悪魔に愛された少女(終)

「おや、琴子君。早い登校だね」

「絶乃さん……その姿……はもう絶乃さんだからびっくりしないよ。そんな事より、その子華奈なんだよね?」

 

 華を見つめてそう言うので振るえて声も出ない華のかわりに絶乃は頷いた。

 

「そうだね。この華奈君が今回の一連の主犯だよ。呪いを振りまいた張本人だ。そして、君を呪っていたのもこの子なんじゃないかな?」

「違う! 私が、琴子を呪うわけないじゃない!」

 

 プシュ。

 

 缶ビールを開けてそれに口をつける絶乃。ゆっくりと缶ビールの味を楽しみ、そして絶乃の身体から突き出したツノが戻っていく。

 

「ボクがこれを飲み干すまでに簡潔に語りたまえよ。どうやって君達が悪魔を呼び出したのか? ボクの敵じゃないにしても君たちの扱う呪いってのはちょっと異常なレベルの何かなんだよね? 僕が呪って呪いの上書きしないと消せやしないんだ」

「絶乃さん、呪いの上書きって……私、呪われてるんですか?」

「うん、呪ったよ。一週間に一回、ボクに抱かれないと理性を失う呪い」

「えっ! 嫌ですよ!」

「ごめんごめん、嘘。死ぬくらいヤバい不運の呪いに対して、ついてないくらいのレベルの不運な呪いをかけておいたよ」

 

 それならまぁ、仕方がないかと琴子は黙ると、空気が変わる。冷たい? いや、重い? 絶乃がぷらぷらと空になった缶ビールの缶を振ってもう飲み終わったという意思表示。

 

「琴子くんが話していたから少しだけロスタイムをあげよう。君達はどうやって悪魔を呼び出したんだい?」

「それは」

「必要な事だけ答えて、話を逸らそうとしたら殺す。ちなみにボクが殺すって言うのは病院にいる君本人を殺すって事ね。面倒だから君の家族も皆殺しにする。さぁ、アンサーどうぞ」

「学校の外でたまに占い師の人がいて、その占い師の人に願いを叶えてくれる守護霊を呼び出す方法を聞いて、それで呼び出したのがくろはね……」

「占い師か、ふーん。琴子くんは知っているのかい?」

「はい、知ってます。安くてよく当たるって有名ですね。私は占ってもらった事ないけど」

「そっ、じゃあその占い師探して今回の依頼は終わりだね。という事で華奈くん、君の役目も終わりだ」

「えっ?」

 

 ズガン! 

 

「絶乃さん!」

「よく見てごらん、弾丸が貫通したのに血も流れない。彼女は本物の華奈くんじゃない。生き霊的な者なのか、彼女も悪魔なのか? まぁ関係ない。虚構の華奈君には消えてもらおう。しっかりと事実を答えてくれた彼女にボクだって温情を与えてあげたいしね。君たち学生が悪魔を呼び出すように唆した原因を突き止める事なんてそんなに難しくはない。そして、本物の華奈君のところに早く向かったほうがいいと言うのが、ボクの経験上よくない事が起きてると思うよ」

 いつもひょうひょうとしている絶乃が冷たい表情で、そう言い放った。平然と拳銃を弾く絶乃だ。これは冗談じゃんだろう。いつの間にか、異形の姿をしていた絶乃は元の姿を取り戻し、車のキーを琴子に見せる。それは華奈の病院に行くよという意味、琴子は頷いて教職員用の駐車場に停めてある絶乃の真っ赤なスポーツカー、そのナビシートに座る。

 

「少し飛ばすよ」

「は」

 

 絶乃が言う少し、と言うのは琴子が想像している少しよりも遥かに速かった。

 デジタルの速度計には時速180キロという表記がなされていた。そんな異常な速度の車を巧みに操る絶乃だが、法定速度を明らかに100キロ以上違反している。だが、そんな事を注意できるような表情を絶乃がしていないのだ。おそらく華奈の命がかかっているからだろう。

 病院に到着した時、そこにはパトカーが何台も停まっていた。それはスピード違反の絶乃を検挙しにきたと言うのであればどれだけ良かったか、

 

「華奈!」

 

 琴子の嫌な予感は当然的中する。華奈の病室まで向かうも既にそこは立ち入り禁止となっていた。近くにいた警察に琴子は、

 

「私、この病室で入院してた子の友達なんです! 華奈は? 華奈はどうなったんですか?」

 

 警察達は落ち着いてと琴子を諌めながらも口籠る。それに絶乃が少し冷たい声で「ここにいた子は死んでるよ。それが悪魔の代償か、それとも誰かにやられたのか……しんないけどね。琴子君、帰るよ」

「でも絶乃さん、華奈が……」

「うん、もう華奈君はいない。帰るよ」

 

 絶乃に手を引かれ、車に戻る。帰りの車は行きとは運転手が別人かのように丁寧な乗り心地だった。途中でマクドナルドの看板を見つけると「何かお腹に入れるかい?」「いいです」「そう」とそれだけの会話以外は絶乃のマンションに辿り着くまで会話はなかった。

 高級車ばかりが並ぶ駐車場に車を停車させると、絶乃は降りる。そしてナビシートから降りた琴子に絶乃はダッシュボードにある銃を向けて、「何してるんですか! ぜ」乃さんと言わせる前にバスっと銃の引き金を引いた。監視カメラにも当然写っているし、琴子の頭からは真っ赤な血が流れ、そしてゆっくりと倒れた。

 そんな琴子に向けてさらに銃の引き金をバンバンと撃つ。既に事切れているのか、動かない琴子に絶乃は、

 

「ねぇ、そういう演技もういいから起きたら? 君が、琴子君がやってきた時点で全ておかしいんだよ。彼女、ボクの部屋で寝てるんだからさ。悪魔とかいう雑魚と違って鬼神の呪いを舐めるなよ?」

 

 そう言ってスマホを見せる。リアルタイムの映像を映し出す絶乃の部屋のカメラにはソファーで眠っている琴子の姿。それを聞いて、死体と思われていた琴子の身体が物理法則の反逆でもしたかのようにぐりんと起き上がる。そして弾丸がバラバラと身体から落ち、そして高身長の外国の女性が現れた。

 

「何外人?」

「ネビロスのシャーリー」

「初めまして、御剣絶乃だよ。君が悪魔の親玉かい? 他の連中よりは骨がありそうだ」

「親玉……ふふっ、私なんて先兵と言ったところだ」

「目的は?」

「悪魔の契約のノルマだよ」

「へぇ、興味深い。続けていいよ」

「…………」


 ネビロスのシャーリーと名乗った悪魔は絶乃を見つめ、押し黙る。隙を探っているのだろうが、絶乃は隙がありそうで全くない。そんなシャーリーをみ見つめ、絶乃はハァとため息をついた。

 

「だんまりでも結構だ。だけど、たかだか悪魔如きが鬼神に喧嘩を売ったんだ。楽に死ねると思うなよ?」

「分かったいうよ。今は悪魔も大変なんだ。昔は貧しい生活を救って欲しい、好きなあの子に振り向いてほしい。衰退する事業を救ってほしい。どうしても復讐したい奴がいるから力を貸して欲しい。そんな願いで魂を対価に私たちと契約してくれたのさ。今の人間の欲は止まる事を知らない。くだらない魂一つで億万長者になりたい。自分とは釣り合う筈のない女優やアイドルと付き合いたい。自分の邪魔になる政権を皆殺しにしたい……できるわけないだろ。しかし、私たちも魂の契約を取る必要がある」


 想像以上に悪魔社会というものがブラックにできている事に絶乃の表情が思わず緩む。実にそれは興味深く面白い。涙を流し、八重歯という名の牙をあざとく見せながらひゃっひゃっひゃ! と笑う絶乃。

 

「何それ超ブラックじゃん。だから、女子校。というか学生狙ったのかい? 彼女らの思いや願いはボクには理解できないくらいくだらなく、ちっさかったからね。自分の友達は自分以外と仲良くして欲しくない。それも性的な意味でだ。占い師になった理由は?」

「占い師は学生には人気だから、よく当たり、お小遣い程度で占って貰え、そしてお得意様には特別な占いと称して悪魔と契約させる。最近の悪魔のやり方だよ」

「へぇ、知らなかった。それと面白かったよ。だからあの悪魔共はクソ弱かったのかぁ、元々誰かを殺せるだけの力なんてなかったんだね。華奈くんを殺したのは誰?」

「契約の不履行。直接的に命を奪う事は禁忌。それも契約悪魔が滅んだ。その代償は命で払って貰う。かれんという少女の場合は君が無理矢理悪魔との契約を無効にさせた。ありえない事だがな」

「ふーん、なるほど。じゃあ、最後の質問。なら何故琴子くんを不死者に襲わせたの?」

 

 はじめ、絶乃と琴子が出会った時、あれは明らかに琴子を捕食する為に狙っていた。今言う悪魔の嫌がらせにしてはかなり凶悪で醜悪な分類に属するだろう。それに対して、

 

「そんな願いは叶えない。驚かす程度だ。それに、あの低級悪魔にそんな者を呼び出す力はない」

「まぁ、嘘はついてないだろうね。もういいよ行って」

「……私を殺さないのか? もちろん抵抗はするつもりだが」

「殺されたいなら殺してあげるけど? 君、強そうだし」

「いや、帰してくれると言うのであれば去る事としよう」

「次に僕の邪魔をするような事があったら、部下じゃなくて君を殺るからね?」

「肝に命じておくと言いたいが、悪魔という存在故、難しいかもしれないな」


 姿勢よく、ネビロスのシャーリーはその場を去っていく、一つの疑問は解けた。悪魔社会も大分厳しいという事。今回のケースは昔で言う所の……コックリさんにハマった学生達と言ったところかと学校側に経緯を報告し、今回の仕事は終わった。

 そして一つの疑問が生まれた。

 

 琴子という少女、彼女は悪魔の呪いとは関係のないところで命を狙われていた。たまにいるのである。こういうこの世の者ではない何かから付け狙われる人間という者が、そういう存在は怪異からすれば嗜好品のような物なんだろう。

 そして、ほとんど怪異側に足を突っ込んでいる絶乃が彼女を妙に気にいる理由も恐らくはそういう事なんだろう。気づかない内に絶乃自身が琴子に魅了されていたという事。

 彼女はゆっくりと飴玉のようにしゃぶって楽しむもいいが、今回よく分かった。彼女という存在がいれば……

 

「なるほど、ボクは食いっぱぐれる事はなさそうだね」

 

 自分のマンションに戻ると、ソファーで寝息を立てている琴子の首元をゆっくりと甘噛みする。そして琴子の眠りが醒め「んんっ」と声を出し、すぐ近くに絶乃がいる事に慌てる。

 

「絶乃さん、何してるんですかー!」

「知らないのかい? 眠り姫は王子様の熱いキスで目覚めるのが相場なんだぜ?」

 

 と悪戯っぽく笑って牙を覗かせる。恥ずかしがる琴子に絶乃は少しばかり畏まった様子で、謝罪した。

 

「すまない。かれんくんは救えたけど、華奈くんは病院に行くと既に……」

「そんな!」

 

 今までの経緯を説明し、手遅れだった事。それを聞いて、琴子の瞳から涙が溢れる。友人を一人失った悲しみに打ちひしがれている琴子をギュッと絶乃は抱きしめた。


「ぜのさぁああん、はなが、はながぁあぁああ! ああぁあ」

「うん、ボクが全て悪い、ボクが救えなかった。ボクを恨むんだ……そんな事でしか君にかける言葉がない……」

 

 そう言って背中をさすり、自分を恨むように促す絶乃、そんな琴子は首を振る。泣きながら、「絶乃さんは私を救ってくれたぁ……だから絶乃さんは」「うんうん」「そんな事、言わないでください」「うん、ごめんよ。ボクへの借金は罪滅ぼし代わりにチャラにするつもりなんだけど……もし、よければだけど、ボクの助手を続けるつもりはないかい? 今後もこんな事が起こるかもしれないしね」そう、とても優しく小さい子を愛でるような声で絶乃はそう言った。

 

「……私でいいんですか?」

「いいよ。君だからいいんじゃないか」

「……じゃあ、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。琴子くん」

 

 抱き合っている為、琴子は絶乃の表情は見えない。邪悪な表情で、絶乃は優しい声で琴子を慰めた。

 赤倉琴子は悪魔に魅了された少女だった。

 彼女はこの時、絶乃の表情や瞳をしっかりと見ていればこんな話を受ける事はなかったかもしれない。紛れもなく、人ならざる探偵と、怪異に愛された少女は出会ってしまった。

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