The Wanderer3

うちの城には、現在父と母、そして下の兄と妹が住んでいる。


五歳年上の次兄コウタスマは領にある小さな港を取り仕切り、三歳下の妹であるムウナは先日までの俺と同じく安全な城の中での生活を送っていた。


そんなある意味囚われの姫であるムウナは、朝食のテーブルで父のズボンを鼻水で濡らしながらギャン泣きしていた。



「ムウナも行くうううううう!!」



彼女が行くと言っているのは、このたび俺の畑で無事に実ってくれた芋の試食だ。


うちの畑にできた芋は、はっきり言って俺以外には栽培できないであろう、水と肥料と土壌改善剤をジャブジャブつぎ込んで作った大変貴重な芋だ。


そんな輝かしい芋を出資者であるうちの親夫婦に最初に食べてもらおうと打診したところ、末っ子の妹が自分も行きたいと言い出したのだった。



「ムウナ、あなたの分はちゃんと持って帰ってくるから。晩御飯に一緒に食べましょう」


「ムウナもお外で食べるううう!! みんなだけずるいずるいずるい!!」



母エイラの説得も虚しく、綺麗にセットされていたふわふわの黒髪をぐしゃぐしゃに乱しながら、ムウナは父のズボンを離そうとはしなかった。


普段は割りと聞き分けのいい子なのだが、今日はどうしてもついて来たいようだ。


まあ、これまでは出かける場所も特になかったという事もあって、家族揃って城の外に出るなんて事は一度もなかったからな。


自分だけ置いていかれるという事で不安になってしまったのだろう。


そんなムウナの様子を見ていた次兄のコウタスマが、長く垂れた前髪を弄りながらふぅっと小さくため息をついた。



「仕方ねぇな……親父、俺が面倒を見るから今日だけは出してやってくれねぇか」


「……そうか、悪いが頼めるかコウタスマ」


「掘った後は港で炊き出しをやるんだろう、最初からうちの者も畑に呼んで警備をやらせる事にする」



実はうちの畑は思っていた以上に頑張ってくれたようで、秋まで子供たちが食べていく分に関しては心配がないぐらいの芋ができていた。


父には孤児たちと百人を食わせる畑にすると言った手前もある。


俺は町の人へのおすそ分けもかねて、港で芋入りの汁物を作って炊き出しをする事にしたのだった。


そのためにコウ兄には港の人手を借りたいと申し出ていたのだが、結局その人達を一日付き合わせる事になってしまったようだ。



「悪いねコウ兄」


「仕方ねぇよ、滅多にない事だし……港だけじゃなく畑にも人が押しかけているだろうしな」



まあたしかに、領主一家が総出でいる事なんか滅多にないから、普段から割りと暇そうな町の人たちは見物に来るかもしれないな。



「まあ、下もやる気満々だ、頼んだって嫌な顔はしねぇだろうよ」



コウ兄はうっとおしそうな前髪を払い、笑いながらそう言ったのだった。




そんな家族総出でやって来た畑の周りには、コウ兄の言ったようにどこから聞きつけたのか町の人達が集まってきていた。


普段は港を管理している兵たちが畑の周りを守る中、元孤児の子供たちはせっせと芋掘りをやっている。


彼らの手でどんどん掘り出される芋に、妹のムウナは興味津々のようだ。



「わぁーっ! ムウナもやってみたい!」


「ムウナ、服がどろんこになっちゃうわよ」



母が嗜めるが、妹はもう芋に夢中だった。


また泣きつかれては父のズボンがもう一枚犠牲になってしまうだろう。



「母さん、服の汚れは俺がいい洗剤を作るからさ、やらせてあげたら? ここの畑の最初の収穫なんだし」



俺がそう言うと母は父の方を見て、見られた父は不承不承といった様子でこくりと頷いた。



「ムウナ、いいってさ。一緒にやってみようか」


「わーい! ありがとう、ちい兄様!」



俺とムウナは子供たちに混じって小ぶりで形の悪い芋を沢山掘り出し、それをみんなで蒸かして塩をかけて食べたのだった。


孤児たちと城の者が芋を城へと運び込み始めると、父母と妹は城へと戻り、俺と兄と兵たちは炊き出しに使う芋を持って港へと移動し始める。



「この芋で炊き出しをやるぞー! 食べる人は器を持って港に来てくれー!」



俺が見物に来ていた町の人達にそう言うと、彼らはそのままぞろぞろと後ろをついてきた。



「フシャ様、炊き出しなんか港の人に任せとけばいいんじゃないですか?」


「何言ってんだよ、うちの畑の収穫だろ?」


「人の入り乱れる場所は危ないんですよぅ」



なんだかピリピリした様子のイサラは、剣の柄頭を右手で抑えながらそう言う。


彼女は一体何を心配してるんだろうか?


俺は別に誰にも狙われる理由なんかないし、よしんば狙われたところで周りに兵がこんなにいる状況で安心できないならどこにいたって安心できないだろう。



「心配すんなよ、城の近所で炊き出しするだけだろ? 何も起きやしないよ」



と、そう笑っていたのだが……


海に着く頃にはついてくる人の数は最初の倍ほどになっていて、用意した芋では全く足りず、俺たちは急遽城から追加の芋を持ってくる事になったのだった。


まあ、イベント事も何もない土地だ、急に飯が配られだしたら皆とりあえずは並ぶか……


自分の計画の甘さに反省をしながらも、俺たちは大鍋で魚と芋を煮込んで汁を作り、町の人達へと配りまくった。


汁を受け取る人がみんな妙に静かで、やたらとこっちをじっと見てくるのが気になったが……


まぁ民から見れば最近まで城に籠もってた領主の息子の気まぐれの施しだからな、まだまだ人となりを見られている段階という事なんだろう。


多分、俺の横で抜き身の剣を肩に背負っているイサラのせいもあるんだろうけどね……




兎にも角にも、畑は軌道に乗ったのだ。


まだまだ百人を食わせる畑とは言えないが、そこはこれからどんどん規模を広げていけばいい。


芋の収穫の翌日、そう思いながら子供たちとカブを植えるための畑の整備をしていた時の事だ。



「それ以上近づくな!」



畑の外からイサラの声が響く。


驚いてそちらを見ると、イサラの向こうには棒のようなものを持った人々が集まっているようだった。



「なんだろう」


「フシャ様、騎士様方を呼んできましょうか?」


「頼めるか? それとお前たちは城に行っていなさい」



子供たちのまとめ役であるマーサにそう指示を出すと、彼女は頷いてから「フシャ様は?」と聞く。



「俺は話を聞いてみよう」


「危ないですよっ!」



マーサの顔を見ながら城を指差し、イサラの後ろからゆっくりと近づくと……


こちらを見た人たちが棒のようなものを放り出して地面に平伏した。



「どうした?」


「急に近づいてきました」


「あのぅ、フーシャンクラン様……おらたちは……」


「勝手に口を開くな!」



喋ろうとした男を怒鳴りつけるイサラの肩をまぁまぁと叩き、俺はイサラの後ろにしゃがみ込んだ。



「なんだい? 言ってみな」


「へぇ……そのぅ、おらたち……フーシャンクラン様の畑をお手伝いしたくて……」


「手伝い?」



なんだ、よく見てみるとめいめいが持っていた棒のようなものは朽ちかけたボロボロの農具のようだった。


棒のようなものを持っている者はまだましな方で、ざるや布袋、何に使うつもりなんだろうか船板の破片のようなものしか持ってない者もいる。



「お前ら、仕事は?」


「へぇ……漁期の間は漁の手伝いして……船が来たら荷下ろしの手伝いして……」



つまり、定職がないわけだ。


よく見ると、集団の中には春から畑を見物に来ていた暇人たちの顔もあった。


なんだ、あの暇人たちは本当に暇人で、昨日の収穫を見て畑が上手くいきそうだと思ったから手伝いたいと言ってきたというわけか。



「働き手なんか募集していない、今すぐに帰れ」


「そこをなんとか……うちのおっかぁは昨日の炊き出しを食べて、もう死んだっていいなんて言い出して……おら、どうしてももう一度おっかぁにああいうものを食べさせてぇんです……」



職なしたちはひたすら頭を下げるばかりだ。


正直、人手を増やすのは時期尚早なんだが……



「まぁ、しょうがないか……」


「フシャ様?」


「この畑を始める前……父に、百人を食わせると啖呵を切ったんだよ。言ったからには、その言葉の重みを問われる事になる、そうだろう?」



軽率な主人を持ったと、きっとイサラは呆れているのだろう。


だが、ここで縋ってきた人を放り出すぐらいならば、父にまで呆れられてしまう事になる。


だってあの父は、この人たちよりもずっとずっと重いものを、あの双肩にしっかりと背負っているのだ。


その息子の一人である俺が、これぐらいの困難で逃げ出していては親の器を問われるというものだ。


夏になってもまるで熱くならない潮風が砂を巻き上げ、俺の頬をピシャリと打った。


……この日から、俺が食わしていかなければならない人間が、また増えたのだった。






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神の畑に収穫の時がやって来た。

神の子フーシャンクランと、救われし孤児たちの作った畑だ。

畑の周りには救われぬ者たちが列を成し、膝を付き天に祈る。

フーシャンクランによって救われた子供たちは幸いである。

だが、教会すらないこの土地において、自らの心の内以外に、祈りを捧げる場所を見つけられた者たちもまた幸いである。

そして神の子は手ずから掘った芋と魚の汁を、民たちに下げ渡された。

神なき地に、この世の誰も、大主教すらも手にした事のない神の糧が下ろされた。

導なき者たちがその光に縋らずにいられない事に罪はあろうか。

然して、神の子は畑に迷い子を迎え入れられた。

荒野に神ありて光満つる。

レオーラ。


元司祭ビルスの記録

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