御剣の鬼神と真祖の姫③

 虎太郎にそう言わしめる八坂玲二。

 自分の遺伝子を怪異に残し、自分の子供となるハズの者を道具のように使う。それは普段昼行灯をしている虎太郎には見えない程の大きな怒り、サラマンダーを見て虎太郎は牙千代に尋ねる。


「あの人、助けることは?」


 牙千代はじっと見つめてから首を横に振る。虎太郎から見てもあれはダメだなと思えた。自らの体を燃やしながらゆっくりと牙千代達に近寄ってくる。とても辛そうだ。助けてやる方法はない。ならばと虎太郎は牙千代に指示を出した。彼を救ってやる方法はたったひとつ。


「牙千代。あの人を送ってあげて」


 虎太郎は、牙千代にサラマンダーを殺せと一言、死刑宣告を述べた。玲二は、そんな軽々しく滅ぼす事ができるわけがないとそう思っていた。が……狼女達の報告にあった。恐るべき力を持つ鬼神、牙千代の力。狼王ロボの末裔であるロイ達を歯牙にもかけない死の恐怖。玲二は流石に言い過ぎで、言い訳がわりに大袈裟に言った物だと思っていた。


 そう、思っていたのだが……狼女のロイ達の報告に嘘偽りなどはなかった。玲二の指示に従ってサラマンダーは赤い炎を牙千代に向けて放った。どんな物でも、鉄ですら溶かすその火炎の咆哮を前に牙千代は炎を調伏するように、強烈なサラマンダーの炎を手の中で遊ぶようにパタパタと消し去った。


「私と火遊びをするなんて数千年早いですよ?」


 ブゥン!


 牙千代は炎を消し去った。完全に消し去るとサラマンダーの頭を持って首に手刀をズバンと切り裂いた。牙千代がサラマンダーの体を斬り裂くとサラマンダーの体は燃え盛っていく。

 ブスブスと、サラマンダーの体を一瞬にして炭素化させた。少し虎太郎から鬼神の力を借りて引き出した牙千代のその力。それに玲二は顔が引き攣った。まさかここまでとは……分かってはいたが、実際に見ると心が折れそうになる。こんな相手を前にしているのだ。玲二は一つ目の切り札を引いた。


「鬼か、本当に恐ろしい。でも、そんな鬼を斬る事ができる道具がこの世にはたくさんある事を知っているかな? そして、そのスペシャリストもね」


 虎太郎と牙千代は、まさかと思う。玲二がそう言って現れたのは日本刀を持った女性。黒く長い髪をしているので、一瞬貴子がやってきたのかと虎太郎と牙千代は逃げ出そうかと思っていたが……全く見知らぬ女性だった。


「玲二殿に義があって、恨みはないが斬らせてもらう。私と紅月下は今日も魔物の血を啜りたいと慟哭していてな?」


 そんな事を言う女性を見て虎太郎は難しい顔をして見つめる。そしてチラリと横目に牙千代を見る。


(牙千代さん、すごい厨二病の女の人だ……一瞬貴子姉さんかと思ってちびりそうになったけど、これならなんとかなりそうだね?)


 牙千代もまた難しい顔をしてその女性を見つめる。みょうに貴子に寄せているような格好をしているなとは思うが牙千代も虎太郎に視線を送る。


(主様ぁ、紛れもない可哀想な人ですね。まぁ怪我させない程度に倒しましょうか?)

(よろしく)


 目を瞑りながら低い姿勢で刀を抜刀するタイミングを狙っているその女性は突如抜いた。


「見えたぁ!」


 牙千代の前髪を少しばかり散らして、思ったよりもなかなか使えるという事が牙千代にも分かった。ただし、貴子に比べれば人間らしすぎて安堵すら覚える。


「貴女、そんな刀では私を斬ることはできません。悪い事は言いませんので、お帰りなさい」


 そう言って頭を下げて帰っていく奴というものは基本的にはいないなと虎太郎はこれも予想する。目の前の女性は笑い出す。


「はっはっは! 子供の姿をしてはいるが、私には分かるぞ。その手で一体どれだけ殺してきた? 暗黒、闇。そうだな夜の闇のような魔物よ?」


 牙千代の鬼神としての本来の名前は鬼神・深淵鬼。まさに夜の闇、暗黒を体現したような鬼なのだ。


「貴女、お名前は? 私は牙千代と申します」


 刀を構えた女性は細い目を瞑っていたが、開眼。そして名乗った。


「修羅姫と人は呼んでいるねぇ……あの剣鬼。御剣貴子を倒すために日々研鑽の日々さ」


 なるほどと虎太郎は頷く。そして牙千代はじっと修羅姫を見つめてから諭すように話す。


「流石に人にはできる事とできない事があります。そしてそれは出来ない事ですよ。修羅姫殿。ここは私の顔に免じて田舎にお戻りなさい」


 牙千代が優しく諭すも、修羅姫はまさかの発言に対して、抜刀した。


「化け物が私にさしずしないでくれる? 不愉快だからっ!」


 牙千代はあくびをしながら、修羅姫の剣戟を回避する。が、回避したと思っていた牙千代の腕にえもしれぬ痛みが響く。修羅姫の持つ紅月花。これはいわゆる妖刀の類なのだろう。牙千代を平気で切る事ができるそれに牙千代は少しばかり不機嫌な顔を見せてから一言。


「まぁいいです。そんなに死に急ぎたければお手伝いさせていただきます。死になさい」


 修羅姫は牙千代に目にも止まらない剣戟を放つ。それを牙千代は「ひぃ、ふぅ、みぃ」と数えながら受け流していく。


「さすがは御剣の鬼神。この剣を受け流すか……対・御剣貴子用の技だってのに……嫌になるな」


 牙千代が怪訝な顔をする。まだ修羅姫は奥の手を残しているという事。それを気づかせたことで優越感に浸っている修羅姫だったが、牙千代と虎太郎は別の意味で驚いていた。虎太郎が思っていた事を牙千代が尋ねる。


「修羅姫殿。貴女、貴子に会ったことはあるのですか?」

「ないね。でも同じ妖刀を持つ者、どちらが闇の頂点にいるかはいつかは決めなければとは思っている」

「なるほど、愚かだとは思っていましたが、本当の馬鹿じゃないですか……修羅姫殿。興味がなくなりました。消えなさい」

「消えるのは貴女だ!」


 突きの構えからノーモーションで突っ込んでくる。きっと修羅姫の必殺技なのだろう。そしてそれは牙千代の腕を貫通して牙千代の脳を撃ち抜いた。それに玲二はニヤリと笑い。修羅姫は少しばかり悲しい顔をする。


「いかに人外といえども殺すときは少し胸が痛む物だね」

「そうですか? じゃあ良かったじゃないですか、私はこの程度は死にませんし、頑張っても死ねませんから」


 牙千代は修羅姫の刀、紅月花を握る。妖刀という刀は牙千代の体を蝕もうとするが、そもそも牙千代は暗黒その者である。そんな牙千代を呪うなどとは、呪いに呪わせてくれというくらい意味不明な事なのだ。


 ミシ。


 代わりに紅月花に変な音と振動が修羅姫に伝わる。霊的な、妖怪の力を浴びた鍛えられた金属で作られたこの刀がミシミシと変な音がするのだ。


「なにやっての! これが鬼神。死の間際ですらこんな力が?」

「なーにが、死の間際ですか、私からしたらこんなの擦り傷にもなりませんから」


 バキン!


 妖刀、紅月花が砕け散った。そして牙千代は自分の頭に刺さっている刀の刃を抜き取るとぽいと捨てる。

 カシャン。。。いい音と共に地面を転がったそれを見つめる修羅姫と玲二は牙千代を見つめる。

 牙千代の手と頭の傷が綺麗に塞がっていく。


「いくら人外でも、妖刀に斬られた傷がそんな簡単に塞がるはず……」

「修羅姫殿。知らないようなので教えて差し上げましょう。呪いなんていう物は私たち。鬼が話すこの言葉みたいなものなんですよ。私たち本家にそんな刀が叶うわけないでしょ?」


 牙千代は絶句して声も出ない修羅姫の懐に入ると修羅姫の腹部をゴンと一撃、そして気絶する修羅姫。


「牙千代さん、殺さなかったんだね」


 虎太郎がそう聞いて、修羅姫の脈を図るので、牙千代は死んだような顔をして話した。


「貴子を討つというからどれほどかと思ったのですが、飛んだ身の程知らずでしたね。貴子に会えば間違いなく瞬きをする間もなく殺害されていたでしょう。玲二殿。時間稼ぎは終わりましたか? びっくり箱みたいにいろんな物が出てきますが、私に勝てる者などこの屋敷にはいませんよ。ひとつありえるとすれば鬼一殿の持つ、角狩太夫殿くらいですよ」


 同じ鬼神でなければ牙千代はやられないとそう言うのだ。これで王手かと思っていたが玲二は狼女のロイに指示を出す。


「ロイ、この二人を片付けろ」


 できるわけがない。牙千代にコテンパンにやられたロイだから、誰よりもそれが無謀である事を知っている。なのに玲二はそういうのだ。


「玲二……様」

「やれ、お前達ワーウルフの命は僕が握っているんだ」


 わかりやすい悪党だと虎太郎も牙千代も何となく理解した。弱みを握られている。ロイが虎太郎と牙千代の前に立ち塞がる。勝てない、殺されるであろう事に震えているロイ。


「悪いがここは死んでも通さない」

「貴女を殺せば軽々と通れますよ?」


 牙千代の身も蓋もないツッコミ。その間に玲二は奥の部屋へと走っていく。おそらく奥にはエリーチカがいるのだろうと虎太郎がゆっくりとその奥へ向かおうとした時、ロイは爪で虎太郎の顔を引っ掻いた。つつっと血を流す虎太郎。それに牙千代が目の色を変える。


「牙千代。待って、やめろ。それより俺の顔の血、何とかして」

「全くティシュも持っていないんですか! 主人様」


 そう言いながら牙千代は虎太郎の顔、血の流れている傷口をぺろりと舐める。すると傷口が塞がり、代わりに牙千代は酔ったように蒸気した顔をする。


「さて、こんな主様ですが、私の主様です。怪我をさせてくれた事。ロイ殿は死んでもいいということでよろしいですね?」


 ロイは完全にワーウルフ化し、牙千代に対峙する。本気の牙千代と戦えば十秒もたないだろう。なのに咆哮し、牙千代を威嚇する。そんなロイに虎太郎は話しかけた。


「ロイさんだっけ? 何の弱みを握られているのかわからないけど、俺たちに話してみない? これでも俺たち万屋やってるんだ。どんな依頼でも報酬次第では手伝うよ?」


 その報酬が極めて安いので大体受けてくれるのが虎太郎。スマホに金額を見せるとロイは驚く。子供の小遣いみたいな金額が提示されていた。


「そんな金額でなにができる?」

「少なくとも俺と牙千代は焼肉の食べ放題に行けるかな」

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