第16話 息苦しさは、いつか

「シェーラさん、こんにちは。今から食事ですか?」


 食堂の入り口でばったりと顔を合わせたアーロンが、親しげに声をかけてきた。

 寮での事件からは、すでに数日が経過している。その間、直接話す機会はなかった。

 姿を視界に見て、どう挨拶をしようとシェーラがまごついているうちに、さっさと先手を打たれた形であった。


(「いつでも呼んでくださいね!」って手紙は頂いていたけど、用も無いのに呼べないから「問題ありません」って返してそれ以来没交渉に……)


 シェーラはぎこちなく微笑みながら答えた。


「今日は予定が詰まっていたので、空いている時間に済ませてしまおうと、さっと出てきたとことです」

「それで一人なんですね。普段は取り巻きがいるのに」


 含むところもなさそうにさらっと言われた言葉が、少しひっかかる。


(それを仰るならアーロン団長こそ、取り巻きたくさんいますよね……?)


 アーロンは魔術師団の面々と食事に来たようだが、その背後には、シェーラをきつい目で睨みつけている女性魔術師がいた。

 通りすがりの文官や侍女たちの視線も集めてしまっている。


 理由としては、アーロンがこれまでとは違い、フードをかぶらず眼鏡だけでほとんど素の顔を晒しているのが大きいようにシェーラは思う。

 騎士団の副団長シェーラとデートをして「恋仲である」との話題が出始めた日から、アーロンはその秀麗な顔を隠さぬようになった。

 一方で、シェーラの周りも少し変化をしていた。

 これまで何かとシェーラの周囲をガードしていた騎士団の面々が、すうっと身を引いたのである。


 彼らが何を警戒していたかというと、顔を合わせては険悪な空気になる魔術師団であり、もっと言えばおそらく団長アーロンそのひとだったに違いない。

 そのため、近づく余地などなかったのだ。

 今になって、こうしてふらりと一人で行動しているところを見れば、アーロンとしては「いいの?」とは言いたくなるのだろう。嫌味ではなく、単純な疑問として。

 ここは自分から歩み寄ろう、とシェーラは意を決して声をかけた。


「せっかくですので、食事をご一緒しませんか」

「良いですね。俺も同じことを考えていました」


 ざわっと空気が揺れた。


 ……やっぱり本当なんだ……

 ……団長と騎士姫さま、結婚間近とか……

 ……もともとお付き合いなさっていたそうよ。ただ、あの仲の悪さでしょう。形の上では王命があったということにしたみたいだけど……

 ……敵同士みたいなものだったものね、忍ぶ恋か……


(そうか。周りの理解はそうなっているのか)


 いかに上からの命令があったとはいえ、よりにもよって自分とアーロンが結婚に踏み切るなど、周囲は理解し難いのだろう。

 それよりは、隠れて付き合っていたが、いつまでも表沙汰にできず、今回強引に周囲を巻き込んで公にしたと考えた方が自然なのかもしれない。

 魔術師団の数名は、半信半疑という顔で見ているが、中でも女性魔術師からの視線は本当にきつい。


「シェーラさんは、食堂ではそこまで大食漢のイメージがなかったですね。普段は、午後に響くから控えめにしていたとか?」


 肩を並べて戸口をくぐり、アーロンがのんびりと話し始める。


「結構、見られていたんですね、私」

「シェーラさんが考えているよりずっと、俺はシェーラさんに詳しいですよ」

「怖いです、団長。団長だから笑っていますけど、他の人に言われたら警戒します」

「俺は良いってこと? ありがとう。君の中に俺の居場所を作ってくれて、嬉しい」


 何を話しても耳をそばだてるようにして聞かれているだろう、シェーラは会話の加減を考えているのに、アーロンは気負いのない様子で好意を示してくる。


(私はこの方に好かれるようなことを、まだ何もしていないのに)


 食堂は天井が高く、長テーブルがいくつか平行に置かれている。

 席に着く前に配膳台の列に並び、トレイに食べ切れる量の食事を取るようになっているので、シェーラとアーロンも最後尾についた。

 並んで話せる位置を確保した上で、シェーラは小声で隣のアーロンに謝罪した。


「いろいろご迷惑をおかけしていると思います、すみません」

「何? 俺に思い当たる節はないけど、ここ数日、シェーラさんは何かあった?」


 少しだけ砕けた口調だった。

 その穏やかな声が心地よく、シェーラはほっと吐息をする。


「騎士団と魔術師団のこと……。私はこれまで何年も、素知らぬ顔をしすぎていたのではないかと。入団当初から仲が悪かったので、諦めの気持ちはありましたが。少なくとも、アーロン様に対しては誤解もありましたから」


 彼のひととなりに、もっと関心を持っていれば、自分にもできることがあったはずだ。

 ここ数日、考えるのはそのことばかり。

 アーロンは遠くに視線を投げかけて、低い声で答えた。


「誤解とは言いますが、仲が悪いこと自体は、根が深い問題です。『自分が知らない仕事』に理解を示すのは、難しいんですよ。あなたもご存知のように、魔術師は人数が少ないし、体力的に騎士より劣る者が大半です。だから、共同作戦に出ても後ろで大事に温存されて、ここぞという場面にだけ投入されます。それが、騎士団の中には面白くない者もいる。騎士たちに露払いをさせ、美味しいところをかすめとっていく。楽をしている、特別扱いされている、と」


 耳の痛い内容だった。

 騎士団の中にはそう言って、魔術師団を敵視する者が少なからずいる。


「騎士団は何かと肉体の鍛錬をしていますが、魔術師の皆さんは人前でそういった姿を見せることもないというのもありますね。それこそ『何をしているのかわからない』『生まれもった才能だけで』……」


 偉そうに。


(そういう批判を、私はこれまでよく耳にしていた。同調こそしなかったが、うまく収めることはできなかった……。魔術師というものを知らなすぎて、擁護もできなくて)


 どんなに理屈をつけても、それは結局才ある魔術師に対する嫉妬なのでは? と思うこともあったが、なればこそ扱いが非常に難しい。好き嫌いの問題は、理屈で片をつけにくいものだ。


「騎士団の一部の者たちは、魔術師に対して『自分たちに守られているのだから、感謝しろ』と頭ごなしに言います。入団当初は俺も若くて、そういう奴が気に入らなくて、片っ端から……えぇと、わからせた感じ? それが結局、『騎士団なんか必要ねえ』って態度で示したことになって、亀裂を決定的にしたのは知っている。この件で俺が悪いっていうのは、事実です」


 アーロンの告白は、シェーラとしても聞くのが辛いものがある。

 突出した才により、嫉妬でぐずぐず足を引っ張ろうとした者たちに、まとめて思い知らせてしまったのがアーロンというひとだ。

 彼はそれができてしまい、周囲も止められず、結果として「責任の所在」とされた。


「それができたのも、アーロン様の実力と、たゆまぬ努力あってのことです。アーロン様が意地を貫き前線に立ち続けたことで、救われた者も、楽をした者も、たくさんいます。それを、安全な場所にいる者が批判するのは卑怯なだけです。私達はあなたに、感謝をすべきだったのに、態度に示すこともなく……」


 アーロンを慕う魔術師団が、騎士団を心情的に好きになれないのは、当たり前だ。

 シェーラはいまも、どこかから睨まれている強い視線を感じる。団長のアーロンに近づく「ぽっと出」の自分はいかにもしたたかで、嫌な女だと思う。

 身を引くという発想は、なかったが。

 自信のなさに言い訳をつけて、謙虚と卑屈を取り違えた行動をとれば、混乱を招くだけ。

 未来への選択さえ、台無しにしてしまう。


「ここで全部終わらせるつもりで、少しずつ変えていけたら良いですね」

「茨の道だよ」

「わかっていて、私を指名してくれたのだと、考えています」


 ふっ、とシェーラは笑ってアーロンと視線を合わせる。

 そして、トレイを手に取り「今日は何食べようかなぁ」と配膳台に並んだ料理を見た。

 アーロンも小さく笑い、自分の分のトレイを手にすると「美味しそう、お腹空いていたな」と呟いてから、シェーラの耳元に顔を寄せて囁いた。

 

 それで、次の予定はいつにしますか? と。

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