御剣の鬼神と真祖の姫①

 まさかの機転で、刺客である雪女を虎太郎達は籠絡した。それもこれも鬼一が人外にモテるというまさかの展開だったのだが、これにより相手の戦力や組織力に関して見えるような部分があった。エリーチカを犯そうとしている人間の男は翌日、鬼一とその男は会う事になっているという。

 虎太郎は鬼一に提案した。


「その八坂玲二とかいう人、鬼一兄さんが明日やっつけちゃえばよくない?」


 身も蓋もない事を言う虎太郎だが、鬼一は正義の人。誘拐犯相手に容赦なくやっつけてくれるとそう信じていた。


「虎太郎。それは悪いが出来ない。八坂さんと俺は不戦の条約を結んでいるのだ。だから俺が直接八坂さんに手を下せない。が、八坂さんが裏で何かをしていると言う事はいやでも耳に入ってな? 今回、虎太郎と牙千代に手伝って欲しいのは、俺とお前達の利害が一致したと言う事がある。すまない。お前達をアテにしている」


 虎太郎は静かに黙る。そんな虎太郎を見て牙千代は虎太郎の袖を引っ張る。そして虎太郎も察したのでしゃがむ。


(ちょっと主様! 鬼一殿がお願いしてますよ! 私たちに)

(うん、正直焦った。これは鬼一兄さんに少しいいところ見せるチャンスだな。よし、八坂玲二ぶっ飛ばそう)


 虎太郎は鬼一が少し申し訳なさそうに二人を見ているので、ぴょんと飛び上がる。


「任せてよ鬼一兄さん。俺と牙千代がいれば無敵だよ! 主に牙千代さんが!」

「当然ですよ! 今回は鬼一殿が私たちの依頼主という事ですね! 格安で引き受けますよ!」


 当然お金なんてもらうつもりはなかったのだが、鬼一は「うむ! 心強いな! これは前金だ」と言って分厚い札束を牙千代の手に掴ませる。牙千代は普段触れることもない感触に自分がつかまされた物をゆっくりと見る。

「ほ、ほぇええ! 主人様、世界一えらい日本人。福沢諭吉殿が百人以上いますよ!」

「牙千代さん、落ち着いて! 深呼吸。スースーはー! はいご一緒に!」

「スースーは! ってこれ妊娠したときの物ではありませんか?」

「さぁ、深呼吸とか俺知らないし」


 虎太郎という少年はそうなのだ。適当極まりない。本来であれば牙千代と一緒に戦うのであれば、自分も鍛え共に戦うとか本来であれば考えるのかもしれないが、一切の努力をしない。戦闘行為や仕事ほぼあらゆる事に関して牙千代に依存している。牙千代はそんな虎太郎の怠け癖を何とかしたいと思っているが、それは一筋縄ではいかない。

 こんな二人のやりとりを見て鬼一は笑う。


「はっはっは! 本当に仲のいい二人だ。お前達を見ていると御剣が安泰だと思えるな。お前達と貴子達以外は、鬼神と御剣は相容れぬ存在だったが、鬼も人も等しく仲良くなれる。俺は虎太郎。お前が羨ましいぞ」


 何が? とは虎太郎は言わない。おそらく、御剣六家の中で一番貧しい生活をしてはいるが、一番日々を楽しんでいるのは自分だろうと虎太郎も思っていた。


「でしょうね! 牙千代さんとの日々は実に楽しいです」

「むっ! 面と向かって言われると中々に照れますね。主様」


 こういうところなのだ。虎太郎は牙千代を全力で信じている。いわばある種信仰すらしているのかもしれない。全てを牙千代に任せ、万が一牙千代が完全に敗れ得る事があればそれは自分が死ぬときだとそんな覚悟を持っている。が、それを牙千代に言うのは照れくさいので絶対に言わない。

 鬼一は自分の鬼神。角狩太夫を見せる。それはお札を大量に貼り付けてある日本刀型の鬼神。御剣貴子と同様の刀の形をしているがしっかりと鬼。

 それも最上級の鬼神。


「こやつ、毎度俺を殺そうと札を燃やしては牙を研いでいる。お前達のような関係にはなれんだろうな。鬼を殺す一族の御剣と鬼神第三位角狩太夫。絶乃のように自ら鬼となる者もいるが、やはりお前たちが一番羨ましい」


 一度だけ、虎太郎は鬼一の鬼神の力を見た事がある。それは御剣の本家に襲来した貴子。彼女を止める為に鬼一はそれを抜いた。バトルマニアの貴子は喜んで戦った。鬼一もまた貴子に匹敵する力を持ち、やや劣るとはいえ、あの貴子を喜ばし、満足させた。

 虎太郎と牙千代はあまりの怖さに本家の布団に潜り込んでガタガタ震えていた。そんな化け物クラスの鬼神に牙千代が立ち向かえるのかと虎太郎が聞いた事があった。

 牙千代の本気、それはまさに神とも呼べる程の奇跡を起こす。虎太郎の自慢の切り札でもあるが、彼女の鬼神としての序列は第四位。下から三番目である。序列の意味は戦闘能力順。

 そんな牙千代の返事は……


「絶対勝てませんね」


 との事だった。特に、序列一位の鬼神・殲滅鬼。これはもはや牙千代を含める下3位の鬼神と比較ができない。そして第二位の鬼斬丸。これに関しては持ち主の貴子が化け物クラス。二人合わせれば序列第一位の殲滅鬼とやりあえるかもしれないと牙千代は語る。

 そして第三位の角狩太夫。鬼神鬼斬丸の兄弟刀。鬼を殺す鬼斬丸に対して、鬼の誇りである角を切り落とす刀。

 牙千代達からすれば天敵も天敵。


「明日、俺たちも鬼一兄さんの話し合いに参加するぞ! 牙千代さん」

「合点です!」


 虎太郎と牙千代はお腹も一杯。そしてお風呂に入って心も身体も綺麗になった。あとは……


「寝よう! 牙千代さん」

「そうですね! 寝ましょう! 主人様」


 鬼一は一人で手酌で少し酒を飲む。そして二人にいう。


「おやすみ二人とも」


 そんな鬼一を見て虎太郎と牙千代は笑顔でお休みなさいを返す。弟と妹のような二人。鬼一はそう思い。角狩太夫のお札を外す。鬼神が動き出す。刀は勝手に動き鬼一の首を斬ろうとする。


「鬼一さま!」


 そこにやってきたのは雪女。そして式神の犬井。二人が鬼一を助けようとするが、鬼一は優しく言う。


「大丈夫。二人とも手を出さないでいい」


 ぐさりと少しばかり首から血が出る。鬼一は空中に浮いた刀を見て、話しかける。旧友に話しかけるように……


「気が済んだか? ゆりね」


 鬼一がそう言うと、刀の握りに骨の手が現れ、骨格が出来上がっていく。そして受肉。褐色、眼帯の少女がそこに現れた。


「鬼一、殺したい。お前を殺してしまいたい。でもまだ殺せない。兄上、鬼斬丸真打を叩き割るにはお前がいなければならない。できるのか? あれを折れるのか? お前に、お前如き人間にそれができるのか?」


 懐から札を取り出すと、それをピタリと少女の額にはりつける。


「封じる。出てくるな。お前の力はもっと高め、一撃にかけろ。貴子も鬼斬丸も規格外だ。勝てるとは思うな」

「分かってるもん」


 そう言って指を咥えると角狩太夫は刀の姿に戻っていく。鬼一は大量の札を用意すると、ペタペタとそれを貼って封印完了。ふぅとため息をつくと式神を呼んだ。


「犬井、手当てを頼めるか?」

「は、はい! お怪我の程は」

「大丈夫だ。部屋を汚してはならんからな」

「わ、私もお手伝いします! 鬼一様」


 鬼一の怪我を犬井と雪女が二人して手当てしてくれるので鬼一は二人にもお酒を振る舞った。大人の時間は少しだけ夜更まで続いた。夜の二十二時、すやすやと寝息を立てる虎太郎達。


 翌朝、今回の仕事における最強・最大の敵。八坂玲二と顔を合わせる事になった。

 鬼一は八坂玲二の屋敷へと向かう車に乗る。大きく長い車の中ではご馳走が振る舞われる。


「これ、食べていいんでしょうか? 主様」

「ううん、多分」


 二人がそんな話をしているので、運転手のおじさんは笑いながら、「どうぞ召し上がりください」と言うのでガツガツと虎太郎と牙千代はそれを食べる。二人して車の中にあるご馳走をあらかた食べ尽くすと、城か! とでも言いたくなるような大きな屋敷に招かれる。そこには容姿端麗な男性と女性が虎太郎と牙千代。そして鬼一に犬井に傅く。そしてそんな連中の奥から、豪華なコートを着た青年が笑顔でやってくる。


「あれが八坂玲二ですか?」


 鬼一が頷く。牙千代が今すぐにでもやっつけようかとしようとする牙千代を鬼一に抑えられる。


「牙千代、まだ待ちなさい。八坂さんには話を聞く必要がある。いいね? それに、ここは敵の巣窟だ。俺を狙う事はないだろうけど、お前達は違う」


 虎太郎は妙に自分と牙千代を過保護に守ろうとする鬼一に一つ指摘をした。


「鬼一兄さん、俺たちは鬼一兄さんが大好きだし、むしろいいところを見せたいと思うけど、ここからは俺たちの万屋の仕事だから。鬼一兄さんは確かに俺達御剣の総本家の鬼一兄さんだけど、同じ六家としては俺は対等だから、そんなに心配しなくていいよ。俺と牙千代が揃えば無敵だから」


 鬼一も虎太郎の特殊能力に関しては知っている。最弱でありながら最強の能力。御剣の魔眼。滅眼を持つ虎太郎。


「そうか、俺はどうも子供扱いしてしまう癖があるようだ。それで静にもよく怒られる。そうだな。お互い、対等な御剣の本家の男だ。頼むぞ虎太郎」


 虎太郎と牙千代は鬼一の後ろについていくと、知っている顔が何人か見られた。あの狼女の少女。牙千代と虎太郎と目が合うと、今にも飛び込んで来そうな顔をしている。彼女ら、八坂玲二はそれを知ってか知らずか、笑顔で虎太郎達を出迎える。


「やぁ、鬼一さん、久しぶり」

「あぁ、八坂さんも元気そうで何よりだ」

「助手の犬井さんは知っているけど、ところでそちらの二人は? 弟さんと妹さんかな?」

「従兄弟の虎太郎です。同じ御剣として八坂さんに会っておいてもらおうかなと思ってね」


 鬼一に紹介された虎太郎は会釈する。どうも虎太郎ですと、それに八坂は笑顔で虎太郎に手を差し出した。


「やぁ、虎太郎くん。よろしくね! 八坂玲二です。君とは何だか仲良くなれそうだよ。確か、のお嬢さんに勝ったとか何とか聞いた事があったかな」

「ハァ、そういえばそんなこともあったかもしれませんね。今回は、御三家に勝っちゃうかもしれませんけど」


 御三家、八坂、草薙、八咫の御三家、異能の裏世界では知らぬ者のいないビックネームに虎太郎は喧嘩を早々うった。

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