Emerald Sword8
大人たちが砦を打ち破るために動き出したといえど、俺のやる事、できる事は前と変わらなかった。
材料のある限り薬を作り、マッキャノ族の言葉を覚える、それだけだ。
父に城を守れと言われたからと言って、俺はまだまだ槍働きも指揮もできない年だ。
つまり父が亡くなったという最悪の時に備えて、配下たちへ城を捨てる命令を下すという役割を持たせられ、安全地帯での居残りという仕事を貰ったわけだ。
そしてそんな仕事を全うしていた中、錬金術の材料を整理していた俺の目に、一つのうす汚い袋が留まった。
「ああ、そういえばこれって結局何なんだっけ?」
袋の口を開けると、中に入っていたのは黒く変色した金属の粒だ。
これはたしか山へ来ていたマッキャノ族の隊長格が持っていた物だったか。
城に持ち帰って調べようと思っていたが、後回しにしてすっかり忘れてしまっていたものだ。
「マッキャノの事はマッキャノに聞くか」
せっかく言葉も勉強したのだからな……
そう考えながら、俺は小袋を持って捕虜のいる牢屋を訪れたのだった。
「フシャ、サマ」
「フシャサマ」
「フシャ ヘパリン ドンゲ」
牢の奥から顔を出した占い師のロゴス婆さんに続いて、すっかりこちらの名前を覚えてくれたらしい男の捕虜二人もやって来たので、俺は三人の前に小袋を差し出した。
「ユア ロウーア デェア?」
袋の中身は何? というような意味の事を聞くと、三人はそれぞれ金属の粒を指でつまみ上げてしげしげと眺めた。
「バイカロン?」
「バイカロン ヘサ バイカロン」
どうやら、これはマッキャノ族なら普通に知っているような物らしい。
やはり彼らに聞きに来て正解だったな。
「バイカロン デェア?」
聞くと、ロゴス婆さんが両手を揃えた腕を振り上げて下ろす動作をした。
これは武器を振るうってジェスチャーなんだろうか。
「バイカロン、ユッカ ジュダ ヴァグナ メイクル」
えーっと、ユッカが作るだから……ジュダ ヴァグナってのがなんか武器なのかな?
「ジュダ ヴァグナ?」
そう尋ねながら側にいたイサラの剣を指差すと、彼らは首を振って「ヴァグナ」と答えた。
「ジュダ、デェア?」
そう聞いてはみたが……
どうやらジュダという言葉は抽象的な言葉のようで、俺程度のマッキャノ語への理解では結局何なのかは読み取る事ができなかった。
……だが、俺にはこういう風にどうしてもわからない事ができた時、幸いにも教えを請える相手が一人いる。
俺は小汚い袋を携えて、塔の一室を勝手に占領している
「……ほう、これはまた、小童には似つかわしくもない古風な物を持ってきたな」
差し出された黒い石を一目見て、彼女は犬歯を剥き出しにして楽しそうに笑う。
どうやら、先生はこれの正体を知っているようだった。
「これって古い物なの?」
「物というよりは、それに纏わる伝承がだがな……それは
「ええっ!? じゃあ貴重な物なんだ!?」
「まあ滅多に出てくる物ではないが、逆に今では使い道もない。それを使って
そう言って、彼女はくっくっと喉を鳴らして笑った。
「まぁしかし、いつか自分も
ならば、あの時山であった戦士はそうだったのだろうか。
伝説の剣に繋がる金属だから、後生大事に持ち歩いていたのだとしたら、少しだけその気持がわかる気がした。
「まあ世の名だたる鍛冶屋が挑戦して皆破れた今となっては、一種の詐欺に使われるような代物だ。普通に鉄に混ぜて剣を作っても、くすんだ脆い剣が出来上がるだけだよ」
長耳先生は薪もくべていないのに暖かな光を放つ暖炉の前に寝そべったままそう言って、クスクスと笑う。
だが、なぜだろうか。
「暖まっていかんか?」と、身体にかけた毛布の裾を上げて手招きをする耳長先生に丁重に御礼を言って、俺はすぐに部屋を出た。
「
「青い剣なんて聞いた事もありませんよぅ」
「でもなぁんか、作れそうな気がするんだよなぁ。マッキャノの奴ら、宝を探してるんだろう? 一本作ってくれてやったら、満足して帰ってくれねぇかなぁ?」
「それは、どうでしょうか?」
そんな考えもあったと言えばあったが……
どちらかというと俺自身が、伝説の剣というド直球にファンタジーな存在に興味津々だったのだ。
伝説の剣といえば、ゲームや漫画でもよく出てくる、主人公の強化アイテムだ。
そういう創作の中では、振れば光の刃が飛んだり、勇者の雷を放てたり、じわじわと傷を癒やしたりと、様々な特殊能力を持つ剣が目白押しだった。
一体、紺碧の剣にはどういう力があるんだろうか……
まぁ、なくても構わないのだが、せっかくだからその姿ぐらいは見てみたいという気持ちがあった。
十歳のちんちくりんである俺自身が使えるとは思わないが、キントマンやイサラに持たせれば何かの足しぐらいにはなるかもしれない。
それに非常時とはいえ、補給があった今となっては、剣を作るぐらいの資材の余裕はある事だしな。
そう考えた俺はその足で
そして分厚い皮のエプロンの中に手を入れて腹を掻く彼に、袋に入った
コダラはそれをしばらく眺めてから、なんだか困ったような表情を見せたのだった。
「なんだい、これ?」
「なんか剣に使える金属らしい。これで合金を作って剣を打ってもらいたい」
「鉄と混ぜるって事かい? そんぐらいなら俺にもできるかもしれないが……」
なんだか自信なさ気にそう言う彼だが、彼の実力の確かさはいくつも農具を作らせた俺自身がよく知っている事だ。
コダラなら、難しい部分のお膳立てを錬金術でしてしまえば伝説の剣の一本ぐらいは軽いことだろう。
「鉄だけじゃなく、銅と金銀……あとは純粋な塩と……酒、砂糖に……処女の髪の毛、竜の鱗……はなさそうだから妖精の鱗粉と前歯の乳歯……」
「そんなもん混ぜたって炭になっちまうだけだぞ」
「混ぜるのは錬金術でやる。コダラは火の加減を見て、最後に剣にしてくれればいい」
彼はなんだか心配そうにこちらを見ているが、本当にそう難しい事ではないのだ。
正直に言えば、別に今挙げた物が全部必要なわけでもない。
大半の物は、錬金術が
手に入りそうな物の中から挙げただけで、本来錬金術というものは時間と手間をかければもっともっと無理の利く技術なのだ。
「とにかく、準備をしてから戻るから大きめの坩堝を出しといてくれ」
「わかったよ」
そうして俺は一旦鍛冶場を離れ、まずは自分の研究室へと戻った。
大金貨を残らず放出して随分と軽くなった宝箱を開け、小さな銀の指輪、金の耳飾り、なぜか捨てずにいた乳歯を取り出す。
それと衣装棚に入った兄のお下がりのコートから銅のボタンを毟り取り、材料籠へと放り込んだ。
「あとは調理場で手に入るかな」
俺は籠をイサラに任せ、城の調理場へと向かう。
城全体の食事が作られているそこでは子供たちが働いていて、野菜の皮を剥いたり皿を洗ったり掃除をしたりとなかなか忙しそうな様子だった。
料理長に許可を貰って材料を確保し、調理場の隅で誰かの服を繕っていたマーサの元へと向かう。
「マーサ、ちょっと髪を貰えないか?」
「え? 髪ですか? 実は昨日切ってしまったばっかりで……」
そう言って首を回す彼女の髪は、なるほど後ろからでも首が見えるぐらいに短かった。
首元には、コダラが作ってくれた金色の指輪が、皮の紐に結ばれて光っている。
よしよし、ちゃんと皆普段から身につけてくれているようだ。
「別にもっと切ってもいいですけど」
「いや、それじゃあ寒いだろう」
どうしたものかなぁ、小さい子供たちはみんなマーサと同じぐらいの長さだしな……
悩みながら頭を掻く俺の目の前に、横から金色の髪が一房差し出された。
伸びた腕の元を辿ると、憮然とした表情のイサラがそっぽを向いていた。
「……ありがとう、イサラ」
「いーえー」
……ともかく、これでだいたいの素材は揃ったわけだ。
俺は改めて鍛冶場の炉を借り、金属の入った
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