第6話 初対面の旦那様 1


____深夜。


「…………」


誰かが眠りに落ちていた私の頭を優しく撫でている。ひんやりとした手は、どこか心地いい。


うっすらと目を覚ませば、ベッドに腰掛けて私の頭を撫でる男がいた。


なぜ、私の部屋に男が?

ここは庭の別邸だから、誰も来ないはず。

突然のことに驚いておそるおそる声をかけた。


「……どなたですか?」

「起きていたか……」


寝ていた身体を起こすと、冷たい表情の男が目を細めて私を見ている。本を読みながら寝てしまったせいで、ナイトテーブルのランプはついたままだった。そのおかげで、男の顔が見える。

ランプの灯りに照らされた冷たい表情の男は、灰色の髪に灰色の瞳。セルシスフィート伯爵に似ている。


「もしかして……ウォルト様?」

「……会ったこともないのに、よくわかったな……顔を知っていたのか?」

「いいえ。でも、セルシスフィート伯爵様と同じ髪色です。それに、こんな時間にこの邸に来る方は決まってますから……」

「そうかもな……」

「……でも、お帰りになっているとは存じませんでした」

「先ほど帰宅したばかりだ」


無愛想な様子で表情一つ変えない。私は、結婚相手にも歓迎されてないのだ。


「あの……私はティアナ・ウォールヘイトです」

「俺は、ウォルト・セルシスフィートだ」


今更ながらお互いに名乗ると、無言の空気が流れる。会話がない。会話が見当たらないです。


少しだけ顔を反らしたウォルト様を見ていれば、瞳も同じ灰色だった。

そのまま、ベッドに腰かけているウォルト様。セルシスフィート伯爵様よりもずっと冷たい瞳が、眉根を釣りあげて私を見た。

でも、犬猿の仲とはいえ、誰からも結婚してもらえなかった私を受け入れてくれた。


「ウォルト様」

「なんだ?」

「別邸とはいえ、邸を準備してくださってありがとうございます」

「ああ、結婚したからな」

「でも……邸をお間違えではないかと……ここは、庭の別邸です。お帰りなら、邸の者たちに知らせませんと……」

「急遽帰って来たのは、あなたと何よりも先に話があったからだ」

「私に、ですか?」

「そうだ」


別邸に追いやられた感じだと思えば、別邸は綺麗に整えられており、家具も調度品も立派だった。すぐにでも人が住めるように暖炉もきちんとしてあったのだ。


廊下には、絵画や花が飾られており、敷かれた絨毯はウォールヘイトの長年使っている絨毯よりも高価に思えた。冷たい使用人もいるけど、関わることがそうなかったから、意外と快適に過ごしていたのだ。しかも、お義父様は、仕事も約束通り用意してくれた。


頭を下げてお礼を言う。顔を上げれば、ウォルト様の灰色の瞳を目が合った。

そして、にこりともしないで目を反らされた。


これは、結婚が不満なのだろう。

決められた政略結婚だ。しかも、犬猿の仲のウォールヘイト伯爵家の娘と結婚など、誰がこのセルシスフィート伯爵家が歓迎するのか……。しかも、お義父様はウォルト様と愛人の娘アリス様と結婚させるつもりだったのだ。


でも、丁度いい。

私は、後継ぎさえもうけたらいいのだ。でも、セルシスフィート伯爵家を継げずウォールヘイト伯爵家だけにセルシスフィート伯爵家の血筋が入るなら、このまま跡継ぎをもうけずに離縁するべきなのだろう。だから、お義父様が他界した今、三年待たずに離縁するべきなのだと思い始めていたのだけど……ウォルト様の視線が痛い。怖いのですよ。


しかも、快適に過ごしていたとはいえ、住んでいるのは別邸で、ウォルト様は結婚に困ってない。

犬猿の仲のセルシスフィート伯爵邸では、ウォールヘイト伯爵家は嫌われ者なのだ。


セルシスフィート伯爵様が他界した今、離縁届けを書けるのは新しいセルシスフィート伯爵になったウォルト様だけ。私から連絡が出来ないから、義父上のセルシスフィート伯爵様に手紙を送ってもらうこともできずにいたけど、今は違う。


やっと帰ってきてくださった。


冷たい空気に、何から話せばいいのか悩んでいると、ウォルト様が口を開いた。


「ティアナ」

「はい」


名前を呼ばれて顔を上げると、ウォルト様の手がいつの間にか私の後頚に伸びてきて、彼が私に口付けをした。


突然のことに驚いてしまう。


恥ずかしくて顔が赤くなり、俯いてしまう。その私を見たウォルト様が口元を手で隠して目を反らした。





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