吸血鬼の居候③

「全く、はぐ、もぐもぐ……狼男ですよ! 狼男! 本当に存在するんですねぇ! さすがの私も驚きましたよ!」


 牙千代が戻ってくると、扉を直して、虎太郎の提案で豪遊しようということになった。その豪遊に牙千代は乗った。

 そう、ファミレスでの食事である。それこそが二人の豪遊。牙千代と虎太郎がハンバーグやらスパゲッティやらをガツガツと食べる。その様子をニコニコと見ているエリーチカに虎太郎は言う。


「エリちゃんも何か食べなよ! 吸血鬼ってなに食べるんだろ? 血しか飲めないわけはないよね?」

 虎太郎にそう言われて、エリーチカは考える。


(ご飯、野菜とかパンとか食べたことある)


 牙千代と虎太郎は顔を見合わせて考える。二人の中での吸血鬼のイメージは人間の生き血をすすり生きながらえる存在。


「でも、よく考えたら血だけ飲んでたら歯とか衰えそうだし、そりゃなんか硬い物かじってんのかな? わりとなんでも食べられるみたいだし、うん、ここはハッシュドビーフなんていかがだろうか?」


 要するにハヤシライスを提案してみた虎太郎。そんな虎太郎を見て牙千代は親指を上げて見せる。


「洋食の王様、ハヤシライスとは粋ですね! 主人様、では私はデザートにプリンアラモードを提案いたします! いかがでしょうエリー殿。とっても美味しいですよ!」


 二人の好物を選ぶとエリーチカは驚いた顔を見せる。それは虎太郎と牙千代の好意を心から感じているから。


(二人が選んでくれたもの、私。食べたい)


 牙千代はタブレット二つの注文を押して確定する。そしてついでにステーキとグラタンを追加注文。

 お金は貴子が置いていった物があといくらかあったので、それなりに余裕はあるから気の済むままに二人は食べる。

 そしてエリーチカの為に頼んだ料理も揃うと、牙千代はエリーチカにナプキンをつける。


「服が汚れないように、気をつけて食べてくださいね! エリー殿」


 虎太郎はスプーンをとってエリーチカに渡す。


「はい、エリーちゃん」


 エリーチカはじっと見つめる。虎太郎や牙千代が食べている様子を真似て一口ハヤシライスを食べる。


「……んっ!」


(んまぁい!)


 一瞬、エリーチカの声が聞こえた。それだけ衝撃的な旨さだったのか……エリーチカの声が聞けた。エリーチカは喋れない訳ではないという事が虎太郎と牙千代は知る。


「おや! とっても可愛い声じゃないですか」

「うん。にしてもどうしてエリーちゃん喋らないの?」


 その間にも二人は次々に運ばれてくる料理を平らげる。エリーチカはゆっくりとハヤシライスを咀嚼し、その美味しさに何度も美味しいと体全体で表す。


(私の声は、人を惑わしてしまうから喋ってはいけないの)


「なにそれ? 牙千代さん分かる?」

「そうですね。声そのものに呪力のような物が宿っているのでしょうか? もし、そうであれば私には無意味ですし、主人様はある程度の耐性的な物は持っていると思うのですが……とりあえず私で試してみますか? 主人様はドリンクバーにでも行って奇跡のスペシャルドリンクを作っていてください」


 虎太郎は昔はよく二人で謎ドリンクを作って飲みあったものだなと思い出しながらグラスを持ってドリンクバーにいく。

 その場から虎太郎がいなくなった事で、牙千代は「さぁ、何かお話しましょうか?」と言うので、エリーチカは小さな声を出した。


「牙千代、そのピザを私に頂戴」

「えっ……いいですよ! 何ピース食べますか?」


 ピザカッターで牙千代はそれを切ってエリーチカに渡すとエリーチカは悲しい顔をする。


「ほら、牙千代は私の言う事を聞きたくなくても聞いてしまった。これが私の力、どんな物でも声で操ってしまう」


 それを聞いて牙千代はふむと頷くとエリーチカに言う。


「今のはエリ殿に従ったわけではなく、普通にエリ殿にこのピザを味わっていただきたくて私が自ら行った事ですよ。そうですね。ではエリ殿。この私の最後のステーキの一切れを主人様に私が食べさせるように命令してみてください。それでエリ殿の悩みの種は払拭されます」


 エリーチカは少しだけ悲しい表情をすると言う。


「牙千代、そのステーキの最後の一切れを虎太郎に食べさせて」

「お断りします」


 そう言って牙千代は最後の一切れを口の中に放り込む。そして咀嚼、ゴクンと飲み干す。そのただ食事をしたそれを見ただけでエリーチカは涙した。それに牙千代は慌てる。ステーキを自分が食べただけでエリーチカが泣いてしまったのだ。


「おおう! エリ殿。ど、どうしたんですか? まさか、このステーキ食べたかったんでしょうか? そ、それであればもう一枚注文致しましょう」


 そう言ってタブレットを持つ牙千代を止める。


「違う、違うの! 私の言葉で従わない牙千代が嬉しかったの!」


 そう叫ぶエリーチカに牙千代は頭を撫でる。

 そして牙千代は目を細めて言った。


「エリ殿は私たちの前では普通でいいのですよ。きっと主人様にもその声の力は届かないはずです。そう言っているとほら、主人様が戻って来られましたよ!」


 グラスを三つお盆に入れて戻ってくる。そんな虎太郎は全員に飲み物を配膳していく。


「当ファミレスのオリジナルブレンドだよ。と言ってもカルピスとレモンティーを混ぜただけだけど」


 実は滅茶苦茶美味しいカルピスとレモンティーのノンアルコールカクテル。それを口につけ、虎太郎は最後の一口のグラタンを食べようとする。


「虎太郎。そのグラタン……私に頂戴」


 虎太郎は一瞬止まる。そして最後の一口を無言でエリーチカに持っていく。その様子を眺める牙千代と少しだけ悲しそうな顔で口を開けてそれを食べる。そしてエリーチカは目を瞑る。


(虎太郎にはダメみたいね)

(まぁ、私と二人の時は思い存分声を上げてお喋りしてくださいね)


 3人は会計を済ますとボロアパートへと帰る。エリーチカを挟んで3人で手を繋いで歩く。

「随分、日が長くなりましたねぇ」

「そうだねぇ……冬のシーズンが来るとあのアパート死ぬほど寒いからどうにかして暖を取る方法を探さないと今年はエリちゃんもいるしなぁ」


(私、寒いの得意だよ)


 吸血鬼はほとんど不死身なので温度に対しての耐性があるのか、虎太郎と牙千代は少し考える。


「あれ、吸血鬼って死者なんだっけ? だから寒いのに強いとか?」

「棺桶で寝るみたいですが……実際どうなんでしょうか? エリー殿は生きていますし……やはり暖をとる方法は働いて手に入れましょう。ね? 主人様!」


 虎太郎は無言になる。働きたくない虎太郎は頭を縦に振らないだけかと思ったが、牙千代も、エリーチカも気づいた。何者かに追われている事。それに虎太郎はいち早く気づいたのだ。


「牙千代」

「あい、わかってます。二人……いえ三人ですね。エリ殿は私の後ろに隠れていてください」


(牙千代、私も戦えるよ)


「大丈夫です。少し私が力を使えば、あのガウルンという狼男クラスであれば大した事はありません」


 そう言って牙千代はゴンと虎太郎のお腹をぶん殴る。そして牙千代の額からツノが伸びる。体も少し成長すると追ってきている者達を確認した。


「はぁーい! アンタがガウルンをのしたこの国の化物か? あんま強そうには見えへんなぁ」


 狼の少女と、大きな身体をした狼の獣人それを見て、牙千代は後ろを指差す。


「あれもあなた達のお仲間でしょうか?」


 ザッザッザと大きな足音を立てながらやってくる巨人。頭には大きな電波を受信するアンテナらしき物。そして巨大な戦斧、いやトマホークのような物を引きずっている。


「なんやねんあのデカブツは……知っとるか? ロク」

「姉者、姉者が知らない者は俺も知らない」

「ちゅーことや、小娘ちゃん。お前もまとめて叩き潰したるわ! ウチら最強の狼王ロボの眷属や、ウチはその血を誰よりも色濃く受け継いだロイ」


 そう言ってロイは牙千代に襲いかかる。そして弟のロクは巨漢の謎の怪異に襲いかかる。


「おやめなさい、狼女のロイさんでしたか? 貴女では私には勝てませんよ?」


 とは言うものの、牙千代はロイの攻撃を捌き切れない。いくつかダメージを負いながら頬に爪の傷痕が……そしてじんわりと血が滲む。ロイは牙千代の血をペロリと舐めると警告する。


「逃してやるよ。犬の真似してウチに謝ったらさ」


 ズシュ!


「今なんと?」


 牙千代の爪がロイの頬をかすめる。同じように爪痕から血が滲む。ロイは恐る恐る頬に触れると、自分が血を流していることに驚き、そして同時に怒り狂う。


「このガキャ! ウチの玉の肌に傷入れよって、生かしておけへん! ブッ殺す!」


 少しだけ獣の瞳、表情が険しくなるとロイは牙千代に壮絶なラッシュをかける。先程までの攻撃も回避しきれなかった牙千代。本気にさせてしまった事でよりピンチに陥る。


「このジリ貧、ラチがあきませんね。なら、私の得意な飛び道具。鬼神砲ならどうですか?」


 牙千代は合わせた両手の中に暗黒を作り出すと、その暗黒を持ってしてそれをエネルギー砲撃として打ち出した。

 牙千代の代名詞とも言える鬼神砲。それを至近距離から受けたロイはひとたまりもない……そう思っていた牙千代だったが、ロイは信じられないことに牙千代の砲撃を自らのブレスで相殺し、残りのエネルギーを受け止めた。


「脳筋妖怪、ここに極まれりですね」

「これが全力か? 最初は少し驚いたけど、理屈が分かればどうって事ない。弱いお前が使いそうな小細工やな」


 コキコキと首を動かしながら、ロイは制圧前進を進める。今の牙千代にこれ以上の力で向かい撃つ事はできない。

 結果。


「弱い、弱すぎるでアンタ」


 牙千代が攻めてもロイにまともなダメージが通らない。それに少し閉口していた牙千代だったが、意外にも巨人に弟の方は苦戦していた。


「もし、弟君があのデカイ人を受け持っているみたいだけど、あれ大丈夫ですか?」


 指摘されて初めて牙千代が言いたいことがわかった。ロクは巨人につかまれて背骨をへし折られる寸前だった。

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