Turn Me Loose, I'm Dr. Feelgood1
「どうせ行くならば、ゆっくりとマッキャノの領域を見て回りたい」
将軍にそう伝え、荒野を埋め尽くすが如きマッキャノの兵たちには一旦お引取り願い……
俺と直臣たち、それと身の回りの世話をすると言って聞かなかったメイドのリザは、準備を整えてから百名ほどのマッキャノ族たちと共に旅へ出た。
そうして生まれて初めて出た荒野の外は、存外に文明的な場所だった。
マッキャノ族の用意した輿の上に乗り、彼らの兵站部隊が各所に天幕を立てている荒野を突っ切ると、徐々に草木が生え始める。
そしてそれは次第に農耕地、牧草地へ変わり、ついには数えきれないほどの家が立ち並ぶ町になっていく。
「凄い数の家だなぁ」
もちろん前世ではもっと凄い建造物を沢山見てきたものだが、この世界では城と荒野と小さな町しか知らないのだ。
そんな低刺激な暮らしを送ってきた俺にとっては、タヌカン以外の町というものは意外にも新鮮な驚きがあった。
「
「じゃあここがツトムポリタかな?」
「ここはウガーモの町で、首都ではありませんよ。首都はもっともっと遠くです」
俺とリザの乗る輿の隣を馬で歩くメドゥバルがそう言うと、その反対側を行くイサラがなんだか不満げに続けた。
「じゃあきっと二番目に大きな町だよぅ」
「まぁ、小さくはありませんね……」
そんな事を話す俺たちに、マッキャノの付けてくれた世話役の女性が小走りで近づいてきた。
「うん、うんうん……フシャ様、今日はここで宿を取ると申しておりますが」
「わかったよ」
「この町の首長の家に泊まるとの事です」
毛皮の帽子を被った世話役は、メドゥバルの馬と並走しながら甲高い声でなおも話す。
「近くの有力者が集まっているので是非挨拶がしたいと、酒宴を催すようです」
「酒宴! いいじゃないの! タヌカンにゃあ酒がなかったからなぁ」
輿を先導するように前を歩いていたキントマンが、鞍の上で振り返って嬉しそうにそう言った。
「大酒飲みがいるがいいか?」
メドゥバルはまた世話役と話し、周りに聞こえるように大きな声で告げた。
「このウガーモには、巨人でも飲みきれぬほどの酒があるそうですぞ!」
「やったー!」
「たまんねぇなぁ!」
「マッキャノも来てみりゃあいいとこじゃないの!」
現金な傭兵連中はその言葉に盛り上がり、行列は少し早歩きになった。
まぁ、酒と色は大事だからな……
俺はまだ十歳だからどちらもいらないが。
町の中心に城のように聳える首長の邸宅に近づくにつれ、家々の密度が上がっていく。
きっと中心から作り始め、周縁部を作り始める頃に道の広さの基準などが決まったのだろう。
そんな住宅密集地を貫く大通りの片隅に、何やら人集りができているようだった。
「……アン クラン!
なんだか物騒な言葉が聞こえて来るが、危ない奴らが集会でもやっているのだろうか。
厄介事に巻き込まれないよう、俺は輿の中へ引っ込んで簾を下ろした。
ただでさえ、外国人の行列という事で目立っているだろうしな……
そんな外国人たちを迎えてくれた、ウガーモの首長であるリーガーの家で、我々は下にも置かない扱いを受けた。
首長自ら部屋を案内し、この世界では初めて見る大浴場にも付いて来て、男たちみんなで裸の付き合いをした。
その後行われた酒宴においても、リーガー自身が甲斐甲斐しく手ずから肉を切り分けてくれるなど、なんだかこちらが悪く思えてくるようなもてなしっぷりだ。
「リーガーは、荒れ地のフーは嫁は取ったかと聞いています」
「まだ十歳だ、それに結婚は父の決める事」
まあ、せっかくだから誼を通じておこうという下心もあるんだろうが、それぐらいは誰でも考えるような事だろう。
この宴会場にいる人間だけで、タヌカン城の全員よりも数がいるかもしれない……
そんな大宴会を開いてくれた事に、俺はリーガーへ素直に感謝していた。
「フシャ様、この料理は美味しいですよ」
「だめだめ、フシャ様は酒が飲めないんだ。その杯は俺が頂こう」
「フシャ様、彼は油の原料を栽培する農地を持つ大農家だそうです」
左右をイサラとキントマンに挟まれ、右斜前に陣取ったメドゥバルが正面に来る客との通訳をし、その隣にいるマッキャノの世話役女性は楽しそうに酒杯をかぱかぱ開けている。
なかなか賑やかな宴会で、俺に付いてきてくれた者たちも楽しんでいるようだった。
そんな宴もたけなわという頃、十人ほどの屈強な男たちが俺の前にやって来た。
「フシャ様、彼らはフシャ様の
「秘術軍?」
「フシャ様のお名前をフー、シアン、クランと区切って読むとフーの秘術軍という意味になるそうです、恐らくは勘違いされたものかと……」
「もしかして、だから彼らは俺の事をフーと呼ぶのか? そんな物はないと言ってくれ」
メドゥバルが俺の言葉の通りに告げると、彼らはなんだか憤慨したように何かを捲し立てた。
その様子に、傭兵団の者たちが剣呑な様子でぞろぞろと集まってくるが……
男たちはそれを見てなお胸を張り、太い腕を掲げて何事かを高らかに述べた。
「我らを弱卒だと思って隠しているならばその必要はない、我らは勇士であり、入団試験があるならば今からでも受けようと申しております」
「そもそもそんな話がどこから広まったんだ?」
「夕刻に通った大通りで講談師がそのような話をしておりましたので、恐らくそこから間違って広まったのかと……」
「そういえばなんだか、悪いマッキャノを殺すだのなんだのと物騒な話をしている集団がいたが……もしかしてあれは俺の話だったのかな……?」
そんな話をしていると、男たちの中から一人がメドゥバルの方へ顔を近づけ、ぼそぼそと何かを囁く。
「彼は、持参金が必要なのならばはっきり言ってほしいと……」
「ないない、軍ではないし、仕事もない。我々はツトムポリタへ向かっているだけだ」
メドゥバルがその言葉を伝えると、彼らはまだ納得していない様子だったが……首長のリーガーが執り成して彼らを帰らせてくれた。
これは、できればこれからは無理を言ってでも、各地の有力者の家に泊まらせて貰わなければ大変な事になるかもしれないな……
「なんだか、えらい事になってるなぁ……」
「それだけ、彼らがラオカン大王という存在を重要視しているという事でもあります」
しかし、戦時の無我夢中の中とはいえ……
他文化の偉人を僭称してしまった報いがこれなのだとすれば、甘んじて受ける他ないのだろうか。
そんな事を考えながら、城で暮らすのと同じようにリザに身支度をされ、城よりも遥かに上等な寝具で眠る。
そしてすぐに朝はやって来て、出立の時間となった。
「おい、あれって……」
「あいつら、付いて来るつもりかよ……」
「誰か追い払ってこいよぅ」
「……もしかしたら、隣の町まで行くだけかもしれんだろ」
「それ本気で言ってます?」
俺たちの行列の少し後ろからは、なぜか昨日追い返したはずの男たちが、大荷物を背負って着いて来ていたのだった。
—-------
当代ラオカン大王を名乗りし不届き者。
多くの者を惑わす、魔性の類。
荒野のフーなる者、我が見極めんとて、酒宴を催し宅へと誘い込む
若し悪しき者なれば、我が責を以て討たん。
然し、彼の者目付け常ならず。
我が器にては善悪の事図り切れず。
必ず只者にては有るべからず。
彼、必ず我婿にせん。
なれど、そう思ひたるは我だけにあらじ。
翌月よりウガーモの諸氏、競ひて悪魔の地へ進物贈らん。
ウガーモ秘史 第十六巻 リーガーの章
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