第22話 買い出しへ


イチコとのストリートバトラー、格闘ゲームは一戦だけだと言っておきながら結局、五戦もやってしまった。

久しぶりにプレイしたゲームは思いの外楽しく、最初の油断した一戦以外はもう少しでイチコを倒せそうで白熱した。


(いや、おそらく彼女は手加減してくれていたな)


多分あれは、一方的にボコってしまうともう相手してくれなくなるかも.....とか考えていたんじゃなかろうか。

ゲームが得意なイチコに素人の俺がいくら強キャラを使っていたとは言え、あれほどいい感じに善戦できるはずもないし。


多分、手の上で転がされていたな。


そんなこんなで、ゲーム練習するイチコを家に残し、俺とエマさんは近くのスーパーへと夕飯の買い出しに出ていた。

今日の昼間は気温も高く、地面の雪は濡れて滑りやすくなっていた。なので、転ばぬよう俺は彼女の手を握りながら歩く。


「今日のご飯はなんだろなぁ」


俺がひとりごとをぼやいた。


「今日のご飯は鍋だろなぁ」


と語呂よく返してくる。


にまにまとご機嫌な彼女にこちらの口元もつい緩んでしまう。まだ三時近くだというのに日が傾き始めていて、少し寒い。


「けどホントに妹みたいだね」

「ん?」

「イチコがさ」

「あー、イチコですか!すみません、迷惑じゃなかったですか」

「え、何が?」

「急に対戦しようだなんて、困らせたんじゃ」


申し訳無さそうに笑うエマさん。


「いやいや、全然。むしろ楽しかったよ。エマさんが家に来る前は趣味らしい趣味もなくて、仕事が無い日とか1日中寝てたりしてたからさ。久しぶりに遊べてすごく楽しかった」

「ふふっ、そうですか。それなら良かったです」


久しぶりに遊べて、か。そう言えば、何かで腹の底から笑ったのっていつぶりだろうか。

愛想笑いを覚え、外向きの笑顔が板についた。接客では条件反射で笑う癖がつき、麻痺していたんだ。


久しぶりに遊んだからじゃない。エマさんとイチコ、二人がいるから俺は楽しくて笑えたんだ。


「にまにまとして、どうしたんですか?傑さん」

「え......俺、にまにましてた?」

「してますよ。ずーっと、にまにま」

「マジか。てか、エマさんもずーっとにまにましてるけど」

「マジか」


顔を見合わせた俺とエマさんは、くすくすと二人で笑い出してしまった。


スーパーが近づくにつれ、人通りが多くなる。といっても田舎の町なのでいうほど多くはないが、それでもエマさん認知度的には顔を隠したほうが良い。あと獣耳。


彼女は白のニット帽をポケットから引きずり出した。お察しの通り、とり出すまでポケットがこんもりしていてちょっと恥ずかしいことになっていたが、それは仕方のないことだった。


彼女ら妖狐は耳を塞がれ音を阻害されるのを嫌うのだ。もしかすると野生動物としての本能なのかもしれない。自然界で生きていくには音は重要な情報源だから、周囲の音が聞き取りにくいのが嫌なのかもしれない......詳しく聞いたことはないけど。


ともかく、そんな感じで本当に寒くて仕方のない時以外は帽子はかぶりたくないみたいだ。


エマさんが取り出したニット帽をぐいっとかぶった。


「ニット帽そうちゃーく!あんどネックウォーマーで口元隠しおーけー!」


そして、更に首にしていた白いネックウォーマーを口元と鼻が隠れるくらい上へとずらすエマさん。


「はい、完璧ー!どうですか?わからない?」


こてんと小首を傾げ可愛らしく聞いてくる。


「うん、いいんじゃないか」

「やたー!」


いえい!と小さく拳を握り喜ぶエマさん。なまらめんこいでえ、ほんまに。だがしかし、ひとつだけ注意しとかねばなるまい。


「けど、あとはあれだな」

「あい?」


なにその間の抜けた返事!かわよ!

きょとんとしている彼女に俺は小さく咳払いをして言った。


「いや、ほら。......こないだみたいに安売りに興奮して尻尾ださないように気をつけなきゃなぁと」

「げっ」

「いや、げって」


先々週の水曜日だったか。その日は今日とはまた別のお店で特売が行われていた。なので二人で買い出しにいったのだが、その特売品を前にしたエマさんは買い物を進めるにつれ、だんだんと尻尾が生えてきて、さいごには全部でていた。


ちなみに俺はエマさんの隣にいて尻尾が視界に入らず、後ろにいた小学生が「あー!狐さんの尻尾だぁ!」というまで全く気が付かなかった。


「す、すみません......」

「いや、まあ作り物ということでその場は逃れられたから良いんだけど」

「はい」


そこでちょっとした疑問が浮かんできた。


「そういえばエマさん、尻尾は出したり消したりできるのに......獣耳はできないんだ?」

「え?あー、耳ですかぁ。そもそも人とは耳の位置が違うので、ちょっと難しいんですよねえ」

「そうなんだ」

「獣耳を消して人間耳をだしてってやると聴覚の切り替えもしなきゃだし、呪力消費が無駄にかさばるというか」

「あ、そうか。なるほど......言われてみれば」


と、スーパーが見えてきた。


「傑さんは人間耳のほうが好きですか?」


帽子とネックウォーマーの隙間から見えている目。彼女はジッとこちらを見つめてくる。俺は答えた。


「いや、エマさんの獣耳好きだよ。ふさふさで」


にんまりと嬉しそうに微笑んだのが目でわかった。


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