第13話 手紙と招かれざる訪問者

「エリクです。騎士団長ではなく魔術師団長から、シェーラ副団長へ手紙を預かってきています。ドアを開けて頂く必要はありません。下から投げ込みますので、ご確認ください」


 エリクという白髪の少年、こと任務の遂行に関しては、もはや騎士団屈指の鬼と言って良い。

 用件を聞いたシェーラが「あ」「う」とまともな返事すらできないでいる間に、本当にドアの下の隙間から手紙を押し込んできた。

 手際よく用事を済ませた後は「では」と言って、速やかにドアの前から立ち去ってしまう。


 すでに心臓が痛いほど鳴る中、シェーラはドアまで歩み寄り、封筒を拾い上げる。

 淡い水色。

 見合い前に受け取った手紙と同じで、エリクの言う通り差出人が同一であると知れた。

 さらには、開こうとした瞬間まさかの可能性に思い至って、ぼぼぼ、と湯気が出そうなほど顔を赤らめる。


(ま、まさか、この手紙の色、私の瞳の色じゃないよね……? うん。恋人同士が推しカラーを身につけるのはメジャーな意思表示だけど、小物にまで行き渡らせるだなんて、偶然だよね? 考え過ぎ、うんうん)


 自分が彼の色である紫を取り入れたいだなんて邪な妄想に耽っていたから、関係ないものまでそう見えてしまうのだ、と結論づける。

 少なくとも、見合い前に封書を受け取ったときには、一切色については考えなかったのだ。

 今回も無心で、と自分に言い聞かせて封蝋に指で触れる。

 魔法でもかかっていたのか、蝋は指先で簡単に溶け崩れて封が開いた。

 カタカタカタ、と震える手で、たたまれた便箋を取り出し、開く。



“昨日はどうもありがとうございました。

 今日は、思いがけないところでお会いしまして、満足な挨拶もできないですみません。

 これから会えますか?”



「んー……?」


 首を傾げた拍子に、声が出た。

 一行目は、わかる。

 二行目も、「本日私達、満足な挨拶もできないどころか、もっと色々ありましたよね?」と思いつつも理解の範疇。

 三行目にして、いきなりの摩訶不思議案件。


(「これから」とは、いつを起点にして、どのくらい先のことを言っているんですか……!?)


 この文章だけを見れば、比較的近々の日程から、今後将来的にという壮大な時間軸の中において「我々は顔を合わせることはあるのか」との問いかけと考えられる。

 受け取りの幅が、あまりにも広すぎるのだ。


 シェーラとて、この先彼と会わないわけにはいかないことを、理解している。

 会いたい気持ちもある。

 一番の本音は「会ったら自分が何を言ってしまうのかわからないので、今はまだ会いたくない」ではあるが。


 失言をする。失態をする。

 できればそんな自分を、彼に見られたくない。会いたくない。

 だけどやっぱり、会いたい。

 一人でいるよりも、二人でいる方が楽しいと、すでに期待してしまっているから。


「……昨日最初に会ったあたりで、時間が永遠に止まってくれていたら良かったな」


 好きになる前は、普通に会話ができていたのだ。

 好きかもしれないと気づいた途端に、ぎくしゃくして顔も見られないだなんて、ひどすぎる。

 こんな状態で、結婚なんかとてもできない。

 なにしろ、同じ空気を吸うだけで、心臓が止まりそうなのだ。

 一緒に過ごしたら、死んでしまうかもしれない。物騒この上ない。


(ひとまず返事……。受け渡し方法はわからないけど、エリクに頼めばなんとかしてくれる気がする)


 どんな暴投も必ずキャッチするエリクに対して、騎士団員の信頼は厚い。

 そうと決まれば、ペンと便箋を用意して、と机に向かって歩き出したところで。


 コンコン。


 再びの、ノック。エリクが引き返してきたのかと、シェーラは別段警戒もなく「はい、なんですか」と声をかける。

 ほんの少し、長めの間を置いて、ドアの向こうの人物が答えた。


「マドックです。副団長、少しお時間頂けますか?」


 騎士団所属の部下である。


(なんだろう?)


 用事でもあるのかな、と相手の仕事ぶりをざっと思い出しつつシェーラはドアへと向かった。

 マドックは、騎士団内ではさほど関わる相手ではなく、普段は寮でも特に顔を合わせることはない。

 もっともそれは、寮を利用している唯一の女性団員として、シェーラの生活区域に男性が近づかない配慮がされていることが大きい。


 騎士団寮は王宮敷地内にある別棟で、城下に屋敷のある者が連勤の際に寝泊まりに使ったりすることもあれば、家にまったく帰らず住み着いている者まで様々である。

 シェーラの利用形態は半々といったところで、用事があれば家に帰るが、面倒なときは通勤時間が短縮できるという理由で、寮に連泊している。

 その間、シェーラの割り振られた三階の角部屋付近、及びその周囲からは人影が無くなるのだ。

 男性たちの中で協定があるらしいと小耳に挟んだことがある。

 シェーラとしては申し訳ないやらありがたいやら、という複雑な心境であった。


「何か用ですか?」

「お届け物です。ドアを開けて頂いてよろしいでしょうか」


 届け物。

 普段なら、「誰から、何が届いていますか?」と尋ねる。

 しかしこのときは、直前にエリクからアーロンの手紙を受け取っていたこともあり、意識に隙が生じていた。

 もしやその送り主もアーロンでは、と心がざわつき判断が鈍った。

 さらにいえば、アーロンの名前はいまだ騎士団内では仇敵も同然。

 副団長であるシェーラが、私用でアーロンから物を受け取っている、と部下に知られるのも抵抗がある。

 結果的に、ろくに確認もせずにドアを開けてしまった。


 シェーラは、戦闘職として、常日頃から肉体を鍛えている。

 それでも、騎士団の男性たちの間に立てばどうしても、見た目は細く頼りない。身長や体の厚みが、足りていないのだ。

 このときも、ドアを開けた先にいた相手を、見上げる形になる。

 体格に恵まれたマドックは、肩幅も胸板も分厚く、ゆうにシェーラの倍はあった。


「わざわざ、ありがとう」


 あまり送り主や物に言及しないよう、シェーラは言葉少なに礼を述べ、手を差し出す。

 その手首をぐいっとマドックに掴まれた。


(荷物は?)


 そんなことをしたら、落としてしまう、と間の抜けた考えが脳裏をかすめる。

 それが反応の遅れとなり、シェーラは容赦なく両手首を押さえ込まれ、ガタン、という派手な音とともに床に押し倒されていた。

 不覚。

 悟ったときには重量のあるマドックが腰に乗り上げていて、口には強引に布を押し込まれてしまった。叫んで助けを呼ぶこともできない。

 この一連の出来事が何を意味しているのか、シェーラとて嫌というほど思い当たる。


 引きつったような表情のマドックは、シェーラを見下ろして言った。


「どうしてよりにもよって、相手があの男なんだ。騎士姫さまのことは、ずっとみんなで大切に見守っていたのに。俺らの中の誰かじゃなくて、魔術師団の男だなんて。そんなの、騎士団に対する裏切りだ」

「……ンンっ」


 布のせいで声が出ない。

 シェーラはきついまなざしでマドックを睨みつけたが、暗い笑みを誘っただけだった。


「どうせあの男に汚されるなら、いま俺が思いを遂げさせてもらう。そのくらいいいだろう、入団以来ずっとあんた一筋だったんだ」


 何が、「そのくらい」で「いい」のかと。

 誰がそんな許可を出すのかと。

 シェーラは隙をついて抜け出そうとマドックを窺うが、いかに格下の部下とはいえ、この体勢では技量の差ではなく単純な体格差が物を言う。

 しかも、仲間であるだけに、シェーラの手の内は知り尽くされており、反撃は十分に警戒されているはず。


(どう、しよう。ここは普段ひとが近寄らない。物音を立てても気づかれるかどうか。どうしてこんなことに……!)


 自分の迂闊さを呪うシェーラに対して、マドックは達成感を覚えているような笑みを向けた。

 そのまま上体を倒し、シェーラのほっそりとした首筋に顔を埋めた。


 

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