第4話 妖術


 飲み物を選んだ俺とエマさんは次にお弁当コーナーへと向かった。

 時刻は九時近く。時間も時間なので、陳列されたお弁当に空きが目立つ。

 エマさん食べたいものあるかな。


「どれにする?」

「んー、私はこれで」


 そういうと彼女は二個入りのいなり寿司をひょいっとカゴへと入れた。


「他には?」

「これで十分です」

「......やっぱりアイドルだからか?」

「?」


 糖質、カロリー、彼女も妖とはいえそこら辺の食事には気をつけているんだろうな。


「あ、違いますよ。別にダイエットとかではなくて」

「え、そーなのか?」

「はい!こうした食事は本来、私達には必要のないものなので。体の殆どが呪力で出来ている私達にとって、こういったものは単なる嗜好品ですね」

「そうなのか」

「はい!でも傑さんとご飯は食べたいですし、食べます!あとおいなりさん好きだし!」


 なるほど。しかしここでひとつ疑問が出てきた。その呪力はどうやって得るんだ?

 昔、親父から教わった話では妖は強い力を得るために人の魂を喰らい畏怖を集めたという。それが妖本来の食事にあたるのか?


(......なら、エマさんももしかして裏でたくさんの人間を)


 思わず俺は白銀の妖狐が人々を喰い散らかしている想像をしてしまう。が、すぐにそれは「ありえないか」という答えと共に霧散する。


 あの時も今も、エマさんからは人喰いの匂いはしてない。それにそんな危険な妖なら既に滅されているはずだ。

 でも、ならどうやって呪力を得るんだ?後で聞いてみようか。


「どうしました?」


 きょとんとしているエマさん。


「あ、いや。それじゃ会計してくる」

「え......」

「ん?どうした、まだ欲しいものがあるのか?」

「いえ、私が言うことではないのですが、傑さん、夕食これだけですか?」


 指差すカゴの中。俺が入れたのは焼き鳥六本セット一パック。


「え、ああ......これで十分だ」

「もしかして、お腹空いてないんですか?」

「そういうわけじゃないけど」

「ふむぅ」


 彼女はそう言って不思議そうな顔をし、一歩退いた。


 ......コンビニの惣菜や弁当は飽きているというのが本音ではある。美味しいにといえば美味しいのだが、ずっとコンビニ弁当やカップ麺、お菓子続きでは腹が減っていても少食気味になる。


 かと言って自分で作る気にもならないしな。ほぼ肉体労働の配送業でくたくたになった体......そんなんで料理なんてできたもんじゃない。


(......まあ、世間一般的には甘えなんだろうが)


 買い物カゴをレジへ行き差し出す。ピッ、ピッ、と女の店員さんが淀み無く機械で商品のバーコードを読んでいく。

 しかし、三つめの商品を手に取った時、店員さんは動きを止めた。


 どうしたんだろう?と店員さんの顔を見る。すると彼女の視線はある一点に集中している事に気がつく。俺もそちらに顔を向ける。


 するとそこには白髪のキツネ目美少女、つまりはエマさんがいた。あっちゃ〜。


 いや、なんですぐ横にいるんだよ!?って、あ......俺が離れていてって言わなかったからか!でも、エマさんあんた人気アイドルなんだぞ!?


 可愛く小首を傾げているエマさん。俺は無表情な顔でいるが内心焦りまくっている。

 店員さんに顔を戻すと、目をまんまるに見開いて小声で「......えっ、え?玉藻乃エマ?ホンモノ......?」とパニクっていた。


 ま、まずい。これは......噂になる。


「あの、あの!?お連れの方って、もしかして......!?」

「はっ!?」


 そこでやっと状況を飲み込むエマさん。いや、遅えよ!!


「失礼!」


 彼女はそう言って、ひゅっと手を店員さんにかざした。すると怪しい赤いもやが彼女さんの頭を覆った。


「は、え!?」

「ふぅー、危ない所でしたぁ。せふせふ(※セーフセーフの意)」


 店員さんの頭を覆う靄が霧散すると、彼女は何事もなかったかのようにレジ打ちを再開した。いや、まて......心なしか目が虚ろに。


「な、何したのエマさん」

「これぞ妖術、【人ばかし】です。ここ数分の私についての記憶を消しました」

「記憶を!?そんな事ができるのか......?」

「はい!妖なので!特に人を惑わすのが得意な妖狐である私ですからね、このくらい容易いですよ!えへへ」


 ドヤ顔をキメるエマさん。そうこうしてるうちにレジ打ちが終わり、俺はレジにお金を入れた。


 その時、ふと一つ気になる事が......店員さん、これ大丈夫なんだよね?目が死んだ魚みたいになってるんだけど。


 コンビニの外へ出た時。俺は聞いた。


「あの、さっきのあれ......」

「はい?」

「エマさんの妖術」

「!、【人ばかし】ですね?」

「そうそう、それ。その妖術って後遺症とかないよね?店員さん目がヤバかったんだが......」


 笑顔のエマさん。


「え、ありますよ?」

「あるんかいっ!!」


 ソッコーでツッコんでしまった。いやいやいや、てかヤバいでしょそれは。


「あ、違いますよ!たくさん使うとちょっと記憶の保管能力に支障をきたして軽い廃人状態になってしまうといいますか......い、一回なら大丈夫ですから!」


 あわわわ、と涙目になるエマさん。


「それ、ホントに?」

「私は傑さんに嘘はつきませんよぅ」


 俺が追求すると表情を歪ませ泣きそうになる。


「はあ、仕方ない......」

「ゆ、許してくれるんですか」


「いや俺が迂闊だったのもあるから。俺の責任でもある」

「す、すみません......」

「今度からは外出はちゃんと変装してだな」

「はい。......人にかける妖術は、傑さんに許可を得てからにします」

「うん(いや、許可しないけど)」


 あの店員さん大丈夫かな。心配だ。


「ちなみに使いすぎるとって言ってたけど、どのくらいで廃人になるの」

「三百回くらいですかね。なので一回くらいなんともないと思いますが」


 あ、三百回か......そんなに猶予あったんだ。なら、大丈夫か?




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