騎士団からは副団長のシェーラ」

「はい」


 名前を呼ばれたシェーラは速やかに返事をする。

 つい最近まで、合同での会議となればギスギスとして空気が悪かったが、今は表面上とてもスムーズに進行していた。

 

「魔術師団からは俺が」


 バートラムの隣で、フードも眼鏡もなく素顔をさらしたアーロンがすかさず名乗りを挙げる。


「アーロン団長はいま、転移魔法の範囲拡大に関する研究にかかりっきりのはずでは。別の者を出してください」


 秒で却下。

 アーロンは、白皙の美貌に不自然なまでに明るい笑みを貼り付けて言った。


「そちらは寝ないでやりますので、調査隊にも加わります」

「寝ないでということは、新居に帰宅せずに? 新婚生活に悪影響があるのでは?」

「この際、転移魔法を実地で試すということで同行するのも良いですね。全員俺が山まで送って、連れ帰ってきます。即日で」

「アーロン団長なら意地でもやり遂げるかもしれませんが、さすがに魔力枯渇で倒れるでしょう。枯れ果てて朝まで白目剥いて倒れている場合ですかな。新婚なのに」


 新婚をさかんに当てこすられて、ひくっとアーロンが口の端を吊り上げた。

 アーロンとバートラムは、魔術師団と騎士団の関係性を考えれば、実はさほど仲が悪くない。

 特に、ここ二ヶ月の間で、公的な場でもずいぶん打ち解けて話すようになった。以前には考えられなかったことだ。

 だが、このときはほんのりと不穏な気配が漂っていた。

 シェーラは、素早く口を挟んだ。


「そのときは、妻が! つまり私が誠心誠意アーロン様を看病します。ご安心ください!」


 どん、と薄い胸を拳で叩いて、力強く言う。

 なぜか、しん、と辺りが静まり返った。

 その静寂に責任を感じたように、バートラムが咳払いをして口を開く。


「その、なんだ。二人は仲良くやっているか? こう、結婚式も過ぎたわけで一緒の家で暮らし始めてお互いの仕事以外の面も見る機会があってだな、つまり。仲良く」


 仲良くとは? と首を傾げつつ、シェーラは聞かれたことに答える。


「特に悪くなるようなことはないので、良いと思います」

「そうかそうか、仲良くしているか。うんうん、良いことじゃないか」


 いかにも含むところのある、バートラムの相槌。

 その含むところが皆目思い当たらないシェーラは、会議の終わりの気配を感じて辺りを見回していた。


(決めることは決めたし、出立の準備に入らないと。魔術師団は誰を出してくるんだろう。騎士団が新兵中心ということなら、戦力的には一騎当千のヴェロニカ様がありがたいな)


 ヴェロニカとシェーラは、これまで行動を共にすることが多かった。

 お互い、作戦行動中に私語をするタイプではないので会話は多くなかったが、その無駄口を叩かないところが、まさにシェーラにはとにかくやりやすい相手なのである。

 作戦中でも、ひとたび緊張感が薄れると口数が増える者もいる中で、ヴェロニカは必要のないことを言わない。いるだけで自然と空気が引き締まり、騎士団と魔術師団の不毛な争いも発生しにくいのだ。

 シェーラが期待を込めた目でヴェロニカを見ると、さっと視線を逸らされた。


「魔術師団からは、リルを向かわせます。あとはユリウス。少し、実戦経験を積ませたいので」


 リルは魔力量のある女性魔術師で、ユリウスはまだ少年のような見た目の若手だ。


(ユリウスたぶん優秀だけど、なにかと変わった行動が多い……。リルさんは明らかにアーロン団長に心酔しているから、結婚のことは、どうかなぁ)


 新人の子守りと女性団員との衝突を覚悟したところで、バートラムの背後に立っていたエリクがすかさず言った。


「新兵中心となれば僕もですよね。書類仕事は終えていますのですぐにでも出られます。魔術師団との連絡係もお任せください! 荷造りと手続き関係も! 経験になりますので!」

「お~、働くなぁ、エリク」


 バートラムが感心したように頷くと、エリクはさらにダメ押しのように続ける。


「ということで、解散でよろしいでしょうか? あの……新婚の方もいるわけですから! あんまり拘束しちゃいけないと思うんですよね!」


 決まることは決まっていたので、この一言をきっかけにほどなくして会議は終わりとなった。

 それまで、あまり発言をしていなかったアーロンがにっこりとエリクへと微笑みかけた。


「ありがとう。心遣いに感謝するよ」



 * * *



「シェーラ副団長……わからないですね……」


 三々五々解散して、会議室を後にしたエリクが、思わず先を行くバートラムに声をかけた。周囲に他の者がいるときならそうはいかないが、エリクもそこは実に心得たタイミングで話し始めるので、バートラムはエリクの私語に目くじらをたてるところがない。


「わからんな、あれは。まさか『仕事中に異性の上司から新婚詳細を聞く』わけにもいかないから、俺が表立って聞けるのはあのくらいが限度だ。今日の質問でもぎりぎりかすれすれか」


「そうですね。踏み込みすぎるといけないというのは、僕もわかります。でも、難しいですよね。あれもダメ、これもダメでプライベートの話って話せる範囲がすごく狭いじゃないですか。こっちだって、迂闊に話さないように、いっそ興味を持たないようになるし……。だけど、幸せなときって『話したい・聞いて欲しい』みたいな気持ちは絶対にあると思うんですよ。こっちだって正直めちゃくちゃ聞きたいですよ、二人の新婚生活」


 エリクからすると、シェーラとアーロンは、始まりはどうあれ、非常にうまく行っているように見えた。であれば、少しくらいのろけたい気持ちもありそうだし、周りとしても大いに聞く心づもりもあると考えている。

 それなのに、いざ話そうとすると「ここは職場」「仕事中」「プライベートは大切に」と様々な抑止力が働き、うまくいかない。


「たしかに、俺も気になるし知りたいし、政略結婚が発端なら把握してしかるべきことだと思う。だが、覆水盆に返らず。口は災いの門。人の口に戸は立てられぬ。とは昔から言うわけで、言わなければ、多くの災いが未然に防げる。だから、こちらからは聞かない。特に、人前ではな。相手だって、聞かれていないことは、話さないだろ」


 バートラムの発言に対し、エリクとして反論はない。


「僕は真面目なので、線引きしようと思うと、どこまでもしてしまいます。興味がないわけではないので、相手が話してくれるなら聞きたい気持ちはいつだってあるんですが」


 言いかけたエリクの背に、どん、という衝撃。「えっ?」と声を上げて振り返ったところで、背にしがみついていたユリウスが顔を上げ、にこっと笑った。


「さて。新婚の二人の会話を聞きに行きましょう! そのために会議室に二人を残してきたわけですよね? 盗聴なら任せてください!」

「魔術師団はそれで良いんですか……?」


 騎士団はそこ、配慮してるよ? と、呆れてエリクが言い返す。

 ユリウスの向こうに、ヴェロニカをはじめ数名の魔術師団の姿があった。エリクは念の為「アーロン様相手に、盗聴なんかうまくいきますか?」と尋ねるも、その横をバートラムがさっさと歩いて行き、ヴェロニカたちに合流してしまう。


「団長まで」

「あの二人はふつうの結婚じゃない。魔術師団と騎士団の仲直りのための起死回生策なんだ。うまくやってるかどうか把握しておくのは上司の仕事の範囲だ。なぁ、ヴェロニカ副団長」

「その通りね。アーロンが口を割らないなら、割らせるだけだわ」


 バートラムが、一秒も悩むことなく寝返っていた。

 ヴェロニカと実に呼吸の合った会話をしつつ、ぞろぞろといま後にしてきたばかりの会議室の方へと、全員が引き返して行く。

 説得しようと口を開きかけ、諦めて、エリクも後を追った。

 バートラムが仕事だと言うのなら、仕事なのだ。


「どんな新婚生活を送っているのか、興味はありますからね……!」


 自分に素直に、盗聴集団に加わってしまった。


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