第18話 熱
気がつくと寝室の布団の上だった。額に触れると冷却シートが貼ってあることに気がつく。
暗い部屋の中。リビングへ通じる扉は閉じられていて、天井にある蛍光灯の中心でオレンジの豆電球だけが灯っていた。
相変わらずひどい倦怠感が。いや、どんどん悪化しているのかもしれない。
呼吸が苦しい。咳がでて、鼻水もでてくる。完全に風邪を拗らせたな......と、ぼんやり考える。
と、その時。コンコン、と扉がなり開かれた。
「あ、傑さん......目が覚めたんですね」
「......悪い、迷惑かけて......」
お盆に乗せてきた物を、布団よこに置いてあった小さめのテーブルに乗せていく。
このテーブルも見たことも買った覚えもないので、エマさんの物だろう。
「迷惑なんかじゃないです。あまり気にしすぎると体に障りますよ......ゆっくり休んで下さい。明日は出勤日ですか?」
「.....いや、明日は非番だから、休みかな......」
「そうですか。なら、良かった」
そう言いながら彼女は俺の額の冷却シートを外す。
「ひんやりしますよ」
「......うん」
新しいシートを額に貼ってくれる。なでなでと頭を撫で、にこりと微笑む。
まだ、目が赤い......。
「あの、ホントにごめん」
「......謝らなくて良いですよ......」
「いや、でも」
「それ以上謝ると怒りますよ」
ジッと俺を睨むエマさん。雰囲気で、いつもの睨みとは違うことを察知する。
これは、これ以上続けたら、多分本気で怒る。
「......ごめんなさい、私に怒る資格なんてありませんね。忘れて下さい」
「え?」
「元はと言えば、私が呪力が無くなると消えるなんて......あんなことを言ったから」
「いや、それは」
「過剰に心配させてしまったからです。だから、謝るのはこちらの方です。すみませんでした」
そういってエマさんはぽろぽろと涙を流す。
「......良かった......ちゃんと、生きてた......」
ぐすっ、と声を殺しながら泣き始めた。
確かに、あのまま......エマさんが迎えに来てくれなかったら死んでいたかもしれない。
(......あ)
――ズキンと、胸の奥が痛む。この体の辛さを忘れてしまう程の痛みで、思わず涙が出そうになる。
泣かせてしまった事と、安易な行動で彼女に心配をかけてしまった事、そして......怖がらせてしまった。
大切な人がいなくなるかもしれない、という怖さは知っていたはずなのに。
「......ご」
ごめん、と言いかけ止まった。
......今の彼女にたいしての謝罪は、苦しみに変わるだろう。
「あのさ、エマさん」
「......はい」
「俺はエマさんの言う通り、不器用なんだ。だから、昔から友達もいなかった」
泣いていたエマさんの涙が止まり、頭上に「?」が浮かぶ。突然なんの話だろうと変に思ったのだろう。だが、泣き止んだのでオーケー。
「それが、なんですか」
「うん。だからさ、あまり人と接する経験値が少なくて、だから多分今回みたいな事になったんだと思うんだよ」
「......?」
「つまり、何が言いたいかというと、もっと相手の心......エマさんの事をわかるようにならないとダメだと思った。今回みたいに、俺が無茶して倒れるとエマさんが心配するということをちゃんと想像できるように......だから、これからちゃんとそうなれるようにする」
......だめだ。何が言いたいのか、ちゃんと伝わった気がしない。喋りまで不器用だな、俺は。
「言いたいことは、なんとなくわかりました。傑さんは......やっぱり、優しいですね」
困ったようにくすっと笑うエマさん。
「理解してくれて、ありがとう」
ちょっと照れくさい。
「おかゆ、食べれますか?」
「うん、ありがとう」
テーブルに乗せられたお茶碗。よそわれているおかゆからは湯気がたっている。
食べようとスプーンを貰おうとしたが、彼女は渡そうとしない。
不思議に思っていると、エマさんは俺の右横に座り直した。ふわりといつもの彼女の花の香りが漂う。
相変わらず良い匂い......なんてそんなことを思っていると、彼女はお茶碗を手に取り、そのおかゆをスプーンで一口すくう。
そして、俺に聞いた。
「......あの、これ熱いので」
「え、うん」
こくりと頷くエマさん。するとそのスプーンにすくった熱々のおかゆを、「ふーっ、ふーっ」と吐息で冷ましだす。
「......はい、あーん」
言われるがまま、俺は口を開きおかゆを食べさせてもらった。
米の甘みと、優しい塩っけにほのかな梅の香り。そして......。
「......どうですか?」
「うん、美味しいよ......ありがとう」
にこりと微笑むエマさん。
気がつくと、彼女の尻尾が後ろで俺の腰にまわされていた。引き寄せるように、包むように。
「なにを笑っているんですか」
「え、笑ってた?」
「......にやにやしてましたよ」
「まじでか」
そういうエマさんも、微笑んでいた。あまりの愛しさに胸が締め付けられ、思わず俺は彼女の頭を撫でた。ぴくぴくと獣耳が動き、目を細めたエマさん。
しかし、すぐに「はっ」と正気を取り戻した。
「ほら、傑さん!食べたらお薬飲んで寝ますよっ」
「はい」
いつものエマさんに戻った。
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