Funky Dealer1

今日から第二部に入ります。

毎日更新ではなくなりますが、なるべく頑張りますのでよろしくお願い致します。






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暖かな日差しの中を、乾いた風が吹き抜ける春の荒野。


石とゴミと土塊ばかりのその大地を畑にせんと、大量の人間が開墾に奮闘している中……


俺は新妻であるハリアットに呼ばれて出向いた港の商談用の建物で、三人の見知らぬ男たちと向き合っていた。


傍らにウロクを置きながら椅子に座ってお茶を飲むハリアットに対し、男たちは床に片膝をついたマッキャノ式の礼をしたまま微動だにしない。


俺のお付きのイサラは剣の柄に手をおいたまま、そんな彼らをじっと見つめていた。



『……それで、彼らは誰?』



ハリアットにそう尋ねると、彼女は銀のカップを机へ置いて首を傾げた。



『商人だけれど? フーシャンクラン、あなた金子が必要だと言っていなかったかしら?』


『そりゃあ、必要だけど』



現在この荒野には、二つの問題があった。


一つは人が増えすぎた事。


元々小さい畑と細々とした漁業でギリギリ食っていた領に、大量の人がやって来たのだ。


畑を作って作物が取れるまでの間も人を食わせていく必要があり、その飯を買うために金が必要だった。


そしてもう一つは……



『なんだか、山向こうフォルク王国の大首領にも税を払わなければならないとも言っていたわよね?』


『ああ、秋までにな』



この地を治めるタヌカン辺境伯家の属しているフォルク王国から、マッキャノとの戦争の後にこれまで貰っていた捨扶持が打ち切られ、更に秋までに払えと税金まで要求されている状況なのだった。


はっきり言ってこの二つの問題のせいで、金なんかいくらあっても足りない、タヌカン領の台所は火の車どころか消し炭だ。


マッキャノで神秘軍の交易路の交渉をやっているメドゥバルが帰り次第、金策を始めようとは思っているが……


今はまだ、何も対処できていない状況だった。



『なら、その者たちに金子を用立たせればいいわ』


『用立たせるって……』



つまり、彼らに何かを売って金を用立てろという事なんだろうが……


今はマッキャノから帰ってきたばかりで、ポーション等も在庫切れのままだ。


申し訳ないが、商人には一度空荷で帰ってもらう事になるな……



『……商人たちよ、実は今この地には売り買いできるような商品が何もないのだ。無駄足を踏ませてしまって誠に申し訳ないが……』



俺が商人にそう詫びようとすると、椅子から立ったハリアットに肩を叩かれた。



『……どうした?』


南蛮フォルク流は回りくどいわ』



そう言って彼女が俺の前についと出ると、商人たちは膝をついたまま更に深々と頭を下げた。



『ちょっと金子が必要なの。うちの旦那に投資



いくらこちらが貴族であちらがいち商人といっても、この言い様は無茶苦茶だ。


しかし、そんなハリアットのとてつもなく尊大な物言いに、返ってきたのは意外な言葉だった。



『おひいさまの旦那様のためでしたら、いくらでも』


『ありがたい事にございます』


『金子だけと言わず、必要な物があれば何でも仰ってくださいませ』



なんと、商人たちは異を唱えるどころか、彼女の言葉を全肯定してみせたのだ。


いやいや、そんなわけないだろ。



『ハリアット、無理を言うのはよくない。彼らにも生活があるだろ』


『無理なものですか、十分元は取れるはずよ』


『然様でございます』



ハリアットの言葉にそう返して顔を上げたのは、鼻の上に真一文字の傷が入った男だった。



『フーシャンクラン様、お初にお目にかかります。私はしがない商家をやっている者で、ダラシギと申します。お噂はかねがね……』


『……この地を治めるタヌカン辺境伯家の三男、フーシャンクランである』


『率直に申し上げますが、我々全員、この地におられる同胞の方々のご実家とは、大変懇意にさせて頂いておりまして……無理など少しもしておりません、むしろご恩を返す好機ってなもんで……』



彼は今に揉み手でも始めそうな様子で、たしかに困っているようには見えなかった。



『この人、うちの分家の人なのよ』


『分家?』


『そっちの人はウロクの叔父、端の人は占いおばばロゴスの大甥。逆にここの利権に食い込めないと問題になる人たちだから、気にしなくていいわ』



なんだかわからないが、マッキャノの人たちは随分と親戚が多いんだな……



『じゃあ……頼りにしてもいいのか?』


『いいのよ』


『ぜひぜひ』



とはいえ、彼らにだって商会での立場というものがあるだろう。


できれば何か、お土産を持たせてやりたいところだった。



『条件なんかはあるか? 俺にできる事ならば聞こう』



そう聞くと、ダラシギはなんだか嬉しそうに歯を見せながら『では……』と、グーにして出した右手の人差し指をピンと立てた。



『そう言って頂けるのでしたら、ぜひ町へ商館建設の許可を……』


『建設に関して、うちから金は出せないがいいか?』


『とんでもございません、許可だけ頂ければようございます』



はっきり言ってうちの城下町なんか、寂れきった廃墟みたいなものだ。


あんなところに商館を建てて意味があるのかはわからないが、まぁ逆に言えば商館を建てなきゃ泊まる場所もないわけだしな。



『それとできましたらば、港へ倉庫を作らせて頂きたく……』



もう一本指を立てながら続けて彼はそう言うが、それは兄の領域だ。



『そちらは兄のコウタスマと交渉してくれ、後で取り継ごう』


『忝のうございます』



そして彼は更にもう一本指を立てて、こう続けた。



『それと、なんでもフーシャンクラン様は万病を退ける神薬をお持ちであるとか。もし可能でしたら、その商いの端に加えて頂けましたら……』


『そんな物はない』


『あら? ないの? 神医フーシャンクランって、ツトムポリタでは噂になっていたのに』



ハリアットはなんだかつまらなそうにそう言うが、そんな物があったらこんなに貧乏してないよ。



『神薬はないが、軽い薬やポーションぐらいなら作れる。神秘軍のメドゥバルが戻ったらそちらと話してくれ』


『助かります』


『他にはないか?』


『そうですなぁ。そのぅ……商売とは関係のない話なのですが……』


『別にいいよ』



俺がそう言うと、ダラシギはなんだか言い辛そうに……


というか恥ずかしそうに、うつむき気味に頬を掻きながらすくっと立ち上がった。



『実はですね! 恥ずかしながら……当代のラオカンと名高いフーシャンクラン様に、ぜひ我々に洗礼を頂きたいのです!』


『洗礼?』


『マッキャノでは、子供が生まれたら教会で洗礼をするのよ』


『大人だろ?』



俺がダラシギを指差しながら首を傾げると、彼は赤面したまま両手を広げた。



『ですので、恥ずかしながらと申し上げました!』


『洗礼っていうのはね、その赤ん坊と結びつきの強い人間がやるものなの。この三人は洗礼をやり直してでも、あなたと強い縁を持ちたいってわけ』



え? つまり、彼は俺と強く結びつきたいって言ってるわけか?


年上の髭のオッサンと強く結びつくのって……なんかちょっとやだな……



『この一命をかけて! お願い申す!』


『ラオカンによる洗礼は男の夢であれば!』


『ご無理は承知の上! 何卒御慈悲を!』



そんな俺の躊躇いを感じ取ったのか、ダラシギと一緒に跪いていた男たちも立ち上がり、こちらへ懇願し始めた。


じりじりと近づいてくる男たちに、俺は一歩退いた。


が……その眼の前に、男たちと俺を隔てるように薄緑色に輝く剣が突き出された。


それはイサラの持つ、マッキャノでは紺碧剣チヨノヴァグナとも呼ばれているエメラルド・ソードだった。



『わーっ! 紺碧剣チヨノヴァグナだ!』


『本物だ!』


『来て良かったぁ!』



剣を突きつけられても、当人たちは恐れるどころか大喜びだ。


まぁ、マッキャノ人の紺碧剣好きは凄いしな……



「……こいつら、一体何を騒いでるんですか?」


「童心に帰ってるんだよ……多分」



自分たちに向けられた剣に、子供のようにはしゃぐ彼らを気味悪そうに見ながら、イサラは俺の前に壁となるように位置を取った。



「何だってんだよぅ」


「なんか、俺に洗礼をしてほしいんだってさ」


「あー、あのね。マッキャノの大首領になるような人たちの、おじいさんのおじいさんのおじいさんとかにー、ラオカンによって紺碧剣チヨノヴァグナで洗礼を受けたーって人が結構いるよ」



ハリアットの横で、なんだか面白そうな顔で商人たちを見ていたウロクが、そう補足してくれた。


なるほど、つまり……権威付けって意味もあるわけか。


それならば、まだ理解はできる。



「洗礼をしたら、した相手に便宜を図らないといけないなんて事はないだろうな?」


「なーいない。むしろ季節の変わり目に、おじさん元気してましたかー? ってお土産持って挨拶に行くぐらいだよ」



俺はラオカンじゃないし、剣も多分ちゃんとした紺碧剣チヨノヴァグナじゃないんだが……


別にやって損をするような事でもないなら、まぁいいか。


何より、やらなきゃ納得しそうにないからな……



『しょうがないな……それで、洗礼ってのはどうやるんだ?』


『おお! おお! 洗礼を下さるか!』


『ありがたい!』


『光栄です!』



そう言いながら男たちは上着を脱ぎ捨て、毛むくじゃらの上体を露わにした。



『我々は跪きます故、剣の腹にてその背中を打って頂きたい』



三人がこちらへ背中を見せて床へ跪くと、その隣にハリアットが立ち、厳かに口を開いた。



『このツトムポリタのハリアットが洗礼の儀、見届けるものとする……【げんきにそだてよ】』


『え?』



俺が聞き返したのは、言葉がよく聞こえなかったからじゃない。


耳に入ってきたその言葉が、信じられなかったからだ。



『【げんきにそだてよ】よ。そういえばこれもラオカンが使い始めたのよね、教会の聖句なの』



【げんきにそだてよ】


それは、懐かしい響きの言葉だった。


きっと、俺も親に言われてきたであろう言葉。


そして、俺がもし親になっていたならば、言っていたであろう言葉。


それは二度と聞けないだろうと思っていた、故郷の言葉……


不意打ちで聞かされたそれは、俺が前世で使っていた言葉だった。



『もう一回……もう一回言ってくれないか?』


『【げんきにそだてよ】……ねぇ、あなた、泣いてるの?』


「フシャ様? どうかされましたか?」



なんだよ、ラオカン。


あんた、同郷の人だったのかよ。


急にやってきた郷愁に、いきなりぶん殴られたように涙が止まらなかった。


懐かしい響きが呼んだ郷愁が、自分ひとりじゃなかったんだという安堵感が、二度と戻れないんだという切なさが、俺の胸をいっぱいにしてしまったのだ。



『ちょっと、待ってくれ……』



心配そうにこちらを見つめる皆に掌を向けながら、俺はしゃくり上げそうになる涙を押し止めた。


こんな事、誰に言っても伝わない話だ、説明をしても心配をかけるだけの事なんだ。


頭ではそうわかっていても、なかなか涙は引っ込まず……


俺はもう涙が流れるがまま、震える声で話を続けた。



『……【げんきにそだてよ】か』



ラオカンさん、あんたの子どもたちは、立派に、元気に育ってるよ。


だからその子どもたちに、俺が続けて洗礼するとしたら、きっとこういう言葉になるんだろう。



【おしあわせに】



俺はそう言って、イサラから受け取ったエメラルド・ソードで商人の背中を叩いた。



『今なんて言ったの?』



隣りにいたハリアットにそう聞かれたが、言った所で伝わるわけがない事だ。


それに、たとえ伝わったとしても照れくさいぐらい、月並みな言葉だと自分でもわかっていた。


だから俺は『ないしょ』と誤魔化して天を仰ぎ、涙の止まらぬ目をそっと瞑ったのだった。






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オー ジーア バーセクラ


遠い荒れ地のフーシャンクラン

山の麓のフーシャンクラン

大きな赤子の洗礼に

涙の川から剣を振る

ラオカン残したあやことば

続きを加えて剣を振る

オー ジーア バーセクラ

オー ジーア バーセクラ


作者不明 わらべうた






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バッドランドサガはサブタイトルに話が引きずられるので、毎回決めるのにめちゃくちゃ悩みます。

サブタイトルは曲の名前から頂いてるので、興味のある人は検索して聴いてみてね。

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