御剣の鬼神と真祖の姫⑤

 牙千代は嬉しそうにパカっと口を開ける。それは鬼神としての力を解放した牙千代が喜ぶほどの相手……


「来るぞ。真祖。御剣の鬼神だ。これを殺す事ができれば、僕らは御三家として再び輝く事ができる。殺せぇ!」


 ふわりと、ゆっくりとエリーチカが動いているように見えたが、虎太郎の視界から牙千代が消える。

 そして!


 どす! どす! どす!


 牙千代とエリーチカは人間の目で追えない速度で攻防を繰り返されていた。虎太郎は時折見える牙千代が実に楽しそうにしているので、少しばかり溜息をつく。


「八坂さん、やめませんか?」

「やめるって何を? 虎太郎君。君の鬼神が僕の真祖に消滅させられる事……かな?」


 ゴロン! 


 そんな音と共に、虎太郎の目の前に虎太郎のよく知る着物と綺麗で白い腕が転がった。そんな牙千代の腕をエリーチカはねじ切ったのだろう。それを他人事みたいにみている虎太郎。


「さすがは鬼神と共にある御剣だね。その程度では驚かないか……なら、これならどうだろう? 真祖」


 エリーチカが現れる。そして虎太郎を見つめる。虎太郎はエリーチカに手を差し出そうとしたが、エリーチカは虎太郎の足元に落ちた牙千代の腕を拾った。そしてその腕に噛み付いて血を吸った。

 片腕のない牙千代もまた遅れて現れる。そしてない腕を見せて嬉しそうに嗤う。


「主人様、腕。取られてしもうた……そしてぇ、妾の血を飲まれてしもうたなぁ……クフフのふ」


 牙千代はそれを危険視しているわけではない、嬉しいのだ。自分の力と対等に戦える者。そんな者に喜び、楽しんでいる。


「牙千代、もう一度言う。遊ぶな」


 ギュンと鬼神の力を解放した牙千代は虎太郎の後ろから首に手を回す。普段の牙千代と違い妙にベタベタと触れてくる。


「主人様、そうは言っても妾もエリ殿を殺したくはないからなぁ、でも手加減をして倒せる相手でもなしぃ、これは困った」


 虎太郎を茶化すように見せて、これらの行動は全て、八坂玲二を挑発するもの。それに八坂は乗った。


「いいだろう……御剣の鬼神よ。鬼神の力を取り込んだ真祖と言う今までみた事のない力を前にするんだ。そして僕はそんな真祖に僕の子を産ませる」


 ブチ。


 何かが切れたような音が響く。それは虎太郎の怒りの線だったのかもしれない。そして虎太郎は静かに牙千代に命令した。


「牙千代……もういいや、少しエリちゃんの目を覚まさせるのに、荒療治を許可する」


 今までののほほんとして少し抜けた、力のない虎太郎の言葉じゃない。それは怒りを八坂に向けた虎太郎の心からの言葉。それを聞いて牙千代はねじ切られた腕を前に出す。

 グシュグシュと、嫌な音が響き、そして牙千代の腕が元通りに生えてくる。エリーチカは口の周りを真っ赤に染めて、牙千代の腕の血を吸い尽くすと放り投げた。


「エリ殿、妾の血はうまかったか? そしてそれで力を出せるとでもいのか? まぁいい。かかってくるといい。折檻の時間じゃ」


 声や、言葉が届いていることはなさそうだったが、牙千代がそう言うと同時にエリーチカは牙千代に襲いかかった。エリーチカは牙千代の力を手に入れた。鬼神の鬼の力。額からは一本の角を生やす。


「おうおう、可愛い角だのぉ、エリ殿ぉ! しかしツノはこうでなくてはのぉ!」


 空に聳り立つように二本の角が立っている牙千代。熱い息を吐きながらエリーチカの連撃を迎え撃つ。


「いいぃっ!」


 言葉にならない声をあげて牙千代に襲いかかる。エリーチカ、牙千代はエリーチカの爪に抉られ、血を流す。されど牙千代はエリーチカの腹部をぶん殴った。それにエリーチカは無表情で口から血を流すが、そんなダメージを受けていないかのように再び反撃に出る。


「く……クフフ、エリ殿。凄まじい力じゃなあ?」

「……コロシテ」


 エリーチカの意識はまだ死んではいなかった。それ故自分を殺すことが出来る牙千代に懇願した。牙千代であれば自分を屠ることが出来る。


「と、言っておるが? 主様。どうする? いっそエリ殿を永遠にしてやるか? のぉ?」

「牙千代……」


 虎太郎が牙千代を睨みつける。それに牙千代は恋人にいたずらでもしたような表情で笑い転げる。虎太郎は牙千代に対して随分怒りを向けている事が見て取れる。


「妾が冗談で言っている事、知らん訳でもないのに……主人様はいけずよのぉ」


 ケラケラと笑う。そして今までいない者として扱っていた八坂を見る。そして面倒くさそうに話しかけた。


「クソ人間よ。もう詰みじゃ。エリ殿の力は貴様には余るが、妾にはこの通り、痛痒を感じぬ。今なら楽に処刑してやろう」


 とるに足らない者として扱い、そして処刑すると言う。それを御三家と言われた八坂が納得できるわけはなかった。それに激昂すると八坂はエリーチカに命令をした。


「真祖よ! 目の前の愚かな鬼を消滅させろ! マスター権限を行使する!」


 虎太郎は冷静に八坂の言葉を聞いて確信した。エリーチカは何らかの方法を持って操られている。そしてそれを解く方法は目の前にいる八坂をどうにかすればいいのだろう。そのやり方までは虎太郎には分からないが、この状況を打破する方法は理解でいた。そしてそれは牙千代が言った通り、詰みなのである。


「う、ああああああああ!」


 エリーチカは羊の角のような曲がった角が頭から映える。そしてコウモリの翼、蛇の下半身、そしてエリーチカの綺麗な肌が緑がかる。数多の使い魔を呼び出した事による真祖の魔神化。


「いいぞ! 真祖! 鬼神を殺せる魔神になった。その力で御剣の鬼神をねじ伏せよ!」


 虎太郎は今まで、御剣という名前に関して、謂れのない恨みを買うことが人間、人外共に多くあった。そして今回の八坂という男も、変わらない。が、今回は少し勝手が違った。御三家、御剣の家よりも上位互換にある八坂家の当主が、他御三家への見栄の為に吸血鬼の真祖、そのクローンであるエリーチカを無理やり連れてきて、そして虎太郎や鬼一に対して大きな嫉妬心を持っているこの男。


「八坂さん」

「なんだい虎太郎君」

「もしかして、あんたすごい馬鹿な人なのか? いや、もしかしなくても大馬鹿だ」


 虎太郎は驚きながらそう言う。その大馬鹿を見る目で見つめる虎太郎に八坂は何を言われたのか一瞬ぽかんとしてから笑う。


「ハハッ……僕が馬鹿? 君に言われたくはないな。僕はこれでも中々いい学校を出ていてね。術に関しても魔法の方もすこしは学んでいる。一応ね」


 勝ち誇ったように八坂はそう言う。目の前では牙千代の血を吸ったエリーチカ、そして本気を出した牙千代。

 おそらくは同等の怪異。この状況で八坂は虎太郎を見下ろす。

 それに対して虎太郎はこう言った。


「そういうところ、そこが凄い馬鹿なんですよ。わかります?」


 カチン。

 八坂の中の冷静さを保っていた何かが弾けた。そして虎太郎を睨みつける。睨みつけられた虎太郎はじっと八坂を見つめている。


「君は……生かして返してあげようと思ったけど、もうだめだ。鬼神を殺した後に君はゆっくりと真祖の餌だ」


 御剣家の人間というものは御剣家のことが滅茶苦茶嫌いか、御剣家という物を誇りに思っている者のどちらかに分かれるのだが、虎太郎はそのどちらでもない。だけど、御剣家という物の威を借りるのだけは少しばかり閉口するところはあったが、この八坂に対しては虎太郎はもうそういうしがらみとか関係なしに言ってやった。


「あんまり、俺たち御剣の人間と鬼神を舐めない方がいいですよ? 御三家だかなんだか知らないけど、ぶっ飛ばすぞ?」


 虎太郎が言った。それに八坂は静かに……


「真祖、やってしまえぇ!」


 真祖ことエリーチカは、八坂の命令に従い。牙千代に襲いかかる。牙千代は嬉しそうにそんなエリーチカの攻撃を真っ向から受け止める。


「真祖、どこぞの吸血鬼とは比べ物にならないレベルの強き者だのぉ、これには妾も嬉しくて顔がにやけてしまう。だが、まだその力。未完よな? エリ殿。隠しても分かる。血が足りておらんだろう? どれ、吸わせてやろう」


 牙千代は着物をずらし、自分の白い肌、そして肩を見せる。そこに牙を立てて吸えとでも言わんように、虎太郎は以前にもこんな事があったのを覚えていた。牙千代の血を吸った吸血鬼は自分の力で制御できないレベルの牙千代の血を吸って自爆した。今回もそれをねらっているのかと思った虎太郎。


 がぶっ!


 そして牙千代の血をゴキュゴキュと吸うエリーチカ。一度吸うのをやめたのだが……牙千代の血はあまりにも美味しかったのだろう。一心不乱に再び吸い始める。


「赤子と変わらなぬな……いや、生まれたばかりの赤子であったか? 妾の血はうまかろう? 鬼神の血はあらゆる呪いの塊、そしてその強すぎる呪いは狂わせる程の美酒にもなる」


 牙千代の血を堪能したエリーチカは牙千代の腕を掴む。


「力比べでもする気かの?」


 グシュリと牙千代の腕がもげた。が、この程度では牙千代は痛痒も感じない事を八坂も知っていた。そして鬼神を殺す為の準備を八坂は実は用意していた。


「真祖。その刀を使って鬼神の首を刎ねるんだ!」


 そう言って何かのボタンを押すと、刀が天井から落ちてきた。それをエリーチカは拾うと鞘から抜き、鞘を捨てる。そして牙千代の髪の毛を掴んで、なんの躊躇もなく牙千代の首をその刀で刎ねた。牙千代の首がゴロンと転がる。そしてエリーチカは牙千代の転がった生首に対して刀を突き刺した。

 すると、牙千代の生首が消える。


「……!」

「驚いたかい? 虎太郎君。聖水で清めた刀で首を刎ねた。気の毒だけど、君の鬼神はここで終わりだ。でも悲しまなくていい。すぐに君も同じところに……」

「八坂さん、一つ聞いていいですか?」

「ふふっ、いいよ。最後の冥土の土産に答えてあげよう。なんだい?」

「もしかして、八坂さん、この程度で牙千代を倒したとか、本気で思っているんですか?」

「首を切っても死なない事は調べ済みだよ。だから首を消滅させた。かの有名な茨木童子もね」

「そんなと鬼神を一緒にしない方がいいですよ」 

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