御剣の鬼神と真祖の姫②

 八坂玲二はこの屋敷のどこかにエリーチカを隠している。虎太郎と牙千代はそんなエリーチカを救出に来たのだ。笑顔の玲二は虎太郎と牙千代の事を知っている。ならば話は早い。


 虎太郎は玲二に話す。


「すみません。貴方がさらったエリちゃんを返してくれませんか? エリちゃんは俺たちの家族なんです」

「ふむ、これは不思議な事をいうね。君は鬼神を持っているのにさらに真祖の姫まで欲するのかい?」


 虎太郎は少し普通にイラついた。牙千代は人ではないが、かと言って持っている持っていないで現すような物ではない。それはエリーチカに対しても同じだ。


「持ってるんじゃないです。一緒に暮らしてるんです。牙千代さんは従業員だし、俺の家族ですから」

「主人様、挑発です」

「分かってる。でも今回、俺は目を使うかもしれない」


 目という単語に玲二は少し微笑んだ。御剣は特殊な力を持つ。今まで御剣の魔眼と言われた奇跡を起こす眼の噂は玲二も聞いていた。それはあの狂気の女、闇の頂点とも言われた貴子も持っていないし、御剣で最も有名な鬼一にも宿っていない。それをこの目の前にいる無力な少年が持っているという事。


「ぜひ見てみたいね! 奇跡を起こす御剣の滅眼、今まで覇王の烈眼までは歴史上で確認があったらしいけど……」

「あー、それ年の離れた弟が持ってる眼ですね」


 虎太郎には年の離れた弟がいる。弟は虎太郎の事を兄として認識しているが、虎太郎を産んだ両親は虎太郎の事を自分の息子だという事をもう覚えていない。虎太郎は自分のその眼の力で両親の記憶を消した。それは必要な事だったから、両親のことが大好きだったから、二人を御剣の呪縛から解放した。


「玲二殿、ただだか御三家の分際で口が過ぎますよ? 貴方如き人間が主様に軽々しく眼の話をするのはよしてくれませんか?」


 玲二は微笑む。それは見るからに怒りを溜め込んでいる。化物風情が自分に意見するなとそう言いたそうに……そして玲二は虎太郎に謝罪して見せた。


「あぁ、すまないね。虎太郎君。失礼がすぎたようだ。是非、僕の戯言に付き合ってはくれないかな?」

「戯言ですか?」

「うん、雇ったロイという女の子があまりにも使えなかったから、凄い者を仕入れてみたんだ。ロイ!」


 ロイは牙千代に恐怖を植え付けられた狼女の化物。彼女はスーツを着て「はい!」と何かを連れてくる。それはとても薄汚い男。


「なんですかこの人」

「う〜ん、あれかなぁ? ウチがない感じの、フリーダムな人?」


 遠回しにホームレスじゃないかと虎太郎が言うので牙千代は「主様ぁ!」と叫び睨む。


(流石に、それはひどいですよ! 何かあったのでしょう。会社をリストラされたとか……酷烈な理由です)

(確かに、なんか餓えてるっぽいよね? なんか持ってたっけ? ピーナッツくらいなら……)


 虎太郎はポケットをゴソゴソと弄っていると玲二は虎太郎と牙千代にこの男が何者なのか、語ってくれた。


「彼はね。とあるヨーロッパの山脈の火口。俗にソドムと呼ばれる場所で捕獲した。フレイム・ワイバーン。絶滅した竜種の一つさ。僕の言うことはよく聞くよ。御剣が鬼神を持っていて僕ら日本を裏から支える御三家がそれの抑止力がないのはどうかと思って、なんとかどうにか用意したんだ!」


 見るからに辛そうなそのフレイム・ワイバーンと呼ばれた男。鎖は彼の力を抑制しているのだろう。嫌がっている彼をみて牙千代は正直に思った事を言った。


「最低のクソ野郎ですね。御三家っていう方は」

「いやー、俺も初めて会ったけど、こんなところにエリちゃん置いておけないって確信を持って言えるよ」

「どうだろう? 鬼一さん、ここで八坂と御剣の代理戦争としませんか? 八坂が勝てば今後、御剣は八坂の下としてその剣を振るって欲しい」


 ずずっと出されたお茶を飲み、鬼一は八坂玲ニをみる。犬井が止めようとしたが、それに鬼一は「虎太郎も牙千代も強いですよ?」「結構です。箔がつく」と返し、「いいでしょう。そのお話、うけます」


 狂気的に八坂玲ニはわらった。得られる物が大きすぎる。異能の裏世界最強の御剣六家が手に入る。そんな反応の八坂玲ニを見て虎太郎と牙千代の考えは綺麗にまとまった。目の前にいる八坂玲二という男は……虎太郎の中で完全な悪人として認識された。


「牙千代。正義執行! 俺は八坂玲二さんを悪と断定する! おうまがどきだっ!」


 牙千代は虎太郎をぶん殴り、その鬼神の力を解放する。そんな牙千代を見て、玲二は呟く。


「迎え撃て、サラマンダー!」


 玲二の言葉を聞いて男は暴れる。頭をぶつけて鎖を引きちぎろうとしながら暴れて突っ込んでいく。


「きゃあああ!」


 ロイは鎖を離してしまう。サラマンダーと呼ばれた男は牙千代に向かって燃える拳で襲いかかった。

「貴方、私と戦うつもりですか? それも、またしても私に火遊びとは……面白いですね!」


 牙千代は鬼、炎と雷を操る事を得意として、夜そのものとして存在している。牙千代はサラマンダーの拳を掴む。すると……

 ボォオオオオ!

 牙千代の体が真っ赤に燃える。プスプスとタンパク質が焼ける匂いがする。牙千代が生きたまま焼かれている。と表現するのは少し間違っているのかもしれない。牙千代はそもそも生きてはいない。鬼という生物図鑑には載っていない。人間ではに知的な生命体というべきなのか、オカルト研究者たちが首をひねる存在。


「流石にこの程度じゃ動じないんだね。虎太郎君」


 八坂玲二は勝ち誇っているわけでもなく、牙千代を燃やしているサラマンダーを見ながら虎太郎に話す。


「えぇ、牙千代はこの程度じゃ死にませんし、それに牙千代にあの人じゃ勝てない」


 やられているハズの牙千代と共にある虎太郎は逆に勝ち誇っている。それを見て玲二は少しばかり機嫌が悪くなった。

 そんな玲二を見て虎太郎は話しかける。


「玲二さんと話をして少し分かったことがあります」


 虎太郎がそう言うので、玲二は笑顔になった。そう、虎太郎は分かってしまったのだ。この八坂玲二という男の邪悪で幼すぎる考えを……


「なんだい話してごらんよ。虎太郎君」

「貴方はエリちゃんをさらった。そしてエリちゃんを犯して子供を産ませようとしている。それは……八坂という御三家の力が衰退しているから、ですよね? 役さんの事を話していた時から薄々気になってたんです。確かに有名な名前ですけど、御三家の人が気にする程の名前でもない」


 日本で化物に関わる裏業界で御三家と言われている超名家である八坂はもうずいぶん前から弱体化が進んでいるという事。虎太郎はそれを言い当てた。


「うん……そうだよ。よく分かったね? 君は馬鹿のふりをした昼行灯。いや、もっと遠くの何かを見ている。君はサイコパスだね?」


 異常者だと八坂に言われ、それに関しては虎太郎は反論した。人の事を棚に上げて、虎太郎を異常者だという玲二。


「いやいやいや、俺は牙千代に全振りしてるんですよ」

「全振り?」

「牙千代さんはめちゃくちゃ強いから荒事はもう全部牙千代さん向き、俺は牙千代さんが勝つのを黙ってどっしり、どーんと構えてみてればいいんだよ。多分、牙千代さんに勝てる奴なんて殆どいないから」


 八坂は牙千代を燃やし尽くそうとしているサラマンダーの炎を前にして牙千代はゆっくりと近づき、手をばたつかせた。

 炎が消える。そして牙千代はサラマンダーに言う。


「火遊びで私に勝てると思ってるんですか? 次はこっちの番です!」


 青い炎。消える事なき青き炎。鬼火。それが絡みつくようにサラマンダーを燃やす。


「その炎は冷たくて痛いですよ? そして消えません。地獄の炎ですから、貴方が使うただの火とは一味違います」


 炎に強いはずのサラマンダーが青い炎に包まれて苦しむ。牙千代は追撃をするでもなくただ燃えるサラマンダーを見つめている。そんな牙千代を見つめて、新しい玩具でも見るように玲二は楽しそうに語る。


「いいね。本当にいい。君たち御剣の鬼神とは一体なんなのか……神を名乗るにしてはあまりにも邪悪すぎる」


 八坂玲二がそう言うが、それに正論で虎太郎は返した。その玲二の考え方は残念ながら固定観念以外の何物でもない。


「神が邪悪じゃないって誰が言ったんですか? 教会ってところが後生大事にしている天使という存在とも会いましたけど、ロクなやつじゃなかったですし、玲二さんは御三家というまやかしに取り憑かれてるんですよ」


 十歳以上年下の虎太郎に、絶対に突かれたくないところを突かれた。それに玲二はあははと笑う。もう笑うしかない。

 図星なのだ……くだらないプライドだけが玲二を突き動かすものだった。


「虎太郎君、草薙は神殺しの神器を持つ、八咫は神縛りの秘伝術を持つ、そして僕の八坂は竜神を持つ一族だったハズなんだ。君たち御剣の鬼神を凌駕する力を持った竜神。だけど、いつしか八坂の竜神は失われた。御神体などと言われるものがあるけど、炭素測定をすると百年程度前の鉱物。なんの力もない偽物だった。巨万の富を得てから僕の一族は力を継承する事をやめた。それがいつからなのかは分からないけどね。だから僕は竜神を取り戻す。いないなら作ればいい。ドラクル、ドラキュラはドラゴンを意味する名前だ。僕の八坂の血で真祖の子、竜神を生ませる。邪魔はさせない! サラマンダー! 本来の姿になる事を許可する。その小娘の化け物を消炭にしろ!」


 男は人間の殻を破るように身体が大きく膨れ上がっていく。紅い身体、鱗があり、火の息吹を吐く怪物。ドラゴンなのか? いや、二足歩行、狼男に狼女のよう……怪物になり切れていない……いやな予感がした虎太郎はその姿を見て玲二に尋ねた。


「ねぇ、玲二さん。あのサラマンダーさん。本当に火口に住んでいた人を連れてきたの?」

「虎太郎君、何が言いたいのかな?」


 虎太郎は、同時期に化け物を自らの手で生み出そうとしているあのマッドサイエンティスト、あの男ならこのサラマンダーを作ることもできるんじゃないかと……この玲二はドラゴンを作りたい。このサラマンダーはその失敗作だとすれば……


「僕の息子だと言いたいのかな? 虎太郎君」

「はい」


 素直にそう言った虎太郎にもはや玲二は隠すつもりもない。頷いた。そう、玲二は人間とは思えない悪魔の所業を繰り返していた。竜神という御剣の鬼神に匹敵する怪物を持ちたいという一心で……

 命を、天然自然を、円環の摂理に背いた。


「アンタ本当のクズだな」

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