Turn Me Loose, I'm Dr. Feelgood2

寒さのピークは超えたが、未だ春は遠く思える今日この頃。


我々が二つ三つと町を過ぎるうち、勝手に後ろを付いて来る人間の数は次第に増えていた。


二つ目の町では十人が三十人に、三つ目の町ではそれが五十人に……


そして四つめのこのスバドの町に来るに至っては、百人を超えていた。


今も、俺たちが泊まらせて貰っている首長の家の周りに、その中で宿が取れなかった者たちが好き勝手に座り込んでいる。


これまでは、勝手に付いて来る彼らを半ば無視をするように進んでいたが、ついに町のある地域が終わるとなると、そうもいかないだろう。


ここから先は、遊牧で生計を立てるマッキャノ族の暮らす地域だ。


当然ながら、簡単に金で物を売り買いできる土地ではない。


荷馬を持ち、自前で食料を持ち込める我々と違い、徒歩の彼らが迂闊に踏み込めば、下手をすれば行き倒れる者が出るかもしれなかった。



「どうしたものかなぁ」


「勝手に着いてきたんだ、死ぬのも勝手だろ」



ぼやく俺にキントマンはそう言うが、ただでさえタヌカンとマッキャノの関係は悪いのだ。


この上ほとんど人質に取られたと言ってもいいような状況の俺が、社会に混乱まで齎すというのはいかがなものだろうか。


難事にどう動くかで、男としての価値は決まる……か。


父の言っていた言葉が、頭の片隅に引っかかる。



「いい加減に、きちんと彼らと話そうかな」


「だけどよぉ、きりがねぇぜ」


「キントマン、お前も最初は押しかけだったさ」



そう言うと、彼はなんだかバツが悪そうな顔で黙った。


そして俺はスバドの首長であるワラカラという男に頼み、邸宅のホールを借りて正式に彼らと対面したのだった。



『お前たちは一体何が望みなんだ』



元から少し学んではいたが、多くのマッキャノ族と共に旅をするうち、俺はいつの間にか彼らの言葉がかなりわかるようになっていた。


もちろん、発音は怪しいし、普段遣いしないような言葉は知らないのだが、それでも自分一人で軽い世間話ぐらいはできるぐらいになったのだ。


そんな俺のたどたどしいマッキャノ語の問いに、勝手に後ろをついてきた者の中から前へ歩み出た、肩に鷹を乗せた若者が高らかに答えた。



『恐れながら申し上げます! 我々の望みは、フー様の神秘軍と共にある事です』


『何度も言っているように、そんなものはない。俺は田舎の貧乏貴族の三男坊で、お前たちを養えるような力はないのだ』


『それならばそれでも構わない! 我々は我々の信ずるようにフー様と共にある!』


『ここから先には食料を売っているような店もない、着いて来れば飢えて死ぬぞ』


『それならばそれで仕方のない事。もし我々に付き従うなと言うのであれば、いっそ伝説の紺碧剣チヨノヴァグナにて我らをお斬りください!』



そう力説する彼の後ろをよく見れば、彼らの大半はぼろを着た貧民のようだった。


それも男ばかりではなく、女や子供までもが混ざった百人だ。


もしかして、この集団は元の町で食い詰めていた連中が、仕事を求めて着いてきたってだけなんだろうか……



『お前ら、帰る場所はないのか?』


『ありません』



勝手に俺に夢を見られても困るのだが……


これで本当に彼らを無視して遊牧地を突っ切り、彼らが飢え死にするのを見捨ててしまえば……


今流れている『ラオカン大王の僭称者』という噂の次に流れるのは『町から人を攫って殺す悪魔』といった物になるんじゃないだろうか。



「甲斐性も男の価値か……」


「どうした、フシャ様」


「キントマン、お前は俺に、百人を養えるような器があると思うか?」


「百人なんてとんでもねぇ、あんたがその気なら百万人だって軽いぜ」



百万人ね。


まぁそれなら、百人ぐらいはなんとかなるんだろう。


俺は、昔から努めて楽観的に生きてきた。


やると決めたら、さっさとやるのだ。


損も得も、いつだって動いた後からついてくるものだった。



「キントマン、イサラ、メドゥバル。俺という器の中身たちよ……」



俺が三人の顔を見ながらそう言うと、彼らはすぐに俺の側へとやって来た。



「この百人をこの町で食わせろ。いずれタヌカンに連れ帰り、畑でもやらせよう」


「そういう事ならメドゥバルの仕事だなぁ」


「金勘定は任せる」



二人からそう言われたメドゥバルは、頭をぽりぽりと掻きながら考え込んでいたが……


しばらくして目を開くと「塩を運ばせましょう」と言った。



「塩を? タヌカンからか?」


「フシャ様が畑を開墾された際、水と共に大量にお作りになられたと聞き及んでおります」


「たしかに、塔が塩で埋まりそうなぐらいには作ったが……」


「この辺りは内陸でございます、塩を運び入れれば捌き方は如何様いかようにも」


「路銀はどうする?」



そう聞くと、彼はあっけらかんとした様子でこう答えた。



「借りましょう。ここスバドのワラカラ様でも、それ以前の町の首長でも構いません。必ずどなたかが融資してくださるはずです」


「そうとは思えないが、任せると言ったからな……」


「ええ、お任せください。そうと決まったからには、私はさっそくワラカラ様にお話を……」



言うが早いか、メドゥバルは小走りで行ってしまった。


俺は鷹の男へと向き直り、大きな声で告げた。



『お前たち! 俺の下で何でもする覚悟はあるのか?』


『もちろんだ! 我らはどんな仕事だろうと全身全霊で勤め上げる!』


『では、兵站・・をやれ』



その言葉で、百人の押しかけ神秘軍は塩を運ぶ商人へ姿を変えた。


最初は倉庫のような店舗だけを借りて、そこへ塩を集めて手売りしようかと思っていたのだが……



『水臭いじゃないか荒れ地のフーよ。商売がやりたいのなら、最初から相談してくれ。この家の向かいの町役場を商館として貴様にやろう』


『いや、役場は迷惑になるから、適当な建物を貸してくれればそれで……』


『気を使うな、この家はもう貴様の実家も同然。昨日会わせた娘のアビィにも手伝わせよう、あれでなかなか顔が利く』


『いや、商売の許可を貰えればそれで……』



そんな風に、なぜか積極的に首を突っ込みたがる、スバドの首長ワラカラが様々な手配をし始め……


その娘である十六歳のアビィも、あれこれと世話を焼いてくれた。



『とりあえずあの人達にも泊まる場所が必要でしょ? うちの邸宅の部屋をいくつか開放するから、そこで暮らして。いいのいいの、うちは遠くから来た商人が泊まったりするから空き部屋がいっぱいあるのよ』


『ああ、ありがとう……』


『食事はうちで面倒見るから、服は足りてる? 赤ちゃんもいたからおむつも必要じゃないかしら? 井戸は使っていいからね。便所は二階にもあるから。毛布出しておくから。洗濯は自分でできるわよね。フーの分は私に言ってね。晩御飯は私も手伝うから。嫌いな料理はないかしら』


『あ、ああ……』



早口で喋り続ける彼女に任せていると、あっという間に生活環境が整えられていき、例の百人はこの日から屋根のある場所で眠れるようになった。


なんだかよくわからないが、とんでもない事になってしまったようだ。


そんなこんなで一週間もする頃には、スバドの町の一等地には『秘術軍』という看板を掲げた、大きな店が出来上がっていた。


そして、それとほぼ同時に、どこから話を聞きつけたのか……


これまで通ってきた町の、首長の代理たちが続々とやって来た。


そして勝手に融資の表明をして、俺の前に金を積み始めたのだ。



『ウガーモの町、リーガー様より六十ラオニクスをお持ち致しました。些末でございますが、ご商売の足しに。町には商会のための建物も用意してございます』


『いや、それは受け取れない……』


『ズギの町、コミリナ様よりは八十ラオニクスを。ご笑納下さいませ。コミリナ様は邸宅の一部を商会にお貸しすると申しておられました。いやご心配召されるな、フー様の商館は只今新築中でございまして、それまで仮にという事で……』


『ウガーモの町は私の裁量において三十ラオニクスを追加する! ズギ者はすっこんでおれ!』


『お二人、落ち着いて……』


『田舎者はいけませんなぁ。ホリドの町のコウコウ様よりはきりが良いよう百ラオニクスを。商館はフー様のよいようになされよという事ですので、どこでも好きな建物をお選び頂ければと……』


『フー様、ホリドなどという不得者の町は飛ばした方が良いですぞ、町全体が賊のようなもので……』


『貴様! 言うに事欠いて……』


『お三方! 落ち着いて! 落ち着いて!』



正直言って、何がどうなっているのかはわからない……


だが恐らく俺が思うに、塩という商材が彼らを過剰に刺激してしまったのだろう。


塩というのは、古来より国の専売になる事もある戦略物資だ。


それを扱うという新興商家に、権力者が首輪をつけようとする事を誰が責められようか。


結局俺は各町より、普通の家庭であれば百年は飯を食えるだけの金を融資され……


荒野から遊牧地までもを貫いた巨大な商圏ソルトロードで、様々な物を扱う商売を始める事になったのだった。






—-------






当代ラオカン大王を名乗りし不法者。

無知蒙昧たる、悪逆の輩。


中略


必ず只者にては有るべからず。

彼、必ず我婿にせん。

荒野より出し宝なり。


コミリナ翁ズギ録




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当代ラオカン大王を名乗りし如何わしき者。

人心を惑わす、詐術ペテンの類。


中略


必ず只者にては有るべからず。

彼、必ず我婿にせん。

齢四十にしてつひに跡継を見つけたり。


ホリド雑記 二十二章




—-------




当代ラオカン大王を名乗りし不埒者。

卑しき輩、鬼面獣心の悪鬼。


中略


必ず只者にては有るべからず。

彼、商売をせむとて。

商館をあたへ、金子をあたへ、娘をあたへ。

盤石な陣容也。

彼、必ず我婿にせん。


大ワラカラ記 秘術軍の章




—-------



彼、この地にて君として立つ。

百の流民を従へ、四つの町を纏め、荒野より塩を運ばん。

かの道、のち塩の道ソルトロードと呼びけり。


北極伝説異聞 第五集

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