第24話 犬?



無事に買い物を終えた帰り道。人通りの少ない道へ出た頃、彼女は帽子を脱ぎ、ネックウォーマーをさげ顔をだした。


「ぷはぁ、苦しかったぁ」

「ご苦労さま」


ぷるぷると顔を振るうエマさん。獣耳がぴこーんと起動するように立った。犬っぽいな......いや狐だけど。


「エコバッグ、重くありません?片方持ちましょうか」

「ん?......ああ」


がさりがさりと揺れる両手に持った白いエコバッグに視線がくる。


「いや、大丈夫だよ。帰ってから料理つくってくれるんだし......これくらい俺が持つよ」

「いえいえ!それはそれ、これはこれ」

「あっ」


彼女はひょいっと片方のバッグを奪い、にこっと微笑んだ。


「?」

「にへへ」


そして空いた左手に右手を重ねてきた。


「......これが目的だったり?」

「ええっ、何言ってるんですか!」


エマさんが驚き目を見開く。


「そうに決まってるじゃないですか、ヤダなぁもう!」

「いやそうなんかい!(言い方紛らわしいな!?)」

「トーゼン!それ以外に何も無いですよう!これがなきゃ持たないまである!」

「いや結構下心濃いな!?」

「あはは、うっそー♪」


たまに抜ける敬語。別にどちらでもいいしどちらも好きだが、タメ口の方が年相応な感じがして年下らしい可愛さがあるな。

無邪気な可愛らしさと、大人っぽい美しさを兼ね備えた少女。それに愛嬌まであるときた。


(......そらぁ、トップアイドルに君臨するわけだよ)


「イチコ、お腹好かせてないかな」

「むむ、なんで急にイチコの話に.......!?」

「え、ああ、ごめん。一人残してきたからつい気になって......って、なんでちょっとムッとしてるんだよ」


切れ長の目が、なぜか更に細く斬れ味良さげに薄くなっている。頬を膨らませてるからさほどでも無いが、美人が怒った顔すると怖いよね。


「今日はイチコばっかりですねっ」


ふい、とそっぽ向くエマさん。あれ、これ。


「え、まさか......エマさん、拗ねてるの?」

「いやいやいや......」


首を横に振るエマさん。そうだよな、だってイチコって言うて彼女の分身体、つまり彼女自身なんだぞ?自分が構われているのに嫉妬して拗ねるなんて――


「当たり前じゃないですか、拗ねてますよ。おこですが、なにか?」


――ですよね。知ってました。いや、さすがに明らかに拗ねてたもの。


「いや、ご、ごめん......でもイチコってエマさんの分身なんでしょ?なのに、構われて拗ねるのか?」

「あーあーあー!!もう!」


なに、急に!?なにがもうなの!?


「イチコイチコってさぁー、イチコばっかり」

「どしたどした......!?」


「ズルくないっすかね?」

「いやまて、だってほら......イチコはさ、たとえ分身でも今日会ったばかりだしさ、仲良くなりたいだろ」

「ちーがーうーう!そーじゃなくてですねえ......はぁ」


ため息つかれた!!がっかりされるとか、地味に今までで始めての事だな.....!?


「イチコは今日始めてなのに、なんで......呼び捨てなんですか?」


あ、そーいう......!


「いやだってあれは、ごっこ遊びで......お父さんだったから」


って、ならいつまで呼び捨てにしてるんだ、俺は。


「別に、いいです。イチコは嬉しそうでしたし......すみません、今のは忘れて下さい......ほんと、すみません」


夕日が落ちていく。彼女の顔に暗く影がかかる。


途端に気温が低下し、冷たい風が二人の間を流れた。


(......エマさんのこの雰囲気。初めて、だな)


多分、ホントに......ちょっと怒ってる。


最初は気が付かなかったけど、でも聞けば確かにそれが寂しいと感じるのだと、理解できた。そしてそれは俺も知っている。


(......疎外感、か)


「ま、確かに.....言う通りだな」


俺は立ち止まる。


「?」


一歩だけ先を行っていたエマさんが、繋いでいた手でひっぱられた。


「あっ――」「おっ――」


ずるっと滑る雪。どさりと二人倒れてしまった。だが、良かった......俺の方へ倒れたエマさんを受け止める事には成功した。間一髪間に合った。


(......あと、こっちも手遅れになる前に)


仕事、私生活、人生の殆どを失敗しまくってここまで来た。


でも、そんな俺でもわかる。ここで、失敗するわけにはいかないと。


――なにが起きたのかわからない様子のエマさん。倒れた先、近くにあった俺の顔をみて状況をすぐに理解したようで、目を見開いた。


「ご、ごめんなさい!」


エマさんは、慌てて起き上がろうとする......が、俺はそれを引き止める。


――ぎゅっと、彼女の体を抱きしめた。


「好きだよ、エマ」


「......ふん」


「ふんて」


「一回?」


「え?」


「一回だけなんですか?」


「......は、恥ずかしくね?」


「イチコにはあんなにたくさん呼んであげてたのにね」


「ぐぐっ」


ぐうの音もでねえ。出たけど。


俺は頭を撫でながら、また彼女の名を呼んだ。


「愛してるよ、エマ」


「......もっと」


「エマ、エマ、エマ」

「おいおいおい。そーじゃねーでしょ」


「「ぷっ、あははは」」


「帰ろっか、エマ」

「はい!傑さん.....」


お返しとばかりに俺は半笑いのジト目で睨む。ぐぬぅ、と苦虫を噛み潰したような表情になるエマ。どうよ、俺の気持ちを思い知ったか。


白い吐息、赤く染まる頬、彼女の柔らかそうな唇が薄く開いた。


「す、す......傑」


ぽん、と彼女の頭に手を乗せ、またなでなでした。


「よーしよし、いいこいいこ」「......え、私、犬?」


と、その時。


「えええっ!?誰か倒れてるんだけど!!?きゅ、救急車あああーーーー!!!」


「「!!?」」


偶然通りがかった若い女性の叫び声が響き渡り、俺とエマがびくりと体を震わせた。


「「待ってください!!無事でーーーすっ!!」」


二人共、慌てて飛び起きた。





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大人気キツネ系美少女アイドルと社畜のイチャ甘新婚ライフ。 カミトイチ@SSSランク〜書籍&漫画 @kamito1

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