Turn Me Loose, I'm Dr. Feelgood7

マッキャノ拵えの紺碧剣チヨノヴァグナを一本残し、俺たちはツトムポリタを出発した。


俺の乗ってきた輿は一回り大きい物に変えられ、隣にはハリアットが座る。


そして俺たちの後ろには、様々な荷物を持った花嫁行列が延々と続いた。



『こんなに連れて遊牧地を超えられるのか?』


『大丈夫よ、通る場所全てに親戚がいるから』



ハリアットのその言葉通り、行きですらほとんど不自由しなかった旅は、帰りはまさに国賓待遇となった。


遊牧地では我々のためにわざわざ行く先々に簡易住宅が立てられ、貴重な家畜を毎夜潰しての大宴会。


町へ入ってからはずーっと見物人が追いかけてくるような状況で、まさに国を挙げて祝福されているような感じがしたものだ。


まあ、それはいい、いいのだが……


町には同時に、俺が考えてもいなかった問題が待っていたりもした。



「フシャ様、この度はご結婚おめでとうございます」


「ありがとうメドゥバル、それでこの人たちは……」


「それが、神秘軍の噂が広まったようで、入りたいという者が毎日毎日やって来てしまい、もう途中からはどうにもできませんで……」


「一体何人いるんだ?」


「三百までは名簿も作れましたが、そこから先はやってもやっても追いつかず……」



メドゥバルが泣き言を言いたがるのもわかる。


スバドの町の神秘軍の店の周りに集った人間は、どう数えても五百は超えているように思えた。



「タヌカンでこいつら全員食わすのは無理だぞ」


「今できている販路を維持する人間が必要ですので、ある程度はマッキャノの領域内で吸収できると思いますが……」


「だいたいこんな数の人間を連れて行って問題にならんのか?」


「むしろ長年荒野のままだった悪魔の地の開拓になると、評判を生んでいるぐらいでして……」



そう言われればそうかもしれないが、そうなると、開拓した部分の帰属で揉めそうな気もするな。


タヌカンうちの側も、さすがにあの大軍を見た後ではもう戦う気にもならないかもしれんが……


それに、本国は危急の際に結局援軍を送ってこなかったんだ、本当ならば、城ごとマッキャノへ寝返ったって文句は言えないはずだ。


王都にいる兄のリーベンスと、父はどう対応したのだろうか……


そんな事を考えながら荒野に舞い戻る頃には、季節はすっかり春。


俺も十一歳になっていた。



「嫁取りーっ! 嫁取りーっ! フシャ様がマキアノから嫁を取って戻ったぞー!」



荒野にそんな先触れが走る中、城や町からは見慣れた顔や見知らぬ顔がどんどんやってきて、俺たちの輿を取り囲んだ。



「フシャ様ーっ! 無事のお戻りで!」


「お嫁さん? きれーっ!」


『美しい黒髪だが、あれはどこの氏族の娘だ?』


『どこの田舎者だ貴様は、大首領の娘であるハリアット様も知らんのか!?』



騎士、その養い子、そして町民に混ざって普通にマッキャノ族がいる。


マッキャノの町へ運ぶ塩を取りに来た神秘軍の連中かな?



『驚いた、あんな小さな砦からこんなに人が出てくるのね』


『あれが俺の実家、タヌカン城だよ』


『場所はあるんだから、もっと大きなものを作ればいいのに』



まぁ生まれてから不自由なんかしたことがないだろう彼女からすれば、そう思うかもしれない。


俺も前世の感覚からすれば、あの城は砦だ。


いつかは建て直してもいいかもしれないが、他にやるべきことも山ほどあった。



「フシャ様がマキアノから嫁子を連れ帰っただと?」


「相手はマキアノの姫だというぞ! さすがはフシャ様だよ!」


「たしかにこの世の者とは思えぬ美貌だが……おいノリン、実際のとこどうなんだ?」


「ハリアットサマ、オウサマの六人目のヒメゴサマ」



騎士たちの間に、牢屋へ入れられていたマッキャノの兵士がいた。


あいつ、捕虜から解放されたのにマッキャノに帰らなかったのか?


こんな荒野に残るなんて物好きなやつだな。


群衆の中をよく見回すと、なんともう一人の虜囚と占い師の婆さんまでもが残っている。


もしかしたら、マッキャノの方からその言語力を買われて、通訳として残ってくれと言われたのかもしれないな。



「おっ! ありゃあ懐かしい顔がいやがるぜ! おーい! ワモロー!」


「誰かいた?」


「昔の仲間だよ、ありゃあ遅れてきたんだな。昔から寝坊をする奴だった」



なんだか嬉しそうにそう言うキントマン目掛けて、なんだか複雑な刺繍の入った服を着たその巨漢は、一直線に駆けてきた。



「おいキント! なんで面白そうな戦があったのに俺を呼ばねぇんだよ!」


「きちんと呼んだろうが、手紙を見たからここに来たんだろ?」


「おめぇは俺が字が読めねぇぐらい知ってんだろうが!」


「字ぃ? お前まだ読めなかったのか?」


「バカにしてんのかこの野郎!」


「おーおー落ち着けよ」



馬に乗ったキントマンとほとんど同じ目線の、乱れ髪を三つ編みにしたその男は、馬と一緒に横歩きしながら器用にキントマンの胸ぐらを掴んだ。


傍から見るとでっかい獣二匹がじゃれ合っているようにも見えたが、キントマンの乗った馬だけが、なんだか迷惑そうに大きな鼻息を漏らしていた。



『南蛮の人は背が高いのね』


『いや、あれは特別高いよ。イヌザメよりでっかい人がいるとは思わなかったよ』



そんな話をしている俺たちの輿に、そのでっかい男はまた横歩きをしながら話かけてきた。



「よぉ、あんたがフーシャンクラン様ってのか?」


「ああ、そうだよ」


「次の戦があったらよぉ、この『大木たいぼく』のワモロ様を一番に誘いな! 役に立つぜ!」


「戦なんかそうそうないが、その時はキントマンに手紙以外で誘うように言っておくよ」


「あとよぉ、俺は見ての通り芸術の道に生きる男なんだ。絵付けの仕事なんかがあったら回してくれや」


「え? 芸術? あ、まぁ……わかったよ」


「絶対だぜ!」



どこが見ての通りなのかはわからないが、キントマンの仲間なら今度何か仕事を振ってみようか。


他にも遅れてきたキントマンの仲間はそこそこいたようで、彼は何人かの仲間に囲まれていた。



『殺風景な所だけど、案外賑やかなのね』


『まあ……そうだな』



この賑やかさは、去年まではなかったものだ。


これだけの人がうちの地元に集まってくれるようになったという事は……


後悔しきりの去年からの騒動の中でも、明確に良かったと言い切れる点だった。


後悔の種は尽きないが、為政者側というものは後悔ばかりもしていられないもの。


なし崩しとはいえ、次兄よりも早く自分の家庭を持つ事になってしまったのだ。


しっかりしなければな。


そんな決意を固める俺をよそに、行列は淀みなくずんずんと進み……


俺たちは無事、タヌカン城へと戻ってくる事ができたのだった。






「まずは無事の帰還を心から嬉しく思う」


「本当によかったわ。ムウナはあなたを心配して毎日泣いていたのよ」



城をあげての賑やかな酒宴の後、俺は父と母の寝室へと呼ばれ、改めて親子の抱擁を受けていた。



「心配かけて悪かったよ。一応こっちはいいように転んだけど、タヌカンの方はどうなったの? 王都からは何か言ってきた?」



言い訳と謝罪のための使者ぐらいは来たんだろうか?


そう考えていた俺に、父が告げた言葉は衝撃的なものだった。



「いいか、フーシャンクラン。王国はタヌカンを完全に切り捨てた。軍を送らぬ詫びを入れるどころか、所定の税を収められぬならば、奪爵をするとまで言ってきた」


「奪爵!? ていうか税!? あんな事があったのに、今年の分は待ってもらうとかできないの?」


「税など、この領のどこに払う余裕がある? そもそもこれまでは税どころか、生かしておくための捨扶持を貰っていたぐらいだ」



そうだったのか……


なんとなくそんな気もしていたが、うちの辺境伯というのは本当に名前だけのものだったんだな。


逆にそんな状況で、兄のリーベンスが中央に食い込めたというのが凄い話なのかもしれない。



「もう王国にとってタヌカンは、本当に無用の長物になったというわけだ。この小さな砦は、役割を終えたのだ……」



父はそう言って、力なく笑った。


まあ、これまでタヌカンがマッキャノへの防波堤として生かされてきのだとしたら……


王都の連中は今回の事で、彼らがカラカン山脈を超える事はないと判断したのだろう。



「あ、そうだ……リーベンス兄さんは?」


「リーベンスは王都で官職を持っている。領地の危機にも戻れず、爵位も守れずすまなかったと詫びの手紙が届いたが……仕方のない事だ。あいつは王都に残って正解だった、少なくとも、タヌカンの名と血は残る」



静かにそう話す父の身体は、なんだか俺が荒野を出た時よりも幾分小さくなったようにも見えた。


この冬で一生分の苦労をしたようなものだ、以前はなかった白髪まで出てきているようだ。



「フーシャンクラン、お前も王都へ行くか? マキアノの商人が色々なものを持ち込んでくれて町は賑やかになったが……どだいこの土地は、人が暮らしていくには厳しすぎる土地だ。爵位があろうがなかろうが、捨扶持がなくなればこの城も維持していく事はできんよ」


「父さん。父さんはそれでいいの?」


「俺とて、若い頃はお前のように様々な事をやった。書を紐解き、土を耕し、様々な種を求めては植えた……」



そうか、父が「畑をやりたい」と言い出した十歳の俺に「やれ」と許可をくれた理由は、自分も挑戦してきた事だったからなのか。


彼は深い諦観を宿したその瞳で、しっかりと俺の目を見つめて続けた。



「だが、その全ては上手くいかなかった。何をやっても、この大地は我々を拒絶した。そしてそれは俺だけの挫折ではない、父も、その父も、その父たちも、味わってきたものだ」



父は俺の前に跪き、その身体で俺を力いっぱい抱きしめた。


そうしながら話し続ける声は、なんだか震えているような気がした。



「成功したのは、お前だけだ、フーシャンクラン。まだ小さなお前だけが、この荒野を手懐け、そこから芋を取り出してみせた。きっと、きっと、お前がいるリーベンスの代には、この領地は不毛の呪いから解き放たれ、大きく発展した事だろう……」



俺の肩は、いつしか父の涙で濡れていた。



「この領を……お前たちの代に繋げられなかった事、それだけが俺の罪だ。そしてお前は、その小さな身体で精一杯やった。やったんだ。お前はもうこの荒野に……不毛の大地バッドランドに……縛られる事はないんだ、フーシャンクラン」


「父さん……」



俺は震える父の背中に手を回し、ポンポンと叩いた。


たしかに、タヌカンの状況は良くない。


たしかに、この荒野にこだわる必要なんか、もうないのかもしれない。


たしかに、たしかに、諦める理由も、他で生きていく方法も、あるのかもしれない。


だが……



「……税の支払い期限はいつ?」


「フーシャンクラン……お前、一体何を……」



この荒野バッドランドは、このフーシャンクランおれの故郷なのだ。


そしてタヌカン辺境伯家・・・・はその実家の生業・・だ。


そこには諦める理由と同じぐらい、諦めるべきでない理由もあった。



「やれるよ、多分」



そして何より、此度の旅で広い世界の一端を見てきた俺には、一つの確信があった。


これだけの人数がいて、物が手に入る流通網があり、外敵がおらず、俺の錬金術がある。


全ての条件は揃っているはずだ。


この不毛の荒野を切り開き、税を払い、領民たちを食わせていく、理想の未来。


今のタヌカンでならば、それ掴み取る事ができるという、確信があったのだ。



親父・・……頼む、俺に時間をくれ。三年でいい」


「本気か……?」



父は俺から身体を離し、涙でぐしゃぐしゃの呆けたような顔で俺を見つめた。


俺はその顔の前に、指を三本立てた。



「三年で、この領に辺境伯家が食っていけるだけの自力をつける」


「それまでの間は……どうするつもりだ? 物を買うにも、金がいるのだぞ」


「どうしたらいいか、聞いてみるさ」


「……誰に?」



胡乱げな父の問いに俺は胸を張り、握った手の親指をそこに突き立ててこう答えた。



「俺という器の、中身たちにだよ」



過ぎ去ったはずの危機は、中身を変えてまたやって来た。


だが本質的に人間を拒絶する場所で生きるという事は、そういう事なのだ。


絶地はただ、あるがままにあるだけ。


そして俺たち人間は、その欲深さのままに、望んで危機の中へ身を置くだけだ。


父の涙を母が拭う中、俺は部屋の窓を開けた。


真っ暗闇の中に、ごうごうと風が吹く音だけが聞こえる。


生まれた時から、ずっと聞いてきた音だ。


俺の生まれた、荒野の風音だ。


ぶるりと、身体が震えた。


それが春先の風の冷たさのせいなのか……


あるいは武者震いなのか……


俺にはまだ、わからなかった。






—-------






春の日、フーシャンクラン、マキアノの地より戻る。

黒髪の美姫を得て、数々の宝を持って、神秘の軍を従え戻る。

しかし、タヌカン領未だ危機にあり。

王、税を求むれば、デントラ膝を折り、タヌカンの地を捨てようと申す。

然れどフーシャンクラン、三年の時を所望す。

我が器に懸け、三年のうち、この地を富まさんと申す。

我ら北極真宗、その器の中にあり。

光強ければ、闇また強し。

闇、我らの領分なりて、影として働くもの也。

纂修さんしゅうせしフーシャンクランの真言、選ばれし者へ伝ず。


北極バッドランド伝説サガ 第六集






—-------






この話でTurn Me Loose編は終了となります。

大きな括りとしても、第一部の終わりと見てもいいんじゃないでしょうか。

また週末ぐらいから次の第二部、荒野発展編を書き始めますので。

その間もしお手すきでしたら、2月9日に書籍が出るわらしべ長者と猫と姫を連日バージョンアップ更新しているので読んで頂けると嬉しいです。

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