第2話 いけすかない男の代名詞

「絶っっ対に、嫌です。アーロン様とお見合いだなんて。アーロン・エウスタキオ! いけすかない男の代名詞ですよ。これまで、たっくさんの女性を泣かせているのだとか……!」


 王宮の一角。王立騎士団の、団長執務室にて。

 副騎士団長であるシェーラは、団長であるバートラムから呼び出しを受けていた。そして、寝耳に水としてもひどすぎる縁談話を持ち出されたところであった。

 すなわち、魔術師団の団長、アーロン・エウスタキオとの見合い。

 後頭部で束ねた白金色の髪を振り乱し、水色の瞳を見開いてシェーラは力説する。


「騎士団の仇敵ではありませんか……! お見合いなんてしてどうするんですか」


 髭面で筋骨隆々とした男、騎士団長のバートラムは、翼を広げた大鷲の旗を背に立ち、騒ぎ立てるシェーラに対してこんこんと諭すように言い含めた。


「そう言うがな、シェーラ。アーロンはただのいけすかない男じゃない。あの若さで魔術師団長だ。地位も収入もある上に、見た目も良い。家柄も良いしな。女性を泣かせているのは縁談も告白も片っ端から断り倒しているからだ。本当にいけすかねえなこのやろう。とにかく、守りが鉄壁過ぎて、これまで浮いた噂ひとつない。夫にするには理想的じゃないか」


 その言葉のどこにも、嘘はない。

 実際に、条件面では非の打ち所のない相手というのは間違いない。

 シェーラとて、わかっているのだ。


(そんな方が、私を相手にするはずがないということも含めて)


 それを口にすることはできず、往生際が悪いと思いつつも論点逸らしを試みる。


「魔術師なんて、得体のしれない呪文で戦うだけで、身一つで敵に挑む騎士とは何もかも違いすぎます。私は、自分より腕力がなく、ひ弱な男が無性に嫌なんです。無理です」


「ひ弱どころか、アーロンは強いぞ。間違いなく歴代最強と言われている」


「歴代最強でも嫌なものは嫌です! 面と向かって戦ったら、きっと私の方が強いですよ!? おととい来やがれですね……!」


 バートラムは、そこではっきりと首を振る。


「嫌でもなんでも、これは仕事上の命令だ。ここ数年の騎士団と魔術師団の仲の悪さは史上類を見ないほど。もはや王宮の食堂や宿舎で内戦が始まるのではないかと言われ続けるに至り、陛下から『どうにかしろ』と直々に命が下った。それで私と師団長が話し合った結果、『政略結婚』に落ち着いたわけだ」


 真面目くさって打ち明けられた内容は、当事者のシェーラからすると「正直でよろしい」と許せるものではない。

 シェーラは「団長?」と低く脅しの効いた声で言った。


「騎士団と魔術師団の不和ですよ!? 長年戦争してきた敵国同士の外交政策じゃないんですから! 代表同志の結婚で片がつくような問題でもないですよね!?」


「いや。これはもう、実質戦争だ。王宮で繰り広げられるこの内戦を終わらせ、かつてのような友好関係を復活させるには、政略結婚の他に手はない。まずは見合いだ。行け、シェーラ」


「どうせなら、辺境の魔獣討伐にでも行かせてください。そうでなければ、もう私のことは死んだものと思ってください。魔術師団長とのお見合いなんか無理です」


 精一杯粘ったが、遠征任務も死亡工作もすべて拒否され、見合いの日取りを言い渡されて退室を促された。

 期日は一週間後。「間違えても騎士の正装なんかで行くなよ、きちんと女に見える服装で臨め。もとを正せばお前は伯爵家の御令嬢なんだ、何らかの偽装くらいできるだろ」と、団長はずけずけとシェーラに言った。



 * * *



(たしかに私の生まれは伯爵家ですし、「令嬢」らしい装いをすることもかつてはありましたけど……。もう立派な行き遅れの、二十六歳です。令嬢どころか同年代の友人たちは奥様とかご婦人とか未亡人になっている年代です。「女に見える服装」だなんて、見た目だけどうにかしても無理があるでしょう。この筋肉)


 団長室を後にして、廊下を早足で歩きながらシェーラは自分の固く引き締まった腕を片手で軽く撫で、悶々と考え込む。

 どこもかしこも鍛え続けてきて、柔らかさなど少しもない体。顔まで筋肉になることはなかったが、たおやかに優しく微笑むなど無理。

 ふと窓ガラスに映る自分の甘さのかけらもない顔を見ては、溜息をつかずにはいられない。


 アーロン・エウスタキオ。

 そのいけすかない男は、魔術師の名門・エウスタキオ一族きっての実力者。年齢は三十歳手前ながら、すでに王立魔術師団で最高位についているエリート中のエリート。


(王命により、団長と師団長で話し合ったって……。アーロン様もその場にいたと? ご自身が「政略結婚」の駒になることについて、アーロン様は納得されているとでも? そんな馬鹿な。ここで私ごときで妥協するだなんて。それでは、あなたはなんのために今日こんにちに至るまで多くの女性を泣かせ続けてきたのです)


 シェーラが十五歳で騎士団に入団した頃、すでに騎士団と魔術師団の関係はほとんど最悪だった。

 その理由こそ、アーロンそのひとにあると言われていた。


 魔術師団に入団以来、すべての階級を最年少で踏破し上り詰めていったアーロンは、魔獣討伐等、騎士団が名を挙げる絶好の機会において、考えられ得る限りの手柄を独り占めし続けてきた、という。

 強いのだ、掛け値なしに。

 さすがに見過ごせないと、騎士団から抗議を入れてもどこを吹く風。ならばと闇討ちの計画もあったらしいが、ことごとく返り討ち。

 こうして、双方の対立のど真ん中にいながら、ついには師団長まで上り詰めたかの人と、シェーラはこれまで会話はおろかそばに近づいたこともない。


 魔術師団の方では彼を崇拝する配下が睨みをきかせており、騎士団の者たちも「男のメンツの問題」と面倒この上ない理由で、女性であるシェーラを彼に関わらせないようにしてきていたのだ。


 それならそれでと、シェーラも出しゃばる気はなかった。興味もなかったことから、一触即発の空気とは距離を置いて淡々と過ごしてきたのである。

 その「ただの一度も面と向かっていがみあったことがない」という因縁の無さこそが、今回のきっかけになったのかもしれない。


 シェーラは、騎士団内での地位も高い。

 今回の「政略結婚」の手駒として、一番適切な立ち位置ではあるのだ。


 しかし騎士団所属として、魔術師団への悪感情にはどうしても染まっている部分があると自分では思っている。

 とても彼と冷静に向き合える気がしない。

 何より、個人的にさっぱり知らない相手との縁談など気がすすまない。

 さらに言えば。


(男性が圧倒的に多い騎士団で、私がこれまで男性付き合いをしていない時点で、察してほしいのです。鍛錬は得意なんですが、男女交際は向いておりません)


 大体にして、見渡す限り、いわゆる上流階級出身の女性の仕事といえば、家庭教師や自分より爵位上の屋敷や王宮での侍女働き。

 もしくは配偶者との商会経営などが一般的。


 体を張って王都周辺の警備や辺境での魔獣退治に従事する戦闘職「騎士団」など、まず普通の女性は寄り付かない。

 単純に、体力的な問題で向いてない上に、危険な割に決して図抜けた高給取りではないという理由もある。


 こうして、一向に女性の増えない環境に身を置き続けたシェーラであるが、ならば紅一点として交際相手は選り取り見取り選びたい放題かといえば、そんなことはない。


 貴族の中でも厳格な家風の両親のもとで育ったせいもあり、未婚女性としての貞操観念は固い。

 付き合うならば結婚する相手、という固定観念がある。

 遊びで交際などできない。

 かといって特殊過ぎる職業ゆえ、家経由の縁談は無し。


 では、真剣な恋愛はどうか。

 これがまた、まったく一切無い。

 鍛錬し、職務をこなし、宿舎に戻って就寝。規則正しく二十六歳まで生きてきた。


 同僚たちを仕事仲間以上に思ったことも無く、羽目を外して夜中に寮を抜け出して街へ繰り出す、誰かと逢瀬をするなど、実行はおろか考えたこともない。

 それで不都合もなく、入団当初は女だからといくらかあったからかい行為も、階級が上がってからめっきり減った。


(今更、結婚などと言われても)


 エウスタキオの姓を持つ者が魔術師団には多数いるため、名前の方で呼ばれている師団長を思い浮かべてみた。

 シェーラは遠目に見るだけだが、長身の青年で、いつも体の線が出ない魔術師のローブをまとっている。

 フードを脱げば目も眩むような美男子なのだとか(これは王宮の侍女たちによる噂話)。


 望めば姫君との結婚も可能なかの人が、その年齢までなぜ未婚であるか。

 理由は知らないが、絶対に何かある。

 それにもかかわらず王命で苦渋の選択となったのは、ひとえに騎士団と魔術師団の対立の原因を作った責任を取るためだろう。


 相手が乗り気ではなく不本意なら、シェーラの側からもなるべくこの縁談を潰す方向で協力したいとは思う。


 アーロンに対して、あえて嫌がらせをするほど分別がないわけではない。

 それでも、「わざわざドレスを仕立てるには時間が足りなかった」などの理由をつけて、見合いへの意気込みの無さを表現してみよう、と決めた。


 手持ちの私服といえば、動きやすさを重視しているがゆえにほぼ男装のようなシャツとズボンのみ。副団長かつ貴族の出としてみすぼらしいものではないが、見合いに臨む女性としてはかなり失格の部類のはず。


 相手が難色を示して「このような山猿とは、さすがに結婚できない」と言ってくれれば、シェーラも、一も二もなく同意する。


(私には、結婚なんて、ありえないもの)


 ふと、胸の奥底がざわめいた。

 子どもの頃そこに収めた大切な輝きが、不意に暗闇の中で光を取り戻し、「ここにいるよ」と訴えかけてくる。

 それは、紫色の宝石の見た目をしていた。


 しかし、思い出されたのは、ほんの一瞬のこと。

 すぐに闇に紛れて、記憶の奥底に沈んでいく。

 シェーラはそれが何であったのか、思い出すのを諦めた。


 そして、見合いに向けて「必ず破談にしよう」と意気込むのであった。



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