吸血鬼の居候⑥
虎太郎、牙千代、エリーチカと三人で温泉に浸かる。牙千代とエリーチカは体にタオルを巻いているが、虎太郎はそんな事を気にするわけでも、意識するわけでもない。
「主様、いくら何でも少しくらいは照れるか、スケベキャラでも演じていただかないと少しばかり私たちも自信を失いますよ?」
虎太郎は、十六歳。一般の男子であれば常時、悶々とした妄想をしていてもおかしくはないが、牙千代は一緒に住んでいて虎太郎がそういうそぶりを見せた事を見たことがなかった。
「もしかして主様達、御剣の人間というものは発情期的なものがあって、その時期以外は全くそういうのはないとかですか?」
「それ、貴子姉さんに言ってみなよ。多分、三回殺されて、もう一回くらい地獄見せられるよ?」
それもそうだなと牙千代は顔を温泉につけてぶくぶくと泡を立てる。それに目を輝かせたエリーチカも同じことをする。温泉というものは心の解放であると虎太郎は思う。あらゆるカルマが許されるようなそんな気がする。
「ここだから話をしようと思うんだけどさ……エリちゃんさえ良ければ俺たちとずっと一緒に暮らしていく? ご存知すごい貧乏だけど」
牙千代はエリーチカの境遇を考え、彼女は戻るべき故郷もなければ両親や家族と呼べる者もいない。エリーチカを保護するという組織も出てくるかもしれないが、それらも結局研究対象。
そして軍事転用や実験に使うだろうと虎太郎は答えを出した。
牙千代はふやけた顔をしているが、虎太郎がそれを悪と認定したのだろうと理解する。されど一つだけ牙千代は虎太郎に指摘する。
「貧乏なのは主様が仕事をしないからでしょうに! 今後エリ殿を加えるのであればお仕事は三倍に増やしますよ!」
えぇという顔をするが、虎太郎はそれならばやめておこうとは言わない。仕事をするかしないかは別としてだが……そんな二人の言葉にエリーチカは驚く。
(私は、迷惑になる作られた真祖だよ?)
「主様なんて、二酸化炭素を製造するしかほぼ役に立たない肉の塊です」
「牙千代は鬼神だとか言ってるけど、いつも大家の貴子姉さんに頭が上がらないんだよ。これ以上迷惑が増えたって何も変わんないよ」
(嬉しい……)
ポロリ、ポロリと涙を流す。虎太郎と牙千代は顔を見合って笑う。そして二人の意識が飛び交う。
(おいおいおいおい! エリちゃん泣いちゃったよ! 何で? 牙千代さん、宥めて!)
(いえいえ、ここは主様がエリ殿をですねぇ)
二人は女の子涙にすこぶる弱い。あわわわわと慌てる二人を見てエリーチカは微笑む。
(貴子様は神様だと思ったけど、虎太郎と牙千代は、お父さんとお母さんだ)
そう言われて二人は悪い気はしなかったが、一つだけ訂正をした。
「貴子は神は神でも邪神ですからね! もう関わってはなりませんよ!」
そんな風に和んでいると、吸血種の湯女がお盆に冷たい抹茶ドリンクを持ってやってくる。
「主上様に、鬼神様に御剣様。お飲み物を持ってきました」
白玉とアイスが浮かんでいる。それを受け取り虎太郎は一口飲むとその湯女に言った。
「いいお手前で」
牙千代とエリも舌鼓を打ちながらそのドリンクを飲む。一時間近く露天風呂を楽しむと浴衣に着替えて用意された部屋にいく。そこにはすでに布団が川の字に並べてあった。
「ねぇ牙千代さん」
「何です主様」
「もう俺、ここに住もうかな」
「おやめなさい。ただでさえ怠け者の主様には毒です。それにしてもよく温まりましたので、暖かい内に休みましょうか? エリ殿は真ん中に」
(うん!)
嬉しそうに真ん中の布団に入り、エリーチカは手を伸ばす。右手は虎太郎とつなぎ、左手は牙千代とつなぐ。そして安心したようにしばらくするとエリーチカの寝息が聞こえてきた。牙千代は虎太郎ももう寝ているかと横を見ると虎太郎は天井のシミを数えるように見つめている。
「主人様?」
「牙千代、俺は瞳の力を今回使うかもしれない」
「ダメです! と言っても使うでしょうに」
「今回、俺たちは何をすればいいのかよく分からない。エリちゃんを安全なところへ、と思っても狙う連中がいるのであれば逃げ続けなければならない。それはおかしい」
虎太郎が、そう断言する。何もしていないエリーチカが逃げなければならない道理がどこにあるのかと……
「今回も牙千代頼みになると思うけどさ」
「何をおっしゃいますやら……私の力は主人様の力です。それにエリ殿に危害を加えるという輩がいるのであればもれなく地獄に送って差し上げますよ」
その言葉が聞きたかったという風に虎太郎は頷く。そして敵の正体について分かる範囲の話をした。
「最初に子供達を攫っていた変態科学者。あれはエリちゃんを作る為にエリちゃんが欲しい。もう一人人外を雇ってエリちゃんを手に入れようとしているのは人間。エリちゃんとの間に自分の子供を作ろうと思っている」
牙千代はいよいよ、虎太郎が怒りをあらわにしているので牙千代は虎太郎を諭す。
「人間の外道というのは、私たち鬼もびっくりの頭の悪さですね。真祖との子供を作る理由は何です?」
「多分。ブランド、トロフィーじゃないか? 要するに自分は強烈な血統の子供を持っている、他では手に入れられない子供を持っている……愚かの極みだ。それで自分が王にでもなったような気になるんだろうね」
二人は夜がふけるまで話、そしてどちらかがいう前に眠りについた。翌朝は渓流でつれた川魚の塩焼きをメインに豆ご飯と豆腐の味噌汁。
「うまいうまい!」
虎太郎と牙千代が何度もご飯をお代わりするので、吸血種の朝餉を作った女性は苦笑しながらもこう言った。
「作りがいのあるお客さんだこと」
「おばちゃん、めちゃうまっすよ!」
そう言う虎太郎。虎太郎は相手が人外であると言う事を知ってそう語る。最初こそ人間の虎太郎に警戒していた者もいたが、全く気にしない虎太郎に皆打ち解けていく。朝食が終わると虎太郎に初めて接触した吸血種の男が虎太郎達を呼ぶ。
「今、仲間が外の情報を集めている。主上様が安全に暮らしていくために……」
「お話の最中悪いけどさ……たぶんそりゃだめだ」
虎太郎達はエリーチカを家族として、仲間として招こうと思っている。だからこそ、吸血種達の申し出には頷けない。虎太郎の拒絶に対して、男性は鋭い視線を虎太郎に向けてからこう言った。
「御剣の、それを我々が認めるとお思いか?」
虎太郎達から力ずくでもエリーチカを奪おうとそう言おうとしている。それに虎太郎はため息をつく。
そして静かにこう言った。
「俺さ、弱い者イジメって大嫌いなんだ。だからさ、そういうのやめてくれない?」
人外である吸血種達からすれば、人間である虎太郎を捻り殺すくらいはわけない……が忘れていた。おかっぱの振袖を着た少女に見まごう暗黒。
「いくらその……従者が」
「牙千代は鬼神、悪いけどこの場所を一瞬で地獄に変えるくらいはわけないよ? 俺たちと喧嘩とかやめようよ。俺たちとエリちゃんが一緒に暮らせば、ここにも遊びにくるし、君たちと俺たちとでエリちゃんを守れるんじゃない?」
虎太郎は手を出した。
それは握手。虎太郎は友達になろうとそう言う。虎太郎を見て人外であるはずの吸血種の男は怯えたような目をする。戦うよりも恐ろしく感じる。共存しようというのだ……種族が違うはずの人間が……
「……お前は何なのだ……これが御剣なのか、いや……本当に御剣なのか?」
「まぁ、他の御剣はもう少し喧嘩っ早いのが大勢いますけど、俺は鬼と共存する家の御剣だから、喧嘩とか好きくないんだよ」
虎太郎がそう人懐っこく微笑むので、吸血種の男もぎこちなく笑い虎太郎の手を握ろうとした……が叫び声が響く。何事かと思った虎太郎達だったが、偵察に行っていた吸血種の一人が見つかって、この場所まで敵を連れてきてしまったという事。
虎太郎がエリーチカと一緒に隠れながら牙千代に聞く。
「どんなのが来てる?」
「実に言語能力に乏しそうな方がいらしていますね」
「マッドサイエンティストサイドか……しゃーない。牙千代さん。ぶちのめして!」
「あい、分かりました」
牙千代が虎太郎をぶん殴り鬼神化しようとしたが吸血種の男は虎太郎に手を見せて待ったとジェスチャーする。
「御剣、友は約束を守るものか?」
「えっ? まぁ、時と場合によるけど、守るものだよ」
「そうか、なら友。御剣よ。主上を必ず守ってくれよ?」
虎太郎は嫌な予感がした。それは全然面白くない事だった。ありきたりに馬鹿らしい自己犠牲。
「ちょっとおじさん、それに他の人たちも……」
「主上を守ってくれよ?」
人外という連中の腹立たしいところがここだ。馬鹿みたいに真面目で、機械みたいに一度決めたことを遂行しようとする。それはもう止められない。牙千代が虎太郎の袖を引っ張って首を横に振る。
「おじさん達。死ぬなよ!」
「……あぁ」
嘘をついた。本来嘘なんてつかない人外が、虎太郎をエリーチカを安心させるために、それは尊い嘘だった。虎太郎とエリーチカを連れて牙千代は先導し、この吸血種の隠れ家を後にする。遠くで、大きな重火器のけたたましい音が聞こえた。人外に近代兵器を持たせたマッドサイエンティストの商品。それを牙千代はぶちのめすだけの力があったハズなのに、あえて使わせなかった。
それが何のためだったのか……
「なるほど、私の相手はこの方々らしいですね」
大きな鎌を持ったひょろりと大きな二人組。死神と表現するのが正しそうなそれらは重そうなその鎌を軽々と振るう。
「何ですかそれは?」
牙千代はその大鎌を指で摘むように受け止める。そして、鎌を引っ張って一人をぼかんと殴り飛ばした。仮面とローブに身を包む死神コスプレのそれを殴った牙千代の感想。
「何やら、全く手応えのない方ですね? ……あっ、しまった!」
その死神のような人の足元が濡れる。そしてそれはジェル状になり、エリーチカを襲った。
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