Funky Dealer5

竜という生き物を前にした時、人はそれにどう対処するべきなのだろうか。


逃げるべきか、隠れるべきか、それとも跪いて神に祈りでも捧げるべきか。


実際のところ、どれも難しいと言って差し支えないのかもしれない。


とにかく飛竜ひりゅうというものは、あまりにスピードが速すぎる生き物であるからだ。


誰かが叫んだ、ものの数秒後には……


赤い飛竜はもう荒野の上を通り過ぎて・・・・・いた。


そこから数秒ほど遅れて、山の方からドッパオン!! と爆発音が響く。


音を置き去りにした赤竜は、もう海の果てで豆粒のように小さくなっていた。



「……行ったか?」


「……相変わらずせっかちな竜だよぅ」


「あれっ!? 飛竜はどこ行った!?」


「もう海に出たよ」



キントマンと違って俺とイサラがこんなに呑気にしていられるのにも、ちゃんと理由はあった。


この土地の上をあの竜が飛んでいくのを見るのは、別に始めてというわけじゃあないのだ。



「あの竜はな、時々ああして海に行くんだよ。別にわざわざこっちに降りてきたりはしないのさ」


「なんだよ……やけに落ち着いてると思ったら、そういう事か……」



キントマンはそうこぼし、大きなため息をつきながら胸を抑えてしゃがみ込んだ。


彼ですらこうなのだから、普通の人はもっと恐ろしく感じている事だろう。


ちゃんと説明してやらんとな。



「イサラ、拡声」


「必要ですか?」


「知らん奴らからしたら、ただただおっかないだろう」


「わかりましたよぅ」



俺は拡声された声で、地面に這いつくばったり逃げ惑ったりしているマッキャノ族に語りかけた。



フーリ!落ち着け フーリ!落ち着け メスキス化け物はゴルム海へアドゥラ!行っただけだ



しばらくそうやって語りかけていると、錯乱していたマッキャノ族の者たちもだんだんこちらへ視線を向け始め……


自分が危機を脱した事にようやく気づいたのか、地面にへたり込み始めた。


まぁ、彼らの反応は当然といえば当然だ。


だって、飛竜だもんな、飛竜。


地震、雷、神、火竜だ。


巨大な金蛇カナヘビと言った風体の土竜なんかと違い、魔法を操る竜である空を飛竜は人間なんかでは絶対に勝てない存在だぞ。



クイワイナあの赤竜の海潜りは二年ぶりぐらいだっけ?」


「そんなもんですかねぇ」


「海潜りぃ?」


「飯を食いに行くのか水浴びか知らんが、たまに海に潜りに行くんだよ。その時に船を出したら魚がよく取れるらしい」


「魚と間違えられて食われちまわねぇか?」


「人間、食われる事より食えない事の方が怖いもんさ」


「そんなもんかねぇ」



そんな話をしていると、向こうの方で酒の大樽が再び持ち上げられ、ゆっくりとこちらへと進み始めたのが見えた。



「ほらな。竜に食われる事より、飲めない事の方が怖いのさ」


「俺ぁ食われる事の方がおっかねぇが……」



地面に座ったままのキントマンは、そう言いながら海の方を見て、酒樽を見て、もう一度海を見た。



「帰ってくるぞ」


「へ?」


「竜が帰ってくる!」


「早いなぁ、鯨でも見つけたのかな」


「おい! おいおいおい! 逃げなくていいのかよ!」


「大丈夫だって」


「だってあれ……行きとは様子が違う! ゆっくり飛んできてるぞ!」


「えっ?」



俺が海の方を向くと、ちょうどクイワイナが海から港の上へと入ってくるところだった。


真上をゆっくりと飛んでいく赤竜の身体を見上げながら、体格に対して小さめな前足が可愛いなとか、腹側の白い鱗が目に眩しいななどと、呑気に思っていたその瞬間である。


その首が傾き、黄金の瞳が俺を見た気がした。



「……今、見られた?」


「えっ?」



たしかに空から視線を感じたのだが、それは間違っていなかったようだ。


カラカン山脈へと飛んでいくはずの赤竜は、そのまま荒野に土煙を立てながら旋回し、こちらへと戻って来ようとしていた。



「もっ……戻ってくるぞぉーっ!!」


「逃げろおおおおおおお!!!」



どういう事だよ!


なんで今日に限ってこっちに興味を示すんだよ!



「やっべぇ!!」


「ずらかるんだよぉ!」



あまりの事態に固まってしまった俺の身体はキントマンに担ぎ上げられ、海の方へと動き始めた。


すでに親父や兄貴も、騎士たちと共に同じ方向へと走っているようだ。



「くそっ! くそっ! くそっ! なんて土地だよここは!」


「なんでこっちに来るんだよ!」


「喋ってると舌を噛みますよぅ!」



キントマンの肩に担がれたまま空を見上げると、クイワイナはごうごうと風音を撒き散らしながら、港の上を旋回しているようだった。



「あいつ、なんでぐるぐる回ってるんだ?」



旋回するクイワイナの真下にはもう誰も残っておらず、ただ放置された酒樽だけが残されているだけだ。



「……もしかして、酒を狙ってるのか?」


「酒ぇ!? 竜が酒を飲むのかよ!?」


「だってどう見ても酒の上をぐるぐる回ってるだろ」



キントマンとそんな話をしながら駆け込んだ船の上には、すでにうちの家族や子供たちが乗り込んでおり……


最後に俺たちが乗った途端、船は港から離れた。



「あっ、降りた! 降りたぞ!」


「あー、やっぱ酒だったかぁ……」



そして荒野にはクイワイナがゆっくりと降り立ち、その前脚で大樽をむんずと掴み、悠然と翼を羽ばたかせて飛び上がった。


まるで溜めを作るようにそのまま同じ高さに留まった赤竜は、なぜか一度海側へと首を回す。


炎のように揺らめく金色の瞳がこちらを睨め付け、俺はなんだかクイワイナに見据えられているような気がして、思わず船の上で一歩後ずさった。


やがてクイワイナは徐々に高度を上げはじめ、行きとは比べ物にならないぐらいにゆったりとした速度で、カラカン山脈へと飛び去っていったのだった。






……はっきり言って、試飲会は大失敗だった。


結局酒もろくに飲ませられず、あまつさえ不可抗力とはいえ、彼らの命を危険に晒してしまったのだ。


これはもう、せっかくハリアットが取り付けてくれたマッキャノ商人の投資話だって、白紙撤回されても仕方のない事かもしれない。


と……そう思っていた。


しかし、竜が去って人心地ついた後、マッキャノの客人や商人たちの口から出た言葉は意外な物だった。



『竜の酒を買い付けたい! フォルクの金で払うぞ!』


『うちは全額先払いでもいい! 竜酒を予約だ!』


『材料はこっち持ちでもいい! 作った分だけ買うぞ!』


『瓶一本でいい! 残っていないか!? 縁起物だ! 持ち帰って息子に飲ませたい!』



なんと彼らは、一心不乱に酒を求め始めたのだ。


それも、竜が来る前の求め方とは全く違う、まるで熱に浮かされたような求め方だった。



「メドゥバル、どうなんだ? これは?」


「箔が付きましたな。竜の求めた酒、という逸話は得ようと思って得られるものではございません。いやはや、フシャ様もよくよく運のお強い方で……」


「いや、運とかじゃなくて……」


「運でございます、それも天運でございます! よい事です。酒を作れば税程度の金に困る事はありませんぞ」


「まぁ……それはいい事か……」



試飲会は失敗に終わったが、酒を作ろうと思った目的である金儲けには大きく近づいたと言っていいのだろう。


とりあえず、形はどうあれ前には進めたわけだ。


あとは実際に金を儲けて、税を払ってしまうだけだ。


と、まぁ……ここで終わっていれば、そういう締め方もできたのかもしれない。


しかし、話はここで終わらなかったのだ。


飛竜は再びやって来た。


それも、俺の塔の上に直接だ。



「すぐ逃げなきゃ駄目ですよぅ!」



イサラが俺の襟首を掴んで引っぱりながらそう言う中、俺は屋上への階段を登ろうとしていた。


試飲会から一月ほどが経ったこの日の昼、クイワイナは突然俺の塔の上へと飛来したのだ。


城中の皆が脱兎のごとく城から逃げ出す中、俺は一人塔の上に向かおうとし、イサラに引き止められていた。



「わざわざ俺の塔にやって来たんだ、俺に用があるんだろう」


「出てったら食べられちゃいますよぅ!」



何が目的なのか知らないが、赤竜はこの塔へと直接やって来た。


ここは今やうちの夫婦がほぼ専有している塔だ、その主として、客人に用向きを聞くのは当然だ。


そして、あの日感じた奴からの視線が、俺の勘違いでないのだとすれば……


クイワイナは、はっきりと俺に用があってここへやって来たという事なのだろう。


もしそうならば、どこへ逃げたって同じだろう。


飛竜に狙われて逃げおおせられる者など、この世のどこにもいないからだ。



「イサラ、お前は誰の騎士だ」


「そりゃあ、フシャ様です……」


「なら、俺を行かせてくれ。大丈夫だ、殺すつもりなら問答無用で城へ火を吐いてるはずだ」


「ですけど、竜ですよ? 行ってどうするんですか?」


「話してみるさ」


「竜に話しかけたって、食べられるだけだと思いますけど……お供仕りますよぅ」



イサラは不承不承といった様子でそう言うと、エメラルド・ソードを抜き放ち肩に担いだ。


そんな彼女へ頷きを返すと、階段の下から誰かが登ってくる足音が聞こえてきた。



「あーっ! 二人ともまだこんなとこにいたのかよ! 早く逃げるぞ!」



上がってきたのはキントマンだった。



「竜に会いに行くぞ、キントマン」


「はぁ!? なんでだよ!」


「ここは俺の塔だ、客人には用向きを聞かんとな」


「客人って……竜だろ!?」



俺は返事をせず、階段を登り始めた。


その後を、イサラが追う。



「待て待て待て! もう置いてけぼりはごめんだ!」



キントマンはそう言いながら小走りで階段を登ってきて、イサラの隣へ並んだ。


別に巻き添えにする気もないのだが、彼との間には「もう置いていかない」という約束もあるしな。


だが俺はなんとなく、自分が死なないような気もしていた。


あの竜の視線に、不思議と危険なものを感じていなかったのだ。



「行くぞ」



屋上の扉を開けると、そこにはクイワイナがとぐろを巻くようにして座り込んでいた。


その巨大な顔は扉のすぐ近くにあり、炎のように揺らめく金色の瞳は、俺の事を真っ直ぐに見据えていた。



「カラカン山脈の守り竜よ! かしこかしこみももうす! 我が塔に如何なる御用があろうか!」



そう語りかけると、クイワイナは首を少しもたげ、俺の眼の前に鼻先を突き付ける。


勢いで身体が押されそうな、熱い鼻息が吹き付けられ、鱗に覆われた鼻先が俺の身体を撫でた。


その間、俺もイサラもキントマンも全く動く事ができなかった。


剣で斬りつけようが、魔法を放とうが、きっとクイワイナには傷一つ付ける事はできないに違いない。


生命としての、圧倒的な格の差がそこにはあった。



「…………」



俺に鼻先を擦りつけていたクイワイナの口が音もなく開くと、牙の間から真っ赤な舌が伸びる。


長く太い舌先は、そのまましばらく俺の近くでチロチロと動いていたかと思うと、顔をひと舐めした後、シュルリと引っ込んだ。


そしてクイワイナはゆっくりと身体を持ち上げ、俺の顔前へ巨大で真っ白な卵の乗った前脚を差し出したのだった。



「……これは?」



竜は俺の前にごとんと卵を転がして、もう一度鼻先を俺の身体に擦りつけた。


石造りの屋上の上に音を立てて落とされたはずの卵には、罅どころか小さな傷一つ見当たらない。


俺の臍ほどまである大きさのこれは、どうやらとんでもなく頑丈な卵であるようだ。



「くれるのか?」



クイワイナは俺の問いに答えるように喉をぐうっと鳴らすと、首を引っ込める。


そして大きく翼を広げ、二度三度羽ばたくと、その巨体がふわっと浮き上がった。


そのままぐんぐんと高度を上げ、くるっと空中で身体の方向を変えたかと思うと、尻尾をたなびかせながら悠然と飛び去っていった。



「……一体、何だったんだ」


「卵を置いていったんですかね?」


「生きた心地がしなかったぜ、おい……」



三人が三人とも屋上にへたり込んだまま、そんな話をしていると……


どこからか、聞き覚えのある笑い声が響いた。



「くっくっくっ……面白いのぉ、ここの小童は面白いのぉ」



機嫌が良さそうにそう笑いながら、虚空から姿を現したのはイスローテップだった。



「あっ! 婆ぁ! 俺達が竜に食われそうになってるって時に、一体どこに隠れてやがった!」


「妾のような美女を捕まえて婆ぁ呼ばわりとは、口がもげるぞキントマン」



彼女は眉根を寄せながらそう言ったが、どうもあまり本気で怒っているようには見えなかった。



「しかしのぉ、獣の次は飛竜の嫁取りか。勃つものも勃たぬうちから実に好き者であるなぁ」


「嫁取り?」


「竜というものは一匹でも増えるが、相手を選んで増える事もある。自らの繁殖能力を示すため、己が卵を相手に渡すのは牝竜の求婚よ」


「……はぁっ!? 俺は人間だぞ!」


「翼を駆る竜ほど魔力の強い生き物になれば、相手の種族なんぞ選ばんよ。鯨と番った竜も、熊と番った竜もいる。人と番う竜もいて当然であろ」



え……!?


でもそれって……どうやって……?



「でもじゃあ、またクイワイナはここに来るって事か?」


「さてなぁ、なんせ相手は竜だ。人の子のように、出会って数分で交尾を始めるような気早ではあるまい。一年後に来るか、十年後に来るか、はたまた百年待たせるか……」


「つまり、いつ来るかは誰にもわからないって事か?」


「いかんなぁ、いかんなぁ、小童はせっかちでいかんなぁ。まぁ、せいぜい楽しみにしているがいい。あちらがその気になれば最後、誰も止める事はできんでな」



言いたい事だけを言って、イスローテップは出てきた時と同じように、空気に解けるように消えていった。


しかし、求婚か。


一体、あの飛竜は俺のどこが気に入ったっていうんだろうか。



「……あちっ!」



床に座り込んだまま、なんとなく卵に手を当ててみると、白い卵は火傷をしそうなぐらいの熱を発していた。



「どうしました?」


「いや、卵が熱くて……あっ!」



そういえば、さっきイスローテップが竜は一匹で増えるとか言ってたよな……


もしかしてこの卵、有精卵って事か!?



「ほんとだ、この卵すんげぇ熱いぞ……」


「これ……もしかして、ほっといたら竜が生まれてくるんじゃないのか? 一体俺にどうしろって言うんだよ……?」



空から降りたカーテンのように立ちふさがるカラカン山脈にそう問いかけたが、答えが返ってくるわけもない。


もうすぐ夏だというのにまだまだ涼しい風が屋上を吹き抜け、冷や汗でじっとりと濡れた身体から体温を奪っていく。


俺は少しだけ身震いをして、とりあえず隣にあった熱い卵に背中を預けたのだった。






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タヌカンの若様がお酒を配るらしい。


この小さな町にそんな噂が駆け巡ったのは、春も半ばを超えた頃の事だった。



「お酒って何?」


「酒ってのはな、そりゃあいいもんらしい。なんでもうちの爺さんは網元に飲ませてもらった事があるって話だぜ」


「美味しいのかな?」


「美味しいらしいぞ。なんでも酒ってのは芋や麦を使って作るらしい、普通に食っても美味いものを使って作るんだから、そりゃあ美味いに違いない」


「父ちゃん、俺いっぱい飲む!」


「酒ってのはそりゃあ貴重なものらしいからな、いっぱいは貰えないかもな」



うちの家は初代ケント様の時代からこの町に暮らす、由緒正しい貧乏人。


噂が流れはじめてからというもの、私も父ちゃんも息子たちも、生まれてから一度も飲んだ事のないお酒の事で頭が一杯だった。



「母ちゃんはどんぐらい飲む?」


「母ちゃんは一杯だけにしとこうかね。あんまり美味しいもの飲むとお腹がびっくりしちゃうから」


「俺達が作ってる畑で育った芋で作ったのかな?」


「マキアノの奴らが持ってきた麦で作ったって話だぞ」


「麦ならそのまんま食べても良かったなぁ」



そんな話を毎日毎日し続けて、ようやく訪れたお酒の日。


一番綺麗な服を着て、家族で訪れた港はとんでもない混雑っぷりだった。


町の人よりも荒野の向こうからやって来たマキアノ族の方が多くて、こんな催しじゃなかったら出歩くのも怖いぐらい。



「いいねあんたたち、父ちゃんと母ちゃんの手を離すんじゃないよ! 攫われてマキアノで売られちゃうんだからね!」


「見て! あれ! 食べ物を配ってる! 芋だって!」


「先にお酒を飲んどかないと一生後悔するぞ。見ろあの樽の大きさを、全員分はないだろ?」



こんなに多くの人が集まるのを見た事がない息子たちははしゃいで仕方がなかったけれど、とにかく引っ張って前に進み、なんとか樽の近くに陣取る事ができた。



「いいかお前たち、お酒を頂いたらなんて言うんだ?」


「ありがとうございます」


「ありがとうございます!」


「ありがとーございます!」


「そうだよ、あんたたち失礼のないようにね!」



藁紐で首から下げた湯呑コップを掲げる子供たちにそう言い含め、ようやく配られ始めたお酒の列に並ぶ。


並んでいる最中はお酒がなくなるんじゃないかとやきもきしたけれど、うちの家族はなんとか無事にコウタスマ様からお酒を頂く事ができた。



「いいか、ちょっとずつ飲むんだぞ。腹がびっくりするからな」


「うえっ! 変な味!」


「なんだこれー!」


「なんか変なにおーい」 


「あんたたち! 滅多な事言うんじゃないよ! 大人の飲み物なんだから、あんたたちにはまだ早いだけだよ」



でも、たしかに息子たちをそう叱りつけながら飲んだお酒は、なんだか変な匂いがするような気がした。


味はコクがあってすっきりとしていて、いくらでも飲めそうな気がしたけど、匂いはあたしもちょっと苦手かもしれない。



「あ、俺駄目だこれ」


「飲まないならあたしがもらったげようか」


「じゃあ母ちゃんにあげちゃう」



父ちゃんのぶんをもらって飲むと、さっきよりもずっと味がわかるようになった気がした。


口の中で花が咲いたような、昔にもらって食べた果物のような、そういう香りが喉の奥でする。


なんだか身体もぽかぽかしてきたような。


お酒がいいものだっていう人の気持ちも、わかる気がするね。



「俺は全部飲んだ!」


「俺も!」


「ねぇねぇ、芋の炊き出し行こうよ」


「わかったわかった、手ぇ離すんじゃないよ!」



お酒を飲んだ後も、家族でふるまいのあったかい芋煮を食べ。


その隣でふるまわれていた、ほっぺが落ちそうなぐらい美味しい、肉の入ったマキアノの料理を食べ。


なんだかんだと楽しい、大満足の一日を過ごしていた、その時だった。



「竜が出たぞーっ!!」



誰かがそう叫んだ。


その途端、私は父ちゃんと一緒に息子たち抱きしめて、地面にしゃがんだ。


昔から、海へ行くクイワイナの目を見ると呪いを貰うと言われている。


子供たちは怖いもの知らずだから、やってはいけないと言われればやってしまうもの。


だから私達は子供たちの目を塞いで、クイワイナが通り過ぎるのを待った。



「行った?」


「行った行った、もう大丈夫だろ」


「竜見たかったー」


「滅多な事をお言いでないよ! 目が合ったら呪いを貰っちまうんだよ!」


「空飛んでるんだから合わないよ」


「こっちを見てきたらどうするんだい」



そんな話をしていると、また誰かが騒いでいるのが聞こえた。


一体今度は何だってんだい?



「逃げろおおおおおおお!!!」



そう叫びながら、漁師の男が走り抜けていった。



「戻ってきたぞー!」



他の人が、空を指さしながらそう叫ぶ。


気になって空を見上げてみると、そこではクイワイナがぐるぐると回っていた。


ああ、なんてこと……


先祖代々この土地に住んできて、あの竜があんな飛び方をするなんて話は聞いた事がないよ。



「あれ……降りてくる気じゃないだろうね!」


「ど、ど、ど、どうしよ! 母ちゃん!」


「逃げなきゃ!」


「どこへ!」


「うちにだよ!」



私と父ちゃんは、二人で息子たちを担いで遮二無二走った。


町の人達やマキアノの人達と並んで、走って走って走り抜けて。


家に転がり込んで、そのままベッドに潜って、皆で抱き合って震えたまま眠った。


だから、クイワイナが酒の大樽を持っていっちゃったなんて話は、次の日になってからようやく聞いたぐらいだった。



「なんでもよ、俺達が飲んだあの酒は、竜酒って呼ばれてるらしいぞ。商人たちはひと瓶に金貨を払っても惜しくないって言ってるらしくて……」


「今日畑でリーズの奴が言ってたんだけど、あいつあの日寝坊したんだって! 寝坊して竜酒飲めなかったんだってさ!」


「今思えば結構美味しかったかも、なんたって竜が飲むぐらいだもんな」


「城の奴らはハリアット様にお菓子をもらったんだって! ずるいよな! お菓子だぞ! お菓子!」



あんな大変な目にあった日からしばらく経ってからも、うちの一家はお酒やクイワイナの話で持ちきりだった。


お酒自体はあんまり美味しいとは感じなかったらしい父ちゃんや息子たちも、いい思い出になったみたい。


あたしもあのお酒が好きだっていうクイワイナの事を、ちょっとだけ身近に感じたりしたもんさ。


でもまさか、この後しばらくして……


城がクイワイナに襲われる事になるなんて、この時は誰も思っていなかったのだった。

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