第21話 立ち上がる
「ま、まだ、だ......」
倒れていたイチコさんがぐっ、と体を起こした。
「や、やるな、お父さん」
「まだ何もやってないが?」
にやりと笑うその顔はまるで好敵手を見つけた戦闘民族のような好戦的なものだった。しかしそれと同時に気がつく。
彼女の少し切れ長の目、その赤い瞳がうるんでいることに。
「じゃあやろうか、お父さん。はやくキャラ決めてよ、お父さん」
「ああ、うん......」
親子設定が気に入ったのか?めちゃくちゃお父さん言ってくるじゃん。
「やるのは良いけど、ちょっとその前に」
「?、ひゃっ!?」
俺は彼女の額に手を触れる。ちょっと熱いな。
「エマさん、イチコ熱あるんじゃないか?もしかしたら風邪ひいてるのかも」
「は、はひっ、ひゃ」
お、おおお?なんかまた更に熱が上がったような。
「いえ、イチコは風邪ひいてませんよ」
「え、でも熱が......」
「それは風邪じゃないですよ。というより、風邪だったら本体である私も風邪ひいているはずなので、違います」
――ぼてっ
「え?」
隣を見てみると、再び横に倒れ込むイチコ。目がくるくると回っていた。しかし、その状態とは裏腹になぜか幸せそうな笑みが顔に浮かんでいた。マジで大丈夫なのか、これ。
「またもや画面外からの攻撃が。傑さんの2勝ですね」
「勝ったの!?」
しかしその時、勢いよくイチコさんがガバッと起き上がる。
「まって!!私はまだやれるぞ!!」
「「おおっ」」
ふんすーっ、と彼女は鼻息を荒げる。ていうか今更だけど、ホントにこの子エマさんの分身なんだよね?性格全然違わないか?
「エマ、こっちきて」
ちょいちょいと手招きするイチコ。俺とイチコの後ろにいたエマさんは「ん?」と首をかしげ、イチコの指差す場所をみた。
そこはイチコと俺の僅かな隙間。
「ここ!?」
「また攻撃されたらたまらないからね。傑さんガード役。つまりエマはタンクだ」
「私は、タンク......!」
「タンクってなに?」
「えーと、敵の気を引いて攻撃をガードし続けるやつ」
敵の気を引いて?話の流れ的に、敵って俺のことか?いや、お父さんだぞ俺は!
「確かに、ここまでの戦いをみるにイチコにはタンクが必要そうですね......」
「いやまだ戦ってもないんだが」
「いいから、ほら、お父さんはもっと間あけて。お母さんが入れるスペース作ってよ」
「あ、うん、わかった......って、お母さん?」
俺がイチコをみると、俺とイチコの間に座ったエマさんを指さした。
「これ、お母さん」
「え?」
エマさんが一瞬なにを言ってるんだ?という顔をしたあと、すぐに我に返った。
「な、な、私に子供ができちゃったって事ですか!?」
ボッ、と顔が真っ赤になるエマさん。そーだけど、そーじゃないよね?いや、顔赤くする理由がいまいちわからんのだが。
「や、やっちゃいましたね、傑さん」
「いやなにが?」
「子供が出来てしまいましたよついに」
「いや、まて!身に覚えがないから!」
「だってほら、ここになまらめんこい娘が」
「それは家族ごっこでしょ!」
「な、ごっこ......遊びだったということですか!?」
「いや、あほかー!!」
「いい加減、認知してよお父さん」
「やかましいわ!」
そうこうしている内にキャラクターセレクトが終了し、『ラウンド、ファイト!』と、画面からバトル開始の合図が聞こえた。
「!」
イチコさんの選んだキャラが距離を詰めてくる。俺は久しぶりの格闘ゲームというのもあり、射程距離はるか手前でパンチを繰り出してしまう。やべ。
シュシュと2発弱パンチ。それを見たイチコさんが「牽制かやるな」と小さくぼやいたが、すみませんそれミスなんです。間違っておささっただけなんす。
「わあ、すごい!さすが傑さん」とエマさんも褒めてくれるのが恥ずかしさに拍車をかける。
彼女は俺とイチコさんの戦いに夢中になっているせいか、前のめりで画面を注視していた。
ふと気がつく。普段は見えないものが、今は見えてしまうということに。
(う......うなじ!エマさんのうなじだあーーー!!!)
白く綺麗な首筋、頭と首の堺に生まれている美しきラインがこんなに間近に!!
てか、ほんとに肌きれいだな......あ、鎖骨の下にホクロある。
「あ、あの、傑さん......!?」
「え?」
エマさんに呼ばれ顔を上げる。するとエマさんの顔が間近にあった。少し首を伸ばせばキスができそうな間合い。
――心臓が、飛び出るかと思った。
ドクン、ドクンと鳴る胸。
すぅ、すぅ、という彼女の呼吸の音が聞こえくる。
そして、彼女は言った。
「えっと、その......傑さん、ボコボコにされてます、よ?」
「はっ!」
バッと画面を見てみるともう既に俺の体力ゲージが二割を切っていた。しかも画面端へと追いやられ逃げられなくされている。
「おおおおお!!?」
「ははは、おいおい、舐めプってやつかい?お父さん〜?」
「やべえええ!!」
飛んでくるイチコの攻撃の数々。ギリギリでガードし避け、逃げまくり、なんとか画面端から抜け出した。
あっぶね〜.......やられるとこだったわ、マジで。
「すげえ、逃げれんのか......あそこから」
その時、エマさんが何かに気が付き目を輝かせた。
「傑さん!これってあれですよね、背水の陣的な!?」
「嘘だろマジかよお父さん!!」
「嘘だよ出来ねえよ父さん!!」
この後ふつーにHP削られて負けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます