Turn Me Loose, I'm Dr. Feelgood4

『こちらに薬師様がおわすと聞いたのだが……』


『おお、ノシンの。元気しとったか』


『おおシギルの、久しぶりだなぁ。それがだなぁ、どうにも婆さんの咳が止まらんで……』



俺が泊まらせてもらっていた簡易住宅。


その隣に新しく建てられた簡易住宅の周りには、何頭もの馬が繋がれている。


この簡易住宅は、今や俺の診療所のようになっていた。



「フシャ様、どうします? また増えましたよ……」


「やばいよな、このままだとここで春を迎える事になっちゃうぞ……俺はこんなとこで病院を開くつもりはないんだよ」


「困ってる人を見境なく助けちゃうからですよぅ」



どこからどう伝わったのか、壊血病の子供の治療経過を見ているうちに、薬を求める人達が草原中から集まってきてしまったのだ。


壊血病ならスバドから持ってこさせた柑橘類を食べさせれば良くなるし、咳や関節痛なんかでも、薬箱にある薬でなんとかなる事が多いのだが……


問題は、この退屈な環境に俺が耐えきれなくなりつつある事だった。


草原の景色も嫌いじゃあないとは思ったが、一週間もここで過ごせば正直飽きる。


荒野は地元だったし本などの娯楽も少しはあったから良かったが、草原にあるのは家畜、肉、お茶、狼ぐらい。


正直言って、俺はあんまり長居する気にはなれなかった。



「ここにいたら際限なく人が増える。家主の子もだいぶ良くなったし、明日にでも立とう」


「集まってきた人はどうするんですか?」


「ここまで神秘軍の商隊を来させる。それで柑橘類を運べば家主の子供と同じ病気は良くなるし、他の病気はそもそも錬金術の道具がないから、手持ちの薬以外では対応できないよ……」



遊牧民たちだって、さすがに皇帝に会いに行くと言えば引き止められないはずだ。


俺は頼ってきてくれた人たちにはできる限りの薬を渡し、スバドの町から商隊を来させる事を約束して、なんとか出発した。


だが、それでも後から後から薬を求める人が俺の行く先々にやって来て、なかなかに苦労した。


びっくりするほどの距離を移動してやって来る割に、深刻な病気の人というのはほとんどおらず……前から腰が痛いとか、前から頭が痛いとか、前から足が痒いとかそういう患者ばっかりだ。


薬があるものは渡せるが、どうにもならないものはスバドから来ているはずの商隊に頼んでくれと言って、場所を教えるだけだった。




「おっ、あれは町かな?」


「あー、あれはツトムポリタのはじっこね」


「はじっこ?」



俺がそう聞くと、世話役のウロクは得意げに頷いた。



「ツトムポリタっておっきいよ。ウガーモもズギもホリドもスバドも、ぜーんぶ入るぐらいおっきい」


「それじゃあ国じゃないかよぅ」


「みんなが言うクニってのがよくわからないんだけど」


「国っていうのはなロク、一つの纏まりだよ。王がいて、その下に臣がいて、その下に民がいる。そうして他の国から利益や民を守っているんだ」


「ああ、ならマッキャノはこれまで通ってきた場所全部クニだよ。みんなツトムポリタにいる大首領の親戚だから。お隣のズヴァイべ族も親戚だよ」



婚姻政策を極めていけば、こういう国ができあがるんだろうか。


暫定的にマッキャノ国とでも呼んでおくが、この国はとにかく巨大で安定していた。


虎視眈々と王の座を狙う諸侯がいるわけでもなく、野に下った貴族や兵が山賊をやっているわけでもない。


ただ血縁を束ねた王が首都にいるというだけで、各々が野心なくその人生を全うしているようだ。



「諸侯の反乱とかはないのか?」


「はんらん?」


「王に剣を向ける者はいないのか」


「いるいる! 五年に一回、殴り合いで大首領決める! お祭りあるよ!」


「お祭り?」



聞けば、マッキャノ族には、ある種の選挙制度のようなものがあるらしい。


各地の有力者が候補者を出し、その候補者が王都にて競い、一番強い者を大首領として皆で支える。


そういう仕組みを、太祖ラオカンが作ったのだそうだ。



「五代前かなー、コドリコっていう王様がいたけど、強かったけど、強かっただけで。みんなに認められなくて、次のお祭りには参加もさせてもらえなかったんだって。だから子供たち、コドリコにはなるなーっていっぱい勉強させられるよ」



なるほど、そこそこきちんと機能もしているらしい。


やるな、ラオカン。


そんな話をしている間にも、俺たちはツトムポリタへと入り、その巨大な町の中をずうっと移動し続けた。



「おい、どんだけ歩いても町が終わんねぇぞ」


「キントは田舎者? まだまだはじっこだよ」



ツトムポリタは、規模的には前世の都市に近かった。


どれだけ歩いても町の切れ目がなく……


やっと自然の場所へ出たかと思えば、そこは周りを住宅地に囲まれた畑だったりする。


とにかく広く、盛況で、華々しかった。


人々は色とりどりの服で着飾り、泊まる宿には風呂があり、下水道まで整備されていて、人が暮らす場所にはつきものの悪臭も薄かった。



「俺、ここに住みてぇ……」


「こりゃあ大軍を送ってこれるはずだよぅ」



風呂上がりのホクホクした身体で、分厚いハムととろけるチーズを挟んだパンを麦酒で流し込みながら……キントマンとイサラは幸せそうにそう言った。


この日と翌日にマッキャノ族が泊まらせてくれたのは、とんでもない豪華さの宮殿のような宿だ。


大浴場、蒸し風呂、水洗便所、そして豪華な食事に飲みきれぬ酒。


もちろん他のみんなも大満足で、どうせ向こう持ちだからと好き放題美食や酒に舌鼓を打ち、夜になると何人かはこっそりと遊びに出かけていったようだ。


俺は成長期だから日が沈んだらすぐに寝ていたが……


ツトムポリタは、ここを生き延びられたら大人になってからまた来てみたいと思えるような、楽しい楽しい町だった。






だが、どんな旅にも終わりはあるものだ。


そんな楽しい町中旅も三日目には終わった。


北の果ての終着地点、ツトムポリタの大首領の待つ大宮殿に……俺はついにたどり着いたのだ。


昨日一昨日に泊まった宮殿のような宿が馬小屋に見えるほどの巨大建築物を前にして、俺は冬戦争以来の武者震いを感じていた。






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【壊血病】(遊牧地)


 全身倦怠感、筋肉痛、関節痛、皮膚及び歯茎の出血、歯の脱落などの症状が見られる、遊牧地特有の病気。生野菜や生果類に含まれる栄養素が不足して発症する。

 当時遊牧地を訪れていた荒れ地のフーが命名 [1] し、同時に治療法を確立。 [2] 遊牧地の者へ様々な薬 [3] を処方し、交易網を構築してツトムポリタへと去る彼の戯曲 [4] は、この病の名を各地へ広めた。


 この頁では、遊牧地での病気について説明しています。その他の壊血病については157頁の「壊血病(船乗り)」をご覧ください。


[1] 『ウロク見聞録』に記載。諸説あり。

[2] 『ビダミン』を投薬したと言われるが諸説あり。その中でも「柑橘類を食べよ」と指示したものが同地に長く伝わる。

[3] 現在も実物が残る。未だ製法の解明できない薬も多数あり、研究が進められている。

[4] 『北極伝説異聞』を元にして作られた戯曲『神秘軍』の該当箇所は、家主の子を救った荒れ地のフーが「一宿一飯の恩を返す」と礼を受け取らず、そのまま去ったという話になっているが、実際は一週間ほど滞在した模様。『ウロク見聞録』によると、何もない遊牧地に子供だった荒れ地のフーは退屈していたとの事だ。



我が家のお医者さんハンドブック

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