悪魔に愛された少女③

「昨日、君についていた呪いの刻印。あれと同じ物がある生徒が何人か見つかったんだ。偶然とは考え難し、生徒の中に入れば全員身体測定をすればボクなら分かるよ。という事で琴子君は静かに学園生活を過ごしていればいい」

 絶乃にそう言われ、保健室から出ていく琴子の背中を見ながら絶乃は鼻をすんすんと動かした。誰にも分からないのかもしれないが、絶乃の鼻はその獣臭を感じ取っていた。

 

「琴子君は誰と何処にいたんだ? 養豚所にでもいたような酷い臭いだ。こんな臭いを発しているなんでよほど自分に自信があるのか、それどもずぶのド素人か……あっ、いけないけない。どうも獣臭をかぐと興奮しちゃうよ。次の人どうぞ!」

 

 絶乃がそう呼んで入ってきた少女は、いいところのお嬢様といった雰囲気と仕草を持ち、男なら十人が十人振り返るような美少女だった。

 

「おや、こりゃまた天使みたいな女の子が入ってきたものだね」

「先生、お上手。水無月かれんです。宜しくお願いします」

「はい、ボクは御剣絶乃。上を脱いで」

 

 少し恥じらいながらかれんは体操着を脱ぐ、下着を手で隠すが、絶乃にその手を払われる。そして絶乃はかれんの玉のような肌にいやらしく指で触れた。

 

「……先生っ……んっ」

 

 上気したかれんを見て絶乃は聞いた。

 

「今日の朝食は何かスタミナのつく物でも食べたかい?」

 

 まだ絶乃に触れられている余韻に浸りながらかれんは答える。

 

「本日ですか? フルーツサラダにミルクティーです。もしかして私なにか臭いますか?」

「いや、それよりその朝食はよくないな。少しでもいいから炭水化物を取った方がいい。なんなら今晩ディナーでもどうだい?」

 

 ウィンクする絶乃、冗談ばかり言う絶乃との会話をかれんは楽しみながら身体測定を終了し、残りの一年生の身体測定を済ませた。二年生と三年生の時間までまだあるので、絶乃は学園内を探索する事にした。

 寮で呪いが行われていると探すのが難しくなるが教室ならある程度の目途がつけられるだろうと思いまずはべたべたに生徒会室へと向かった。

 

『生徒会室』

 

 その扉に手を触れると突然気配を感じさせない所から腕を掴まれた。その人物を見ると、毅然とした態度を取り、腕には腕章、書かれているは風紀という文字と校章。長い黒髪をなびかせ、キッと絶乃を睨みつける。

 

「生徒会室に何用だ? ここは教師と言えども我々生徒会執行部の許可なく入室はできない事になっている」

 

 そう生徒会に酔っている少女を現実に返す言葉を絶乃は言ってのける。そう、それもゲラゲラと腹を抱えながら。

 

「何それ、ギャグ? そんな特殊な生徒会とか、特別な人選が集まるとか本当にあるの、プッククク! ダメだお腹が痛い! ぎゃはははは!」

 

 少女の顔には冷酷、されど巨大な怒りが渦巻いていた。目の前にいる愚か極まりない者。この者の愚行をこれ以上風紀院長として放ってはおけない。

 

「貴様、何処の学年の何者だ?」

 

 それを聞き絶乃は表情を変えた。

 

「ボクかい? 君達の保険医だよ。君は? アニメか漫画の世界から出てきたような堅物系女子高生君」

「このような者が我が学園の? 私は二階堂華、見ての通り風紀員の長を任されている。そして、お前のような風紀を乱す者を許さない」

 

 華は何かの古武術のような技を絶乃に放つ、顔への一撃目を絶乃が裁くと少し驚くもそのまま足を狩りに来た。

 

「おわっと!」

 

 絶乃の視界が百八十度傾く、コンクリートの地面に頭から激突するところ、絶乃は冷静に地面に手を伸ばしてぐるんと回転し地面に着地した。

 

「いやぁ、面白いね。君、どっかの道場の子だろ?」

「何故それを! 貴様スパイか?」

「いや、王道だなと、なぜか生徒会にいる風紀員は謎の武術を使ってべらぼうに強いみたいな。古い設定だよ。古いつながりで、君の使う武術もね」

 

 そう言って絶乃は殺気を解き放った。華も撃ち込む事をためらう程のそれ、されどここで自分が退くようであれば学園の風紀を守る事はできない。

 

「私の事を愚弄するのは良い。だが、我が久世一刀を愚弄するのは許せん! 貴様名のれ!」

「君みたいな雑魚に名乗る名前は……ない! 本気でボクをやりたいならちゃんと獲物をもっておいで、その際は全力で命乞いをさせてあげる」

 

 その台詞と共に、絶乃は華の視界から消えた。

 

「あっ!」

 

 華の腹部、ヘソのあたりに触れ、首の付け根に触れ、最後は華の唇を絶乃の人差し指が触れた。

 

「君なんかいつでも殺せるし、犯せる」

 

 ペタンとその場に座り込む華を横眼に絶乃は生徒会室の扉を開いた。そこには二人の少女が優雅に紅茶を飲んでいた。

 

「あらごきげんよう。生徒会室に御用なんて珍しいですわね?」

「二階堂君が邪魔をしているから用があっても入れないんじゃないかい? ちなみに君達は?」

「はい? 私は生徒会長、島津瑠璃子です。あちら副生徒会長の下澤園子さん」

 

 紹介された園子という少女は眼鏡を直して絶乃にお辞儀する。余裕を崩さない態度、彼等も自分の家柄にでも守られている余裕なのだろうかと絶乃は内心、引き裂いてやりたい気持ちになりながらこう言った。

 

「やぁ、ボクは保険医の御剣絶乃。宜しくね。時に聞きたいんだけど、この学園おかしな事件が起きていたりしないかな?」

 

 絶乃の質問に瑠璃子と園子は顔を見合わす。何かを知っているという風の反応に絶乃は彼女等の言葉を待った。

 

「何か知ってるんだね?」

「御剣先生は、ただの保険医ではないという事でございますね? もしそうであれば私達を、私達の学園を助けてくださいませ」

 

 絶乃は生徒会長の手を包むように握り、目を細める。御剣家特有の美形である絶乃、その美しさに瑠璃子も少し戸惑うが絶乃に身を任せるように懇願した目を向ける。

 

「じゃあ、聞かせてくれるね?」

「はい、華奈が倒れた時の事です」

 

 生徒会長の話を聞き、絶乃は少し怪訝な顔を浮かべた。

 


 生徒会はもっと学園の風通しをよくしようと、学園WEBサイトの中に目安箱という名のお願いフォームを作った。匿名で悩み事等を聞くそれらだったのだが、ある時を境に願いが叶うと噂されるようになる。

 そして、お願いという名の醜い希望が書きこまれるようになる。実名で相手を罵り、恋人と別れさせるように、事故に遭うようにと、そしてそれらも成就されてしまう。

 すぐに生徒会はそのサービスを止めようと試みたが、管理していた生徒が謎の発作で倒れ意識不明、続いて教師も車に引かれ大けがを、運営会社への連絡はつかず、未だにこの目安箱は息をしている。

 生徒会の呼びかけで随分少なくなったものの、やはりお願いという名の不幸は絶えない。

 

「成る程ね。じゃあ、ボクは学園を色々調べたいので、その許可を君達は取ってくれるかい?」

「もちろんですわ!」

 

 それにクスクスと笑う絶乃。それを怪訝そうな表情を見つめる二人に絶乃は笑いをこらえてこう伝える。

 

「ごめんごめん、ホントにこんな特権がある生徒会がある事に感動してね。生きていれば面白い事に遭遇できるものだよ」

 

 瑠璃子と園子の頭をポンポンと叩き絶乃は生徒会室を去って行く。教室を出ると、先ほどまで座り込んでいた華の姿がない。

 

「さて、二年生の成長した身体でも拝みにいこうかな」

 

 その前に食堂を見に行く、ちょっとしたレストランのようなそこを見て絶乃は購買部へ菓子パンを買いに行く。チョコレートとクリームが半々で入った二色パン、庶民的でチープでそれでいて絶乃の好むジャンクフード。

 それを味わうわけでもなく、歯を立てて齧る。

 

「くふふ、おいしー」

 

 そう可愛く仕草を取りながら他の生徒達にあざとくアピールして絶乃は可愛いだのカッコいいだのと生徒達の声援を受けて保健室へと戻る。

 ポイと菓子パンの袋をゴミ袋に入れると二年生の身体測定を始める。三年生の身体測定が終わる頃には生徒達の授業は残すところあと二限。他の教師達と一緒に注文してもらっていた宅配弁当を開く絶乃はその中身の豪華さを見て呟く。

 

「まずそ」

 

 もちもちと弁当をつつき、時折遊びに来る生徒達と談話し、放課後がやってきた。絶乃は一年生、琴子のクラスを覗くと彼女を見つけて手を振る。

 

「おーい琴子くん!」

 

 絶乃に気づいた琴子は絶乃の前までやってくるとクラスメイト達の視線を集めた。そんな中で絶乃はとんでもない行動にでる。

 

「これ、ボクの家の鍵、あと身体測定のデータ。これまとめておいて」

 

 絶乃の部屋の鍵をクラスメイト達の前で渡し、さらには頭ポンポンを見せつけられる。ある者は嫉妬の炎を燃やし、ある者はうっとりとした表情で見つめ、そして、水無月かれんはそんな二人を冷たい視線で見つめていた。

 琴子は絶乃に渡された鍵を鞄の中に入れて、教室を出る。それについてくるかれんが不安そうな表情でかれんに聞いた。

 

「やっぱり、琴ちゃんと御剣先生って」

「そんなんじゃないから、大丈夫。あれでいて先生結構まともだからさ」

「でも……」

 

 琴子はかれんをぎゅっと抱きしめて笑った。

 

「本当に大丈夫だから、また明日学校でね」

「うん」

 

 琴子は自分をここまで心配してくれる親友がいて心から嬉しかった。だが、琴子の背中を恨めしそうに見つめているかれんの表情を琴子が見る事はない。門限という縛りが今の琴子にはないので、彼女は大学病院に寄る事にした。

 

 少し前に突然倒れてしまった友人のお見舞い。

 

 以前はかれんとその友人と自分の仲良し三人グループだったのだ。それが今では中々門限の具合でお見舞いにも行けない。

 彼女が欠けて以来自分が寂しくならないようにとかれんが献身的に寄り添ってくれた事も琴子の胸が熱くなる。

 電車を乗り継いで医科大学へと向かう。面会受付を済ませると、琴子は友人の病室に入る、そこではただ眠っているだけに見える友人の姿。

 

「華奈、久しぶり。毎日これなくてごめんね」

 

 そう言って話しかけ、面会時間一杯まで友人のお見舞いをすると、琴子は絶乃のマンションへと帰る。言われた通りの作業をしていないので絶乃に怒られるかもしれないなと少しひやひやしながら部屋に戻る。

 

「まだ絶乃さん戻ってないんだ」

 

 時間は十九時、食事の準備をしておこうかと、冷蔵庫の中身を見てカレーライスを作る事にした。絶乃の食の好みは分からないが、ハンバーガーを食べる舌を持っているので、多分カレーも食べるだろうと呑気に考えていた。三十分程あればカレーは出来てしまうので、あとはご飯が炊きあがるのを待ちその間に言われてた作業を進める事にした。

 そして十分くらいしてそれをするのが馬鹿らしくなった。

 

「さ、最低!」

 

 全女子生徒の胸の大きさと肌触りに関して書かれていた。そして一番は自分のデータである。琴子のデータは、『おっぱい手頃な大きさ、肌ざわり手頃、総計手頃な女の子』

 そう書かれてたのである。借金がどうのこうのという事を無視して琴子はその身体測定のデータを全てシュレッダーにかけた。

 

「ふぅ……」

 

 勢いとはいえ言われていた事がなくなり、琴子はなんとなく学園のホームページを開いた。そこで噂になっている願いが叶うという生徒会の目安箱。

 

「これって……」

 

 そこには、生徒に手を出す御剣絶乃保険医を退職にしてくださいと書かれていた。

 それを見て琴子は呆れる。あの感じで女子に触りまくっていればこんな書き込みがされてもおかしくはないだろう。

 玄関が開く音がし、「ふぃ~」と絶乃の力が抜けたような言葉が響く。ドタンと倒れる音が響くので琴子は慌てて玄関へと向かった。

 

「絶乃さん、お酒くさっ!」

「いやぁね。先生達が歓迎会にって居酒屋にね。あの安物くさいお酒の美味い事。宅配弁当で幻滅したお高く留まってる教師陣かと思いきやいい先生がそろっているじゃなかぁ~、琴子君……ぎもぢわるい」

 

 突然そう言う絶乃を琴子はお手洗いへと連れていく、ひとしきり絶乃は戻した後、突然目覚めたかのように元気に立ち上がった。

 

「ふぅ、すっきりした。お腹すいたんだけど何かある?」

 

 そう言う絶乃からは既にアルコールの臭いがしない。先ほどあれだけプンプンとしていた酒の臭いがなくなる事なんてあるのかと琴子の両親もそんなに大酒飲みというわけではないのでさだかではないが、信じられない。

 

「さっきカレー作ったけど」

「いいねカレー、総合栄養食だよ」

 

 カレーと聞いて少年のように喜ぶ絶乃に琴子は作ったかいがあったなとちょっと嬉しくなった。味の方も悪くはないと思って絶乃に出すと、絶乃はペロりと一杯平らげおかわりを要求した。

 

「琴子はいいお嫁さんになるね。なんならボクのところに永久就職するかい?」

「またそれも冗談なんでしょ!」

 

 絶乃とこうやってくだらない会話をする事が琴子としても楽しんでいる自分に気づき、少し赤面してしまう。

 学校では絶乃の童顔なのに容姿端麗で、それでいて女たらしなところが学校中の生徒達に人気がある。

 だけど、琴子はこの子供っぽいのに、どこかしら大人を感じさせる絶乃に惹かれていたのである。絶乃は誰にでも優しい。

 そんな絶乃が今は自分に笑顔を向けてくれている事だけでも十分かなと琴子は笑って大盛のカレーを絶乃の前にドンと置いた。その時に琴子は話題がてら先ほどの書き込みについて絶乃に教えてあげた。

 

「そういえば絶乃さん、学園のサイトに退職させるようにって書き込みされてたよ。何したんですか?」

 

 ぺこぺことカレーを食べていた絶乃の手が止まり、一瞬冷たい視線を琴子に見せた。この目はあの時に港で男の頭を吹き飛ばした時の目。

 

「へぇ、ボクにねぇ。そりゃ楽しみだ。ふふふのふ」

 

 次は悪戯小僧のような顔をしてカレーを流し込むように食べる絶乃。その時琴子のスマホがけたたましく鳴り響いた。

 

「あっ、かれんだ」

 

 絶乃は美味そうにカレーを食べているので琴子は少し微笑みながらかれんの話を聞く。なんと、寮の門限は過ぎているハズなのに外にいるらしい。

 

「えっと、うん。私は大丈夫だけど、かれんは大丈夫なの? うん、わかった。じゃあ行くよ。うん、また後でね」

 

 琴子は上着を取るとそれを羽織る。外出準備を始めている琴子にカレーを食べながら絶乃は何処へ行くのか尋ねる。

 

「どうしたんだ? 友達から電話がかかってきた感じっぽいけど」

「クラスメイトのかれんが今外にいるんだって、それで私に会いたいって言うから少し出てくるね」

 

 時間は二十一時前。そんな遅い時間ではないが、女子高生が一人で歩くのには適した時間でもない。

 

「やめておいた方がいいよ。良くない物がいそうな気がするよ。もし行くと言うなら、この前みたいな事になってもボクは助けに行かないよ? それでも行くかい?」

 

 この前みたいな事、それはあのおかしな男に襲われた時の事だろう。あれを思い出すと足がすくむが、親友が待っているのだ。これは絶乃に止められたって聞けない相談だった。

 

「ごめん、かれんが待ってるから!」

 

 そう言って琴子は絶乃のマンションを後にした。絶乃はカレーを全部食べ切ると、流しに皿を置いた。

 

「しーらないぞーしらないぞー、化物にあってもしらないぞー」

 

 そう言って絶乃は部屋の明かりに水の入ったグラスをかざし、その中の水をぐっと飲みほした。

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