The Wanderer

プロローグを読み飛ばした人向け。

スキル選択制の異世界転生をした主人公は錬金術のマスタリースキルを選び、

死ぬほど残ってた残りのポイントを神様にカリスマに全部振られて、かつそれを知りません。





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悪い土地バッドランドに、俺は生まれた。


死んだと思ったら、次の瞬間・・・・いきなり生まれ直していた。


生前よく読んでいた小説に出てくるような状況、いわゆる一つの異世界転生ってやつだ。



「相変わらずカラッカラに乾いてんなぁ……」



今生の実家であるタヌカン辺境伯家の住むタヌカン領、そこにあるから名前もそのままのタヌカン城。


その城の塔の上から見える大地は、見渡す限り全てが荒れ果て、土煙を伴った風に吹かれた枯れ草玉だけがコロコロと転がっているような有様だった。


ビルや鉄道網どころじゃなく、文明の痕跡そのものがない、正真正銘のどうしようもない未開の地だ。


だが、俺はこの土地がそう嫌いなわけではなかった。


寒いは寒いが、冬に海が凍るほど寒いわけじゃないし、荒れているといっても、産業廃棄物や汚泥が積み重なっているわけでもない。


あくまでも自然のままにありのまま、いっそ美しいぐらいに、この荒涼とした土地は人間を拒絶しているのだった。



「フシャ様、今日は何かいーもの見えますかぁ?」


「なぁんにも」



首だけで振り返ってそう答えると、親が俺に付けてくれた女騎士のイサラは金の巻き髪の先にある枝毛を弄びながら、「そーですか」とつまらなそうに呟いた。


そんな彼女の指元に小さな光が纏わりついたかと思うと、子供が笑ったような声がすると同時に枝毛がぷつりと切れて燃えた。



「そんな事に契約妖精の力を使うなよ」


「ナイフで切るのも妖精で切るのも一緒ですよぅ」



そんなやり取りを見ていた世話役のグル爺は手元の手帳に何かを書き付けながら、ガラガラに割れた声でくっくっと笑った。



「それにしても、フシャ様も明日にはご自身で外へと出られるというのに、よく飽きもせず眺めていられるものだ」


「飽きたって他に見るもんもないしなぁ。書庫の本も全部読んじゃったし」



俺は十年前、この世界にタヌカン辺境伯家の三男、フーシャンクランとして生まれてきた。


髪と目こそ前世と同じ黒髪黒目だが、顔つきはばっちりこっちの顔だ。


三男といえば上に家を継ぐ長男とそのスペアの次男がいる都合上、貴族とはいえ結構ぞんざいに育てられるものらしいが……


なぜか俺は城中の人間から蝶よ花よといった感じに甘やかされ、世話を焼かれ、城から外へも出さない過保護っぷりで大切に大切に育てられた。


比較的年が近かった、という一点だけで王都の剣術大会で優勝したという有望株であるイサラを従者として付けられ、本が読みたいと言えば躊躇いなく書庫の鍵を預けられた。


極めつけには、本を読んでなんとなく・・・・・錬金術ができそうな気がするという話をしただけで、やってみなさいと城の塔の一角を研究室として与えられてしまった。


これまで封建主義の社会に生きたことはないが……いくら支配者層の息子とはいえ、この厚遇っぷりが普通でない事はなんとなくわかる。


きっと俺がこうしてちょっと奇妙なぐらいに大切にされるのも、ひとえにうちの父上殿の徳治によって城内が纏まっている事、そしてその父が俺へと期待をかけてくれているお陰だろう。


実際その教育の成果として、俺がまだ会った事のないうちの長兄は、王都ででかい派閥に潜り込んでバリバリ政治に携わっているらしい。



「グル爺、明日は晴れるかな?」


「明日も明後日も明明後日も、カラカン山脈が雨雲を通さない限りはずっと晴れですとも」



グル爺が節くれだった指で差したのは城の南にある高く険しい山脈だ。


天から下ろされたカーテンのようなそれは南方からの温かく湿った空気を遮断し、こちら側の大地をカラカラに干からびさせ、城の西にある真っ黒な深い海から吹きつける風は塩を含み、建造物を朽ちさせ、作物の成長を妨げていた。


そんな乾燥と塩害のダブルパンチのせいで、山と海の他にあるのは地平線まで見渡す限りの荒れ果てた原野、そして風化してボロボロの枯れた峡谷だけだ。


水も土も悪く、何より周りに住む異民族達やどこからか飛来する魔物によって常に脅威に晒されている、フォルク王国の北の一番はじにコブのように飛び出したそんな土地。


そこが俺の生まれたタヌカン辺境伯家の縄張りだ。


俺は明日、その土地を生まれて初めて自分の足で歩いて見に行くのだ。



「フシャ様、あまり風を浴びてはお体に障りますぞ」


「わかってるよ、明日は外に行くんだからな」


「そこに段差がありますよ」


「わかってるよ」



過保護なイサラに手を取られて自分専用の踏み台から降りた俺は、彼女とグル爺に左右から挟まれるようにして塔の屋上出入り口へと歩き始めたのだった。






翌日、きっちりと鎧を着込んで剣を腰に吊ったイサラに手を引かれた俺の前や後ろには、城の正門を通るのも不便なぐらいに大量の護衛がぞろぞろと随伴していた。



「大げさじゃあないか? ちょっと城の周りを見にいくだけだし、護衛は何十人もいらないだろ」


「敵対部族に襲われたらどーすんですか」


「敵襲が来たって逃げ切れないようなとこまで行かないよ」



眉目秀麗、才色兼備、人を食ったような性格と超苛烈な剣で辺境最強の剣士の名をほしいままにしているイサラの欠点は、俺に対してどうにも過保護すぎることだった。


せっかく十歳になって父から外出許可が貰えたというのに、これじゃあ城にいるのと変わらんぞ。



「そこに段差がありますよ」



イサラの指差した先には小指の先ほどの石畳のくぼみがあった。


俺はその段差・・を一足に踏み越えながら、小さくため息を吐いた。



「五歳児じゃないんだ、手は繋がなくていい」


「迷子になっちゃいますよぅ」


「なるわけないだろ」



ようやく城から城下町へと出られたというのに、俺の背丈ではひしめき合う護衛達のせいで何も見えない。


俺が普通の幼子なら、城の外の世界には中年男性の背中しかないと勘違いするかもしれない状況だった。


とにかく城下町の様子だけでも見なきゃあ外に出てきた甲斐がない。


俺は前を歩いていたのっぽの騎士の尻を叩いた。



「なんでしょう?」


「おんぶしてくれない? 何も見えなくてさ」


「かしこまりました」



くるりと巻いたひげがチャーミングな騎士がしゃがむと、俺はその広い背中に飛び乗った。


ゆっくりと視界が上がると、護衛達の頭の向こうに少しだけ城下町が見える。


こんなにも自分を大切に育ててくれている、人徳溢れた親の治める領地だ。


研究室がある塔の上から見える範囲は荒れ地と海と山だけだったが、城下町は多分そこそこ人のいる港町なのだろうと、そう思っていた。


だから俺は、それを最初見間違いかと思った。



「肩車にして」


「かしこまりました」



さきほどよりも高い視線でもう一度見たが、それはさっきと何一つ変わらなかった。


砂埃にまみれた石造りの街は、いっそ笑ってしまいたくなるぐらいに寂れきっていたのだ。


城の真ん前の大通りだというのに人通りは少なく、小汚い服を纏った男達がところどころに座り込んでいるだけ。


建物はそこそこあるのに、笑い声のひとつも聞こえてこず、食べ物の屋台どころか、煮炊きの煙すらあまり見えない。


そんな街に住む人間たちはみんな一様に痩せて、つまらなそうな顔をして、背中を丸めていた。


どうも本屋や劇場みたいなものはなさそうな町だった。



「パンが足りてないのか?」


「あんまり足りてないんじゃないですかね。ここらへんじゃあ作物が穫れる土地ってのは貴重なんですよ」


「俺たちが食べているパンは?」


「城の麦は他の街から買ってるんですよぅ」



まあ、こんな荒野でまともな農業ができるわけもないか。


それにしたって想像の上をいく寂れっぷりに、俺は正直唖然としていた。



「庶民達は普段何を食べてるの?」


「魚とか、どこに植えても育つような野菜ですかね」



そんな事を話しながら、あまり広くないメインストリートを歩いていく。


うちの城ができた当時に計画されて作られたらしいメインストリート沿いの建物以外は、拾ってきた石を泥で組んで作ったような建造物ばかりだ。


どうにも木が貴重なようで、とにかく全てが石で作られた町だった。



「山から木を切ってきたりはしてないのか?」


「切ってはきてるんでしょうけど、町からはちょっと距離がありますし、ほとんど船に使ってるんじゃないですかねぇ。まずは漁をしなきゃ食べていけないでしょうから」



そう言いながら、イサラは急に剣を抜き放った。



「どうした?」


「いやぁ、ちょっとねぇ……」



イサラが後ろを向くのに合わせて俺も振り返ると、後ろを守る騎士たちの向こうに、町の人たちがぞろぞろとついて来ているのが見えた。


皆で剣を抜いて脅して散らせるのかと思ったら、そうではなかった。



「ちょっと耳を塞いでてくださいよぅ」


「うん」



俺が耳を塞ぐとイサラは小声で何事かを呟き、彼女の髪の中に隠れていた妖精が飛び出してきて剣の周りをくるくると回る。


剣は燐光のようなものと風を放ち、小刻みに振動しているようだった。



『それ以上近づかないように、騎士に触れれば斬り捨てる』



どうやら剣を抜いたのは、音声を増幅するためだったようだ。


町の人たちも必要以上に騎士に近づくつもりはないようで、イサラの注意が入ってからは少し遠巻きにしてこちらを見ていた。



「物珍しかったのかな?」


「まあ、これだけの数の騎士はめったに町へ出ませんから」



それなら、やはりもう少し少人数で出てきた方がよかったんじゃないだろうか……


そんな事を考えながら周りを見ていると、ふと路地の方に目が行った。



「止まって」


「あ、はい」



路地の中の薄っすら日の当たる場所に、何かが蠢くのが見えたのだ。


目を凝らしてよく見てみると、それは俺と同い年かそれよりも幼いぐらいの子どもたちだった。


彼らは雑草で無理矢理編んだような筵に包まるようにして、寄り集まって震えていた。



「フシャ様、どうかしました?」


「あれは?」


「はぁ、おそらく孤児みなしごですね」


「親は?」


「死んだか捨てたかじゃないですかね」


「誰かが孤児かれらの面倒を見たりはしないのか?」



俺がそう聞くと、イサラは肩車されている俺に顔を近づけ、「しません」ときっぱり答えた。



「フシャ様はよく本読んでますけど、流刑地ってわかりますか?」


「ああ」


「この辺境伯領ってのは、そういう場所ですよ。他にいられなくなった人が流れてきて、苦しんで死ぬ、それだけの土地です。子供を助ける余裕なんか誰にもないんですよぅ」



イサラはタレ目の奥の瞳でまるで値踏みでもするかのように俺を見つめながら、何でもない事のようにそう言った。



「そうか、でも子供の面倒を見る大人がいないのは問題だな」



子供を大事にしない社会の先行きは暗い、とはいえ自分自身が生きるのに必死な状況では、他人に手を差し伸べていられないというのもわかる。


前世の俺ならばそう納得して諦めて終わりだったかもしれないが、今世の俺はバリバリの為政者側で、錬金術なんて力だってあるのだ。


せっかく十歳になって行動範囲も増えたわけだし……実家のため、自分のため、そしてあの子供達のために、できる範囲で何かしてみるのもいいかもしれない。


子供たちを眺めながらそんな事を考えていると、なんとも言えない笑みを浮かべたイサラがもっと顔を近づけてきて、とんでもない事を言いだした。



「まあでも、今はこんな状況ですけど……フシャ様の治世ならわかんないですよねぇ。案外ああいうのもなんとかしちゃうんじゃないですか?」


「俺の治世ってのは何だ、それを言うなら兄貴の治世だろ」



俺は笑いながら危ない事を口にしたイサラの鼻先を小さな掌の背でピシャンと叩いた。


主の危機かと彼女の髪から飛び出してきた妖精が、鼻を擦る彼女を見てキャハハと笑う。


こいつは俺の直属の部下だからな、危ない言動を許すと俺まで疑われる恐れがある。


まだ子供の身とはいえ、こういう態度は常にはっきりと表明しておく必要があった。



「でも上の兄貴なら、こういう問題も根っこから変えてくれるかもしれないな」



この領の跡取りである上の兄貴とは、俺はまだ会った事がない。


だが、有能でやり手であるという事はよく聞いていた。


話によると、王都で学生時代に第二王子と断金の契りを交わした長兄は今もその右腕だか左腕だかとしてバリバリに活躍しているそうだ。


王都での長兄の頑張りのお陰で、この領に来てくれる商人の船も増えたとグル爺が言っていた。


そんな長兄ならば、きっと将来この土地をより良く治め、まず間違いなく孤児たちの事だって救ってくれるに違いないだろう。


だが、それはそれとして……今現在孤児たちを庇護する者が誰もいないのはまた別の問題だった。


子供たちが飢えや乾きに苦しんでいるのは正直見ていられないし、今の俺程度の力でも、頑張って畑を作れば子供の飯の問題ぐらいはなんとかできるはずだ。



「ちょうど書庫の本も読み切っちゃったとこだしな」



何より俺は退屈だったのだ。


色々ともっともらしい理由をつける事はできるが、それが一番大きな理由だったかもしれない。


また明日からも塔の上から荒野を眺めて暮らすぐらいなら、働いた方がずっといい。


なんなら、畑で金を稼いでよそから本を買ったり、吟遊詩人を呼んできたりといった事もできるかもしれない。


俺は前世から、努めてシンプルに生きてきた。


問題があって、自分にやれそうな事があるならば、何だってすぐにやってきた。


損も得も、いつだって動いた後からついてくるものだった。







「父さん、城の周りで畑をやってもいい?」



初めての外出から帰ってきた俺は、執務室にいた父に対して単刀直入にそう言った。


筋骨隆々の体を小さな机に押し込めるようにして仕事をしていた父デントラは、いかめしい顔をちらりとこちらへ向けて「育たんぞ」と答えた。


たしかに畑っていうのは土と水が大切で、ここらへんの土や水はそりゃあ酷くてまともに作物は育たないだろう。


だが、そこは俺が錬金術でなんとでもできる分野なのだった。



「錬金術で水と肥料を作る。人手は孤児を使うからいらないよ」


「そうか、じゃあ警備がいるな」



父は俺の錬金術の腕には一切疑いを持つ事なく、すぐに一歩踏み込んでそう言った。



「え? なんで?」


「食えるものがあれば生き物は寄って来る。それは異民族だろうと貧民だろうと変わらんよ、獣だろうとな」



そう言われると、たしかに町の人々のあの飢えようでは、畑を作ってもちょっと芽が生えた時点で根こそぎ持っていかれそうな気がしてきた。



「フーシャンクラン、この城に食べ物を狙って入る盗人が毎年何人いると思う」


「え? 毎年? ……二人ぐらいかな?」



答えを聞いた父はため息をつきながらペンを置き、きしむ椅子を引いて立ち上がる。


そして見上げるような背丈の彼は、床を軋ませながらこちらへとやって来た。



「去年は五十人だ」


「五十!?」



彼は俺の前に来るとしゃがみ込み、しっかりと目を合わせて続けた。



「フーシャンクラン、町を見たか?」


「見た、寂れてた」


「この土地は辺境伯領とは名ばかりの、フォルク王国から飛び出た砦だ」


「砦?」


「そうだ、異民族を堰き止めるためだけに、大山脈の壁の外に置かれただけの砦だ。最初から民を食わせていく事など考えられていない。町にいるのも、他のどこにもいられなくなって流れついてきたあぶれ者ばかりだ」



だから、救う必要などないのだなどと、そんな事を言う父ではない。


つまりこれは、覚悟を問われているのだろう。


これまで良くない状態とはいえ、きちんと保たれてきたバランスを、俺が崩すという覚悟をだ。



「お前がそんな状態の民の前に美味そうな餌をぶら下げれば、今年の盗人の首は百を超えるやもしれん。それでも、やるか?」



父は大きな掌を俺の肩に置き、そう尋ねた。


俺はゆっくりと頷いて、答えた。



「やるよ。なんなら孤児と一緒に、もう百人を食わせるぐらいの畑にする」


「ならば、やれ」



父は微笑を浮かべてそう言った。


そのまま俺の腰を抱え上げ、執務室の窓際へと歩み寄ると、そこから見える城門近くの場所を指差した。



「畑はあそこへ。夜は兵を何人かつける、昼の間はイサラだけでも十分だろう」


「ありがとう! 父さん!」


「フーシャンクラン、お前ももう十歳になった。色々と試してみるのもいいだろうが、自分が強い力を持っているという事をきちんと理解して、慎重にやりなさい」



父はそう言って大きな掌で俺の頭を撫でて床へと降ろし、また仕事へと戻っていった。


きっと彼が言いたいのは、錬金術であまりやりすぎるなよ、という事なのだろう。


錬金術というのは科学のようでいて、実はなかなかセンスの必要な芸術的な学問だ。


騎士団のために軟膏作りをしていた時、イサラや他の騎士に手伝わせてみた事もあるが……


どれだけ詳しく解説して実演して、同じ手順でやらせてみても全く上手くいかなかったのだ。


つまり父が言いたいのは、俺が錬金術で頑張って全てを解決してしまうと、俺がいなければ立ち行かない半端な計画になってしまうぞという事なのだろう。





と、そう思っていたのだが……現実はもっとシンプルだった。


その日の夜更け、俺の寝室に「ご報告があります」とグル爺がやって来たのだ。


そして、俺付きのメイドであるリザに髪を梳かされながら聞いたその報告は、とんでもない内容だった。



「え? 騎士のみんなが町の孤児たちを養子にしちゃったって?」


「左様でございます。寄る辺なき幼子を庇護せず、我が身だけを大事に暮らしていた事を男として恥じると、皆そう言っておりました。畑には城から通わせるので宿舎は不要です」



グル爺がなんだか満足気にそう言うのを、俺は肩を落として聞いていた。


つまり、これはあれだ。


うちの家に仕える騎士があれだけ周りにいる中で、これ見よがしに「問題だ」なんて言ってしまった事で……俺は彼らに忖度そんたくをさせてしまったのだ。


貴族なんて言っても三男だ、自分の言葉なんて羽のように軽いと思っていた。


だがそれがこうだ、俺は身勝手な発言で彼らの人生計画を曲げさせてしまったのだ。


これじゃあとんだパワハラ野郎じゃないか。


父の言っていた「強い力」というのはこの事だったのだ。


辺境伯家の三男としての自覚を持てという話だったのだ。



「畑、さっさと作らなきゃな……」



後悔先に立たずだ、もう今の俺にできるのは、せめて彼らの負担を軽くする事だけ。


翌日から、俺は塔の研究室をフル回転して肥料と水を作り始めたのだった。






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荒野に天使が遣わされた。

城より歩み出て、騎士に跨って町へとやって来た。

顔つきは可憐で、尋常の人の身でない事が一目でわかった。

鈴を鳴らしたような美しい声に誘われて、家々から人が出てきた。

町中の者が騎士たちの後をついて歩き、大きな列となった。

天使様がそのまま海へと入ろうものならば、十中十、皆その後を追っていただろう。

途中、我らの事をお見になった天使様は仄かに光られ、従者の声を大きくする奇跡を行われた。

寄らば斬ると言われても、戻るものは一人もおらず。

天使様は町を見、天を見、海を見、地を見て城へと帰られた。

老人に拝み入る者あり、若人に感じ入る者あり、悪人に改心する者あり。

翌朝常なきほどに海静まりて漁捗る、神の御使いの証左である。


網元の日誌

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