吸血鬼の居候①

 虎太郎と牙千代は私さんの指示した場所、そこは道の駅にある大きな駐車場。そこに停車しているトレーラー。そこから現れたトレンチコートを着た巨人と、老人。虎太郎は左手を上げて二人にアピールする。


「私さん、三百万ください。ほら、きばちーさん連れてきました。三百万……」


 虎太郎にしか聞こえない声で牙千代はいう。


(ちょっと主様、流石にストレートすぎますよ。三百万ですよ。ちょっと私さん……引いてるじゃないですか、大きな方かおじいさんかは分かりませんが……)


「博士……人間違う」


 巨人はそう言った。それに老人は巨人に尋ねる。


「どっちだ? 男の方か? 小娘の方か?」

「どっちも……いや、男は半分?」

「そうか、殺せ」

「ヤー!」


 巨人は虎太郎に向けて大きな腕をハンマーのような拳を信じられない速度で振りかぶった。ボーッとその様子を見ている虎太郎を牙千代はロープを引きちぎると突き飛ばし、巨人の拳を受ける。

 ブチッ、とかグチャとか嫌な音と共に牙千代は動かない肉の塊になる。そんな牙千代を虎太郎は「うわぁ」とか言いながら、虎太郎は指を噛みながら巨人と老人にこう言った。


「あれ? 三百万って……あのさ? さらった子供どうしてんの?」

「子供……あれの事か?」


 前髪で表情が見えない虎太郎だが、トレーラーの中を指差す老人。視力が異様によくて暗い場所でもよく見える虎太郎の目は拐われた子供達、その中にはあの依頼されていた松下ちゆ、そして手遅れであろう瓶詰めにされた臓器や、目に脳……虎太郎は肉塊になった牙千代に指から滴る血を落とした。


「おいじじい、何してんの? 子供で何してんだよ? なぁ?」

「白鷺の姫に匹敵す荒人神を……」

「何言ってんの? お前さ、さては悪者わるもんだな?」

「ヨガラ、このガキを殺せ」


 再び巨人は腕を掲げ、虎太郎を殺さんと振りかぶる。それに虎太郎は呼ぶ。

 自分の相棒を……


「牙千代ぉおおお!」


 肉塊として死んだはずの牙千代はゆっくりと立ち上がり、そしてヨガラと呼ばれた巨人の拳。次はそれに潰される事もなく、受け止めた。瞳は鬼灯ほおづきのように真っ赤に染まり、そして額からはまだ血が滴る。白い角が二本伸びる。牙千代を鬼として証明するその姿。


「牙千代、こいつら悪だ。ぶっ飛ばせ! 正義執行。逢魔ヶ時だ!」

「はい、主様! ぶっ飛ばします!」


 140センチ程しかないハズの牙千代は二メートルを超えるヨガラに向かって体を捻り、パンチを叩き込んだ。

 ヨガラを思いっきり吹き飛ばし、牙千代は追撃を仕掛けるべくヨガラを追う。老人は驚いた。だが、同時に歓喜していた。


「これも荒人神か……ヨガラ! なんとしても捕まえろ!」


 腕を一つ破壊されたヨガラは牙千代を捕まえようと立ち上がるが、牙千代は大砲みたいなパンチを再び叩き込み、マウントポジションを取る。ヨガラは老人の命令を遂行する事もできず、牙千代に再起不能にされた。


「すごい……ヨガラをいとも簡単に……欲しい、欲しいぞその荒人神!」

「何言ってんだこの爺さん、牙千代。縛って捕まえろ。俺は警察を呼ぶ」

「作りたい。お前みたいな……」


 虎太郎は牙千代に首根っこを掴まれて離れる。何が起きたのか……老人は破裂した。血が……いや、ヨガラ共々、老人も溶けた。いやな生臭い匂いを残して……


「なんだったのあれ……」

「さぁ? そんな事より、ちゆ殿を保護しましょう」


 ちょっとした大ニュースとしてこの事件は取り扱われた。犯人は未だ不明、拐われ、助かった子供達と、体をバラされ、おそらくは臓器売買の為に殺された子供達と、日本だけでなく世界を凍りつかせた事件としてしばらく世間を騒がせた。虎太郎と牙千代は、成功報酬の三十万をもらい豪遊するハズだった……ハズだったのだが……真っ黒な長い髪に前髪ぱっつんの黒いセーラー服を着た年齢不詳の女。その手には黒い鞘に入った日本刀を持っている。


「ヤァ、貴子たかこ姉さん」


 虎太郎は笑顔こそ作るも震え、牙千代は睨みつけ、彼女の動向に警戒する。彼女は御剣貴子。虎太郎と牙千代が人類悪あくの親玉の化身として認識している。虎太郎の従姉妹であり、同じく御剣六家の当主の一人。鬼と契った者。


 破戒者、鬼神第二位の鬼切丸をはべらせる人を超えた人間。様々な呼ばれ方をするが虎太郎と牙千代の住むアパートの大家である。


「いい物食べてるじゃなぁい?」

「スーパーの500円のお寿司がいい物に見えますか? 貴子」

「深淵鬼、じゃなくて今は牙千代だったわね……可愛い小鬼」


 貴子に馬鹿にされながら撫でられる頭、牙千代は目に涙すら浮かべて我慢する。


「ぐぅ……」


(牙千代、我慢だ。姉さんの気が済むまで耐えよう)

(分かっています。分かっていますが……ぐやじい)


 俯いて泣きそうになるのを我慢している牙千代に、早く貴子が帰ってくれないかなとか思っている二人に貴子は言った。


「貴方達、一人女の子を預かりなさい。入っていいわよ」


 返事もせずにガチャリ、そしてキィと虎太郎の住むボロアパートの扉が開かれる。そこに入ってきたのは、虎太郎と同い年くらい、あるいは少し年下かもしれない。薄い桃色の髪をした少女。瞳の色や何となくだが虎太郎は貴子に尋ねる。


「この人は何人ですか? 貴子姉さん」

「そうね。貴女どこの国だったかしら? どこかヴァンパイアの国よ……元の遺伝子は」

「どういう事です?」

「この娘、どこかの国の古城にいたヴァンパイアの遺伝子から作られたクローン。最後の真祖らしいわよ。ほら、挨拶なさい」


 貴子は頭を持ってぐわんぐわんと少女の頭をふる。それに少女は嫌そうに、痛そうに目を瞑る。


「た、貴子。おやめなさい! 嫌がっているではないですか!」


 牙千代は貴子の手を払って、少女を庇う。それに頭を突き出す牙千代、それに虎太郎。


「貴子姉さん、その牙千代の言う通りだ。俺たち殴っていいから……」


 貴子はどエスであるが、自らやらされる折檻などに興味はない。世界で誰よりも強く、誰よりも凶暴な人間。それが鬼神第二位の刀の姿をした鬼神・鬼切丸と共にいる。腰の鬼切丸を抜こうとしてやめた。


「何が何でもその娘を守りなさい。その娘の名前はエリーチカ・ウィッシュハート・フェイク、お腹が空いたら何か食べさせてあげなさい」


 虎太郎の家に金がない事を知っている貴子はブランド物のポーチからこれまた高いブランド物の財布を取り出し、そこに入っている分厚い札束をポイと投げて帰った。


「吸血鬼なんて、鬼神の前では赤児同然だけれど、馬鹿みたいにその真祖を信仰している連中がいるみたいなの。貴方達トラブルメーカーと一緒にいれば接触してくるでしょ。襲ってくる連中は容赦なく殺していいわ。じゃあ、私は南国にでもバカンスに行くからあとよろしく」

「絶乃殿にでも依頼すれば良いでしょう!」

「あの子? あの子、弱いじゃない」

「弱いって……確かに絶乃殿は鬼神の冠位は最下位ですが、弱いわけでは」

「虎太郎と、深淵鬼。あんた達がやりなさい。いいわね」


 そう言って貴子はボロアパートから去っていく。貴子がいなくなるのを確認してから牙千代は叫ぶ。


「全く、不愉快極まりないですよ全く! 何なんですかあの女は! 毎回私たちに虐待まがいの事をして行っては……思い出すだけ不愉快です。おや?」


 小さい牙千代の袖にしがみつくエリーチカ。そんなエリーチカに牙千代は微笑んで見せる。


「もう大丈夫です! どうせ貴子に虐められていたんでしょう。私は牙千代。そして私の主人様。御剣虎太郎です」

「よろしくねエリちゃん」


 二人はすぐにエリーチカが全く言葉を話さない事に気づいた。じっと牙千代と虎太郎を見つめるエリーチカ。それに困った二人は目線で会話をする。


(どうしよう牙千代さん、外国の人とか言葉通じないんじゃないかな?)

(むぅ、主人様が学校で語学をしっかり勉強していれば良かったんですよ!)

(二人は私の事、気持ち悪いと思わないの?)


 二人の視線会話に入ってきた第三者。もちろんエリーチカ。まさか、この意思疎通ができるものがと思ったが、どうやら違うらしい。テレパシーのように頭に声が響く。


「思うわけないじゃないですか! 私も主人様も」

「うん、気持ち悪いというか、可愛いね! 綺麗な髪の色に瞳の色だ」


 虎太郎がそう言うとエリーチカは虎太郎の髪を上げてその瞳を見る。じっと見つめてからエリーチカはうなづく。


(虎太郎も綺麗な目)


「ありがと。まぁあんまりいい目じゃないけどね。何にもないけどお茶でも、牙千代。お茶入れてあげてよ」


 牙千代はじと目で虎太郎にいう。


「ウチの家にお茶なんてないでしょうに! 何ですか主人様、その顔は。下? あっ! 貴子が無礼にも投げていったお金じゃないですか、これで買ってこいと! 不愉快です! 貴子のお金なんて……茶菓子はカステラですからね!」


 牙千代はがま口にお札を放り込むと、そのまま赤い下駄を履いて外に出ていく。虎太郎とエリーチカは二人っきり。話す事もない。虎太郎はとりあえず頭を掻いてから笑う。


「何もない家だけど、牙千代さんの作るご飯は美味しいし、好きなだけいるといいよ。貴子姉さんとはどうして知り合ったの?」


(貴子様は、エリーチカを暗い場所から出してくれた。悪い人を貴子様は殺して、エリーチカに自由をくれた。貴子様、神様)


「いやいやいやいや! 違うから、あの人はそんな徳の高い人じゃないから……でも貴子姉さんもたまには人助けするんだな。神というか邪神的な?」


 そんな風に和んでいると、ガシャんと虎太郎の家の扉が破壊される。声を出せないエリーチカは体全体で恐怖し、虎太郎にいう。


(ニゲテ、悪い人がきた)

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