吸血鬼の居候⑤

「牙千代ちゃん、キャベツ安いよ!」

「後で向かいますね!」


 商店街、御剣一行の凱旋。いつも貧乏な虎太郎と牙千代を優しく迎えてくれるその商店街を牙千代が歩けばどのお店の人も声をかけてくれる。


「きばちぃちゃん、コロッケ食べて行きなさい! ほら、お兄ちゃんと……新しい子だね? お兄ちゃんの彼女かい」


 一応、牙千代は何度か従業員であると説明をしたが、見た目童女でしかない牙千代の言う事を信じる商店街の大人達は誰もいない。もらったコロッケを齧りながら牙千代は一つをエリーチカに渡した。


「とーっても美味しいコロッケです。エリ殿もおひとつ」


(クロケット?)


「うん、その日本版ね!」


 虎太郎と牙千代がコロッケを齧りながらご満悦な表情をするので、エリーチカも一つかじってみた。


(美味しい!)


 エリーチカも気に入ったようで牙千代と虎太郎にも笑顔が漏れる。今日、3人が商店街にやってきたのは……エリーチカの服を買いに来たのだ。物凄く目立つので変装という意味合いもある。


「出たな……牙千代さん、お洒落センター・ムラサメ」


 廉価だが、非常に流行を意識した服が売られているお店。全国チェーン展開で庶民の味方だ。


「ウニクロよりこっちの方が可愛い服がたくさんありますからね! さぁ、主人様、エリ殿の服を選んであげてくださいまし!」


 牙千代が満面の笑みでそう言うので虎太郎も珍しく口元をにっこり微笑ませてからこう返した。


「いやいや、ここは同じ女の子同士牙千代さんが」

「私は着物以外の服を着た事がないのですよ! 信じられない事に現役高校生の主様の方がこういう事にはこなれているでしょう!」

「俺、同じシャツと同じジーパンと学生服しか持ってないよ?」


 二人は見つめ合って地に伏せる。これが貧乏の境地に立った人間の反応なのだ。牙千代はされど立ち上がる。


「こんなところで恥を忍んでいてはいけません! 聞くは一時恥、聞かぬは一生の恥と言いますからねぇ!」


 牙千代は手を高くあげて店員を見る。すると店員はそれに気付いて牙千代の元にやってくる。


「いらっしゃいませ。あら、すごい可愛らしいお客様」

「いえいえ、照れますね。店員殿。今回はこちら、エリ殿の服を見繕っていただきたくですね!」


 牙千代は美しい。人間離れした怪異的な美しさを持つ。そしてエリーチカもまた同じように美しい。この人外は基本的に美男美女が多い事を虎太郎は知ってる。それが何故なのかまでは分からない。

 女性の店員は美少女であるエリーチカと美幼女である牙千代にテンションをあげて連れて行く。


「わ、私は構いません!」


 戸惑う牙千代だったが、店員になされるがまま着飾り、いつしかエリーチカとノリノリで服を選んでいた。そんな様子に虎太郎もほのぼのと見つめている。そんな牙千代とエリーチカを見つめる明らかに風変わりな男性。


「何か俺の連れに用ですか?」


 東京の街には少しかばり似つかわしくない、今農業をして帰ってきたような男性。目が妙に赤い。


「いや、なんでもない……」

「絶対なんでもあるやつですよね? 俺は色んな事を承る仕事、万屋御剣の御剣虎太郎です。内容によっては聞かなくもないですけど?」


 恐らくは何かしらの人外だとは思ったが、その男性から悪意を感じる事はない。それ故に言った虎太郎の言葉に男性は少しばかり警戒する。


「あの御剣の?」


 それなりに有名な名前だった事を虎太郎は今にして思い出す。人間でありながら人外化生のような者。例えば、虎太郎と牙千代を虐待する事が大好きな御剣貴子等がいい例だ。

 あれは化物よりも恐ろしい。男が警戒するのを虎太郎は営業スマイルを見せる。


「安心してください! 俺は殴られたら即死するくらいにはただの人間なので……で? あなたはなんですか? またエリちゃんを誘拐しようとしている連中とは違う感じがするけど」


 虎太郎の誘拐という言葉を聞いて男は露骨に不快そうな顔をして見せる。虎太郎はこの男からは何故か、悪い気が伝わってこない。


「姫様をみんな。物みたいに考えて……許すまじ、我らにもっと力があれば、姫様をお守りする事ができるのに」


 なる程、多分いいやつだと虎太郎は理解した。目の前にある自動販売機からアイスココアを二つ買うと一本を男性に渡す。


「どうぞ」

「な、何を?」

「多分。おじさんは俺たちのお客さんになりそうだ。あのエリちゃんの隣にいる女の子に見える牙千代。あれは御剣の鬼神の一人。エリちゃんを狙った奴らを何度か返り討ちにしてる。どう? 俺たちにエリちゃんを守る仕事依頼しない?」


 男性は考えているようだった。そしてゆっくりと頷く。それに虎太郎は表情は見えないが口元は笑っている。男性の缶と自分の缶をコツンとぶつけてからこう言った。


「交渉成立だ。あなたの素性教えてもらえますか?」


 虎太郎はアイスココアを口につけてから、うん美味いと一言。虎太郎はただの人間だが、誰からも好かれるような、そんな不思議な雰囲気を纏っていた。男性はゆっくりと一つ、二つ、語り出す。


「我らは吸血種と呼ばれている、お前達人間からすれば、血を吸う化物だ……」

「でも吸血鬼みたいに人を死に至らしめるような存在じゃない。確か血を与えると力を貸してくれる妖精とか妖怪とかそんなのだっけ?」


 虎太郎が自分たちの事を少し知っている事に男は驚く。そして語る。細々と人間に見つからないように隠れて生きてきた。ごくまれに迷い込んだ人間を世話し、少しだけ血を分けてもらう。それでなんとかやってこれた。


「ある時、我らの主上とも言えるあの御方が現れた」

「吸血鬼の真祖を見てそう思うってことはおじさん達は元々、外国からやってきた種族なのかもね。でもあのエリちゃんは、科学の力で生み出された真祖のクローンらしいけどね」


 クローンという言葉が通じるかは虎太郎はわからなかったが、話しているニュアンスでなんとなく通じるだろうとそう思った。


「作り物だと言いたいのだろう? だが我らはあの御方から感じるのだ。我らが仕えるべき偉大なる存在だと、それを一方は捕まえて、体をいじろうとしている。もう一方は、愚かしくも、あの御方に子を作らせてようとしている」


 虎太郎は、この男の話を聞いて良かったと心底思った。襲ってきている勢力が二つ。それはそういう事だったんだろう。いずれにしてもエリーチカを道具か何かだと思ってる。


「戦国時代とかだと女の子は戦略の道具だった……いつの時代をやってるんだよ。おじさん達は俺と牙千代に何を払える?」


 虎太郎は人間らしく、対価を要求した。それに男は、少し考える。人間の喜ぶ金という物を男達の集落は持ち合わせてはいない。


「我らは……」


 男が虎太郎に提示した物は……それを聞いて虎太郎に牙千代は承諾する。それはお金ではないが……


「牙千代、何これ? 美味くね?」

「えぇ、主人様。まさか主人様が生きている間にこんな素敵な旅館で食事ができるとは思いませんでした。さぁさ、エリ殿もどんどん食べてください」


 虎太郎達は吸血種という妖怪達の隠れている場所で宴を振る舞われていた。外は大きな露天風呂。


「楽しんでおられるか? 御剣の」

「えぇ、まさかこんないいところに泊まらせてもらえるなんて思わなかったですよ。ご飯も美味しいし、お風呂も気持ちいいし。こりゃお代を頂きすぎましたね」


 そう、男が提案した物は虎太郎達へのもてなしだった。人間とは強欲な存在、それ故にそれだけでは絶対に頭は下げないだろうと男は思っていたが、虎太郎は二つ返事で了承した。


「まさか、逃亡生活で家族旅行ができるとは思わなかった」


 ズズッとアサリの味噌汁を飲みながら虎太郎が呟く。男は虎太郎が欲が少ない事に少しだけ笑けてきた。


「しかし、主人様、よく太助殿と知り合いましたね? エリ殿を崇めてくれる方々らしいですが、ここは隠れるにも丁度いいですし、何より食事がいいですね」


 普段、牙千代は殆どお金のない家でどうやって献立を組もうかと日々悩んでいた。ありがたい事に何を食べても美味いと言う虎太郎相手なので、あらゆる騙しが効いてきたが、今や家事から解放され、牙千代は舞ってる女性に手拍子で合いの手をいれる程度には楽しんでいた。


(楽しいね! 牙千代。虎太郎)


「えぇ、実に楽しいですね。これでお酒など少しいただけると最高なのですが……」


 牙千代は虎太郎の前ではあまりお酒を飲まない。というか極貧生活過ぎてお酒を買う事ができない。そんな牙千代だが、酒は大好物。年に一度、神無月の時だけは牙千代は暇をもらい出雲で知り合いの神々達とオフ会をする。お酒を飲むのはその時くらいだ。


「牙千代、もらったら?」


 牙千代の瞳が輝く。そしてそれを覗き込むエリーチカを見て牙千代は首をよこにふった。


「今はやめておきましょう」


 今はという事は後で呑むんだなと虎太郎はゴマ豆腐を食べてその旨さに目を瞑る。


(牙千代、虎太郎。あのおっきなお風呂に一緒に行こう!)


 その申し出に虎太郎は苦笑する。確かに混浴で入れるらしいが、本来男である虎太郎が一緒に入るのはなんとも言えない物が合ったが……


「エリ殿もこう言ってますし、一緒に入りましょうか? 主人様」

「マジで言っているのかい? 牙千代さんよ」

「えぇ! 昔は主人様も私の事をお姉ちゃんと言って一緒にお風呂に浸かった物じゃないですか」


 虎太郎は幼くして両親とは別で暮らしており、ある事件で牙千代と出会い。以後牙千代と暮らしているのだが、幼少期の虎太郎は半ば牙千代に育てられてきた。食事も寝るのも一緒。なんならお風呂もよく一緒に入った。


「まぁ、否定はしないけど、年頃の男女がまずくね?」

「大丈夫ですよ。主様は擦り切れた老人のように枯れていますからね」


 虎太郎はなんという酷い言い草だろうかと思いながら、確かにそうだなと手拭いを持って混浴風呂へと向かった。

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