吸血鬼の居候②

「えっ? まじで?」


 虎太郎の部屋にやってきたのはボロボロの服をきた男。それにエリーチカはガタガタと震える。

 虎太郎はうーんと考えてからその人物に言った。


「扉の修理費どうしてくれんだ!」


 ドガっ!

 返答代わりというのか虎太郎はその男に突き飛ばされる。狭い部屋の中をゴロゴロと転がり、壁に激突する。それにエリーチカは叫び声を上げられないが瞳孔を開き、悲しむ。

 おそらく今の一撃で虎太郎は死んだ。


「さぁ、遠足は終わりだ。姫、王子が待っている」


 首を横にふる。

 行かないという意思表示。それに男は腕をあげる。エリーチカを殴るつもりなんだろう。

 そんな中ゆっくりとむくりと起き上がる虎太郎。首をゴキゴキと鳴らして、口からは血を少し流して……満身創痍の状態で睨みつける。


「おい、オッサン! エリちゃんに何しようとしてんだよ?」

「まだ生きているのか……人間風情で、いやそれともまだ上があるのか?」

「あーうん、買い被りすぎ、身体中痛くて死にそうだ。でも、このくらい牙千代と貴子姉さんに殴られるのに比べれば全然マシだ。というかさ? 俺の事はどうでもいんだよ。お前、今。エリちゃんに何しようとしたって俺聞いてるんだけど?」


 虎太郎は前髪で表情が見えない。

 が、かなり怒っている。


(だめ、虎太郎……殺される。いや、殺されちゃう!)

(大丈夫。俺は雑魚キャラだけど……ウチの牙千代が帰ってきたから、そうだろ? 牙千代)


 扉を壊した男が虎太郎にトドメを刺そうとして止める。なぜなら、後ろからカツカツと地面を高下駄が打つ音が聞こえる。それは強い怨嗟を、憤怒を感じる。霊能力的な力がない虎太郎でも、吸血鬼の真祖であるエリーチカは震え、そして男は振り返る。


「フランケンシュタインでも来たかと思ったら、こんな子供の……」

「だまらっしゃい! どこの誰だか知りませんが、ウチの家を壊して、そして主人様を殴り……さらに貴方は何をしようとしたんですか? エリ殿に?」


 鬼灯のような瞳をギンと見つめ、その牙千代の言葉に男は答えた。


「言うことを聞かない悪い子は、殴ってでも言うことを聞かせるのが大人の役目だろう?」


 ギュン! 男の視界から牙千代が消える。そして次に男が見た物は……先ほど自分が殴った少年。虎太郎が牙千代にぶん殴られて吹っ飛ぶ様子だった。


「ぐぇ……いだい……」


(牙千代……なんで?)


 ポンと牙千代はエリーチカの頭に手を乗せる。暖かい。いや、それ以前に牙千代の手がやや大きく。牙千代自身も十二歳くらいから十六歳くらいの少女に変わる。そして空に向く二本の角。

 牙千代は虎太郎を殴って虎太郎の血がついた拳をペロリと舐めている。


「エリ殿。よく頑張りましたね? あとは私に任せてください。結構強く主人様をゲンコツしたので、覚悟してくださいね?」


 牙千代がそう言って男に向かう。男は何かを言おうとした瞬間、意識が飛んだ。顎に一発、腹に一発。気が飛ぶ前に男は虎太郎の家から飛び出した。


「逃げるんですか?」

「いいや、こんな狭いところでは俺の力は発揮できないからな、俺の名前がガウルン、俺の国では有名な魔物だ。お前はどうなんだ? 人間に使役された魔物よ」


 そう言ってガウルンは毛深くなり、体が大きくなる。見るからにそれは狼男と呼べるようなそれ……牙千代はその姿を見て目を丸くする。ガウルンは牙千代が驚き恐怖しているものとばかり思っていた。


「この姿を見せたのだ。もう生きて帰れると思うなよ?」


 ボロアパートの屋上でガウルンは牙千代に襲いかかる。太い腕に大きな爪、それで牙千代を切り裂く……

 がしっと牙千代はガウルンの腕を掴む。


「なんですかその見た目に反して貧相な攻撃は……どこの片田舎の国で有名だったか知りませんが、私は知りませんね。狼男さん」


 グルンと腕を回して牙千代はガウルンの腕を外すと共に腹部に大砲みたいなパンチを叩き込む。それにガウルンは先ほどとは比べものにならないほどの激痛と完全に意識が吹っ飛ぶ。

 パシパシと顔を叩かれ、ガウルンは意識を取り戻した。舌をだらしなく出して伸びていた自分。それにしゃがみながら頬杖をついて牙千代は尋ねる。


「起きましたか? 扉を直して、ごめんなさいをして帰るなら、私も命までは奪いませんよ? もちろん弁償はしてもらいますが」


 可憐な少女。純日本の和装をしていて、綺麗なキューティクルのきいた黒髪。されど目鼻立ちは日本人とも外国の人間とも思えない。

 真っ白い肌に美しい赤い瞳。


「美しい魔物だな」

「おや、そんな褒められ方をするのは何百年ぶりでしょうか? これでも信長公や、牛若丸殿なんかからも婚礼を迫られた物ですよ」


 牙千代の自慢話にガウルンはフッと笑う。そして牙千代も八重歯のような牙のような歯を見せて笑う。その瞬間。ガウルンは炎のブレスを吐いた。


 カァアアアアアアア!


「俺の炎は六百度。いい熱さだろう? 様々な魔物達を焼き尽くしてきた地獄の炎だ。もう答える口も無いかもしれんがな。吸血鬼すら灰にする。お前もその亜種だろう?」


 シュボッ! 


 ガウルンはブレス吐いたままの空いた口のまま静かになった。目の前で牙千代が今し方ガウルンが吐いた炎を纏めて指の上の乗せているのだ。そしてフッと誕生日ケーキの蝋燭の火を消すように吹き消した。


「狼男さん、これが地獄の炎ですと? あまり笑わせないでください。地獄の炎というのは、こういうのを言うんですよ?」


 ポゥ。

 それは青白く、そして黒い。見たことのない色の炎。それは牙千代を包み、燃える。


「狼男さんの炎は六百度でしたか? 本当の地獄の炎に熱なんてありませんよ? 痛みと苦しみと、恐怖で出来ているんですから? 一度味わってみますか? 地獄の炎」


 ガウルンは、身震いする。美しい少女牙千代。彼女は何か楽しいお遊戯でもするようにガウルンにその青白く、漆黒の火を受け渡そうとする。


「うあぁあ、うわぁあああ!」


 今まで襲う側だったはずのガウルンは、その本能が故、尻尾を巻いて逃げ出した。それは遠くに、勝てるわけがない。こんな怪物がいるだなんて聞いていない。脚力には自信があった。あの牙千代にもきっと負けない。十キロ、二十キロ。景色が歪むくらい全力で走った。

 逃げ切った。月の出ていない夜。これが満月であればもっと早く逃げ切れただろう。そんな暗い夜に清々しい気持ちになる。

 そして笑いがこみ上げてきた。


「はははは、アッハッハッハ!」

「クスクス、何がそんなに面白いんですか! ふふっ」


 はは……聞きたくない声が聞こえる。振り向いてはいけない。あの美しくも恐ろしい少女が……いや、怪物がいる。


「教えてくれ……お前はなんなんだ?」

「私ですか? 私はお金のない万屋で働いている鬼神。鬼の神です。要するに貴方が言う魔物とやらとは別格の存在ですよ。これでも神の末席に名前を置く者です。お分かりいただけましたか? 鬼神に喧嘩を売ったんです。当然と報いと思ってください。ではさようなら」


 牙千代は腕に黒い炎を纏わせて、ガウルンに別れを告げる。これで終わり、一介の魔物の命は刈り取られ、それで終わり。

 だがガウルンは叫んだ。


「ここに、六十万ある! これで許してくれとは言わん。腕……腕一本。助けてくれ……命だけは」


 牙千代は取るに足らない者を見る目でガウルンを見つめる。それは、圧倒的強者のなせる技。ガウルンは思った。

 嗚呼、終わった。神を名乗る者がこの程度の金で助けてくれるわけはない。覚悟して死ぬしかないとそう思った時、牙千代はこう言った。


「それ、本当のお金ですか?」

「あ、ああ、ちゃんとしたこの国の金だ」

「では失礼……むっ、確かに……まぁ、今回は壁を壊した事と主様を殴った程度ですから、これがエリ殿を折檻していたら殺していましたよ? 壁の修理費用はまぁ3万あればいいでしょう。主人様の怪我はマキロンを買えばいいので、慰謝料を含めて五万円でここは手を打ちましょう」


 そう言って牙千代は五十五万をガウルンに返す。そしてこう言った。


「狼男さん、自分の国にお帰りなさい。そしてもう悪いことはしてはいけませんよ?」

「あ……あぁ」


 ばしっ! と牙千代はガウルンの背中を叩いてからこう言った。


「この国の神は寛容です。二度くらいまでは許して差し上げますが、私はそうではありませんよ?」


 そう言う牙千代は段々と小さい姿に戻っていく。そして高下駄を鳴らしながら、去っていく牙千代の姿が見えなくなるまでガウルンは見つめていた。

 そして思う。


「帰ろう」


 手元にある金で飛行機のチケットを買って、そして牙千代に言われたように、これからは心を入れ替えて……そう思っていたガウルンの前に二人の男女が立つ。


「あれあれ? ガウルン。こんなところで何してるん? なぁ、ロク。ガウルンはあの吸血鬼の姫連れてくるんちゃうかった?」

「ロナ姉者の言うとおり」


 小柄で露出の多い服をきた狼の耳をした少女と、巨漢の狼の耳をした青年。それをみてガウルンは震える。


「ヘシアン姉弟……俺は降りる……とんでもない化け物に守られてるんだ! そうだ! お前達も一緒に逃げよう! 金ならある! これで3人で!」


 ガウルンはそんな申し出をした自分がバカだと思った。そんな事を聞くような連中ではないのだ。


「どうするロク?」

「姉者がしたいように従う」

「だよね! じゃあお金はもらって、ガウルンは処刑や! ウチらが逃げるわけないやろ? 気高き狼王の末裔、その人狼や! お前みたいな雑種とはちゃうねん!」


 ガウルンは毛を逆立てて、二人の狼の獣人に対峙した。爪を腕を全力で抗おうと、ドンと衝撃が走る。ガウルンは胸に大きな穴の開いた自分の首のない体を見つめていた。


「ガウルン。ばっかやなぁ! ウチらより、化け物がいるわけないやん? 何にビビったんか知らんけど、所詮は雑種やわ。何か言いたい事あるか?」


 ガウルンは首だけになり、直に滅ぶ。


に触れるといい」

「は?」


 ぐちゃっと嫌な音が響く。ロイはガウルンの首を形がなくなるほどに地面い叩きつけると、夜空を見つめてからこう言った。


「じゃあ帰ろか? 帰っておうじ様に褒めてもらお!」

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