Emerald Sword1
食い詰め者たちと傭兵団の加わった夏は、賑やかで実り多きものだった。
戦闘行動ができるぐらい屈強な人手が増えたのも大きいが、魔法使いのイーダと
「天は地に、地は天に、大地よ割れて混ざり合え」
「おー、どんどん土が掘り返されてく、魔法ってなぁすげぇなぁ」
「ごろごろ石が出てきたぁ」
夏でもローブを脱がない魔法使いのイーダが固く乾いた大地を砕くと、他の者達が人海戦術で更に土を砕いてゴミをなくしていく。
土というのは掘ってみると驚くほど石や根っこばっかりが出てくる、そしてそれらをきちんと取り除いていかないと、なかなか作物もうまく実らないものだ。
イーダは疲れた様子で地面についていた杖を離すと、蠢いていた土は動きを止めた。
「今日はこのぐらいで、明日は続きの場所をやります。しかし、ここいらの大地はどうも
「いやいや、これでも十分十分」
「平べったい石で一生懸命耕してた頃とは比べ物にならんしなぁ」
笑顔でそう言う彼らの手には、コダラが作った鍬やシャベルがあった。
「フシャ様もええ人らを連れてきてくだすった」
「ほんにありがたい限りです」
「……まぁね」
連れてきたというよりは付いてこられたんだけど、まぁ普通に雇おうと思ってもなかなか雇えない人たちだったのは間違いない。
イーダの魔法はコダラの鍛冶に使う熱を生み出す事もでき、彼らは燃料に乏しい荒野にまさにピッタリのコンビだった。
懸念していた鉄も、食料を取引していた商人二人が仕入れを請け負ってくれ、コダラの腕がいい事もあって、農場には大変な技術革新が起こっていたのだった。
もちろん俺は代金代わりのポーションを作らなければならないので、仕方がない事とはいえ、大忙しで仕事をこなしていた……。
「ねぇねぇ、フシャ様はなんでそんなに色んな事ができるのー?」
そんな俺が塔の研究室にて、イサラの妖精が熱する鍋で薬草の成分を煮出していた時の事だ。
手伝いという名目で遊びに来ていた、元孤児組のミメイが突然そう尋ねてきた。
「どうした? いきなり」
「だって、フシャ様はマーサ姉ちゃんと同い年なんでしょ? なのにーお薬も作れるしー、本も読めるしー、大人から子供扱いもされてないしー。あたしも十歳になったら、ちゃんとフシャ様みたいに色々できる?」
「ちゃんと親の言う事を聞いていい子にしてれば、きっとできるよ」
「ほんとかなぁ?」
おでこを出して鼻を垂らしたミメイは、俺のズボンを小さな手で握りながら不安そうな顔で首を傾げた。
まあ、俺だって別にほんとに十歳ってわけじゃない。
前世の記憶があるから、こうして色んな事に手を出せるのだ。
俺が本当に十歳だった頃は、当然ながら錬金術や畑の経営の事なんか考えもしなかった。
教室の友人とやるカードゲームに夢中で、必死に小遣いをやりくりしていた頃かもしれないな。
そんな事を考える俺を、なおも不安そうな顔で見上げるミメイに、ふといたずら心が芽生えた。
俺は鍋から木のお玉を取り出して横に置き、しゃがみ込んで彼女の耳元に口をやった。
「ミメイ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。実は俺って、普通の十歳じゃないんだよ」
「ええっ!? そうなのぉ!?」
ミメイが大きな声を上げたので、椅子に座って退屈そうに本を読んでいたイサラがちらりとこちらを見た。
「シーッ、声が大きいよ」
口の前に指を立ててそう言うと、ミメイは慌てて手で口を覆い、そのままモゴモゴと喋った。
「じゃあ何歳なの? フシャ様は
「違うよ。俺はな、生まれてくる前の事を覚えてるのさ。だから色んな事を知ってるんだよ」
この世界の宗教観からはズレた話かもしれないが、逆にこのぐらい荒唐無稽な方が、小さな子供向けの話としてはちょうどいいだろう。
まあ、こんな馬鹿げた話を子供に吹き込んでいるのを聞かれたら、イサラあたりには呆れられてしまうかもしれないが……
「ほんとにぃ?」
「ああ、ほんとさ。人間はみんな生まれてくる前の事を忘れちゃうけど、俺みたいにたまーに覚えてる変な奴がいるんだよ。だから何も心配しなくてもいい、ミメイはゆっくり大人になって、自分のやれる事を見つければいいのさ」
俺の真似なんかしなくていい、という部分だけは伝わったのだろうか、ちょっとだけ彼女の不安そうな顔が解れたような気がした。
「なぁんだ、そうかぁ……でもでも、フシャ様が生まれてくる前ってどうしてたの? 空の上の国にいたの?」
「違うよ、ここよりもずーっと遠くの国で、普通の人として暮らしてたのさ」
「ええっ、死んだらみんな空の上の国に行くんじゃないのぉ?」
「行く奴もいれば、行かない奴もいる。俺は行かないけど、ミメイはいい子にしてればきっといけるよ」
俺がそう言うと、ミメイはなんだか安心したような顔をした後……
すこしだけモジモジして、俺の耳に口を近づけた。
「あのねー、フシャ様だけが天の国に行けないんじゃ可哀想だから、あたしもついてってあげようか?」
「馬鹿だなぁ、そんな事言ってないでちゃんとみんなと同じところに行けばいいんだよ」
そう言ってミメイの頭を撫でると、頭の上から「あのぅ」と声がかかった。
ミメイと二人でギョッとしながら顔を上げると、イサラがこっちを見ながら「グツグツ煮立っちゃってますよぅ」と鍋を指差した。
俺は慌ててお玉を取って鍋をかき混ぜ、今もなお俺のズボンを掴んでいるミメイと目を合わせ、二人してクスクスと笑い合ったのだった。
そんな平和な夏はあっという間に過ぎ去り、収穫の秋がやって来た。
元の畑に加えて、急ピッチで開墾した畑に遅れて作付けした野菜もきっちりと育ち、荒れ野の畑は歓喜に湧いた。
そして、その歓喜の声に呼び寄せられるように……
荒野に降って湧いた宝を狙う、招かれざる客もまた、確実に近づいて来ていたのだった。
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