御剣の鬼神と真祖の姫(終)

 八坂は何を言っても虎太郎が動じないことに段々と怒りを覚えてきた。八坂の知る限りで最強クラスの鬼の名前を出してみたが、それを虎太郎は雑魚と言い放った。


「君は減らず口だね。まぁいいや。真祖。御剣虎太郎を殺害せよ! まさか、化け物共が殺したくて殺したくて仕方がなかった御剣を僕が殺害することになろうとはね。運命とは実に面白いね。でも、もうさようならだね? 虎太郎君」


 八坂はそう虎太郎に別れを告げる。真祖エリーチカの動きに虎太郎がついて行けるわけがない。

 だが、エリーチカは虎太郎の首元に手刀を向けた状態で固まった。それには八坂も理解が遠く及ばない。


「何をやっている! 真祖! 早く殺せぇ! 御剣だ! あの鬼神も殺してみせて、そして御剣殺しくらい御三家であればできて当然!」


 エリーチカの手刀はゆっくりと虎太郎の首に触れるところまできた。エリーチカは争っているその姿に虎太郎はゆっくりと頭に手をポンと乗せる。


「エリちゃん、もういいよ。俺の滅眼でエリちゃんを操る全ての物をなかったことにしたから」


 滅眼。


 それは御三家である八坂も聞いていた。御剣家は当主となる者が一人一つずつ力を受ける。その中でもやる気のない虎太郎に与えられた力はこの滅眼。御剣家の持つ特殊能力の中で最強を誇る魔眼だとさまざまな裏業界の人間は認識していた。


「八坂さん、俺の目はさ。一度だけなんでもなかった事にできるんだ。あんまり使いたくないんだけどね。寿命減るから」

「それが滅眼の代償か、でも見たまえよ! 君の滅眼で動きを止められたというのに、真祖はそこから動き出して襲いかかりそうじゃないか」

「えぇ、きっとエリちゃんに何重にもマインドコントロールをさせようとしましたね?」

「そうだね。この真祖は僕の子供を産みさえすればあとはどうでもいい」

「まぁ、それもさせませんけどね」


 八坂は考えていた。現在、虎太郎の鬼神、牙千代は消滅させた。そして八坂の切り札である真祖のエリーチカも身動きが取れない。


「今は僕と虎太郎君しか動けない。この状態なら君は僕に勝てるとでも言いたいのかな? 鬼神流の格闘技だったかい? それで僕と戦うつもり? これでも僕も様々な格闘技は精通しているからね。簡単には負けるつもりがない」


 確かに鬼神流という格闘術は存在する。そして鬼一達真面目な御剣はそれを使える者もいるが、虎太郎は根っからのやる気がない少年だった。その鬼神流においても足運びを覚えた程度であとは知らない。


「いいえ、そんな事はしませんし、俺は普通に弱いので、八坂さんの相手にならないですよ」


 まさかの否定。悉く八坂の推理は合わない。ならば一体どうするのか? 誰しもが思う。その疑問に対して虎太郎は当然というべき言葉を述べる。


「まぁ、そろそろ牙千代さんがくる頃合いだから」


 牙千代は先ほど真祖エリーチカが消滅させた。その牙千代の話をするということに八坂はある答えに辿り着いた。


「正常に見えているけど、随分気が動転しているみたいだね。虎太郎君。君の相棒はもう先に地獄に落ちたよ」


 八坂は少しばかり哀れんだ表情でそう語る。そんな八坂を見つめながら虎太郎は言ってのけた。


「いや、なるほど。牙千代さん。地獄に里帰りしてたんですか?」


 八坂はいよいよ虎太郎が末期の状態かと思ってできるだけ楽に殺してあげようと思っていた矢先。声が響いた。


「地獄? 妾がそんなところに何の用があるのじゃ? 主人様ぁ」


 八坂は信じられなかった。頭を潰して殺害したはずの牙千代が何事もなく現れたこと。八坂は牙千代を見る。人を食ったような表情でヘラヘラと見つめている。


「悪い夢でも見ているのかな? 確かに殺したはずの牙千代君がなぜここにいるんだい?」


 それをいちいち説明するのも面倒そうな顔をしている牙千代。そして牙千代は虎太郎を見つめる。


「主人様、またその忌々しい眼の力使うたか?」

「エリちゃんを助ける為だよ。しゃーない」


 牙千代の瞳、瞳孔が開く。それはかなり怒っている表情だった。そして八坂を見ると睨みつける。


「貴様、主人様の瞳を使わせたということは、死んでも構わないということで良いのか? いや、きく必要もなしか? 地獄にいけ」


 そう言って牙千代は八坂に掌を見せる。その掌の中には真っ黒なエネルギーが集まり、今まさに八坂を焼き尽くそうとしていた。そんな状況で虎太郎が待ったをかける。


「牙千代さん、殺すな」

「主人様。それは聞けぬ道理。この仕打ちこの愚か者の血を持って終わらせるがよしではないか?」

「牙千代。俺たちはエリちゃんを連れ戻しに来た。エリちゃん、何とかできない? 俺の力で洗脳的なやつはといたから、牙千代さんならあとは元通りにできるんじゃないかなって思うんだけど」


 じっと見つめて牙千代は口を尖らせる。


「主様はお人好しにも程がある……」

「牙千代さんもね」 


 さすがは真祖というべきか、虎太郎の滅眼の力を持ってしてそれに抗おうとしているエリーチカを虎太郎は痛々しい表情で見つめる。


「八坂さん、女の子にこんなことして恥ずかしくないんですか?」

「何度も言うがこいつは化け物だ。そして僕の道具でしかない。そこに恥ずかしいだなんて意識があるわけないだろう? 真祖、鬼神よりも先に減らず口の減らない御剣を切り裂け!」


 その命令にエリーチカは口を大きく開けて叫ぶ。


「あぁああああああ!」


 滅眼の消去に争い再度命令を実行しようとするエリーチカ、虎太郎のほおに爪を立てる。


「むっ……」


 牙千代はその状況に対して反応する。八坂は歓喜した。御剣の魔眼に真祖であるエリーチカが勝ったと……虎太郎は自分の頬に爪を立てるエリーチカの手を優しく触れた。


「エリちゃん、少しだけ痛いのを我慢してくれな? 牙千代、エリちゃんの眼を覚まさせろ!」


 牙千代は「あぃわかった」と少し面倒くさそうにゆっくりとエリーチカの顔をくいっと触れると、その頬を思いっきり平手で叩いた。

 ばちん!


「エリ殿、駄々をこねるのをいいかげんにやめよ。エリ殿であるから殺さずを徹しておるが、主人様を傷つけられて妾も笑って許せる程寛大では……ないわなぁ?」


 そして再びビンタ。実際、人間が受ければ頭蓋が粉々に砕けるほどの一撃を受けてエリーチカは本能から威嚇し牙千代に襲いかかる。先ほど、牙千代に通じたはずの打撃、牙千代に次は通じない。


「……馬鹿な、真祖の攻撃が通じてない」

「八坂と言ったか? 貴様、本当の莫迦なのだな?」


 エリーチカの攻撃をハエでも落とすように捌きながら牙千代は八坂に話しかける。


「僕がバカだと?」

「さよう。エリ殿がどういう存在か詳しくは妾は知らぬが、鬼神に勝てる者がいると本気で思っておるのか? 勝てるわけ無かろう?」


 それは当然と言うほどの牙千代の言葉、八坂は真祖だぞ? と呟くので牙千代ははぁとため息をつくように言葉を吐いた。


「貴様の中で出来上がっている勝手な常識で妾達鬼神を計るな? 耳が腐りそうじゃ、貴様が御三家かどうかなどどうでもいい。所詮はただの人間でしかない。日の本の男なのであれば、腹でも切って死ね」

「ぼ、僕は! かつて、平安の世に蔓延った怨霊、妖魔の類を滅してきた一族の直系……八坂の家の」

「それがどうした? 雑魚をケソケソと調伏しておったのだろう? はよう、腹を切れ」


 牙千代のその死刑宣告に対してようやく八坂は今の自分の立場に関して理解した。自分はもはや、御三家云々ではない。人間、鬼からすればただの餌以外の何ものでもないのだ。牙千代は捕食対象を見る目で見つめているのだ。そして頼みの綱であった真祖・エリーチカはたった今。牙千代の殴打の前に気を失った。そう、八坂の全ての手の内は失ったのである。


「もういいよ。牙千代さん、エリちゃん連れて帰ろう。八坂さん」


 八坂は怯えたような目で虎太郎を見る。一体何を言われるのか虎太郎の言葉を待っていると、虎太郎はいった。


「八坂さん、とんでもないことをしてしまいましたけど、人間はやり直せます。ですから……警察に行って罪を償ってください」


 それが虎太郎の言ってやれる唯一の言葉だった。それをいうと虎太郎はその場を後にした。八坂は自分がいかに相手にされていないと言う事をようやく理解した。

 そして……


「全てを償って一から出直そう……」


 自分の命まで奪っていく事のなかった御剣虎太郎の名捌きに感銘を受けて、心を入れ替えすことを決めた。

 電話をかけて警察署にいくことを……全てが大円団として終わるはずだった。だが、八坂の屋敷を訪ねる人影。それに八坂はその人物を招き入れた。

 最高級の茶葉で入れさせた紅茶を出させると八坂は少し震える声で聞いた。


「御剣貴子さん……何をしに来たんだい?」

「虎太郎と牙千代はどう? 強かったかしら?」

「えぇ、参りました。そして目が覚めましたよ。御三家だとかそんなしがらみはもう関係ない。僕は僕がができることを行うことにする。いつか彼らにお礼を言える日がくればいいとそう思うよ」


 破戒者と言われた御剣貴子はそんな八坂の言葉を聞いて微笑む。「そう、それはよかったわ」とそんな貴子に微笑みかける八坂……


「……何故?」


 貴子は手に持っている日本刀。いや鬼神鬼切丸で八坂の腹部を貫いた。そしてそれを抜き、血切りをした。


「あなたは負けた。だから退場なさい。虎太郎は馬鹿な子だけれど、あれでも御剣六家、当主の一人よ。それに喧嘩を売って負けた。生きていられるとは思わない事ね。さようなら、御三家のなんとかさん」


 八坂は死にゆく意識の中で御剣家という者が何故、人間や人外にも忌み嫌われる理由がようやく分かった。そして、決して手を出してはいけない相手であったという事も……


「僕が馬鹿だった」

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威少女回鬼録 アヌビス兄さん @sesyato

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