御剣の鬼神と真祖の姫④

 虎太郎と牙千代を前に敵意を剥き出しにしていたはずのロイだったが、彼女は頭を垂れると静かに二人に言った。


「頼む……助けてくれ……ワーウルフを助けてくれ」


 虎太郎と牙千代は見つめ合い。そして静かに頷く。依頼者を無碍にはしない。それが虎太郎の方針なのだ。そしてそれを牙千代は知っているし、そういう虎太郎の部分だけはそれなりに評価していた。虎太郎は静かに深呼吸をするとロイの肩にポンと手を置いた。


「大丈夫。とりあえず。後で考えよう。俺はあの八坂玲二をさらに極悪と断定する。牙千代、正義執行。おうまがどきだっ!」


 虎太郎は正義執行を牙千代に命じた。虎太郎が本気で怒った。この八坂玲二の数々の行い。人間だけじゃない、人外の物達すら弱みにつけ込むその行いに、許せないと虎太郎はカードを切った。


「だ、だが。この先にいるあの真祖の姫を、お前たちは殺す事になるんだぞ? それなのに……」

「ならないから、エリちゃんは俺たちが助けるし、あの八坂玲二はボコボコにしてやる」


 虎太郎はそう言うと牙千代と手を繋いで、八坂玲二が去っていった方向に向かっていく。ロイはそこにペタンと座り込んで、わんわんと泣いた。牙千代は少しばかり困ったような表情を見せたが、虎太郎は口をへの字にしている。怠け者で、やる気の欠片すら感じさせない虎太郎だったが、いい奴なのだ。悪い事を悪いと判断できるそんな少年が虎太郎。


「牙千代さん」

「なんですか? 主様」

「鬼神力、全部解放していいけど、絶対にエリちゃんを殺しちゃダメだからな?」


 本来エリーチカと戦うなんて言語道断なのだが……あのロイの口ぶりからすればその可能性は極めて高い。長い階段を登り、無意味にロックがかけてあるそこを破壊しながら一歩一歩。上がっていった先に、豪華な部屋を見つけた。ここに間違いなくエリーチカがいるのだろう。


「蹴り破っちゃえ!」

「弁償とか請求されたらどうするんですか?」

「鬼一兄さんに相談だ!」


 要するに鬼一に丸投げしようという虎太郎に牙千代は踏むと頷いて扉を思いっきり蹴り破った。蹴り破った先には、下着姿のエリーチカ、目の焦点は合ってない。そして目の前にいる八坂玲二の言う事にうんうんと頷いている。


「八坂玲二さん、何したんですか? エリちゃんに?」


 八坂玲二は虎太郎と牙千代がきたことで、チッと舌打ちをする。そして振り向くと話し出した。


「全く礼儀を知らない子供達だね。君たちが生涯かけても弁償できないような高価な扉だったんだよ?」


(めちゃくちゃ言われてますけど?)

(無視しよう)


 牙千代と虎太郎が視線で会話をすると虎太郎は話を変えた。というか一番聞かなければならない事。


「エリちゃんに乱暴したのか?」


 犯したのかと聞く虎太郎を見て、八坂玲二は笑う。それは妙にウけているように虎太郎を見下したように再度見つめ直す。


「もしかして、この化け物の女を好きになったのか? 君は? さすがは御剣の男だ。平気で化け物の女と寝るのか? まさか、その鬼の童女もそういう関係か? どうなんだい?」


 何やらものすごい言われようだったので牙千代が一歩前に出て叫ぶ。


「黙らっしゃい! 人間風情が聞いていれば随分トサカにくる事を言ってくれるじゃないですか! 主人様、この男。殺してしまっていいですか?」

「牙千代、落ち着いて。あと八坂さん。俺はアンタがエリちゃんに乱暴したのか? って聞いたんだけど? もしかしてそんな事も理解できないくらい馬鹿なんですか?」


 普段は相手を侮辱するような事を言わない虎太郎がそういうは、かなりキレている事が牙千代でも十分に分かった。ここまで怒った虎太郎は今までもほとんどなかった。そんな怒っている虎太郎を見て八坂玲二は笑いを堪えつつ答えた。


「そうだね。この化け物と交わったか? と言われたらまだ手は出していないよ。僕が欲しいのはこの化け物じゃなくて、この化け物が産む僕の子供だ。そのあとなら返してあげてもいいよ?」

「うん、アンタ。本当のクソ野郎だな。俺も、牙千代もなんの遠慮もなくアンタをぶちのめせそうで安心したよ」


 虎太郎の話を聞いて、八坂玲二は何かの装置を動かした。このエリーチカの部屋が上昇していく。ガチャンと上昇した先は何やら怪しげな研究施設だった。そこは見たこともない化け物達が試験官の中に入っている。そしてその試験官の中に入っている化け物達は飛び出してきて、虎太郎と牙千代に襲いかかる。


「牙千代ぉ!」


 牙千代は虎太郎の腹部を突き刺した。それに涙を溜めながら虎太郎は堪える。八坂玲二は何が起こったのかと虎太郎を見ていたが、虎太郎の傷は瞬間癒えて、襲いかかる二匹の化け物の首が無くなった。


 続いて驚いたのは八坂玲二。今し方虎太郎と一緒にいたのは小さな鬼の童女だったハズ。が、その童女の姿はどこにもない。代わりに虎太郎の肩に手を置いて、腰に手を回す妖艶な美女の姿。黒くて長い髪に、膨よかな胸。その谷間からキセルを取り出すとそれを咥える。火種もないのにキセルには火がつき、煙が上がる。そしてそのキセルの煙を吸って、吐いて、満足そうな表情をする。そんな突然現れた女を見て八坂玲二は尋ねた。


「一応、聞いておくね? 君は誰だい?」


 ケラケラと笑いながらその女性は答える。


「おやおや、寂しい事を言ってくれるなよ? 妾は先ほどお前様は問うていたではないか? 妾と主様が夜伽をしておるのか? とな? そうじゃ、小鬼の童女じゃ。教えてやろうか? 妾と主人様は夜伽はせぬが、共に風呂は一緒に入る間柄じゃな? クフフ」

「あの牙千代とかいう小娘が君だと?」

「そうじゃ、まぁ牙千代とは主人様達、人間が勝手に呼んでおるだけで、妾の本当の名前は鬼神第四冠位・鬼神深淵鬼」


 八坂玲二も想像はしていたが、まさかあの優しそうな童女がこの目の前にいる女だとは思えなかった。ありとあらゆる者を見下したような表情。だが、八坂玲二もまだ余裕を残して聞いた。


「風呂で虎太郎君の慰み者になっているのか? 化け物め」


 玲二のその言葉に反応したのは虎太郎だった。八坂玲二の中では、虎太郎と牙千代が風呂場で性行為に近い行動をとっているように思われていたので訂正。


「八坂さん、訂正しておきますけど、俺と牙千代が一緒に風呂に入ってたのは、俺が十歳くらいの時だからね。アンタが想像しているような事はしていないよ。昔は牙千代さんは俺の保護者代わりだったからね。あーでも最近二回くらい混浴で一緒に入ったか」


 虎太郎の話を聞いて八坂玲二はじろじろと虎太郎と牙千代を見る。それに牙千代は虎太郎の首に自分の手を回す。


「この小僧、妾と主人様が伽をしておらんことが気になるようだ? きっと、羨ましいんじゃろう? なんなら主様。見せつけてやろうか?」


 クスクスと笑う。牙千代は虎太郎の体をペタペタと触りながら、自らの頬を近づける。そんな牙千代に虎太郎は呟く。


「牙千代。遊ぶな」

「むぅ……主人様に怒られてしまったではないかぁ」


 そうは言うが牙千代は虎太郎にくっついて離れようとしない。そんな状況で、八坂玲二が不快そうに言った。


「見せつけてくれるね? 御剣の家だから、鬼神をはべらせている……その鬼戦で僕のこの真祖に対抗するんだね?」

「アンタのじゃないし、エリちゃんは誰の物でもない」

「僕が作らせた僕の真祖だぁ! エリーチカ、こいつらを八つ裂きにしろぉ!」

「はい、旦那様」


 空な瞳のエリーチカは虎太郎を殺そうと手刀を向ける。そんなエリーチカの腕を掴むのは牙千代。


「エリ殿。いつからこんな粗相をするようになった? ……洗脳されておるな」

「牙千代。元に戻せる?」


 牙千代はエリーチカの額を掴んで乱暴に動かしてみるが、はてなと首を傾げる。


「無理だな……主様。これは妾ではどうにもできぬぞ?」


 そう言うので、虎太郎は玲二に問いただす。


「八坂さん、どうしたらエリちゃんは元に戻るんですか? 教えてください」

「教えるわけないだろ? それにその鬼神気に入ったよ。真祖ともども手に入れたい。僕は八坂の人間として再び最高の地位を取り戻す。エリーチカ、君の力を解放したまえ! 真祖の力の前には鬼神如きがついてこれるものではない事、見せてあげるんだ!」


 エリーチカの背中にコウモリの羽が生える。それはいわゆる使い魔。牙千代の力に匹敵する怪力。


「むむ……エリ殿。中々に滾らせる力を持っておるではないか……クフフ、これはいい……これは実にいい!」


 エリーチカの力に対して牙千代はほぼ互角の力で受け止める。その様子を見て八坂玲二は少しばかり驚愕と、御剣の鬼神と同格の力を持つ真祖であるエリーチカに興奮。


「いける! いけるぞ! 御剣の鬼神を倒せる! エリーチカ、さらに使い魔を解き放て!」

「はい、旦那様!」


 呼んではならない物と言われているヴァンパイア、それも真祖の使い魔。エリーチカがそう言うと、周囲の景色が変わる。そこは八坂玲二の屋敷ではない。どこかの広大な墓場。そして吊るされた死体達。


「おぉ、怖い。怖い。なんとも悪趣味な場所で怖いのぉ!」


 牙千代が楽しそうにそう言うので、八坂玲二はそんな牙千代に教えるように語り出した。


「これが真祖の力だよ。空間すらも変えてしまう。君たち鬼神、鬼の神にこんなことができるか? いいや、無理だね。だけど、真祖ならこんなことができる。吸血鬼の真祖は君たち鬼神よりも強力な鬼種であるという事の証明だよ!」


 興奮してそう言う八坂玲二、それに反して虎太郎と牙千代は違った。随分可哀想な奴を見る目で見つめてから虎太郎が牙千代に話す。


「牙千代、消せる?」

「容易くてあくびが出てしまう」


 空間を切り裂くように牙千代は手を振ると、エリーチカが生み出した不可思議な空間は消え、元の研究室に戻ってくる。

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