第9話 冗談ですってばぁ!
「なんか手伝う?」
「いえ、お座り下さい!」
「はい」
エマさんがキッチンで何かを作り始めた。マジで奥さんみたいだな......奥さんだけども。
言われるがままリビングへと戻り座る。
トースターにパンがセットされ、フライパンを火にかける。それらの迷いのない流麗に流れていく一連の動作をみただけで、彼女の料理スキルが高いことが伺えた。
(ううむ。エプロンエマさん、見入っちゃうな......ってか、このあいだに出社の準備しようか)
再び立ち上がろうとしたその時、テレビから聞き覚えのある歌が流れてきた。
ふとそちらに目を向けると、それはアイドルグループのライブ映像から流れるものだった。
『――ご覧くださいこの盛り上がり!こちらは先月に行われた大人気アイドルグループ、【ナンカ妖怪!?】の東京ドーム公演初日の映像です!』
エマさんのいるアイドルグループだ。すっげえ人だなぁ。
『チケット販売開始一分で即完売の人気ぶり!社会現象にまでなったこのアイドルグループ!その絶対的エースであり道産子の狐っ娘、そして天才的なアイドル!玉藻乃エマさん!!』
ライブでダンスしながら歌うエマさんにスポットがあたる。激しいダンスでを華麗にこなし、笑顔を振りまいている彼女はキラキラと輝いてみえる。
汗で額に張り付く髪も、乱れた衣装も、なにもかも彼女の魅力を引き立てている。
「あーっ!そうだったぁ!!朝のテレビ番組でちょっとした特集あるってマネちゃんがいってたの忘れてました!今日だったんだ」
「すごいね。こんなに沢山の人たちから慕われてて」
『――エマちゃんが可愛くて、この【ナンカ妖怪!?】推しになったんですよぅ』
『――もはや生活の一部になってるっていうか、むしろ人生の一部......いや共存しているといいますか!とにかくエマちゃん最高!!』
『――クールそうにみえて裏腹に努力家で、ダンス上手いのがすっごいカッコいいんですよ!それで時折みせる笑顔が可愛いんですよね〜!』
『――彼女って歌や踊だけじゃなくて、トークも面白いんですよねえ!なんというか浮世離れしてるというか天然なとこあるというか?とにかく笑顔にさせてくれます!』
インタビューを受けている人々。その語る熱量で誰もがエマさんの事が大好きなのだと伝わってくる。それを聞いたエマさんは「えへへぇ、そんなに褒められたら困っちゃうなぁ」と照れながらもなまら喜んでいた。
この人、ホントにあの【ナンカ妖怪!?】のエースなんだよな。テレビ画面の向こうの天才アイドル、玉藻乃エマ。彼女なんだ......。
「できました!今日はトーストと目玉焼きですよ!ウィンナー、サラダつき!飲み物は珈琲がいいですか?って、どうしましたそんなに私の顔をじっと見て.....?」
「あ、いや。こうして画面越しでみるエマさんより実物のエマさんのがなまらめんこいなって思ってさ」
「ふぇッ!?」
なんでだろう。アイドルとしてのエマさんとは何かが違うような。そういや、さっき買い物に行っていた分身のエマさんも、どことなく本体と性格が若干違ってたように感じる。
なんというか、ギャルっぽいというか.......って、あ。
ふと気がつけばエマさんが照れっ照れになり顔を赤らめてちょこんと座っていた。唇を尖らせる彼女。
「え、えっと、朝食いただこうかな」
「......はい、どーぞ」
あ、そうか。アイドルでみているエマさんとは違って、人間味があるんだ。別にテレビの向こうの彼女が冷たいとかじゃないけど、ややクールキャラというか。
うちにいるエマさんほど笑ったり怒ったりしないんだよな。感情が稀有というか......起伏があまり無い感じ。
『――それでは次はこちらのコーナー!もふもふ大集合!』
もふもふ大集合とは、この番組の人気コーナーであり、犬や猫などのペットやリスなどの野生動物まで、可愛らしい生き物の動画を視聴者から募集し紹介するコーナーである。
『――今日はこちらの可愛らしいウサギさん!飼い主の有馬さんは毎朝ブラッシングを欠かさずに行われていて、雪のように綺麗な毛並みをいじされてるんです』
ほんとだ。真っ白で綺麗な毛並み。エマさん(白狐時)みたいだな。
ふと、彼女をみると熱い眼差しでウサギを見ていた。にっこにこである。
「エマさん、ウサギ好きなの?」
「はい!なんまら......好きです」
そういうと彼女は天使のような笑みをみせる。朝から癒やされるな。心がぽかぽかしてくるわ。
「あのぷりぷりとしてまるまるとした......おしり」
はぁ、っとエマさんが感嘆の息をもらした。おしりか......まあ確かにまるっこいおしりはめんこいよね。
「.......なまら、美味しそう」
ぴたり、と俺の箸が止まる。え、あ......あーね?
狐、だもんね?そりゃウサギも捕食するか.....?
「......」
「......あ、冗談ですよ?」
エマさんが照れっとしながら俺をみてそう言った。
いや、わかりにくっ!有り得そうな冗談やめーや!ちょっと怖かったでしょーが!!
俺が食事を再開すると、彼女はテレビのウサギに再び視線をもどし、ぺろりと舌舐めずりをした。
「......」
「冗談です。えへへ」
そう言ってエマさんはにこにこと微笑む。
「なんですかもう、冗談ですってばぁ〜!」
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