万屋の虎と牙②
御剣貴子に教わった事。
エリーチカは有名な財閥の屋敷に連れて行かれたという事。そんなエリーチカに無理やり自分の子供を産ませようとする男。
八坂玲ニ《やさかれいじ》、八坂製薬の若き総帥らしい、それを聞いた虎太郎と牙千代は貴子にお礼を言った。
「貴子姉さん、ありがとう!」
「本当に頭を下げたくないですが、今回は貸し一です」
貴子は高級なフレッシュジュースを飲みながら、少しばかり驚く。いつもいじめにいじめ抜いている二人が自分にお礼を心からいうのだ。
「あらぁ、たまにはつまらない善行もするものね。まさかあなた達から恐怖とおべっか以外のお礼を言われるとは思わなかったわ。御剣に喧嘩を売ったという事、御剣と鬼神、最弱レベルのあなた達でも地獄を見せれることを楽しみにしているわ!」
貴子は妙に上機嫌だったので、虎太郎に小遣いをくれた。それで虎太郎と牙千代は牛丼屋に入る。
一万円札をドンとおいて虎太郎と牙千代は叫ぶ。
「「これでもってこれるだけの牛丼をお願いします!」」
勝負飯、カツ丼ではなく牛丼。二人は一心不乱に黙々と食べる。時折紅生姜を挟み、一杯それを平らげるごとに鋭い表情になっていく。丁度一人15杯ずつ食べて虎太郎は金券で牛丼をさらにもう一杯分購入。
「これ、後で取りに来ていいですか?」
「は、はい! お待ちしています。いつまででも」
二人のアリエナイ存在感にアルバイトの少年は自分は何か歴史的瞬間に立ち会っているのではないかと勝手にうなづいた。爪楊枝を加える虎太郎の隣をてとてと歩く牙千代。
「主人様、それは?」
「エリちゃんの分の牛丼。連れ戻したらお腹空かしてるだろうから、最初に食べてもらおう」
「主人様にしては気がききますね! さくっと連れ戻しましょう」
貴子に言われた八坂の屋敷に向かう途中。牙千代と虎太郎の前に三体の巨漢が通せんぼする。そしてその間から一人の男性。
「あっ! 溶けた悪い博士!」
最初に子供を誘拐していた博士。もう死んだとばかり思っていたが、再び現れた。この連中もエリーチカを狙っている。
「エリちゃんはいない。連れて行かれた」
「知ってるさ、御剣の少年。そして、ロードオブオーガ」
老人は牙千代を見てそういうので、牙千代は普通に返した。
「は? 主人様、この爺さん頭湧いてるんでしょうか? 私を鬼の王と言いましたか? その程度の小物に思われていたとは存外、心外ですね。で? 私達になんの用でしょう? 世の中に一ミリも役に立たなそうな研究をしているおじいさん」
牙千代の話を聞いて老人は両手を広げた。
「クローンで蘇らせた真祖。それを私は欲した。だが、奪おうと思って邪魔をしてきた者。八坂の若造の刺客よりも、あの作り物の真祖よりも、私が望んだ者がここにいた! 鬼、それも上級の鬼である君を手に入れにきた。今回用意したのは、わが研究所最強ナンバーズ達」
機械の体を持つ三人の巨人。誰が言うわけでもなく、虎太郎はそれらを見て呟いた。
「フランケンシュタインだ!」
それは恐れてというより、動物園でライオンを見つけた子供くらいの無邪気な感じで言ったのだが、老人はそれに満足した。
「そうだ御剣! プロメテア! 私は、完全生命体を生み出したい。人工生命でありながら、新人類であり、最強の生物。それを生み出すのに、その鬼は最高の実験材料だ! 貰い受けるぞ?」
牙千代を連れていくとこの老人はいう。それに虎太郎はあまり興味なさそうに老人を見て、牙千代を見てこう言った。
「というわけのわからないことをおっしゃていますが……牙千代さんはどうなんです?」
虎太郎が敬語で牙千代に話しかけるときはおちょくっている時か、全部牙千代に極振りするときのどちらか……
「主人様は私がこの爺さんのもとに行っても良いというのですか? 私はご馳走を食べさせてくれるなら案外、ふらっとそちらに流れるかもしれませんよ?」
それに虎太郎はうんうんと頷く。牙千代はややその虎太郎の反応に納得がいかない。下唇をはむ牙千代に虎太郎は指を向ける。
「牙千代さんはそう言ってこのお爺さんの家で出たご馳走をタッパーに入れてもってきてくれるから大丈夫……冗談はもういいか、さっさとエリちゃんのもとに行きたいし、牙千代さん! やっちゃえ!」
ゴン! 虎太郎のお腹を思いっきりぶん殴る牙千代。虎太郎は「あー痛ぇな」と一言。牙千代の額からニョキニョキとツノが生える。
「いくら鬼とはいえ、この三体を相手に十分持つかどうか」
老人の言葉に虎太郎は驚愕する。そんな虎太郎の反応に老人は満足し、そして目の前の光景に頭が追いつかない。
「ほぼ正解ですね! 言葉を少し間違えていますが……鬼の力を出した私に、このガラクタ共が十分持つかどうかでしょうか?」
バラバラと解体させてしまった老人の最高傑作達。そんな老人の肩を虎太郎はポンポンと叩く。
「おじいさん、警察行来なよ!」
とるに足らない者として、老人を通り過ぎようとする虎太郎と牙千代に老人はワナワナと震える。
「……ふざけるな!」
そんな負け惜しみに対して虎太郎と牙千代は無視を決め込む。そして虎太郎は牙千代に視線で会話。
(牙千代さん、あのおじいさん、多分なんかまだしてきそうじゃない? 今までのパターン的にさ)
(無視です! いちいち付き合っていたら日が暮れますよ。私たちは一刻も早くエリ殿をですねぇ!)
虎太郎と牙千代は手を繋いで、ゆっくりと早足でその場を離れようとする二人に老人は叫んだ。
「マテぇ! こうなれば、私の最凶最悪の失敗作、キメラ・デーモンを使う。どうなっても知らんぞ? あれを使ってでも鬼が欲しい。その愛らしい顔と体にメスを入れてどんな臓物をもっているのか! ワハハはははは! 私の勝ちだ!」
ハァと虎太郎はため息をつく。牙千代の手を掴む力を強めてさらに駆け足で後ろでピっという何かの電子音が聞こえた気がした。
「走れ牙千代さん!」
そして全速力で走ろうとするが、ギュッと牙千代に引っ張られて虎太郎は止まる。死んだような目で、また面倒くさい事になるんだなと覚悟して……
「あれが、あの爺さんの秘密兵器と言ったところでしょうか?」
遠くで老人を締め上げている化け物。体のパーツがどれも別々、ツギハギ、されど牙千代と同じく角を持つ何か……それは牙千代と目が合うと老人を掴んだまま牙千代のもとへゆっくり歩んでくる。
「もういいです主人様、あれをさっさと倒した方がお話が早いです」
牙千代にそう言われて虎太郎は牙千代の手を離す。それに牙千代は少しばかり、不満な表情を見せ、そして老人の最凶最悪のキメラ・デーモンと対面した。
「爺さん、偉く不細工な方を作られましたね? 命を弄ぶのは私たち鬼の特権です。人間風情があまり調子に乗らないでもらえますか?」
ギリギリと締め上げられながら老人は笑う。
「鬼、お前よりキメラ・デーモンは凶暴で……強いぞ?」
「どうでしょう? 私からすれば、先程のガラクタと対して変わりませんが?」
牙千代をじっと見つめるキメラ・デーモン。今まで掴んでいた老人をぽろっと離すと叫んだ。
ゴォオオオと! それは威嚇の声だったのか、あるいはつがいを見つけた雄の雄叫びなのか、それとも、恐怖からくる悲鳴なのか、人間である虎太郎は分からないが、牙千代とキメラ・デーモンは激突した。
「中々速いですね!」
牙千代のパンチを受けてキメラ・デーモンはびくともしない。それに老人はニヤりと笑う。虎太郎は驚くわけでもなく、死んだような目で二人を見つめていた。
「御剣、君たちがなぜか歴史に名を馳せるわけでもないのに何故か、このオカルト方面いおいては一目置かれている存在。それは一重にあの鬼をもっているからだ」
「はぁ……でも俺と牙千代さんみたいな関係は御剣家でもかなり特殊なパターンですけどね」
「フン、その余裕。どこまで続くかな? ほら見てみるといい、今までは無双の強さを誇った君の鬼が今や押されているじゃないか」
確かにキメラ・デーモンの速さ、そして力は大幅に牙千代を越えている。防戦一方の牙千代だが、確実にダメージが蓄積していた。牙千代はなんとか距離を取ると両手を前に出して叫ぶ。
「くらいなさい! 鬼神砲ぉ!」
牙千代の十八番。暗黒のエネルギーを砲撃のように放つ飛び道具。それには牙千代もそして虎太郎も絶対の自信を持つ必殺技。
「迎えうてキメラ・デーモン!」
グォオオオオオオおお!
キメラ・デーモンは口から牙千代の鬼神砲に対抗する怪光線を吐き出す。それは鍔迫り合いのように力で押し合うが、牙千代の鬼神砲が敗れた。そしてそのキメラ・デーモンの怪光線に牙千代は飲まれる。
「ははは、凄まじい! 全く、知性のかけらもない失敗作だが、この世界のあらゆる生命体の中で奴は最強だよ」
牙千代を焼き尽くして吠える。キメラ・デーモン。その牙千代のもとへと虎太郎は歩む。
虎太郎は自分の指を噛むと血が滴る。それを牙千代にかけ、牙千代は苦しそうに虎太郎の指をなめた。血をすする。
「どう? エナジードリンクみたい?」
虎太郎の冗談に牙千代は鬼灯のような瞳を輝かせながらうっとりとした、そして少し紅潮した表情でいう。
「栄養が足りてない血ですよ! ですが、主様の手を煩わせ、血まで流させた事……もう許しません。殺してしまいますね?」
牙千代のボロボロの体、そして焼け焦げた着物が修復されていく。その異常な光景に老人は何が起きているのか理解が追いつかない。
「なんなのだ! あの生命力は……そもそも服まで元に戻るなんてアリエナイ! 鬼とは……一体……」
牙千代の身長が虎太郎より頭一個分くらい小さい程度に成長した姿になった事。着物の丈がやや短くなり、代わりに角が長く伸びる。その姿に牙千代と虎太郎が老人に答えた。
「牙千代さんは、鬼というか、鬼神だからなぁ」
「私がいつ、下下の鬼と言いました? 私は鬼神ですよ?」
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