万屋の虎と牙③

 老人の切り札、キメラ・デーモン。それを前にした牙千代はゆっくりと下駄の音を響かせて歩む。老人がキメラ・デーモンに攻撃指示をするが、キメラ・デーモンは離れる。危険を察知した。

 バサリと翼を羽ばたかせて、牙千代はクスクスと女子が箸を転がしたのを見て笑うかのように嬉しそうに……


「主人様、このゴミ共叩き潰して良いのですね?」

「お爺さんには聞きたい事があるからとりあえず生かしておいて」


 すでに勝った後の話をしている牙千代と虎太郎に老人は流石に少し頭にくる。自分が生み出した最高傑作の化け物、今し方牙千代と力比べに勝ったはずなのに、牙千代はおろか、人間の虎太郎ですら何も恐れていない。


「愚かと言うのか、それともある意味勇気があるのか? 凄まじい生命力だが少々力が上がったとしてもまだキメラ・デーモンも力を残しているぞ? どれだけキメラ・デーモンに対抗できるか見せてもらおうか? 伝説の古めかしい御剣の鬼と、私が作り出した最強の生物。あらゆる耐性をもつ奴は鬼ごとき捻りあげるぞ? なんせ、私はドラクル、真祖をこえ、ドラゴン種を生み出そうと考えているのだからな!」


 ベラベラと話す。老人に虎太郎は呆れ顔でその話を聞いてそれで質問をしてみた。


「ドラゴン生み出してどうするの? ドラクエでもするの?」

「生物の頂点を私の手で……」

「だからさ、それに何の意味があるの? 牙千代さんと戦わされるあの化け物が俺は不憫で仕方がないよ。少なくともあれは命を持った存在だ。何の意味もなく悪戯に生み出されて、牙千代さんに滅ぼされる。誰の記憶にも残らないかわいそうな化け物だよ」


 老人の生み出したキメラ・デーモンでは牙千代には勝てないとそう再度言う虎太郎。老人は自分の作り出した作品とでも言うキメラ・デーモンの力を信じて疑わない。

 ボキボキと指を鳴らして牙千代は制圧前進を始める。キメラ・デーモンは雄叫びを上げて威嚇するが牙千代は大口を開けて笑う。


「知ってますか? 弱い犬ほどよく吠えると言う言葉があるんですよ?」


 キメラ・デーモンは怪光線を吐く。その炎の温度は鉄をも溶かす。それを真っ向から受けた牙千代。だが、先ほどとは違い服すらも燃えない。

 炎の中を悠然と歩く。


「少し、ぬるめですね? 私と火遊びをしようと言うのですから、覚悟はいいですか?」


 ボゥ! 


 牙千代の手の中に青い鬼火。命を刈り取り、凍えさせる地獄の炎。それを牙千代はポイと投げつける。牙千代の周りの火はその鬼火に集まるように……轟々とそれは火柱をあげる。


「どうします? とんでもない火事になってしまいましたよ? 主人様にお許しを貰いましたから、徹底的に殺りますよ?」


 牙千代は駆ける。その火柱の中に突っ込んで、そしてキメラ・デーモンとの距離を一気に詰めた。キメラ・デーモンも負けじと牙千代に大きな腕を叩きつける。牙千代がそれを受け止めると、牙千代が地面に数センチ埋まる。そして横からもう片方の腕……

 パシっ!

 その腕も牙千代は受け止めて見せる……が、牙千代の身体はキメラ・デーモンの力で浮かび、弾かれる。

 老人は牙千代は強くなったが、圧倒的ウェイトの差があるとそれを虎太郎に説明する。虎太郎はいちいち説明してくる老人の相手をするのが面倒だなと思い始めていたので一応教えておくことにした。


「牙千代さんには体重はあってないような物だと思いますよ?」


 実際、牙千代を持ち上げた事は虎太郎はある。それなりに軽いけど、見た目くらいの重さはあった。が、彼女は鬼なのだ。そもそも一般的な生き物とはジャンルが違う。完全に消滅させても塵から、何なら無から同じ質量を持って復活する。物理攻撃ではおそらく牙千代への決定打にはなり得ない。それをこの老人に説明しても頭が固そうなので絶対理解しないだろう虎太郎はやめた。

 キメラ・デーモンは攻めに回る。腕を振り回し、炎を吐き、それらキメラ・デーモンの攻撃を牙千代は高速移動をして回避する。が、キメラ・デーモンは牙千代の動きについてくる。


「ガァあああああ!」

「ほぉ!」


 牙千代を地面に叩きつけるキメラ・デーモンのその力。その単純な胆力に関しては牙千代も中々に満足していた。


「力だけなら、くらいの力はありそうですね」


 パッと大本命級の鬼の名前を牙千代が呟いた。前鬼に後鬼と牙千代からすればまだまだ年端もいかない鬼だと言われて虎太郎は大いに驚いた。

 何なら泣いた赤鬼も実在するらしい事も……牙千代が力でゴリ押しするキメラ・デーモンの攻撃を何とか捌く姿を見て老人は満足している。


「キメラ・デーモンに殺させるのは惜しいな。鬼神だか何だか知らないが、凄まじい生命力である事は間違いない。君の鬼もキメラ・デーモンに組み込んでやるから安心したまえ」


 老人の嫌味なのか、マウントを取ったつもりなのか、それを聞いて虎太郎は何も言わない。それに虎太郎が言葉が出ないものだとばかり思っている老人。されど戦局が変わりだす。


「では、少し力を込めて、パーンチ!」


 牙千代は腕を引いて、それをキメラ・デーモンに向けて打つ。何の構もないただのパンチ。が、目にも止まらぬ速さでボールのようにキメラ・デーモンをぶっ飛ばしたらそれはもうそう言う技としか言いようがなかった。


「……馬鹿な。あの身体のどこから」


 悠然と高下駄を鳴らして、牙千代はゆっくりと、ゆっくりと吹っ飛んだキメラ・デーモンに追撃をかける。


 バババババババ!


 キメラ・デーモンと牙千代との殴り合いは相手の攻撃を受け流し、そして致命の一撃を狙う。

 キメラ・デーモンの拳が牙千代を捉えた。が、牙千代は微動だにせず、自分が殴られる事で動きを止めたキメラ・デーモンにさらなる攻撃を放った。


 ドゴォオオン! 


 転がり、大きなダメージを受けるキメラ・デーモン。それに老人は何かのスイッチを取り出すとそれを押した。


「何したんですか?」


 虎太郎の質問。それに老人は待ってましたと言わんばかりに、今行ったことについて説明を始める。


「元々手に負えないキメラ・デーモンだが、体内に手動で割れるようにカプセルを埋め込んでいたのよ。中身は培養した真祖の血。それが体内を駆け巡るとどうなるか、言わずとも分かるよな?」

「は? 俺を知的キャラだと思うのやめてくださいね。全然わかりませんから、人工的に増やした血を入れても血液ドーピングくらいの効果でしょ」


 今尚、虎太郎は冗談を言い。自分の相棒である牙千代がかなり危険であると言う状況だとは全く思っていない。見る見る内にキメラ・デーモンの姿が二回り以上大きく、そして爬虫類に近い形状へと変わる。二足歩行しているドラゴン。そう形容すれば一番かもしれない。それは牙千代と対峙し、お互いの制空権が触れる瞬間。


「くぅ……」


 牙千代の腕が宙を舞った。凶暴性が上がり、そして人の目には見えない速度で牙千代の腕を切断するほどの力。ぼちゃっと落ちた牙千代の腕からは赤い血が流れる。それに歓喜する老人。そして牙千代は自分の腕を拾うと切れた場所にくっつける。

 シューッと湯気を出しながら、牙千代は自分の身体を修復させる。そして笑い顔から一転して睨みつける。


「少し遊んであげていたら調子に乗りましたね? 高々爬虫類の分際で私に歯向かい、あまつさえ傷を与えてくれましたね? 万死に値します」


 再び、牙千代はキメラ・デーモンに近づきお互いの制空権が触れる瞬間。牙千代の両の腕が飛び、そしてキメラ・デーモンの翼はもぎ取られる。


「ば、馬鹿な……」


 老人の理解を越える攻撃。牙千代は重症のダメージを負ってでもキメラ・デーモンに一撃を与える。二発目の攻撃がキメラ・デーモンの脇腹を吹き飛ばし。代わりに牙千代は全身にキメラ・デーモンが放った槍のような突起物に串刺しになる。

「いいじゃないですか、ようやく少しは楽しめそうですよ」


 一本。ズシュ!


 牙千代の身体を貫いている突起物が外れる。二本、三本とそれは抜けていき、牙千代の服の穴も綺麗に修復する。そして牙千代が嗤った。キメラ・デーモンは前傾姿勢で全力全開の怪光線、いやもはやそれはドラゴンブレストも言える息吹を吐く。牙千代の姿は見えない。完全に消し飛んだかと老人は思う。そして虎太郎はつまらなそうにその光景を眺める。牙千代はドラゴンブレスの中を散歩でもするようにゆっくりと歩いてくる。そしてキメラ・デーモンの目の前でキメラ・デーモンの口に手を伸ばすとそれを引き裂いた。聞くに耐えない叫び声、そしてその口元目掛けて牙千代は自らの腕の中にため込んだ暗黒のエネルギーを放つ。


「中々、楽しませてもらいましたよ。ですが、少々私のお相手はつとまりませんでしたね? それではさようなら! 鬼神砲!」


 最初に牙千代が見せた鬼神砲とは比べ物にならない。それは一瞬にして地面にクレーターを作り、それを受けたキメラ・デーモンは骨すら残らずに消し飛んだ。牙千代は嬉々とした表情で熱い息をはく。老人はその牙千代に恐怖と憂いを感じる。単純な暴力と狂気、それは夜そのもの、形を持った暗黒。それが何なのか……老人はゆっくりと呟いた。


「これが、鬼神という者なのか……作れるわけがない。こんな者は生物を域を超えている」


 今更何を言っているんだという表情をする虎太郎。そしてゆっくりと老人の元にやってきた牙千代。


「この私を殺すか? まぁそれもいい。お前達を見ていると、私の研究なんて何の意味もなかった事をいやでも知らされたよ」


 虎太郎が腕を組んでいう。


「なんか勝手に盛り上がってますけど、お爺さんがいくところは警察だからね! 色々と大問題起こしてるでしょ?」


 虎太郎のその言葉に老人は本当に自分の研究が馬鹿馬鹿しく思えた。

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