角のある探偵と悪魔に愛された少女
悪魔に愛された少女①
逃げなきゃ!
それが私、
鞄の紐が切れたり、入れたハズのプリントを忘れたり、誰もいないハズの窓から、物が落ちてきてあわや大怪我をするところだった事もあった。
しかし、今回のそれは規模が違う。
学校の誰かに呼び出された手紙で浜に行くと、待ち合わせの時間になっても誰もこない。イタズラだと思ったその時、私は恐ろしい物を見た。
それは初老の男性だろうか?
目は虚ろ、そして言葉にならないうめき声とも雄叫びともとれるような声なのか、音を発している。
麻薬? 危険ドラッグ?
そして獣臭のような、いやこれは腐乱臭だろうか? そんな吐き気を伴う空気の中でそれは私を見つめ、そして狙いを定めたのだ。
向かってくる。正常な人間の動きではない、身体が紐で引っ張られているような引きずられているような物理法則を無視した動きで。
「ひっ……」
私は走った。
追いつかれる事はない……されど男との距離は変わらない。私は必至で走った。普段そこまで運動をしている方ではない私の呼吸は乱れ、躓いた。
痛みを我慢してすぐに立ち上がると近づいてしまった男との距離を再び離す為に走り出す。
(ダメだ……もう走れない)
怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
この男は、私を犯すわけでも、殺すつもりもない。
私は確信していた。
この男は、私を食べようとしている。
誰もいないと思っていた浜辺にある階段に腰かけて少年? 少女? どっちともとれる人物がハンバーガーを呑気に齧ってこちらを見つめている。
助けを求めなきゃ!
これが、私が
ーーーーーー
日が暮れだした頃、最近建ったリオンのショッピングモールの中にある人気のカフェで御剣絶乃は、営業スマイルを見せる男から分厚い封筒を受け取っていた。
「確かに一千万、まいどありっ!」
立ち上がろうとした絶乃を男は引き留める。
「よければ、この店の人気のケーキセットでも食べていかれませんか? もちろんご馳走しますので」
「おじさん、長生きするよ」
一杯千円近くするコーヒーに高級フルーツをふんだんに使ったタルトをご馳走になる。もちろん、これが善意で行われているわけではない。次の仕事、あるいは何等かの見返りを絶乃に求めている。
「もし、よろしければなのですが……」
「お断りだよ。どうせ出向社員かなんかになって、同じような事件が起きたらボクに処理させたいんだろ?」
図星だったようで、男は冷や汗をかく、彼女に支払った一千万、これを毎回要求されるのは少々痛手だったのである。
この金額を年俸として、絶乃を雇えないかと上から指示が出ていた。
「もしさ、ボクの機嫌が悪くなったらさ、この建物の下で縛ってる奴、解き放っちゃうよぉ? 物凄い怒り狂ってるから、百人や二百人の人間食い殺すだろうね。そうなったら大事件だ! まぁボクはどっちでも構わないけどさ。それでも良ければもう一度事務所に連絡してくれるかな? じゃあご馳走様」
俯いて震えている男を横眼に絶乃は薄ら笑いを浮かべて店を出る。そしてショッピングモールの駐車場へと向かった。
愛車のドアを開けると運転席に座る。
「クリス、いい子でお留守番していたかい?」
そう言ってハンドルに自分の額を付ける。備え付けのモニターでインターネットを開くと、この日本ではまずお目にかかれない銃の販売サイトを開いた。
「そこそこお金も入ったし、クリスの改造と、新しい銃でも買おうかなぁ~」
そう言って車のダストボックスを開くと、そこには小さなハンドガンが顔を覗かせた。絶乃はこの銃という殺人道具が大好きだった。
ただ単に金属の弾を打ち出すだけという単純かつ明快な武器だが、これは簡単に人間の命を奪う。使い方さえ分かれば年端もいかない子供が大の大人を最も簡単に殺せてしまう。武器に芸術があるとすればこの銃という物はその一つだろうという持論があった。
さらに言えば化物の命ですら軽々と消し去ってしまうのである。うっとりとしながらそれを見てはサイトにあるアサルトライフに目を輝かせる。
そして、その思考は自分の腹の音によって強制終了させられてしまった。ぐぅーと鳴る自分の腹をよしよしと撫でると絶乃は車を出してショッピングモールを後にする。
国道を適当に流すと絶乃は一軒のどこにでもあるチェーン店のハンバーガーショップを見つける。そのドライブスルーで適当にセットを購入し、絶乃は自分の愛しの空間である車の中では臭いがつくタバコはおろか食事等絶対にしない。
海でも見ながらジャンクなディナーと洒落こもうかと浜へ向けて車を走らせる。
窓の外に見えるヨットハーバーを景色として楽しみ、適当なところに絶乃は路上駐車をすると、少し肌寒い風を楽しみながら夜の海を見つめてハンバーガーに牙を入れた。
「最近はこういうのもぐっと美味しくなったなぁ」
はぐはぐと小さな一口でハンバーガーを食べていると、若い女性の助けを求める声が響いた。
所謂、絹を裂くような叫び声というやつである。
「男女のもつれによる喧嘩か、変質者か、通り魔か……あるいは、人ならざる何かかな? まぁボクには関係ないや」
少し油でしなっているフライドポテトを口に入れながら、ぼーっと夜の海に見とれていると着衣の乱れた少女が絶乃にすがるような目をして助けを求めてきた
「お願いです! 警察を呼んでください! あの、おかしくなった人が……!いやぁあああ!」
「は? あぁ、不死者か」
怯えきってきる少女に反して絶乃はコーラーを一口飲む。微妙に炭酸が抜けたそれがなんと美味い物かとその絶乃を不思議そうな生き物を見るように見つめている。
「飲む? クラッシュアイスが入ったコーラはぼったくり価格でも美味いよ? 実はワックでコーラを頼むと損らしいんだ。なぜならコーラは広告料金でワックでは無料なんだってさ。無料のコーラをお金を出して飲んでるのさ。ほら、遠慮せず」
少女は首を横に振り、自分が今一番恐怖している存在がゆっくりと近づいてきている事を思い出す。
「キャアアア!」
逃げ出そうとする少女の手を掴み絶乃は離さない。少女が見た絶乃は楽しそうに笑っていた。迫りくる明らかにおかしな男。
「助けてあげようか?」
少女は脅迫にもにた絶乃の問いかけにただただ頷くしかなかった。もうあと5メートルに迫っている男に向けて、絶乃は懐から出した銃を向けてその引き金を引いた。
バン!
「オォオオオ……」
一瞬のけぞったような動きを見せる男だったが、再び体制を立て直す。それに向けて絶乃は銃を連射した。
バババババン!
本物の銃の音というのが、こんなにもチープな音であるという事を始めて知る少女。血だらけになりながらも尚、動く男に絶乃は額にゼロ距離で別の銃の引き金を引いた。とっさに少女は顔をそむける。
「ぐっばい!」
男の頭に大きな穴が開き、トマトをつぶしたような光景と共にゆっくりと男は倒れる。それに絶乃はゲラゲラと笑うと、半分程食べていたハンバーガーを再び食べだす。
「さてと、ボクは御剣絶乃。こういう連中を始末するような仕事をしている一応探偵だよ」
少女は、男の死体を見ないようにしながら、絶乃を見て自己紹介をした。
「助けてくれてありがとございます。私は赤倉琴子、がくせいです。でも、人を……」
「元々死んでた死体だよ。それを動かない死体に変えただけさ、気にする事はない。それよりボクはタダ働きをしない主義なんだ。ボクは一律一千万からで仕事を請け負っているんだけど、君払えるの? まぁ学生だし三百万にまけておいてあげようかな」
少女は少し深呼吸をする。
「すごい大金ですけど、お金は少しずつ返します」
「素直でいいね。でも君、琴子君だったかい? また同じような奴に狙われるよ。その都度ボクに三百万の借金をするのかい?」
「えっ?」
絶乃は自分の首を指さし、その指を琴子へと向ける。自分の首に何かがついているというジェスチャーと分かると手鏡を取り出してそれを見た。
自分の首元に十字架のような交差した印が入っている。ハンカチでこすってみてもそれは消えない。
「琴子君、君誰かに呪われてるよ」
それを聞いた琴子。段々と自分の顔が青ざめていく様子を手鏡を通してみていた。そんな琴子に絶乃は妙に艶やかな表情で提案した。
「ボクのところで働くかい? 呪いも解いてあげるし、ボクへの借金は働いて返せばいい。丁度人手が不足していた事だしね。ボクは歓迎するよ。助手の琴子君」
それは断る事のできない宣告。それはそれは無邪気な笑顔で手を差し出した。
琴子は、これはとってはいけない手だと何となく理解していたが、自分にそれを拒絶する権利はない。
絶乃は自分の生殺与奪権を握っている。
「やります」
「賢明な判断だ。悪魔に魂を売るとろくなことはないけど、鬼に魂を預けるとろくなことがあるからね」
「鬼?」
絶乃に言われ、琴子は絶乃の車に乗り絶乃の家へと向かった。開けっ放しのダストボードに黒く輝くを銃を見て、琴子の不安は再び大きくなっていく。
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