第6話 食事


 無事家へと帰宅し、夕食を食べる。誰かと一緒の食事は久しぶりなことにそこで気がつく。

 職場ではいつも一人外食してるし、仲の良い人もいないので帰りに飲み屋に行くって事もない。......あれ、なんか悲しくなってきた。


 はむり、といなり寿司を食べるエマさん。この人、箸の動かし方ひとつとっても美しいな。立ち姿もそうだったけど、姿勢や振る舞いに品があるというか......見惚れる。


「?、どうしたんですか、傑さん」

「あ、いやなんも」

「やっぱり、あんまし食欲ない?」


 彼女の視線の先、コンビニで買ってきた焼き鳥がまだ一つしか消費されてない。


「いやそういうわけじゃないんだけど......」


 なんというか、腹がいっぱいではなくてどちらかというと胸がいっぱいっていう。


 さらさらと光が跳ねる綺麗な白髪、すらっと伸びる目尻。柔らかそうな頬と、そしてたわわな胸の膨らみ。大きい。

 いつもモニターを隔ててしかみたことのない美人が隣でいなり寿司を食べていたら、そりゃ胸もいっぱいになるだろ。


 彼女が来てからずっと心拍数がヤバい事になってる。このままぶっ倒れないだろうな、俺。


 その時、ふと視界が暗くなる。


「えっ」


 気がつくと、エマさんの顔が迫ってきていた。


「なっ、えええっ、ちょ」

「動かないでください」


 にこっと微笑む彼女。そのままどんどん顔が近づいてくる。やがてお互いの鼻先が触れるほどになり、俺の心臓がゴリラがドラミングしてるのかってくらいドンドコ高鳴っていた。


(いや、まって!これって......き、キス!?心の準備が)


 思わず目をつむる俺。すると、額にぬくい感触が。


(......え、え?なんだ?どうなった......?)


 おそるおそる瞼を開くと、彼女はおでこを合わせていた。


「うん、熱は無さそう......ん?どうしたんですか、びっくりした顔して」

「あ、いえ。なんでもないです」


 恥ずかしい。なんか中学生みたいな勘違いしちゃった......。

 いや、でも急に顔近づけられたら勘違いしないか?しかもこんな美人に。


「とりあえず風邪ではなさそうなので良かったです。でもお疲れのご様子......今日は早めにお休みになられたほうがいいです」


 にこりと可愛らしく微笑む。


「うん、ありがとう。そうする」


 なんだろう。このがっかり感は......。


「あ、エマさん。残りの焼き鳥食べる?」

「傑さんもう食べないんですか?」

「うん。ちょっとお腹いっぱい」

「そうですか。であれば、いただきますね」


 ぱくぱくと彼女は俺の残りを食べ始める。可愛い。


 しかし、この可愛さは問題だな。俺の心臓がもたなさそう。


「あ、そだ。お風呂は入られますか?」

「え?いや、今日はシャワーで済まそうかと思ってるけど......エマさん湯船に浸かりたかったらお湯ためて良いよ」

「わかりました!ありがとうございます!」


 彼女はにこりと笑う。その口元についた焼き鳥のタレすらも可愛く見えてしまうんだが。流石に重症か。


「歯磨きしてくる」

「はい、わかりました」


 あ、買ってきたチューハイ飲むの忘れた。まあ良いか。

 ながしのしたの小さな引き出しを開き、そこにある歯磨き粉を手に取る。にゅっと押し出したミントの香り。


 口に入れた歯ブラシをしゃこしゃこと動かし振り返る。すると目のあったエマさんがにこりと微笑んでくれる。


(アイドルとの同棲。いや、結婚生活か......こんなの誰が想像できるよ)


 今までの不幸を全て払拭してしまえるような幸福感。俺は今、幸せなのかもしれない。



 ――



 シャワーを浴びて寝巻きのスゥエットに着替えた俺は寝室に散らかる服や本を片付ける。見られたくないものがやはり男にはあるわけで。


 なので、彼女が風呂に入っている今がチャンスでありこの時間に確実に処理せねばならない。


(よし、いそげっ!!)


 とりあえずダンボールに適当につっこんでガムテでぐるぐる巻にして、捨て方は後々考えよう。って、そういやエマさんどこで寝る気だ?


 もしかして、一緒のこの布団で?


 ......だ、だめだ。刺激が強すぎる。あの服越しでもわかる柔らかそうな体(特に大きな胸)。あれに少しでも触れれば俺は一睡もできずに明日は出社するハメになるだろう。


 まだ二十代とはいえ、仕事で車を運転するんだから睡眠はしっかりとらないと。ただでさえ冬道は滑って危ないんだから。


(つーか、情ないよな.......俺、二十六だぞ。経験が無いからってこんなに慌てふためいて)


「......いや、心がざわつくのはこの際しかたない。もうこの布団はエマさんに使ってもらって俺はリビングで寝よう」

「なして!?」

「うおおっ!?」


 いつの間にかお風呂から上がってきていたエマさん。白いもこもこのパジャマを着ていて、狐の耳がついたフードがある。髪がまだしっとりと濡れていて、バスタオルで拭いていた。


(......すっぴんはちょっと幼く見えるな。クソかわいい)


 とててて、と俺の下へ駆け寄ってきて彼女は顔を近づける。


「なして別々なんですか。傑さん一緒に寝ましょうよ。私はあなたのお嫁さんなんですけど?」

「いや、緊張してまともに眠れる気がしないんだよね.......」


「なーしてさ?」

「いや、なーしてもどーしても......こんな美人でめんこい人が横にいたらそりゃ緊張するでしょ」


 すぐに順応するなんて無理だろ。普通に。って、ん?


「......えへへ」


 見れば、両手を頬にあてまるでゆでダコのように赤い顔をしたエマさんがくねくねしていた。


「美人で、めんこい......だってさぁ。えへへ」


 やめろ!心臓がもたん!可愛すぎだろがァ!!くそがぁ!!


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