第11話 その訳


「なっ、なしてぇ?......え〜っと、そうだ理由!理由をお聞きしましょう。嫌なのは何故なんです?」


 イチコがフンと鼻で笑う。


「そんなの決まってるだろ?エマ、お前はその理由を一番よくしっているはずだ」

「むむ......?」


 ニコは悪戯な笑みを浮かべイチコに同調する。


「イチコちゃんの言う通りですよ?そのたわわに実ったお胸に手をあてよく考えてみてください」

「たわわて......ふむん?」


 二人に言われて胸に手をあて思考を巡らせる。この二人はなにが不満なのか。


「はっ」


 ばっ、と私は手を挙げた。二人が「「はい、エマちゃーん」」と当ててくれる。


「外が寒いから出たくない!」


「ちげーよ」「違うわね」


 がっかりとした様子の二人。違うんだ。「はぁ」とイチコが腕を組みため息をつく。


「外の寒さなんて傑さんのためなら全然耐えられるんだよね。そういう事じゃなくてさぁ〜」


「そういう事じゃない?どゆこと?」


 ニコが口を挟む。


「今朝、あなたはなぜ傑さんの頬に接吻をしたんです?」


「......な、なぜって、そりゃあ......恥ずかしくてでしょー」


 あんなに至近距離に愛しの傑さんのお顔がずっとあったら照れもしますって。それに、あの時の傑さん......なんだか迷っていたように思います。やはり私が妖だから......。


「まあ、確かに妖と人には昔から隔たりがあるからなぁ」

「ふつーに心を読まないでください、イチコ」

「エマはなんでも複雑に考える癖がありますからねえ、心を読んだほうが話が早いです」


「まあ、そんなことはどうでもいい」

「どうでもいいの!?」


「ああ、どうでもいいよ。だって妖は嫌だっていうなら昨日のうちに追い出されてるはずだろ?だからそこは考えなくて良い」

「......そう、なんですかねえ」


「ですです。ていうかそろそろ呪力が勿体ないので、この私ニコがはっきりと要点を纏めて差し上げましょう。エマ、あれは傑さんの恋愛経験の無さ故の躊躇いでした......心音、呪力の揺れ、発汗具合、視線の泳ぎ具合とその全てから察することができます。なので、別にエマが嫌われているわけではないのです。だから攻めろ、キスは唇にいけ。以上」


 唇にって、そんな簡単に......あ、思い出したらまた恥ずかしくなってきた。顔、あっつ。


「照れている場合じゃないぞ。傑さんなんて良い男うかうかしてたら他にとられるかもしれん。それだけはダメだからなエマ」


「そ、そんなこと......お二人に言われずとも、です」


「「なら、わかってるよね?」」


「なるほど、それが望みであると。約束すれば買い出しに出ていただけるんですね?」


「「勿論」」


「......わかりました。がんばります」


「できれば今日が良いですね」


「今日!?」


「なにを驚いてるんだよ。エマだってわかってるだろ?呪力が足りなくなってる。このままだとアイドル活動してるロコが消えちまうぞ」

「それに、妖狐本来の姿と力を抑えられなくなりますし。そうなれば傑さんの元を離れなければならくなる......これは私達にとって死活問題です」


 確かに......それはそうだ。私の力が解放されれば呪術師達も駆逐対象としてみてくるだろう。そうなればとてもじゃないけどここで平和に生活することなんてできなくなる。


「わ、わかりました!今夜、傑さんの唇......頂戴いたします」


 うんうんと頷くイチコとニコ。


「よし、そいじゃ買い出し行ってくるわ!私が食材担当な?ニコは雑貨類頼む」

「わかりました。では参りましょう」


「お二人共、頼みましたよ!あと寒いので気をつけて」


「「はーい」」



 ――



 そして夕方。


「はっ、傑さんの呪力」


 私は急いで玄関へと向かいドアをあけた。


「おおっ、ただいま。よく帰ってきたのわかったな」

「えへへ。おかえりなさい」


 私は傑さんの背負っているリュックやコートにかかっている雪を手でほろう。その玄関に落とした雪を外へ箒をつかい掃き出していると彼が言った。


「すげえいい匂いする。なにこれ、すき焼き?」

「ですです。リビング掃除してたらすき焼きの材料が書かれたメモを発見したので、好きなのかなって思って作ってみました!」

「マジで?嬉しいな......って、うおおお!?」


 傑さんはリビングへの扉を開き驚く。


「なんまら綺麗になってる!!すげえ!!」

「えへへ、一生懸命やりました。必要な物かわからないものはとってありますので、お時間あるときにみてくださいね」

「.....ホントにすごいな。家じゃ無いみたいだ......」

「あはは、傑さんの家ですよぅ」


 リビングへ一歩入ると、傑さんは立ち尽くしていた。


「......あ、あの、どうしました?」


 もしかして、やりすぎた?勝手につけた花柄カーテンが好みじゃなかった?床に敷いた狐のキャラクターが描かれたラグが嫌だった?それともテーブルの脚に履かせた猫足柄の靴下?


 な、なぜ黙っているんでしょう......?


 不安が押し寄せていたその時、傑さんが微笑む。


「こんなに綺麗な部屋にしてくれて......大変だったでしょ、エマさん。ありがとう」


 暗くなりかけた心を照らしてくれる光。傑さんの言葉には強い力がある。


(......胸の奥があたたかくなる......)


「いえ、なんもですよ」



 ――ずっと、この人の側に居たい。私が消えるその時まで。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る