少年と鬼の万屋

その少年は鬼と共存する

 僕は頑張らない。

 とてもつまらない話だ。


 人間の人生が百年だったとしよう。よくタバコを吸えば十年、お酒を飲めば十年、大病にかかれば十年と引いていくと簡単な寿命が割り出せるだなんて眉唾なことを学校の先生が言っていたような気がする。


 僕の場合は、両親の記憶を消した時、だったかな? 自分の人生を少し使った。

 その次は……


 俺がより頑張らなくなった時だっただろうか? あれは俺の今の相棒であり、俺の剣であり、労働力を救った時だったか。

 人類悪とまで言われた俺の従姉が俺の相棒を殺そうとしたのを無かった事にした時だ。人生を大幅に消費した。

 それは結果として悪くない選択肢だったと思っている。

 なんせ、くそったれだと思っていた俺の人生は実に楽しく不思議で飽きないものになったのだから、人生の半分くらいはくれてやらないとフェアじゃないのだろう。


 俺は、御剣虎太郎。

 鬼に関わる御剣六家、鬼と共存する家。


 鬼神第四位、鬼神深淵鬼の主人。

 

主人あるじ様!」


 鈴を転がしたような声と言えば……月並みなんだろうか? 容易に彼女の姿を想像してしまうような、いつ聴いても飽きない声の後に、万年寝坊助の御剣虎太郎は「ぐぇ!」という声と共に起床する。


 薄い煎餅布団で眠るのは前髪が長すぎて表情が分からない。彼は今年で十六歳になるが、その隠居癖や十六とは思えない程達観したように一見見える。


 まぁ、要するに怠け者である。


「おはよう牙千代きばちよ

「はい、おはようございます。主人あるじ様」


 おかっぱに割烹着を来た十二、三歳の少女、いや幼女かもしれない。日本人形? と思えるくらい異常な程に整った真っ白な肌をした牙千代と呼ばれた彼女は人ではない。

 虎太郎と契約し共存関係にある鬼なのである。かつては彼女は最上位に名を連ねる鬼神第四位を冠していた。

 今や角も見えず。

 虎太郎と、貧しすぎる生活を送っている。


「今朝のご飯は?」

「そんな物あるわけないじゃないですか……この前食べたで最後ですよ」

「味噌は? あれを焼いて食べよう。香ばしくてうまい」

「味噌も醤油も、塩すらもありません。主人あるじ様達に人間が毛嫌う御器カブりGの名を冠する害虫ですら我が家には魅力を感じないようで一匹たりともいませんよ」

「そっか、我が家は安泰だね」


 そう言って掛け布団をかけると虎太郎はスゥと寝息を立てる。鬼の少女、牙千代きばちよは眉間に血管を浮かび上がらせて虎太郎の掛け布団をとりあげる。


「寒いよ……牙千代……」

「主人様はそこでルーベンスの絵でも想像しながらちゃんと起きなさい! 今日はお仕事ですよ!」

「まだ十六の俺が仕事をしないといけない世の中だなんて、世知辛い話だよな?」


 虎太郎は高校生である。

 が、ほとんど学校には行っていない。出席日数を数えながらなんとかギリギリ卒業できるように登校はしているが、何より生活をせねばならない。

 虎太郎と牙千代はあらゆる依頼を承る万屋よろずやなのだ。掃除の依頼だったり、猫を探して、犬の散歩、ベビーシッターと他所よりも安く承る事で有名な二人だが、今日は警察にも捜索届が出されている子供の捜索依頼を受けていたのだ。


 家事を一通り終えると、牙千代は赤い振袖に着替え、虎太郎はジーパンにトレーナー。近所の安売りしている服屋で買った服に着替える。なんと同じ物を虎太郎は四セットも持っているのだ。コトンと牙千代が虎と書かれた湯飲みを置くので虎太郎はそれをズズッとのむ。


 そして笑顔。


「美味いねこののお茶」

「西洋タンポポの根を叩いたタンポポコーヒーです」


 牙千代は自信満々で自分の鬼と書かれた湯飲みにも同じものを入れてそれを飲む。そして牙千代は一枚の写真を虎太郎に見せ太。


「可愛らしい女の子だね?」

「松下ちゆ殿、九歳。硬筆塾の帰りに行方不明になり、二時間経っても帰ってこないことで親御さんが捜索願を出しています」


 ズズッとタンポポコーヒーを飲みながら虎太郎は少し考える仕草を見せてから思い出す。


「最近、子供が行方不明になるの多くない? この前家電量販のテレビでもニュースやってたよ」


 虎太郎と牙千代の住まいにはテレビは当然、ネットも新聞すらもない。結果情報が入ってくるのは遅い。芸能ニュースなんてほとんど知らないし、リアルタイムにどんな深夜アニメがやっているのかも知らない。

 されど、暇を持て余した二人はよく図書館に行く。そこで新聞を読み、社会とかろうじて繋がっているというわけだ。


「そうです。主人様。今回のちゆ殿行方不明も恐らくは同じ関係があるんじゃないでしょうか?」

「まぁ、それを探すのは警察の役目だからな。俺達はちゆちゃんを見つける事を急ごう」


 面倒臭そうに吐き潰したスニーカーを履こうとして牙千代は冷静に、そして余裕を持ったテンションでこう言った。


「主人様、お待ちなさい。前金でなんと五千円頂いています。成功報酬で三十万です! まぁ、そう言ってもやる気を出さない主人様の為に、焼肉の食べ放題に行きます。異論は……」


 虎太郎の前髪がファサっと風に揺れ、その瞳があらわになる。普段は表情を隠しているが、御剣家は基本美形。虎太郎も例に漏れず。真剣に、親の仇でも見るようなそんな表情で小さく頷く。


「認めなくていい。なぜなら、俺に異論を考える程の頭はないから、行こう牙千代……食べ放題の肉が待っている」


 二人はキメ顔で並んで歩く、ランチタイム焼肉食べ放題2000円の店に向かった。

  大盛りのご飯を前に、虎太郎と牙千代は各々トングを持って肉を焼く。そしてご飯をかっこむ。常に栄養が足りていない二人はこれでもかと言うくらいに肉を焼き、ご飯を胃に収める。一人2000円の食べ放題でここまで本気で食べるのは体育会系の部活くらいじゃないだろうか?


 バクバクバク!


 もぐもぐもぐ!


 驚くべきは人間ではない牙千代と喰い並ぶ虎太郎。90分の食べ放題、その30分が過ぎた頃、虎太郎は初めて給水。

 そして牙千代に尋ねる。


「ちゆちゃんを誘拐した奴らって目処はついているの?」


 牙千代は大根のキムチをコリリと食べてからお茶碗を置く。そして口の周りを拭いてから答えた。


「えぇ、悪意を持つ者は私たち鬼を寄せ付けるものです。その辺の悪鬼羅刹程度なら良かったものを、私を寄せつけてしまった事が運の尽きですね」


 虎太郎は思う。

 牙千代を身内贔屓したとしても随分綺麗な女の子である。お人形のようとは言ったもので、そんな牙千代が本気を出せば街一つくらいは軽々と地獄に変えてしまうほどの力を持っている事。どこまで行っても鬼という存在は鬼なのだ。

 しかしその鬼は今や、注文用のタブレットを抱き抱え、次は何の肉を頼もうかと嬉しそうにしている。


「そろそろ主人様、ホルモンなんていかがですか?」

「うん、食べる。レバー多めで」

「もう! 主人様のいやしんぼさん!」


 そう言ってホルモンを牙千代は注文できる限界一杯頼む。血の味香るホルモンを胃に収めていき、次はサイドメニューや麺類を……そして再び肉に戻る。最後の十分で甘いものをたらふく胃に収めてから虎太郎と牙千代は同時に呟く。


「食った食った」

「食べましたねぇ……お腹いっぱいだなんて何ヶ月ぶりでしょう?」


 虎太郎と牙千代はテンションを上げながらゆっくりとボロアパートに帰ろうとした時、信じられない光景を目の当たりにした。

 というか、遭遇した。


「いやぁ、びっくりしたわぁ……」


 まず、ワンボックスカーが虎太郎と牙千代の横に止まる。何事だろうかと思っていた瞬間。覆面をつけた男がまずはバットで虎太郎の頭をぶん殴った。そして牙千代を袋に入れて車に連れ込むとそのまま走り去る。


 自分の身に危険がなくなったと感づくと虎太郎はむくりと起き上がり、先程の台詞。虎太郎は殴られたところにタンコブができている事に閉口しながら、ゆっくりと車が走り去って行った方向に向かう。


「いやぁ、マジで儲けもんだな。大体俺達の目の前で胸糞悪い誘拐とか起きてさぁ……それを怒った俺ときばちーさんが追いかけ回して捕まえるみたいな展開じゃなくて、きばちーさんが誘拐されるとか面白過ぎだろ。誘拐犯カワイソ」


 虎太郎はカウントを始めた。

 10、9、8、7……虎太郎はキメ顔で口にする。


「さん」


 ドッカーーーん!


 本来は、2、1とカウント後にこの爆発音が聞こえるはずだった。別段誰に聞かれてるわけでもないので、虎太郎は恥ずかしくないと自分に言い聞かせてから爆発音が鳴った場所へと早足に警察や消防が来る前に……


「牙千代さーん、テンション上がりまくって殺してないでしょうね?」


 シュタっと! 牙千代は虎太郎の目の前にポーズを取って着地する。そして上目使いに虎太郎を見るとやや不機嫌そうに牙千代はいう。


「主様、心外ですね! 私がテンション上がりまくって殺すわけないじゃないですか、これは後金へと続く道なんですよ……ですから、子供達を誘拐するクソッタレでも半殺し程度で許してあげますよ」


 さてと、と虎太郎は誘拐犯を見る。二十代、あるいは十代は後半のチーマー崩れみたいな3人組が顔を腫らして倒れている。


「この人達は、例の事件に関係がある人達だったの?」

「所謂引き子ですね。この人達は、一人。十二、三才までの子供を誘拐してくれば三百万、遊ぶ金としては上々、そして依頼主からすれば子供一人を三百万で買えるとなれば」


 何に子供を使うかは別として……勉強が苦手な虎太郎でも十分にわかる。人一人の値段、それも子供だ……


「破格の人身売買ってわけですね。牙千代さん。で? 本命は?」

「えぇ、主人様が人身売買の引き子のフリをしてこの携帯を使って私を本命の場所まで連れて行くというのはいかがでしょうか?」


 十六歳にして犯罪の片棒を担ぐというのは……という理由で虎太郎は嫌がるフリをした。


「主様、めんどく下がらないでください! 行きますよ!」


 仕方がないので虎太郎は牙千代に殴られて気絶している引き子のジャンパーを羽織り、牙千代をロープでぐるぐる巻きにしてプリペイド式の携帯電話のアドレスに唯一登録されている電話番号にかける。

 遠くではパトカーと消防車のサイレンの音が響く、虎太郎はそれをバックミュージックに聞きながら電話の相手が出るのをまった。


「もしもし、私だ」

「あっ、もしもし、俺です」

「バイトの一人か?」

「あぁ、えっと。そうですかね。で、私さんは何処にいるんですか?」


 長い沈黙の後、私さんと虎太郎が呼ぶ相手は虎太郎に子供を連れていく場所を指示した。さすがの牙千代も、虎太郎も明らかに疑われているなとそう確信しつつも虎太郎は、面白い事を言ってみた。


「これさ、牙千代さんを引き渡して三百万、牙千代さんが暴れてちゆちゃんを救って後金ももらう……ジャックポットじゃね?」


 牙千代は大きな瞳を輝かせ虎太郎に微笑んだ。


「たまには主様もいい事をいうじゃないですか!」

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