第23話 スピード


俺は買い物カゴを片手にぶら下げ、エマさんの後ろをついて回る。これは以前の失敗を考慮し、たとえ彼女が興奮し尻尾が出てたとしてもすぐに報せられるようにだ。


ところで、以前から気になっている事が一つある。後で聞こうと思っていつつ結局忘れて聞けずじまいなのだが。


それは、彼女の買い物スピードである。


他の人が野菜を手に取り状態を確かめながら買ったりするのにたいし、エマさんはノータイムでカゴに取り入れる。そのスピードたるや適当に掴んだものを適当に放り込んでいるかのような速度なのだ。


(いや、別にちゃんと選んで買ってくれとかじゃなくて......単に気になっただけだ)


別に彼女の選んだものなら俺は何でも喜んで食べるけど。しかし迷いが無さすぎるというか。まあ買い物が早く済んで帰れるのはめちゃくちゃ良いことだけど。ちょっと聞いてみるか。


精肉コーナーへと向かおうと歩くエマさんに声をかけた。


「エマさんて買い物のスピード早いよね」

「え?そうですかね」


顔だけ振り向いて彼女は目をしばたかせる。こうしてみるとニット帽とネックウォーマーでも隠しきれない美人オーラがあるな。目だけでも美人過ぎる。


と、それはおいといて。


「いやこういうのって時間かかるイメージだったから」

「あー、私、鼻が利きますからね。お野菜とかお肉とかの選ぶ時間がかからないからかと」

「それって匂いでどれを買うか決めてるってこと?」

「ですです!」


ふんすーっ、と鼻息を荒げる。なるほど、匂いか。さすがは妖狐である。


っと、おっ、おおお!?


ドヤ顔のエマさんの尾てい骨あたりからもふもふの尻尾が生えてきてるんだが!?

くそ、調子に乗らせて気持ちよくしてしまった俺の責任か!


俺は考えた末に、がばっと彼女の背から被さるように抱きついた。よし、これで尻尾が俺とエマさんの体で見えなくな......いやいやいや、なんで!?なんか尻尾が大きくなってきたんだけど!!?


もこもこもこっと膨張していく柔らかなふさふさ。いやなにこれカイロ要らずじゃん!尻尾マジぬくいわ〜......じゃねえ!!


俺はこちらに向けられている視線を感じ取り周囲を見渡すと、遠巻きに買い物客(奥様方)がこちらをみて微笑んでることに気がついた。


「あらあら」「あらまあ」「カップルってやつかしら」「あら夫婦かもしれないわよ」「あついわねえ〜」「雪ぜんぶとかしちゃってほしいわね」「雪かきいやよねえ」「うふふふ、とかしちゃえばいいのに」「ほんとねえ」


めちゃくちゃ注目されとる!!


ちらりとみえるエマさんの横顔。頬が焼けるように赤く、まるでそこにある林檎みたいだ。って、そうか......恥ずかしくて尻尾の制御ができなくなっているのか、これ!


なら場所を移動するしかない。俺の腹と彼女の背に挟まる尻尾がぴくっ、ぴくっと小さく動いている。エマさんが一言も話さないのは、おそらくこの状況をどうしていいかわからなくなっているんだろう。


であれば、ここは彼女の旦那であるこの俺がカバーせねばなるまい。てか、元はと言えば俺のせいな気もするし。


俺は彼女にこのまま移動しようと伝えるべく、首元に口を近づけ小声で囁いた。


「......今、離れたら尻――」「!?、ひゃあん」


びくびくんと体を痙攣(?)させ飛び退くエマさん。隠れていた尻尾があろうことか注目度MAXの状態であらわになってしまう。俺は抱きついていたエマさんがいなくなったことにより体制を崩し片膝を地面についてしまう。


(――しまっ、やべえ!!このままじゃ妖狐だとバレて)


てか、バレてどうなる!?あれかこれから俺達二人は変な奴らと白い目で見られるようになり、その噂が広まり、気味悪がられだし、ついにはそれを理由にエマさんは悪質な妖として呪術師を呼ばれ駆除されてしまったりなんかするのか!?(思考時間0.2)


と、その時!ふぁさっ、と首にあたる心地よいぬくもり。


「はっ!?」


それはエマさんの白いふさふさもふもふの尻尾だった。まるでファーのように俺の首に巻かさっている。


「だ、大丈夫ですか、傑さん」

「あ、ああ、すまん」


俺のファーがエマさんのコートに引っかかっている。ギリそんな感じで誤魔化せるだろ......エマさんの機転に助けられたな。


「あら、もふもふ」「さっきまで無かったわよね?」「どこから出てきたのかしら、あのファー」「お母さんあのもこもこほしい」「高そうだからだめ」「なんか気のせいか狐の尻尾にも見えるような」


「「ぎくぅ!!」」


俺とエマさんは目を丸くした。確かに急にファーが出てきたらおかしいし、狐の尻尾にみえるっていうか狐の尻尾だし!


......し、しかたねえ!


「あ、あれー......なんだろう、ファーが嫁のコートに挟まって」

「!」


俺は尻尾のつけねを探って挟まったファーを外そうとするふりをした。

尻尾、敏感なんだろうな......ひくひくと動いてるし、エマさん顔赤くして涙目だし。でも、すまない。この場を切り抜けるにはこれしかない!


「ごめんね、エマさん。どうにも取れないからとりあえずこのまま移動しよう」

「......ひゃいっ」


ひゃいって。くそ、俺の嫁が殺人的にめんこいぜ......。


その後、落ち着いたエマさんは尻尾を消すことが出来て肉も買えました。

あと首元に吐息は当てないでと怒られ(?)ました。いやー可愛かったなぁ!


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