第13話 シンプルに


 真剣なエマさんの眼差しに心がたじろぐ。ひょっとしたら表情にでたかも。

 彼女が目を逸らし、「あ〜、そのですね......」と言い淀んだ。


 やっぱりか。この気まずそうな顔......間違いない。捨てられるわ。


「......あ、やっぱり後で......すみません、お食事中に」


 前のめりになっていたエマさんはひとつ身じろぎをして座り直す。彼女はそうはいうが、俺はもう早く楽にしてほしい気持ちで胸がいっぱいだった。


「いや、今言ってくれ......気になって食べられないから」

「あ......そ、そうですよねタイミングをマズリましたね。すみません」

「いや大丈夫。それに何を言おうとしていたかなんて、見てればわかるよ......いいよ。覚悟はできてる」

「!」


 二日だけの短い夢。けど、いい夢を見せてもらった。こんなに優しくて可愛い女性に俺は似つかわしくないからな。言われる台詞としては私と別れてください、か。


「えっと、その、ですね......」


 彼女の唇が動き、言葉が震えながらもゆっくりと紡がれはじめた。


 白いニットのセーター、似合ってるな。


 後ろに結ってある髪も、可愛い。


 ......。


(.....ああ、けど)


 ――けど、こんなに短い夢だったのに......俺、本気でエマさんの事が好きになっちゃったんだな。


「傑さん、私と――」


 ......嫌だ、別れたくない。


「――キッ、キキキ、キスをしてくだしゃいっ」


「......」

「......」


「......」

「......え?」


 ポカンと間の抜けた顔をしている俺。そして頬を朱に染めて涙目でこちらを見ているエマさん。

 今、なんつったの?聞き違えたか?キスって聞こえたけど......別れ話だよな、これ。


「あの、エマさん」

「......な、なんでしょうかっ」

「今、もしかしてキスって言いました?」


 こくこく、と頷くエマさん。ぴんっ、と立てた獣耳がこちらに向いている。


「ど、どうして、突然キス......?」


「と、突然って、さっき私の言いたいことがわかってるって言いませんでしたか!?」

「いや、言ったけど!でも、ごめんそれは勘違いだった」


「あ、ああ、そうだったんですか」

「でも、キスしたいなんて......言われなければわからないんじゃ」


「それは、その、傑さんが呪術師なので。私の呪力を見て理解してくれたのかと......」

「......呪力?」


 俺はふと思いあたり、エマさんの体を確認した。これは......呪力が弱まっている。このまま消費し続ければ世に存在出来なくなり彼女の命が消えてしまうだろう。


「ごめん、気が付かなかった......」

「いえ、すみません。私が素直に言えば良かったんです」


 いや、確かに昔の俺なら一目見ただけで対象の呪力量は把握できた。けど、今の俺はその昔とは違う。


「いや......最初に言っておけばよかった。今の俺は、もう呪術師としての力も呪力ももう殆ど無い」


「え?」


「正確には自分が使い操れる呪力が無いし、術式も使えない」

「術式の剥奪......何かしらの妖との戦闘で?」

「いや違うよ。俺は、自分で体内の奥へと封じたんだ......普通の人間として生きたくて」


 実家を出る時、追われないように自らに縛りをかけた。術式を対価に呪力の体外出力を限りなく少くするという。


「だからエマさんの呪力が減少している事も一目ではわからなかった。ごめん」

「いえ、こちらこそそんな事情があるとは知らずに......」


「けれど、なるほど。だからキス......」


 体皮から出る呪力とは違い、血、粘液などの体液や唾には呪力は濃くでやすい。だからこそ血をすする妖や魔物が昔は多くいた。


 今の呪力を制限している俺からでも、おそらくは問題なく呪力を接種することはできるだろう。


「やっぱり、呪力が無くなると......エマさんほどの妖でも消えてしまうの?」

「そうですね。.......正確には、入れ替わってしまう、というのが正しいですが」

「入れ替わる?」


「今、私の代わりにアイドルとして活動している分身体がいると言いましたよね?」

「あ、うん」


「あの子が消えた私に取って代わり、存在し続けます」


「どういう事だ?」


「アイドル活動というのはある種の信仰を集積します。それは微量ながら呪力となり彼女に集まるのです。なので、分身体であるアイドルの私は消えることはなく、呪力が無くなった私だけが消えます」


「......なるほど」


 多分、気を遣って言わないんだろうけど、今まではこのエマさん本人がアイドルをしていた。だから呪力切れを起こすことは無く、普通に生活ができていたが......俺の元に嫁いできたから呪力を得る手段が途絶えてしまったということか。


「俺が呪術師だと思っていたから、呪力を得るのは問題ないと思っていたってわけか」

「......す、すみません、傑さんをあてにするようなことをしてしまって」


「いや、怒ってないし、嫌でもない。わかった。ただ、後で......寝る前にでいいか?」

「寝る前に、ですか......それはなぜ?」


「シンプルに恥ずかしいからだ」

「あ、なるほど」



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