Too Late To Die3

岩人ドワーフたちの工房が少しずつ出来上がっていく中。


そこから荒野に一番始めにもたらされたものは、意外にも子供のための娯楽だった。


冬に入って暇を持て余した城の子供たちや妹のムウナを連れ、工房の建設を見物に行った時の事。


ハリアットが入れてくれるお茶を飲み、マッキャノのクッキーを食べていた子供たちの元に、岩人ドワーフの一人が樽に使うための鉄の輪っかを持ってきてくれたのだ。



「これをこうやってな、棒で叩いて転がすんだよ」


「凄い凄い! やらせてやらせて!」


「ムウナもやりたーい!」


「ミィも! ミィも!」



輪っかを短い棒で叩いて転がす。


それはただ、それだけの遊びであったが……


全くと言っていいほど娯楽に縁のなかった子どもたちには、まさに大ウケだった。


みんな工事の見学なんかそっちのけで輪っかを追いかけ、転げ回りながら遊んでいるようだ。



「フシャ様、こっちじゃああんまりこういう遊びはしないのかい?」


「こういう遊びっていうか……ここらには本当に物がなくてな、そもそも遊び道具ってのがなかったんだよ」



領主であるうちの家にこそ子供用の遊び道具はあったが、ここの子供たちは元々孤児だ。


そもそも気楽に遊べるようになったのがつい最近という事もあって、このはしゃぎようになっているのだろう。



「そうなのか……そりゃあちぃと不憫だな」



そう言いながら子供たちを見つめていた岩人ドワーフは、その後追加で二つの鉄輪を持ってきてくれた。


これも元を正せば工房のための資材ではあるが、まぁ子供たちが喜んでいるならばこの程度はいいだろう。


日が暮れるまで輪っかを追い回し続けた子供たちは、家路につく頃にはヘトヘトになりながらも……


岩人ドワーフからもらった三つの鉄輪を、宝物のように抱えていたのだった。






土石流のようにタヌカンへとやってくる問題に対処するうち、俺はすっかり忘れてしまっていたが……


遊びとは、人生にとって非常に大切なものだ。


元々俺が城の外へ早く出たいと思っていたのも、日々の退屈さを紛らわすために、何か楽しい事を見つけたかったからだ。


元孤児の子供たちは冬になっても毎日細々とした仕事をこなしていて、暇そうというわけではないが……


忙しいから、暇が無いから、それがすなわち退屈じゃあないというわけではないのだ。



「ソレ、ナニ?」



飛竜の卵のおかげで、冬でもじんわり温かい塔の研究室。


ハリアットは最近どんどん喋れるようになってきたタドル語で、俺の手の中にある白い粉を指してそう尋ねた。



「これはね、プラスチックの原料だよ」



俺がそう答えると、彼女は『どういう意味?』とマッキャノの言葉で尋ね直した。



『プラスチックっていうのはこれを溶かして作る物の名前だよ。石油から作った素材だ』


『ふぅん、それでそれは何に使うの?』



彼女の手の中にいる不死鳥の雛も興味深そうに粉を覗いているが、これは餌じゃないぞ。


自然環境で朽ちていく生分解性プラスチックではあるが、食べられるような物ではない。



『これは割れにくくて軽いガラスみたいなものでね。これでひとつ子供たちにオモチャでも作ってあげようかと思ってさ』


『あら、あの子たちはこの間鉄輪をもらったばかりじゃない』


『遊び道具なんていくつあってもいいもんだよ。人間楽しく生きる事が一番大事だから』


『それはそう』



俺とハリアットの一番大きな共通点は、退屈が嫌いな事だと思う。


遊びのない人生なんてつまらない。


そんな人生、俺はまっぴらごめんだ。


まぁ、人の中で生きていく以上、責任を背負う必要はあるが……


楽しさと責任は、天秤の左右の皿に乗った荷物のようなもの。


楽しさを愛や野心に置き換えてもいいが、それぞれの重さが釣り合っていないと、人間なかなか上手くは生きられない。


俺も前世では、責任だけを天秤に乗せ続けて壊れていく上司や同僚を見てきたものだ。



『今のタヌカンは先行きが明るいとは思えない土地だけどさ。俺はそれでも子供たちには楽しく大人になって、楽しく年食って、楽しく死んでいってほしいと思うよ』


『ふぅん。まぁ、めそめそ死んでいくよりはいいんじゃないかしら? もちろん、楽しいばかりでは生きていけないのだけれど』



ハリアットはあんまり興味がなさそうな様子でそう言いながら、ぴぃぴぃと鳴く不死鳥の雛を籠に戻し、飛竜の卵の上にかけてあった薬缶を引き上げた。


そのまま右手で茶碗にお茶を注ぎながら、左手で雛の餌皿へと餌のペレットを摘み入れる。


なんとなくその様子をじっと見ていると、彼女はなんだかニヒルな笑みを浮かべ、こちらに向けて薬缶を揺らす。


そうしてなんとなく可愛らしい印象を受ける言葉遣いで「オチャ、ノム?」と尋ねた。



「いただこうかな」


「イタダク、イイヨ」



塔の外から子供たちの笑い声が響く中、俺はミルクと塩の入ったマッキャノ式のお茶を飲みながら、ゆっくりとプラスチックの塊を削って過ごしたのだった。







そして翌日、俺は昨晩出来あがったオモチャを手に、畑の世話が終わった子供たちの前に立っていた。



「フシャ様、それ何?」


「これはな、フライングディスクっていうんだよ」


「おぼんー」


「おぼんだよね」



白く濁った色の、まさに底の浅いおぼん型に削り抜かれたそれは……


回転させながら投げると、浮力を生じて遠くまで飛んでいくというオモチャだった。


子供たちに渡すなら、色んな遊び方ができるシンプルなものがいいだろうし、そもそもそういうものじゃないと俺だって作れない。


まぁこんなもの作らなくても、おぼんを投げて遊べばいいとは思うのだが……


木のおぼんは子供が遊ぶには少々重いし、ぶつかったら痛いしな。


それに、子どもの親たちも食器で遊ぶ事を良くは思わないだろう。



「フシャ様、これどうするの?」


「見てごらん、こうやって飛ばすんだよ」



俺がそう言ってディスクを投げると……


少し歪なそれはブレながらも、きちんと揚力を生み出して遠くへと飛んでいった。



「うわーっ!!」


「すっげー!!」



子供たちはディスクを追いかけて、土煙を上げながら荒野を爆走していく。



「次! 次私が投げたい!」


「取ったもん勝ちー!」


「こらこら、順番だよ、順番」



結局この日は子供たちは、フライングディスクを投げながら土汚れで真っ黒になるまで転げ回り、作った俺としても大満足の一日になった。


なったのだが……


その三日後、子供たちは泣きながらフライングディスクだった・・・ものを持ってやってきた。


子供たちの先頭にいた俺の妹のムウナが「ちい兄様!」とギャン泣きしながら俺に抱きついてくる。


そしてその小さな手には、小さくて黒い消し炭のようなものが握られていたのだった。



「おかっ、おかーさんがねっ! パイを焼こうとしたらっ! 燃えちゃったって!」


「えっ、母さんはあれでパイを焼こうとしたのか?」



まぁそうか、プラスチック製品なんて見た事ないしな……


燃えるとは思わなかったんだろう。



「フシャ様! ムウナ様悪くないよ! 俺達がムウナ様に預かっててって言ったんだよ!」


「そうだよ!」


「怒らないで!」



子供たちにそう言われるが、もちろん怒るつもりなんてない。


本当はムウナの管理不行き届きに怒りたい気持ちだってあるだろうに、優しい子たちだな。


そんな事を考えながら、俺の服を涙と鼻水でびしょびしょにしてくれているムウナの頭を、なだめるようにゆっくりと撫でた。



「大丈夫大丈夫、また作るから気にしないで。母さんにはパイ皿には使えないって事も言っとくから」


「……ほんとぉ?」


「ついでに今度は三つぐらい作っておくよ」


「ほんと? やったぁ!」



泣いていた妹は俺の言葉で俄然元気になり、消し炭をこちらに手渡して皆と一緒に外へと遊びに出ていった。


それにしても、ムウナも元孤児の子供たちにずいぶん良くしてもらっているみたいだな。


やっぱり毎日一緒に遊んでいたから、ああやって仲良くなれたんだろう。


それならば兄としては遊び道具ぐらい、いくらでも与えてあげたいな。


とはいえ、せっかく引っ張ってきた技術者集団がいるんだからと、作業自体は岩人ドワーフに下請けに出し、フライングディスクの制作を任せていたのだが……







そんな彼らが数名で連れ立って俺の研究室へとやって来たのは、それから一週間ほど後の事だった。



「フシャ様よう、実はこの赤ひげのバラがこういうものを作ったんだが」



そう言ってコダラが俺に手渡したものは、まるで割れ物のように布に包まれたプラスチックの酒杯だ。



「これは凄いな。さすがだ……」



酒杯の表面に爪を立てて滑らせてみてもどこにも引っかかりがない。


それはまるで前世の工業製品かと見まごうほどに滑らかで、とても削り出しとは思えなかった。


思えばプラスチックの食器という物のにも、前世ではよくお世話になったものだ。


というか、なければ生活が成り立たなかったぐらいに重要なものだった。


この酒杯を作ったという赤ひげの岩人ドワーフは、なんだか気さくな感じで俺の腕をポンポンと叩いた。



「フシャ様、この材料もうちっと融通してくれんか? こりゃあ良く水を弾くし、柔っこいのに強くて軽い、屋根材に使ってみたいんだよ」


「屋根? あー、プラスチックは日光に弱いんだよ」


「日光にぃ?」



驚いた顔をする赤ひげを押しのけて、今度は鼻のデカい岩人ドワーフが前に出てくる。



「フシャ様よう、俺ぁこの素材で船を作ってみたいんよ。日光に強いように作り変えられんかな?」


「待て待て、船より容器だ! こんだけ水に強ければ酒が逃げん酒樽を作れるかもしれんだろうが!」


「そうじゃ! 落としても割れん瓶を作ればどれだけの酒を救えるか!」


「…………」



研究室の中で、喧々諤々とした議論を始めた彼らを見つめながら……


俺は自分の頭の中にある前世のプラスチック製品を、どういった形で彼らに伝えればいいのかという事について、頭を悩ませていたのだった。

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