The Wanderer4

畑に人手が増えたのは、まぁいい。


肥料も水もいくらでも手に入るという時点で、ほとんどの事は解決ができる。


増えた人手で畑を広くして、生産量を増やせばいいのだ。


だが問題は、今回やって来た人たちの次の収穫までの食い扶持だった。


春に植えた芋のおかげで当座の食料はあるが、どう考えても秋まではもたない量だ。


幸いにして俺には錬金術という力がある、それを使って金を稼いでよそから食料を買ってくればいい。


と、そう考えた俺は……港にある商談用の建物の中で、兄のコウタスマに紹介してもらった商人たちとさっそく面通しを行っていた。



「よござんす。定期的に水薬ポーションを頂けるのならば、しばらくの間食料を余分に届けさせて頂きます」


「私としても構いません、フーシャンクラン様ほどの錬金術師が作られた水薬ポーションが取り扱えるとなりますと、店に箔が付きます故」



恐らくコウ兄か父が上手く口を利いてくれたのだろう、話は驚くほどトントン拍子に進んだ。


錬金術師としてほぼ実績がないような俺の「水薬ポーションで麦を買いたい」という打診に対して、商人たちは何の躊躇いもなく承諾の言葉をくれたのだった。



「ネィアカシ商会は、タヌカン家とは初代のケント様の代より変わらぬお付き合いを頂いております。フーシャンクラン様に置かれましても、これ以降も何かありましたら是非まずは・・・我が商会へ」



カラカン山脈の向こう側の港に店を構える、タヌカン家とは縁の深い狐人族の商人は細い目を更に細めながらそう言った。


その言い方が気に食わなかったのだろうか、隣りに座っていた狸人族の商人は顔を真っ赤にして目を剥きながら狐人族を睨みつける。



「お待ちを、僭越ながら我がシスカータ商会は三国に渡り支店を設けております。田舎の商人にはまず扱えぬ商品も多数取り揃えております、錬金術の素材などでお困りの事がございましたら、まずは・・・手前どもにご相談頂けましたら幸いでございます」



以前に小遣い稼ぎのために売った俺のポーションの噂を聞きつけたとかで、外国からわざわざやって来てくれたらしい狸人族がそう言うと、今度は狐の方が細い目を見開いて彼を睨み返した。



「私としては両商会に薬を下ろしても全く問題はない。ついては当面の食料をよろしく頼みたいのだが……」


「それはもちろん何もご心配めされず。ネィアカシ商会がある限り、フーシャンクラン様の民は飢えさせませぬ」


「いや私の民ではなく父の民……」


「我がシスカータ商会の魔導櫂船があれば、一週間以内にこの港の蔵を麦で一杯にする事も可能でございます」


「いや蔵一杯の代金は払えない……」


「代金の事はひとまず心配ご無用、まずは我がシスカータ商会の有用さを知っていただきたい」


「ネィアカシ商会とて代金は急ぎません、こちらは一週間と言わずとも、三日も頂ければ……」


「待て待て、落ち着いて……」



なんだかヒートアップして椅子から立ち上がり、こちらにだんだん近づいてきた狐と狸。


その二人と俺の間を断ち切るように、横から鈍色の剣が振り下ろされてドガッと机に突き立った。



「必要以上に近づかぬよう」



剣を握ったイサラがそう言うと、少し血の気の引いたように見える二人は大人しく椅子へと座り直した。



「シスカータの、私は支払った代金以上の物は不要だ」



ただより高い物はない。


採算度外視で物を売って市場を寡占し、そこから値段を上げて利益を得るのは大商人の常套手段だ。


それにネィアカシ商会は、何の産業もないうちの領にこれまでも船を送り続けてくれた義理堅い商家。


いくらいい話を持ちかけられたとしても、彼らを蔑ろにする事は父祖たちの顔を潰す事にもなりかねなかった。



「やはり食料品に関しましては、いざという時頼りにならぬ外国の商家よりも、同じフォルク王国の我々ネィアカシ商会が取り扱った方がよろしいかと存じますが……」


「同国とは申しましても、小商いしかせぬ貧乏商家ではいざという時に頼りにはなりませぬ」


「私はそれぞれに同じ量だけ仕入れを頼もうと思うのだが……」



俺がそう言うと、シスカータ商会の狸はじっとこちらの顔を見つめていたかと思うと突然がばっと頭を下げた。


なんだろうか、何ならこちらが頭を下げる立場だと思うのだが。



「恐れながらフーシャンクラン様、それでは困りまする! 我がシスカータ商会とネィアカシ商会さん・・との身代の違いから申しまして、同じ量の商いでは我が商会は他家から軽く見られてしまいます。何卒、麦一袋分だけでも構いません、我が商会から多く納品する許可を頂きたい」



なるほど、商会としてのメンツがあるという事か。


世界を股にかける大商会としては、土着の小商会と同格の商売をしたという風評を受けるのは耐えられないのかもしれないな。



「そうでなければ……いかがでしょうか、名目だけでも構いません、この私をフーシャンクラン様の御用商人にして頂くという事では」


「御用商人?」


「タヌカン家の御用商人としてはネィアカシ商会さんがおられます故に申し訳が立ちませぬ、ですので我々はフーシャンクラン様個人の御用商人という事で……いえ、何も便宜を求めたりは致しませぬ、名前だけでよろしいのです。何でしたら一筆お書き致しましょう」


「うーん……」



俺としては、名前を貸すぐらいでいいならばそうしてやりたいのだが……


つい先日も辺境伯家の三男というネームバリューを見誤り、見事に大失敗をしたばかりなのだ。


さすがにこれは俺の一存で首を縦に振る事はできなかった。



「悪いが、それは私の一存だけでは何とも言えない話だ」


「左様でございますか……では如何でしょう、辺境伯家のご三男様とお仕事をさせて頂いたという事で『御用達』という形で、お名前だけ使わせて頂くというわけにはまいりませんでしょうか?」


「まあ、それぐらいであれば」


「ありがとう存じます!」



まあ、御用達してるのは純然たる事実なわけで、逆にこちらから取引をお願いしている現状で駄目という権利なんかないだろう。


商人の世界というものはよっぽどメンツに厳しいところがあるのだろうか、狸の商人はなんだか安心したように満面の笑みで俺と商売成立の握手を交わし。


いったいどういうところが気に障ったのだろうか、狐の商人はそんな狸の商人を射殺さんばかりの視線で睨みつけていたのだった。






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「荒野に一分の商機あり」

その手紙を受け取った私は、まるで何かに突き動かされるかのように即日港を発った。

タヌカン領、いつ北方騎馬民族に飲み込まれてもおかしくない領だ。

タヌカン辺境伯家、財務状況は最悪の家だ。

フーシャンクラン、貧民どもにいいように使われているだけの、頭でっかちで甘ちゃんの子供としか思えない

だが、なぜか私の心はタヌカン領に向いていた。

商人としての勘だろうか、はたまた神からの導きだろうか。

値千金の魔結晶を大量に燃やして、最新の魔導櫂船は小さな小さな商いの場所へと私を届けた。

衝撃であった、商会での地位も、築き上げた金も、全てが意味を失った。

この日、私は千年の主を得たのである。


航海記録 その四十八

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