第2話 エマの嫁入り
「......えっと、つまりはお礼に俺の嫁になりに来たと?」
俺は再度彼女へ聞き直した。
「ですです。その為に、先程も申しました通り嫁入り修行も行って参りました!今日から身の回りのお世話、私にお任せください!」
俺はあたりを見回す。ぱっと見た感じ記者のような人影は無い.....なら部屋に入れても大丈夫か?
ほうっ、と彼女の吐いた行きが白く煙った。
「要件はわかった。とりあえず入って」
「はい!ありがとうございます!」
俺はガチャリと鍵をあけ扉を開く。すると、横の棚に置いてあったセンサーつきライトが薄く光った。電池が切れかけているのだろう。
そのすぐ上に電気のスイッチがありそれをパチリと押した。
天井の電球が灯り、部屋の中があらわになる。まだ玄関だけど。
「すまん、散らかってるが......普段人を招くことなんてないから」
「なんもなんも、大丈夫ですよ」
玄関からリビングまで三歩の距離。その短い距離ですら空き缶の詰められた袋やネット通販の空き箱で溢れている。
ここまでで察せられるかと思うが、リビングも中々の惨状である。
これが日々仕事に追われ、社畜と化した一人暮らしの男の部屋だ。
ちなみにリビングの玄関側にはキッチンがあり、その隣が狭い風呂場。他に寝室にしている部屋が一つだ。
(いずれにせよ彼女をこんなとこに住ませられらんないよなぁ)
リビングへと足を踏み入れた彼女はきょろきょろと散乱した辺りを見回す。幻滅したか?これが今の俺だ。
呪術師家業を継ぐのが嫌で、高校を卒業後ただの一般人として配送業の会社へ就職。一人で生きていけると思っていた甘いガキ。これがその末路だ。
無数の酒の空き缶、雑誌、洋服。女性と付き合った事はないし、部屋に上げたこともないが、こんなだらしない男は絶対に好かれはしないことくらい俺もわかる。
「あの、傑さん」
......帰らせてもらいます、かな?
ああ、大丈夫だ。あの約束なら反故にしていい。そもそも玉藻乃さんもアイドル業で忙しいんだ。俺の事は気にしないで、そっちに専念してくれ......。
さよなら、俺の人生の小さな奇跡。
「......帰りたくなったか?」
「え!?なしてっ!?」
「いや......そろそろ帰りたくなった頃かなって」
「早くないですか!?まだお邪魔して五分も経ってないんですが......とりあえず、座っても良いですか?」
「え?ああ、うん」
俺は適当に雑誌と空き缶を片付ける。すると彼女は「ありがとうございます」とにっこり微笑み座った。
「傑さんはこうした野性的なお部屋が好みなんですか?」
野性的とは絶妙な言い方だ。見様によってはゴミのジャングルだもんな。ちょっとおもしろい。
「いや、すまん。仕事で忙しくて......」
「なるほど。では、私が明日お片付けしても?」
「え?」
あれ.....幻滅、してないのか?
「あ、すみません、差し出がましい事を言って。嫌なら良いんです」
「嫌じゃないけど......いや、玉藻乃さんも仕事で忙しいんだからそんなことしてる暇ないだろ」
「大丈夫です。お仕事の方は私の分身に任せてあるので。なので今日から私は傑さんの専業主婦なのです」
にっ、と八重歯をみせ笑う彼女。言葉にも表情、雰囲気にすら嫌味の気配がない。本心で言ってる。
「え......いや、マジでここ住む気なのか?こんな汚らしい場所に、玉藻乃さんが!?」
「ですからさっきから嫁入りに来たと言ってるじゃないですかぁ。もしかして、嫌なんですか?私と暮らすのが」
「嫌、ではないけど......」
ぴくりと彼女の眉間にシワが寄った。
「ないけど、なんですか?あ、わかりました!生活費ですか?心配しなくてもちゃんと入れますよ!後で口座を教えてください!」
この子、本気なんだ......ホントに俺と一緒になるつもりで。
「あのさ、幻滅してないのか」
「幻滅?
「......こんなだらしない男、嫌だろ」
情けない。自分で言う所がまた。
「んー、どうでしょう」
「どうでしょう?」
「だって傑さんはお仕事が大変でこうなってしまったわけでしょう?」
「そんなの理由になんかならない。社会人なんだから、ちゃんと自分の事は自分でしないと」
「なして?できなかったからこうなってるんじゃないですか」
「それでも、やらなきゃ......駄目だろ」
「ふふ」
「?、なんで笑うんだ?」
「いえ、責任感強いのは昔と変わらないなぁって」
くすくす、と笑う玉藻乃さん。
「あと不器用ですよね?」
人差し指を立てて彼女がうんうんと頷く。
「あの日、私を助けた時だって私のような妖なんか放っといて置けばよかったのに。ましてや治すだなんて......あれを見られたら、大変な事になっていたんじゃないですか?」
「それは、お前が悪い妖ではないと知っていたから......見過ごす事は出来なかった」
「とんだお人好し......いえ、妖好しですね。ふっふっふー」
「さっきからなにが言いたいんだよ」
玉藻乃さんが俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「私は、傑さんだからお嫁に来たのですよ。部屋が汚いだとか、綺麗だとか関係ありません.......不器用だけど優しくて、自分が正しいと思った事を行えるあなただから私は好きになって、一緒になりたいと思ったんです」
にこりと彼女が笑う。
「忙しくてできないなら私がやります。お互いの欠点を補って、支え合いながらこれから暮らしていきましょう。だって夫婦なんですからっ!」
「夫婦、か」
「ですです。夫婦、ですっ」
突然現れた昔助けた妖狐。急にきて嫁だと言う彼女の全てをまだ信用するなんて俺にはできない。
でも、もしも騙されているのだとしても......一度だけ、この俺のことを好きだと言ってくれている白狐を信じてみよう。
「わかった。これからよろしく、玉藻乃さん」
「はいっ!......あ」
「あ?」
「あのぅ、それなんですが一つお願いがあるのですが」
「お願いって?」
「私のことはエマと呼んで下さい」
「......エマ、さん」
名前を口にした瞬間、彼女の獣耳がひくひくと動きまるで角のようにぴんと立った。
頬に両手を触れ「〜〜〜ッッ!!」と言葉に出来ない声で彼女は唸る。
「......傑さんに名前呼ばれちゃいましたぁ!初めて!えへへへ♡」
その時、突如彼女の後ろにボン!と白いもふもふの尻尾があらわれた。犬のようにバタバタと尻尾がふらさっていてなまら喜んでいるのが見て取れる。
「もしかして感情が昂ぶると尻尾でちゃう感じ?」
「はっ、これは失礼しました!さっきは我慢できたのに、くっ」
「あ、いや。家の中では別に良いと思うけど......俺しか見てないし」
「ホントですか!ありがとうございます!えへへ、傑さんは優しいです!」
「おわっ!?」
がばっ、と再び抱きついてくるエマさん。
「あっはぁ!傑さんの腕の中ぬくぬくーです!えへへ」
(......俺の心臓、もつかな)
こうして俺の家に白狐のエマが嫁入りしたのだった。
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【あとがき】
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